滅びかけの街
不幸中の幸いか、セタンタ君達の懸念通りの状態にはなっていませんでした。
エルミタージュに取り残されていた人々は無事だったのです。
一応は――今のところは――無事だったのです。
ボロボロになりながらもエルミタージュに辿り着いたセタンタ君達は、ゲートが不通状態に陥っている都市を守っていた守備隊の面々に迎え入れられました。
それだけではなく取り残されていた住民の皆さんにも歓待されました。
住民、といってもアルヒと同じく砂だらけの街なので居住には適さず、エルミタージュに定住している人はそこまでいなかったのですけどね。
取り残された人々は合計すると300人ほどのようです。
「みんな元気とは言い難い感じだけど何とか大丈夫そう」
「だな。あ、マーリン、都市間転移ゲートの広場どうなってるんだ? 隕石でも落ちてんのか? 街の中に魔物が入ってないっぽいって事は」
「うーん……? いや、パッと視た感じでは破損してる様子も無いけど」
「どういう事だ……?」
セタンタ君は首をひねりつつ、都市を囲む市壁周辺を見ました。
魔物の死体が積み重なり、虫がたかっています。何とか倒し、撃退したようですが……中にはセタンタ君達も襲われた毒の魔物の姿もありました。
先遣隊のように一部が街に来ていたようですね。
ロムルスさんもマーリンちゃんの観測報告を聞きつつ、「よく来てくれた!」「ありがとう、ありがとう」と出迎えてくれた人々に肝心要の事を聞きました。
「なぜ、エルミタージュの都市間転移ゲートは不通になっているのですか?」
『…………』
出迎えてくれた人達が、一斉に黙りました。
気まずい沈黙などではなく、「言っていいのかな」と言いたげに黙っています。
ただ、どちらかというとむしろ言ってしまいたいらしく、「実は――」と皆さんが口を開きかけた時の事でした。
「貴様ら下がれ、下がれっ! ……やあ、よくぞ来てくれた勇士達よ」
「これはどうも。エルミタージュ守備隊の責任者様ですか?」
「いかにも。マリア士族戦士団・第二部隊長ア――」
ロムルスさんは蝶々に視線を奪われ、責任者さんの名前を聞き逃しました。
青々とした綺麗な羽の蝶々だったので、妹のアンニアちゃんに「捕まえて帰ってあげたら喜ぶだろうか? 食べるだろうか?」などと考えてしまったのです。
ロムルスさんは気を取り直し、責任者さんに聞きたかった話を聞く事にしました。ゲート不通の件ですね。
「不通となったのは、まあ、その、バッカス政府の整備不足であろう?」
「政府はゲート不通の危険性を誰よりも把握しているので、整備も細心の注意を払って行っている筈ですが……」
「そういう事もある。人は完璧な生き物ではないのであーる」
「そんなバカな話があるか」
そう言葉を返したのは、ロムルスさんではありませんでした。
ロムルスさんが声のした方向を見ると、責任者さんに下がるように言われた人々の間から歩み寄ってきたオークさんが喋ったようでした。
「そいつは……いや、そいつらは嘘をついてるんだよ、カンピドリオの若殿」
「貴様ッ! 下がれ、ゴーレム技師風情が!」
「自分で言うのも何だが、その技師風情がいないと、もうここは落ちてたぞ」
激昂する責任者さんに対し、やってきたオークさんは呆れた顔を見せつつ、「言うな!」と掴みかかってくる責任者さんとその護衛達を骨で作られたゴーレム達で押しのけ、ロムルスさんに事情を告げ口しました。
「実は、コイツらの上役の娘がゲートの設備を壊したんだ。イタズラでな」
「…………は? 上役と言うと?」
「士族長家の人間で次期士族長の最有力候補だ。つまり立場上は若殿、アンタに似たやつだな。といっても向こうは年端もいかない娘っ子だが」
「子供のイタズラでゲートが不通になったと?」
「そうだ。呆れ返るだろう?」
「…………」
ロムルスさんは笑うべきか怒るべきか、ちょっと迷いました。
責任者さんがギャアギャアとわめいて「嘘を教えるな!」と言っていますが、オークさんの言っている事はおおむね事実です。
子供といってもこの都市、エルミタージュの自治を任される士族のお偉いさんの娘で、その権限を使って管理設備をいじくり、壊しちゃったそうです。
