魔術による怪我の治療
「ちょっ、退いてくれ!」
曇り空の下、セタンタ君が血相変えて街中を走っています。
右手に左手を持っています。
どうも、魔物に左手を噛み切られたようですね。
セタンタ君はギルドの依頼で赴いていた郊外で遭遇した魔物に不覚を取り、左手を牙でガリッと咥えられ、左手ぽろりをしてしまったのです。
切断面はセタンタ君自身の血と魔物の血も入り混じり、ぐちゃぐちゃです。
魔物そのものは何とかその場で倒し、魔物の食道に詰まっていた左手を取り出し、大事な槍は脇に抱え、慌てて街に帰ってきたわけです。
途中、でくわした知り合いの黒狼系の獣人が「ありゃ、ドジったなぁ」とノンビリとした様子で話しかけてきました。
「まー、ツバつけとけば治るだろ」
「治んねえよ! 治療院行ってくるっ」
知り合いと別れたセタンタ君は街の一角にあるティーポットとティースプーンの描かれた看板を持つ治療院に飛び込み、治療院の先生を呼びつけました。
「先生、腕取れたぁ! くっつけてくれ!」
「あー、はいはい、こっちおいで。……切断後一時間ってとこか」
「直ぐ使えるようにしてくれよ。頼むぜ」
セタンタ君に懇願された先生は首を振り、「直ぐは無理」と言いながらセタンタ君の手に向け、静かに燐光を出しながら魔術を行使し始めました。
「癒しの風よ――この者の傷を癒やしたまえ」
まず殺菌、次にグチャグチャになっている切断面の形を整え、無造作に繋ぎ合わせ、そこからさらに魔術を重ね掛けして定着。
すると、外見は大怪我する前の状態へと戻りました。
白魔術による治癒です。
バッカスは魔術が一般に使われており、治療師と呼ばれるお医者さん達も魔術で怪我や病気を治しています。精神的なものはともかく、ちゃんとした治療師なら内臓に患部があっても肌に手を添え、魔術を行使するだけで治す事が出来ます。
しかし、万能ではありません。
先生がセタンタ君の腕から手を離しつつ、「どない?」と言いながら血で汚れた手を洗い始め、セタンタ君は腕を動かして具合を確かめ始めました。
セタンタ君は首をひねりながら必死に魔物に噛み切られ、魔術で治療された左手を動かそうとしましたが、動作はぎこちないものでした。
「ちょっと痺れてる感じ……」
「一週間もすれば完治するわ」
「え~、一週間かぁ……」
先生はバッカスの中でも腕の良い治療師です。
どれぐらい腕が良いかと言うと、自分の全身が細切れにされても切られ尽くした次の瞬間に五体満足の状態に戻る事が出来るほどの腕前です。
ただ、セタンタ君の方が腕取れて治療されるまでの時間が小一時間ほど経っており、痛みに耐えつつ左手が無い状態を頭でよく認識してしまったセタンタ君の頭が「こんな早く治るのはおかしい」と完治を拒んでいるのです。
肉体的には治っているのですが、精神的には完治していないのです。
ただ、これはそのうちある事に慣れていって精神面のところも治ります。治る日数には個人差はありますが、先生の見立てではセタンタ君は一週間ほどで元の状態に戻るそうです。
「一週間も仕事出来ねえじゃねえか」
「遊べ遊べ」
「遊ぶのも片手だとちょっと面倒」
「ウチの所為にされても知らんわ。そりゃショタンタの頑張りが足りんのよ。そもそも、どーせ一人で郊外行って油断してパクッとやられたんでしょ? 嫌ならちゃんと誰かと組んで行かんといけんよ。いつか無残に死んで肥やしになるよ」
「ぐぅ」
ぐぅの音は出ましたが、セタンタ君は正論に叩きのめされました。
叩きのめされつつ、治療費を払いつつ、セタンタ君は治療院の先生にちょっと相談事をする事にしました。内緒の相談事です。
「何かさぁ……俺、最近伸び悩んでる気がするんだ」
「実力が?」
「いや、その、背が……」
「あー」
先生は1000年以上生きてきて、セタンタ君がいた孤児院にも何年も前から健康診断などで入っている馴染みの先生です。
先生が「ちょっと測ったげるわ」と身長計に誘導し、見てみましたが確かに最後に測った時から伸び悩んでいるようでした。
その事実はセタンタ君にとってショッキングな事でした。
先生は「背丈ぐらい、整形すればいいじゃん」と勧めてきました。
治癒の魔術は整形にも転用する事ができ、それこそ性別すら変える事が出来ます。先生は整形得意なので「お安くしとくよ~」と言いながら相場の整形費でショタンタ君を勧誘し始めました。
ただ、整形も腕の治療と同じく一気に変えすぎると身体に心が追いつかず、動かせないという事態になりかねません。最悪、心停止して死にます。
単に縦方向に引っ張るだけではダメなので、どうしても背を伸ばしたいなら半ば以上、全身整形が必要となってきます。
最近、冒険者の間で流行っている整形は男性器の整形と、肋骨にチタンを入れる整形です。後者は最悪死ぬような状況でも命を救ってくれる事もあります。
ショタンタ君は真面目に悩みましたが、結局はもう少し考えることにしました。
背が低いと男の子的に沽券に関わると思いつつ、ショタのままなら人妻やお姉さんにチヤホヤされるしなぁという考えがせめぎ合っているのです。
整形で背丈伸ばしている事がバレて冒険者仲間に馬鹿にされるのもいやで、セタンタ君は整形について保留する事にしました。
「整形なら来てええけど、あんま怪我して来んなよ~」
「わかってる」
「わかってないから言ってるんやけどねぇ」
先生はいつか無残に死ぬであろう少年の身を案じました。