ゲート連動型防衛設備
中央広場の魔物が剣戟の光に呑まれ、消し飛びました。
剣と連動して熱線を放つ魔術です。燃費の悪い魔力の使い方ですが、威力は中央広場周辺の魔物と建物までも消すだけの威力がありました。
ただ、放たれた熱線はマーリンちゃん達には届きませんでした。
年配の女性が流体操作魔術によってエネルギーの放流をゲート管理設備、マーリンちゃん達には当たらないように逸したのです。
周辺の建物に関しては事前に壊していいものと通達されていたのですが、この辺の修繕費に関してはちょっとまだ不確定です。
ともあれ、広場周辺の魔物は一掃されました。
転移してきた女エルフさん、大剣を持ったオークさんがスタッと着地しました。年配の女性は空中でオークさんに手を引かれ、抱っこされた状態での着地です。
三人が降り立ったのに一拍遅れ、広場に異変が起こりました。
何もない空間から武装した人々が湧き出てきたのです。
復旧した都市間転移ゲート越しにバッカス王国の首都で待機していた戦士達がやってきたようですね。すごい勢いで増え、展開していきます。
「防衛設備再起動、急げ!」
「とりあえず押し返すぞー。大盾部隊、構え」
「仮設足場設置します。設営後に射撃部隊到着予定ですんでどいてください邪魔」
大量の魔物が近寄ってきますが、展開していく毒対策も施した戦士達が事前に聞き及んでいた情報を元に組み立てられた奪還作戦により、早回しのバケツリレーのように都市内を制圧していきます。
都市外には都市内の何倍もの魔物がウジャウジャとしていますが、市壁までであれば5分、あるいは10分ほどで押し返していけそうです。
最初に降り立った三人はその様子を見つつ、呆けているマーリンちゃんの方へと歩み寄っていきました。
と、その前に年配の女性がオークさんに自分を下ろすように言い、オークさんは微笑んで「このままでも構わんだろう?」と言い、ほっぺたをつねられました。
「痛い痛い、わかった、そういう伽がしたいのだな?」
「私はもうしわしわのおばあちゃんなので、そういうのはまだまだ先の長い子としてあげてくださいな。あまりしつこく抱いていると耳を取りますよ?」
「ううむ、それは困る」
「ふぇ、フェルグスのオジ様~~~!」
マーリンちゃんが泣きべそをかきながら走り、突っ込んできました。
奥さんの一人とイチャついてたオークさん――フェルグスさんは「仕方ないな」といった感じの笑みを浮かべ、両手を広げてマーリンちゃんを待ちました。
待ちましたが、マーリンちゃんはフェルグスさんをスルー! 一歩後ろを静々と歩いていた二刀流の女エルフさんに抱きつきました。フェイントです!
「こらこらマーリン、いまのはひどいぞ」
「よくよく考えたらオジ様に抱きつくよりエレイン様の方が約得だもん!」
「私の勝ちですね」
女エルフさんは無駄に勝ち誇りつつ、ライダースーツのような衣装に身を包んだ体をマーリンちゃんの好きにさせました。スーツに包まれた豊満の乳房がマーリンちゃんの頭でふよふよ押されています。
フェルグスさんは思わずムラッときて、その乳房を鷲掴みにしつつ空いた手で年配の女性のお尻まで触ろうとして、二人にひっぱたかれました。
「痛いではないか」
「空気を読みなさい。ご苦労でしたね、マーリンちゃん」
女エルフさんがマーリンちゃんの頭を撫で、マーリンちゃんが「ふぇぇ、こわがっだー」と泣きました。
泣きつつ、ハッとした様子で手をブンブン振りつつ訴えかけました。
「そ、そういえばセタンタが死んじゃったんだよぅ!」
「おやおや、いないと思ったら死んだか。まあそういう時もある」
「若い時分は何事も経験ですよ」
フェルグスさんと女エルフさんはのほほんと言いました。
マーリンちゃんはピィピィ泣き、抱きつく相手を年配の女性――フェルグスさんの妻の一人、クアルンゲ商会の酒保部門代表へと代えました。