ちなみに壊した理由は「だってだって! ガッコのせんせーがあたちのことおこるんだもんっ、あたち、じきしぞくちょーなのにっ! だからガッコいきたくないからゲートこわしてここにひきこもるわ」だそうです。
ロムルスさん達は感情を出す事を放棄し、真顔になりました。
「帰りたくなってきた」
「オレも……」
セタンタ君と親方さんはひとまず休むよう言われ、部屋に通されベッドに寝転がりました。マーリンちゃんはロムルスさんと都市内を回っています。
柔らかなベッドは嬉しいと言えば嬉しいのですが、セタンタ君はお風呂に入りたがりました――が、ゲート不通のため水源地から水を持ってこれないため、エルミタージュ内は節水中で風呂無しだそうです。
セタンタ君はベッドに上体を起こし、親方さんに「アイスゴーレムに襲われた時、助けてくれてありがとう」とお礼を言いました。
親方さんは手をひらひらと振って「若殿に礼を言いな」と応じ、二人はしばし雑談していましたが、やがてどちらも寝落ちしてグースカと寝始めました。
一休みした後、セタンタ君達はロムルスさんに呼ばれました。
皆がひとまず身体を休めているうちにマーリンちゃん達と情報収集をしていたロムルスさんが今後の事も含めて話をするようです。
防衛責任者の人の姿はありませんでした。
ただ、ロムルスさんに真実を教えたゴーレム技師らしいオークさんと、主だった顔役住民さん達は意見を聞くためにもこっそり呼ばれたようです。
「マーリン嬢越しに政府がゲート復旧可能か調査をしてくれたのだが……」
「直ぐに復旧は無理っぽい。必要な部品足りて無くて、専門の技師さんが来ないと厳しい破損状況だってさ」
「マジかー……ゲート直れば一番楽が出来るんだけどなぁ」
皆さんの戦いはまだまだ続いてしまうようです。
「一応、修理可能な技師の方が救援隊に混ざり、こちらに急行中だ。アルヒでの防衛戦における間隙を縫い、出てきた第一陣の救援隊に護送されている」
「救援隊の規模は?」
「大型含め砂上船10隻。クラン・アルバトロスが来てくれている」
ロムルスさんの告げた冒険者クラン名を知る数人が「砂原戦闘の専門家じゃないか」「フェリクスさんのとこなら安心だな」「勝った」と湧きました。
知らない人は首を傾げつつ、疑問しました。
「その人達で私達が渓谷地帯で遭遇したバケモノに勝てるの?」
「そりゃ……ええっと、どう、なんだろう?」
「うん、まあ、上手くやってくれるんじゃない?」
「正面切っての戦闘となると、まず間違いなく負ける」
と、ロムルスさんが最後に言い切りました。
「砂狐隊は砂上船による戦闘の練度も高く、アラク砂漠最強のクランと名高い方々だ。だが、渓谷で出会った魔物の群れが押しかけてきたらさすがに厳しい」
「いくら何でも数が多すぎますかー」
「既に何体か先行して来てるから、僕達が追いかけられた本隊? らしき魔物の群れも数日のうちに来ますよね、多分」
「ゲートさえ復旧すればいけると思う……思いたいッスけど、技師の人達が来る前に群れが来たらキツイですよねー。大丈夫かなぁ」
「そりゃもう、やるっきゃねえだろ」
少し不安げな表情を見せる人達に対し、ロムルスさんの傍らに腕組みして立っていたレムスさんが声をかけ、笑いかけました。
「俺達は陸戦最強、カンピドリオ士族の次代を担う戦士達だ。そしてここには次期士族長にして賢狼の兄者がいる。兄者の差配で動けば勝ったも同然さ!」
「無茶を言うな、愚弟め」
「俺は何でもやるぜ、兄者。俺は兄者の影であり、剣だからな!」
「……お前は私の付属品などではない」
ロムルスさんが一瞬、厳しい顔をして呟きました。
ただ、それを断ち切るように溜息つきつつ、「しかしこちらの指示通りに動いてくれるのは助かる。頼むぞ」と言い、レムスさんもお兄さんの言葉にニコニコと笑って楽しげに応じました。
ロムルスさんは、ゴーレム技師のオークさんに質問しました。
「守備隊の練度、防衛設備の状況、防衛戦の結果はどうですか?」
「守備隊じゃなくて単なる技師なんだけどねぇ、こっちは」
「しかし、住民の皆さんや守備隊の方の話でも、現状は貴方が中核となって動き、ゲート不通後のエルミタージュの防衛を成功させてきたと聞いています」
