先祖の貯金
マーリンちゃんはバッカスの首都・サングリア上空をふわふわ飛んでいました。
クアルンゲ商会に顔を出したところ、セタンタ君が円卓会に勧誘される事になった事を知り、気になってセタンタ君を探しているのです。
しばらく探した後、意気消沈した様子で屋上酒場の一角に座っているセタンタ君を見つけ、降り立ちながら「あらら、これは勧誘に屈したのかな?」などと思いつつ、セタンタ君とその背を叩いてるフェルグスさんに声をかけました。
声をかけ、結果を聞きました。
「え? 断ったの?」
「ああ」
「勿体無い。円卓会は名実共に大手クランなのに」
「規模とか実績とか以前に、あの総長の下につくのは嫌だ」
「んー、まー、セタンタはああいう人をあしらうのは苦手だろうからねぇ」
そう言いつつ、注文を済ませたマーリンちゃんは首をひねりました。
「断ったのに、何で落ち込んでるの? 円卓会入りたいわけじゃないでしょ?」
「あんなクラン、こっちから願い下げだ」
「ウチの商会に迷惑がかかるんじゃないか、と後悔しているんだ」
フェルグスさんが少し笑いながら答え、セタンタ君は「言うなよ」とその肩を揺すり、ふくれっ面を見せました。
勧誘話はフェルグスさんを経由して持ちかけられたもので、実際にフェルグスさん――というかクアルンゲ商会との今後の取引に関しても言及され、脅されたのに断ったので気にしているようです。
「最初から気にせず断れ、と言っていたのだがな」
「でもいざ断ってみると気にしちまうよ。向こうの総長、マジで言ってきたんだぜ? クアルンゲ商会との取引は考えないといけないなー、って!」
「ひぇぇ、下衆だね。逆に面白いぐらい」
「アルトリウス殿はさておき、総長の一存だけで決めれる事柄では無いさ」
そうならないように、代えが利きづらいように営業はかけているし、向こうに満足してもらえるように仕事はこなしてきた――とフェルグスさんは言いました。
クアルンゲ商会の仕事に落ち度があれば円卓会もさすがに今後の取引を考えますが、現場単位での信頼関係もしっかり築いているので、総長さんが「クアルンゲ商会きらい! ばいばい!」と癇癪起こそうものならさすがに反発が起きます。
セタンタ君は大手クランが欲しがってもおかしくない人材ではありますが、クアルンゲ商会との取引を直ぐに完全停止に持ち込めるほどの準備は円卓会側も出来ていないのです。
優秀な若者とはいえ、そこまで無茶をするほどでもないのです。
マーリンちゃんぐらい優秀になってくるとちょっと怪しくなりますが。
「でも、今後の取引が減っていく事は十分あり得るだろ」
「まあな。アルトリウス殿が代替え案を用意しつつ、部下の反発を総長の権限で押さえつけていく事は有り得る。円卓会の大半は、総長家に仕える家臣のような関係ではあるとはいえ、反発も起きる時は起きる」
「…………」
「そう悶々と落ち込むな。即座に取引停止となっても、クアルンゲは全く問題なくやっていけるのだからな。そんなヤワではない」
「けどよ」
「子供のお前に心配されるほど、弱小商会ではない」
全く問題ないというのは嘘です。
ただ、商会が傾くほどの事でもありません。
クアルンゲ商会にとって円卓会は取引先の一つに過ぎず――確かに大きな取引はしていますが――円卓会に依存しすぎず、リスクはちゃんと分散しています。
フェルグスさんがセタンタ君に「すまんが生贄になってくれ」と言う事も可能ではありましたが、フェルグスさんは現商会長の息子さんや他の幹部達にも相談したうえで、「アルトリウス殿が暴走してセタンタを脅してくるかもしれないが、つっぱねさせる」という事で事前に了承はとっていたのです。
こっちから離縁状を叩きつけてやれ! という方も身内にいましたが、「まあムカつくのは強権振るう総長だけだし」という事で可能であれば穏便に済ましつつ、セタンタ君の意志を通させる事に決めていました。
「総長の決定をゴリ押しする事も可能だが、ただでさえ軋んでいる組織にヒビ入れる結果にも繋がりかねんだろうから……まあ、おおむね心配なかろうよ」
「円卓会って、結束堅い印象あったんだけど?」
マーリンちゃんが首を捻りつつ、疑問しました。
マーリンちゃんがそう思うだけの老舗――長く続くクランなのです。バッカス建国初期からあるクランなので、もう500年近く存続しているほどです。
それに対してフェルグスさんは、「総長があの性格だからな……」と少し困った顔で首を捻りつつ、溜息までつきました。
「先代総長……つまり、アルトリウス殿の父上の代は戦力的にも結束的にも最盛期と言っても過言では無いぐらいのものだったのだがな」
「総長代わってからは、ご先祖様の積み上げてきた信頼っていう名前の貯金をゴリゴリとすり減らしちゃってるって事?」
「うむ……」
フェルグスさんは重々しく頷きました。
「元々、古い組織ゆえに、内部に派閥がいくつか存在していたのだ。だが先代総長はその辺、上手くまとめ上げてきたのだが……その……なんと言ったものか……」
「子育てには失敗して、アルトリウスさんがメチャクチャにしてる、と」
「うむ。包まず言うと、先代ほどの器では無いのだ」
「なんか、フェルグスのオッサンは擁護したさそうに見えるぞ」
「擁護まではせんが、アルトリウス殿はお前達のように子供の頃から知っている相手だからな。円卓会とは昔から取引があるし、彼に関しては赤子の頃から知っていて、クソまみれのオムツを替えてあげた事すらある」
「「マジで」」
マジです。
フェルグスさんは御年150歳も近づいてきているオークさんであり、そのフェルグスさんから見るとアルトリウスさんなど孫どころかひ孫もいいとこです。
オムツを替えてあげた時の事を含め、まだアルトリウスさんが純朴なクソガキだった時の事を思い出しているのか、お酒をチビチビと飲みながら物憂げな様子になっています。
「いまでこそ可愛げの無いオッサンではあるが、彼にも可愛げのある坊主の時代があったのだ。お宅にお邪魔した際、『ふぇるぐす~! 剣をおしえろ~!』とニコニコ笑顔で駆け寄ってきてくださった事もあるし、棒きれに犬のクソを引っ掛けて『野糞……カリバー!』と戦いを挑んできた事もあったな……」
「反応に困る」
「ある意味で糞ガキのクソガキだね?」
「うむ、そうなのだ……そうだったのだ」
フェルグスさんは少しだけ、寂しげな表情でつぶやきました。
悪人とは言えない時代や、性根が曲がるような出来事を身近で見て知っているからこそ、腹立たしさを感じつつも心から憎む事は出来ずにいるようです。
高齢なだけに色んなものを見てきたからこそ、思うところもあるようです。
フェルグスさんは、セタンタ君達も全うに成長していかなければ、いつかはアルトリウスさんに対するように複雑な感情を持つようになるのかもしれない――と思いつつ、ぐいっと麦酒を飲み干しました。
飲み干して、「そうはならないでくれると、嬉しいな……」とも思いました。
同時に、「自分も目上の人間に煙たがれているのだろうな」と思いました。