酒保部門代表さんはフェルグスさん達に「無神経ですよ」と怒りつつ、マーリンちゃんをあやしました。
「大丈夫、もう直ぐ診療所の先生が来てくれるから」
「でもぉ! セタンタ、オジ様達の攻撃で溶けちゃったぁ!」
「「「…………」」」
フェルグス家の三人は責任の所在に関してなすりつけあおうとして、最終的に「全員悪い」と言われそうな気がしたので黙って曖昧に終わらせる事にしました。
四人がそんなやり取りをしていると、都市間転移ゲートを通ってカンピドリオ士族の人達もやってきました。
「む、若達がいない? ここらへんにいる筈なのだがな?」
「でも何か匂いがしませんか?」
「レムス若が丸焦げになった時の匂いがするな……」
「「「…………」」」
フェルグス家の三人は目を逸して黙秘しました。
カンピドリオ士族の人達が「若ー! 若ー?」と探していると、都市間転移ゲートをくぐってさらにもう一人カンピドリオの人がやってきました。
獣人の幼女の脇を掴み、抱っこしています。
「先生連れてきたぞー!」
「おおっ、でも、若達がどこいるのかわかんねえ!!」
「この肉とシミみたいのがそうなのかな?」
「いったい誰がこんな事を!」
「若のちんちんありました!」
「でかした! が、ちゃんと本物か?」
「身体で覚えてるので本物ですっ」
「なんかミスリルの槍が転がってたよ」
「あーはいはい、察したわ、任せとき」
獣人の幼女――ならぬ幼女に見える診療所の先生がフェルグスさん達をちょっとジト目で見つつ、魔術を行使しました。
先生はセタンタ君が背丈を伸ばす整形に関して相談していた方です。
「とりあえず、一番若いのから行こうか」
先生が広場の一角に操り人形の糸を動かすように両手を向けました。
すると、魔術によってそこに何かの肉や骨が生成されて始めました。
下から上に向け、3Dプリンタのように魔術の燐光が奔った後に何かが作り出されていきます。よくみると、それは正座した脚でした。魔術の燐光が無いと人体の断面図が丸見えだったでしょう。
やがて脚から尻、腹が生成されていき、肩と頭も出来上がりました。
セタンタ君です! その姿はすっぽんぽんでした。
「ほい、一人目終わり」
先生は眠るように目をつむっていたセタンタ君の頭をペシッと叩くと、セタンタ君の口から「いてっ」と声が漏れました。
先生はそれを見送らず、さっさと次の蘇生へと向かっていきました。
「うおっ!? 俺なんで全裸……あ、いっぺん死んだのか? あれっ? 死んだにしても装備どこいったんだ……!? おっ、俺の槍は!?」
「こ、ここだよぅ」
マーリンちゃんがカンピドリオ士族の人からミスリルの槍を受け取り、トタトタと走り寄ってきてセタンタ君に渡しました。
セタンタ君は全裸でホッとした様子でそれを受け取りました。
「ああ、良かった。ありがとな、マーリン」
「い、いいってことよー」
「泣きべそかいてた事は黙っててやろう」
「ニ゛ャ゛ア゛!」
「痛え!!」
少年少女のつかみ合いの喧嘩が始まりました。
フェルグスさんが二人をつまみ上げてもなお、ワーワーニャーニャーと戦っていましたが、フェルグスさんが「ヒュドラ毒が欲しいか」と言うと黙りました。
「死んだのだな、セタンタ」
「死んだけどピンピンしてるぜ。先生の蘇生術のおかげでな」
「うむうむ、元気でよろしい。では続けて戦って来い」
「やだよ!! もう休むッ!!」
セタンタ君は魔物に殺され、死体になりました。
追い打ちとしてフェルグスさん達の攻撃で消し炭と化し、肉片もろくに残っていない状況ではありましたがバッカス王国の魔術はそんな状態に至っても死者を再起させる事を可能としていました。
それが治癒魔術の発展系、蘇生術です。
肉体が滅びても本人の魂に残されていた肉体の情報を魔術で読み取り、3Dプリンタのように出力し、身体をまるっと作り直したのです。