「……正直に言うと、何もかも悪い」
オークさんは苦々しげに言いました。
「元々、エルミタージュは都市間転移ゲートに依存した防衛を行ってきた。守備隊もカカシに毛が生えた程度。本格的な魔物の襲撃が来た時はゲートを通し、政府に泣きついて増援を呼んでもらっていただけだ。有り体に言うと、防衛費をケチってたわけだなぁ」
「なるほど」
「使える防衛設備も、現状は石弓と市壁ぐらいだ。都市間転移ゲートが繋がりさえすれば……要の防衛設備も機能させれるが、現状じゃ無理だ。……西に行くと海があるから、そこまでポンプ伸ばせれば、あるいは、だが」
「魔物に妨害されるでしょう。それに数百とはいかずとも、数十キロ先の事です」
「だよなぁ。海はちと遠いか。救援隊到着も一両日の事じゃないしな」
「先程も少し触れた話ですが、我々が通ってきた渓谷地帯に未知の魔物がいました。それも超大型のものが」
「超大型? それらしいのはこっちじゃ見てないが……犬に似た魔物は見たな」
「毒の血を吹き出すものですね?」
「ああ。ゴーレムでやりあう分には相性いいんだが、そっちは何体ぐらい見た?」
「万は軽く超えていたかと」
オークさんが「マジかよ……」と言って目を抑えて呻き、黙りました。
他の住民の皆さんも不安げにざわついています。
「兄者、なんかこう、逆転の策とか無いのか? 一発で形勢覆るやつ!」
「地力が違い過ぎる。裸一貫で台風にぶつかりにいくようなものだ」
「楽しそう。ちんちん涼しそうだな」
「そうだな。ただし、風で飛んできた丸太が直撃するかもしれんぞ」
「きゅーん……」
レムスさんは、そっと股間を庇いました。
ロムルスさんはそれに溜息つきつつ、レムスさんに問いかけました。
「弟よ、我々にとって今回の一件の終着点……勝利条件は何だと思う?」
「エルミタージュの防衛戦を成功させて、皆を守りきる! あとゲート直す」
「それも一つの正解だ。ただ、今のところ私が検討しているのは、取り残された人々の命を優先で守り、都市間転移ゲートを再起させるという勝利だ」
「んっ? 同じことじゃねーの?」
「違う。私の案では、エルミタージュにおける防衛戦の成功は絶対条件として考えてない。我々が襲われた魔物達相手に、この場の戦力で対応するのは不可能だ」
「…………も、もうちょっとわかりやすく」
「この街を、一時放棄すべきだと考えている」
場がどよめきました。
カンピドリオ士族の若者は隣の者と囁きあい、セタンタ君も親方さんと顔を見合わせ、レムスさんはアゴを手で掴みながら首をひねり、この場に呼ばれていた住民の殆どが口々に反対しました。
ただマーリンちゃんは事前に聞かされていたらしく、髪をいじる程度で、あとは防衛に尽力してきたゴーレム技師のオークさんも反対はせず、腕組みしたままムッツリと黙っています。
ロムルスさんは反対や質問の声を止め、説明を続けました。
「あくまで一時的な放棄案だ。しばらく魔物の群れに街を占領される事になるかもしれないが、それは勝てるだけの戦力が整ってから奪還すればいい」
「お前ら戦うために、オレたちを助けに来たんじゃないのかっ」
「もちろんそのために来ました。エルミタージュを枕に死なせないためにやってきました。私の仲間に関してもそうさせないために動いています。我々が出会った未知の魔物。あの群れがゲート復旧前に到達するとなると……防衛は困難です」
「そんなのやってみなきゃ……」
「その辺の勝敗は、カンピドリオの若殿の言う通りだろう」
ゴーレム技師のオークさんが反対する住民の方々を手で制しました。
大量の群れとはまだ戦ってはいなくても、群れの先遣隊とやりあった感触と単純な数を鑑みて意見を述べてくれたようです。
「だが、その策にはいくつも問題があるだろう?」
「ええ。まず、都市から脱出したとしても追撃の群れが来る可能性はあります。ただこれは都市に篭りきりよりは生存の可能性は高くなります。実際、我々は群れに追われましたが砂上船で振り切る事は可能でした」
「出来るだけ早めに都市を出れば、逃げ切れる可能性はさらに高まる、か」