セタンタ君はマーリンちゃんに腰布を巻いてもらいつつ、執拗に「戦え、タタカエ……」と誘ってくるフェルグスさんの誘いを断りました。
断っているうちにロムルスさんとレムスさんも蘇生され、二人が元気に前線に走っていく光景をドン引きしながら見守りつつ、セタンタ君は腰を下ろしつつ「俺はよく戦ったから休む!」と尻に根を張ったようになりました。
「仕方ない……ではマーリン、行くか」
「ボクもやだよっ!?」
「ふーむ、若者の戦離れというヤツか……」
「俺は肉体離れ起こしてたんだから、今日は勘弁してくれよ……」
「仕方ない、では私と師匠だけで行ってくる。さらば」
フェルグスさんは女エルフさんと前線へと走っていきました。
二人が前線へと参加する頃、都市奪還兼防衛戦にも動きがありました。
都市内での戦闘はまだ続いていますが、都市外にいる魔物に対し、再起動を完了した都市間転移ゲート連動型の防衛設備が牙を向き始めたのです。
「転移管、接続完了。いつでも行けます」
「市壁外展開中の部隊への一時退避伝達、完了しました!」
「放水開始」
「放水開始!」
市壁にガコン、と空いた穴から勢い良く水が吹き出し始めました。
勢いは間欠泉超え、量は土石流の如しです。
吹き出したのは水とはいえ、量と勢いが揃っているだけに魔物達もたまらず押し流され、都市内に雪崩れ込むルートを絶たれる事になりました。
本来、砂漠の一角にあるこの都市にはこれほどの量の水は眠っていません。
都市間転移ゲートで水源地から直接運んできた水を放出しているのです。
たかが水、されど水。水源地から政府直轄管理の大型放水設備のある都市も経由し、吐き出される水の勢いは凄まじく、よほど力が強いか特殊な魔物でなければ、単騎ではほぼ無尽蔵に襲い掛かってくる水の流れには逆らえません。
それでもなお、魔物達は諦めず都市に侵入しようと前進してきます。
仲間の魔物を踏み台にしてでも飛んでくる魔物の姿もありました。
それに対しては市壁上に辿り着いた戦士達が対応していきます。格納されている放水設備を取り出し、放水によって迎え撃ちました。
市壁の横から出ているものよりは小さな放水ですが、勢いは放水車よりも凄まじいもので、宙に浮いた魔物ぐらいは勢い良く押し返していきます。
魔物達はそれでも何度も何度も挑みかかってきます。
この凶暴さ、自分も仲間の命も顧みないのが魔物の怖さです。
最初から死兵として神様に設計されているからこそ、幾度となく人間の生活を脅かし――だからこそ人々もそれを跳ね除ける技術を磨いてきました。
「放水設備、8割が正常稼働中です」
「数が多すぎます! 魔物が、仲間の魔物を盾に押し込んできてます!」
「怯むな、さらに水勢を強化。同時に南門から順に放水切り替え、急げ!」
南門の放水の勢いが、一瞬だけ弱まりました。
魔物にとって好機――と思われましたが、それは直ぐに追い返されました。
放水が再開されたのです。
しかし、それはただの放水ではありませんでした。
弾き飛ばされた魔物が地面でのたうち回り、湯気の中で暴れています。
熱湯です。熱湯を浴び、苦しんでいるのです。
ここ、エルミタージュとは別の都市、温泉街として有名な都市の地下で温められた熱湯を都市間転移ゲート越しに引っ張ってきて放ち始めたのです。
水では弾き飛ばされるだけだった魔物も、熱湯に体表のみならず目までドロリと焼かれ、火傷の痛みで苦しみ、弱っていきました。
時に油も放たれ、火矢で火ダルマになる魔物の姿もありました。
腹と隙を見せた魔物には市壁にまで至った射撃部隊が情け容赦のない一撃を加え、魔物にとっては地獄絵図が展開されつつありました。
反撃はそれだけではありません。
都市郊外には砂上船の船団が、魔物達の後背を取りつつありました。
冒険者クラン・アルバトロスの船団です。
親方さんの船、そしてアンニア号とイカ号の姿もあります!
「一転攻勢だ、内と外から捻り潰してやる!」
「ケツに火を点けてやりなさい!」
都市から生じた水により、水と砂の混じり合う大洪水の現場と化していく都市郊外に船団が梯形陣で乗り入れていきます。
船に備えつけている連弩や、船員達の弓撃が魔物の群れを襲っていきます。
都市に近づけない腹いせとばかりに、水の中を犬かきで泳ぐ魔物達が迫る中、船団が都市側の水辺に向け、鉄粉等を散布しました。
この後の一撃を、より強く通すための布石です。
船団の先頭を征くクラン・アルバトロスの旗艦・ゼーアドラー号の艦上に立つダークエルフの老爺、フェリクス総長が機を見計らいつつ、声をあげました。
「雷撃戦、用意」
「雷撃戦よーいっ!」
それを合図に、艦首に取り付けられた衝角が駆動。
魔術の燐光と、稲光を纏い始めました。
「艦首雷槍――放て」
最後は銃声による合図が行われました。
総長の下知の後、砂と水の海は爆発と凄まじい発光に襲われました。
砂上船より放たれた雷撃を浴びた魔物達は脳まで焼かれ、目や舌を飛び出させながら沈み、流されるままとなり、船団は新たな獲物を探して走り戦い続けました。
自然災害の如き魔物の暴虐が、人々の手で捻り潰されつつありました。
魔物は恐ろしい存在です。
しかし、それと戦い続けてきた人々は、それに勝つため牙を研いできました。
「ああ、もう完全に形勢が逆転したっぽい」
「そうか。あの大蛇は?」
「それはいないんだよね……声みたいのも聞こえなくなった」
マーリンちゃんはセタンタ君に隣で「ここにいる魔物の群れは見捨てられたのかも……」と呟きました。
まだ緊張状態にあったセタンタ君は報を聞き、少し肩の荷が降りたような気分になりつつ、ホッと一息もらしました。
「セタンタ」
「うん?」
「お疲れ様、勝てたね」
「まだ終わってねえけど……まあ、マーリンもお疲れさん」
マーリンちゃんもようやく笑みを浮かべ、立ち上がりました。
「さあ、ボクらは一足先にゲートで帰ろう。ここに座り込んでてもしょうがない」
「疲労困憊過ぎて立てん……」
「もうっ、だらしないなぁ!」
マーリンちゃんがニコニコ笑いつつ、手を差し伸べようとしました。
しかし、それより早くセタンタ君の前に突き出されたものがありました。
飲料水。
そして、携行食です。
それは、セタンタ君の知る少年の手から突き出されていました。
「……パリス」
「……食えっ!」
ヘの字口で水と携行食を突き出していたパリス少年が怒ったように叫びました。
その後ろでフェルグスさんの奥さんである年配の女性がくすくす笑いました。
「ウチが、クアルンゲ商会がエルミタージュ奪還作戦の兵站管理を任されて、パリス君も手伝いに来てくれたのよ。セタンタ君もマーリンちゃんも食べたげて」
クアルンゲ商会は隙を見て、一時避難している街に取り残された人々の救援に向かい、必要な物資も持ってくる任を担っているようです。
パリス少年は話を聞いて直ぐ行きたがり、街が危ない状態なのでダメとは言われていたのですが、何人かの口利きで来ていい事になったみたいでした。
「食えっ!」
「お、おう」
「ありがと、パリス」
「ふんっ……死んでなかったか、しぶといなっ」
「パリス君、セタンタ君とマーリンちゃんが遠征からすんなり帰って来なくて、ゲート不通のエルミタージュに行ったって知って、とても心配してたのよ? 仕事終わっても続報聞きたがってウロウロしてたぐらいで……」
「し、してないっ」
「してたの?」
「してないっ!」
パリス少年が顔を赤くし、地団駄を踏み、鼻を鳴らしました。
怒って他のところへ補給物資を運んで行こうとして、立ち止まりました。
立ち止まり、背を向けたまま、口を開き始めました。
「オレ様は……役立たずなんかじゃ、ないっ!」
「…………」
「荷物持ちとか……こんな風に、物資配ったり……色々出来るんだからなっ!」
「……ああ」
「まだ……弱いけど、ちょっとは、役に立てるんだ……」
セタンタ君はその背を見つつ、静かに「悪かったよ」と言いました。
パリス少年は肩をいからせ、小走りに自分の仕事を果たしに行きました。