「先回りさえされていなければ。そこは我々が斥候として確認に出ます。南西に進路を取り、こちらに向かっている救援隊と合流し、庇護を求めましょう。先程、エルミタージュに残された砂上船を見させていただきましたが、戦闘はともかく逃走は可能なだけの数が揃っていました。最悪、ひとまず西に出て海沿いに北を目指して砂漠から抜けるのも手かと。そちらも水と食料補給の当てはあります」
「魔物肉は食べられん者もいるんだが……」
「そういった方々にはそれ以外の獣の肉を優先的に配しましょう。山菜や果実に関する造詣が深い者もいます。人数が人数なので快適な郊外生活は約束出来ませんが、首都に連絡を取れる者もいるので北への救援も呼べます。北であればマルペール辺りからブロセリアンド士族に海路で迎えにきてもらう手もあります。あるいは海を挟んで向こう側のガリアから来てもらう形も取れるかと。巡航島も救援のために動かせるそうです。政府に確認は取りました」
「そうして逃げず、このまま立てこもっていたら全員で戦わないといけない、か」
「間違いなくそうなります。ただ、総力を結集して子供も含めて戦ったとしても一人あたり100匹以上を倒さねばならないかもしれません」
さすがに文句を言おうとしていた住民の人達も言葉が出ませんでした。
カンピドリオ士族の若者達は「まあそうなるよなー」とか「でも総力戦とかそれはそれで面白そう」とか考えてはいましたが、若様であるロムルスさんが喋っているのでとりあえず黙っておく事にしました。
皆が皆強いわけではないのです。特に小さい子供は頭数に入れられたところで、直ぐに頭からバリバリと食べられてしまうでしょう。
「人命に関しては逃げた方が守れる可能性は確実に高くなります。あとの問題はエルミタージュに残されている資産ですが……」
「に、逃げるなら逃げるで、持って逃げる事が出来ないか?」
「船はあるはずだろう?」
「全て持ち出すのは厳しいかと。荷物が増えれば増えるほど生存の可能性が低くなり、それで魔物の群れに追いつかれて我々が全滅したら野ざらしとなり、回収もおぼつかなくなります」
「じゃあ、どうしたら!」
「地下の避難壕に隠すのはどうだ? あそこも防衛費をケチっている影響で全員が隠れ潜むには十分じゃないが、貴重品を漬け込んでおく金庫にはなる」
技師のオークさんが口を挟み、ロムルスさんはその言葉に頷きながら「あぶれたものに関しては出来るだけ頑強な建物に入れておきましょう」と言いました。
「深く土の中に沈めておくのも手です。地盤不確かな砂原の中だと、どこかに行ってしまう形になってしまうので、地盤補強している都市内に埋める、という事で」
「最悪、エルミタージュを自治管理しているマリア士族に請求すればいい。元を辿ればマリアの息女がやらかした不始末だ」
結局、この場では「エルミタージュの一時放棄」に流れが転びました。
ロムルスさんはこの場に呼んでいない責任者さんのもとには後で自分が交渉に行くとし、その前段階の根回しとして集めていた顔役住民の方々に他の住民に対しても一時放棄の方向で話を通してもらうよう依頼しました。
数の意見で押し切る考えでもあるようです。
ひとまず必要な事項を伝えて住民の方々が出ていくのを見送った後、ロムルスさんは傍らに立つ弟さんに話しかけました。
「不服か、レムス」
「いや、別に? 人命優先なら兄者の策でいいんじゃね? 俺は正直残ってバカスカ戦いてえけど、残されてる女の子やガキ共が可愛そうだからなぁ……」
「お前が守ってあげてくれ。今回はさすがに籠城戦は厳しい」
「かしこまりだぜー」
「それと、バカスカ戦いたいのであれば奪還作戦に参加すればいい」
「えー、それまで暇そう。あの規模の群れがマジで来たら……奪還準備整うまで一ヶ月ぐらいかかるんじゃね? 人はともかく、ゲート無いから近隣の都市からここまで戻ってくるまでの砂上船なり海上船が沢山いるし、人数揃えなきゃ奪還するの厳しそうだから物資もそれなり以上に必要だろ? 兵站が大変そう」
「一週間以内に行う奪還案がある」
「マジで?」
ロムルスさんの言葉の意がわからず、レムスさんが首をひねりました。
しかし説明を聞くと童子のように目をキラキラと輝かせながら「いいじゃん! それ面白そうじゃね!? 俺はやりたい!」と乗りました。
「責任者殿の説得材料としても使うものだからな。後で奪還するとはいえ、あちらも早期奪還なら……まあ、わざと都市を取らせた言い張りやすくなるだろう」
「マジでやるんだぁ~……」
「マーリン嬢も頼むぞ。先ほど話した通りだ。砂上船の帆も使おう」
「げぇー……!」
ロムルスさんの傍に控えていたマーリンちゃんが、楽しげなレムスさんとは対照的にゲッソリとした様子で溜息をつきました。
事前に奪還策も聞かされていたのです。
マーリンちゃんが結構な重要な作戦で、メチャクチャ危険なのでメチャクチャ反対しましたが、ロムルスさんに丸め込まれて一応は承認しちゃったのです。
「マジでやるとして、出来れば成功率は高めておきたいな」
「それならいまオススメの人材があるんですよぅ、若様~!」
「誰だ誰だ、マーリンちゃんが甘ったるい声で紹介しようとしてくれてるのは」
「誰だろうなぁ? 誰だと思う、セタンタ」
三人がセタンタ君を見つめました。
そろそろと出ていこうとしていたセタンタ君はとっても嫌な予感がしました。
「何となく嫌だぞ!」
「まあまあ話だけでも聞きなさい。いや、その前に聞きたい事がある」
「何だよ……」
「エルミタージュ全域に、転移魔術・鮭飛びを敷く事は可能か?」
セタンタ君は過労死を覚悟しました。
その後、ロムルスさんは無事、一時撤退の方向で事を進め始めました。
責任者さんはさすがに反対したものの、数の意見には勝てず、そもそもの責任の所在を攻められ、マーリンちゃん越しに上役にも話を通され、「直ぐに奪還してもらえるなら……」と渋々といった様子で一時退去を了承しました。
エルミタージュで夜逃げの準備が着々と進む中、エルミタージュに向かう砂上船の船団の姿がありました。
救援隊として移動中の「冒険者クラン・アルバトロス」の一団です。
その一団の中で一際大きな船に乗り、月を眺めていた褐色のエルフ――ダークエルフのお爺さんのところに部下の方が小走りにやってきました。
「フェリクス総長。政府からの交信が来たと、ラゴウが」
「ここに呼べ」
「既にそのように」
お爺さん総長が鷹揚に頷くと、船団の主だった面々がやってきて、最後に政府から交信役として派遣されてきた年若いオークさんが頭を抑えてやってきました。
そして彼らはロムルスさんの提案してきた「奪還策」を聞きました。
聞いて、ちょっと引きました。
「無茶をやるな……」
「カンピドリオは再生能力に物を言わせたキチガイ戦法の使い手ですし……」
「しかし、そのやり方ならこちらが無茶を強いられる事もないでしょう。万単位と正面切ってやりあうのは、さすがに厳しいですから」
「失敗したら失敗したで、二ヶ月以内に奪還も可能でしょうし、いいのでは?」
「犠牲は……まあ、魔物の性能の情報が正しいなら五人ほどで済むか」
「犠牲者五人に含まれてる俺は、どうすればいいと思います……?」
派遣されてきている年若いオークさんが呻きました。
彼は交信役でもあり、同時に都市間転移ゲート復旧のために派遣されてきた技師でもありました。
クラン・アルバトロスの面々はその顔を見つつも、「まあ、お前ウチの人間じゃなくて派遣されてきたヤツだし」などと思い、そっと視線を逸しました。
「上司が承認した所為で拒否権ない俺はどうすればいいんですかね。ねえっ!?」
「要は、例の魔物の群れが来なければいいんだ。祈れ」
「多少、魔物の巣窟になるぐらいで、大群でなければこちらが撃滅してやろう」
「なんと、現地の斥候が渓谷地帯から西に動き出した魔物の群れを察知したそうです。遅滞戦闘しても明日の早朝には街も元気に占領しつくされそうだそうで」
「死ぬ気で頑張れ」
「誉れぞ」
「ふぇぇ……」
オークさんは泣きました。
方針も決まったので、総長さんは咳払いして自分の注目を集めつつ、部下の皆さんに対して指示を飛ばしました。
「カンピドリオの献策に乗る。航行しながら艤装変更を進めろ。機動戦になる」
『了解』
「よろしい。では征け」
「俺はよろしくないんですけど」
「若い内の苦労は買ってでもしろ」
「せめて危険手当の増額……」
総長さんはオークさんの腕を叩きつつ、自分はさっさと寝る事にしました。




