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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
二章:足跡の読み取り方と砂塵舞う採掘遠征
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魔物の瞬膜



 ロムルスさん主催・採掘遠征二日目の朝がやってきました。


 ハラペコ・アンニア号とイカレムス号は並走し、砂漠を移動中です。


「…………」


 セタンタ君はアンニア号の船尾で呆けています。


 呆けているというか、黄昏れているのでしょうか。


 いまは索敵や観測は別の方がしている事もあり、休憩中のセタンタ君は魔物が襲ってこない限りは暇です。アラク砂漠での遠征は移動が殆ど砂上船になので、いざという時まで結構暇な事があります。


 マーリンちゃんはというと索敵ついでに観測もしつつ、イカレムス号に魔術で編んだ糸を飛ばし、それを伝ってアンニア号から移動してきました。


 船のマストでポールダンスをして遊んでいたレムスさんがそれを見つけ、逆側から「そらそら」と巻いて引き寄せてくれました。


「どうしたマーリンちゃん、俺に会いに来たのかい?」


「そうとも言うかも?」


「おっ! いいねぇ、このまま凄えイカしてるレムス号に居着いていいんだぜ? 兄者のアンニア号にばっかり女の子偏って寂しかったんだ。まー、兄者は頭良いし強いしモテるから俺も女の子だったらあっち乗るけどな!」


「ちょっとお話したら帰るよ」


「俺はいま泣いていいと思う」


 レムスさんは両手で顔をおおいましたが、マーリンちゃんが「レムスさんにちょっと聞きたい事があるの」と言われると笑って「何だ?」と返しました。


「わりと聞きにくい事なんだけど……」


「あ、俺の事? いま特定の彼女はいないぜ! 特定の彼女は!」


「そうじゃなくて、ええっと、その、ごめんね?」


「何だ、急に謝って?」


「セタンタがちょっと呆けてて」


 マーリンちゃんはアンニア号の船尾で黄昏れているセタンタ君を横目で見てましたが、慌ててレムスさんに対して両手を振りました。


「いや、やる気無いわけじゃないんだよ。マジメに仕事してくれるよ」


「まあ、その辺はキチッとしてるだろ。魔術のキレは落ちるかもだが」


 バッカス王国の魔術はイメージで行使するものなので、気の持ちようが魔術の結果に影響するという事があります。


 気分が落ち込んでいると弱くなったり、逆に気分が乗ってると強くなったりもします。強い復讐心などで強くなったりもします。


「まー、そのうち切り替えるだろ。別段、やらかしそうなわけでもねえし、仮に戦闘になったら戦ってるうちにたぎってくるくるだろうさ。前にウインドゴーレム討伐で一緒に戦った事あるんだけどよ? アイツは結構ギラギラしてたぜ。確か何か、金がいるとかなんとか言ってたような……」


「んー……」


「心配すんなよ」


 レムスさんは船べりに腰を預け、少し声をひそめて呟きました。


「ウチの兄者も怒っちゃいねえさ。まあ、そもそもそんな怒る人じゃねえけどな。俺は馬鹿やって怒られてばっかだが……へへ、兄者は俺なんかよりずっと人の事を見てるから、セタンタの事もちゃーんと見ててくれるって」


「んー……」


「まー、大方、セタンタの方も追っかけてきた子が、落ち込んだ様子で帰っていったから、罪悪感とか感じてんじゃねえの?」


「そうなんだよね。たまにウジウジ考えるから」


「下手に発破かけてもこじれるだけかもしんねーから、そっとしといてやんな」


「うん……」


「それはそれとしてマーリンちゃんって付き合ってる相手とか――」


「ああっと、ごめん! 魔物来たよ!」


 マーリンちゃんの指し示した砂原がボンッ! と弾けました。


 砂中を泳いでいた魔物が砂上へ飛び出してきたようです。


 マーリンちゃんは魔物の詳細を遠征隊長であるロムルスさんに報告し、それを聞いたロムルスさんは交戦を決めました。


 速度的に振り切れる程度の相手ですが、あえて狩る事にしたようです。



 遠征隊を追ってきているのは手足の無いワニのような魔物でした。


 砂原をシャチのように泳ぎ、マーリンちゃん達が乗る砂上船を追いかけてきています。人間ぐらいは軽く丸呑み出来そうな口を持っており、それが砂上船に振るわれようものなら簡単に噛み砕かれるかもしれません。


 ただ、船の方が速度で勝っています。


 正面や横からふいに食らいついてきたら避けきれなかったかもしれませんが、潜っていようと索敵出来る魔術師が数人おり、交代で見張りをやっているのでふいをつかれずに済んでいます。


 とはいえ、油断すると船を壊され、遠征もままならなくなるかもしれません。


 マーリンちゃんは船速を活かして「引き狩りするのかな?」と思いましたが、そうはなりませんでした。


 ロムルスさんが大弓を持ち、それを弾いたのです。


 一見すると竪琴を引くように単に弦を弾いただけの動作に見えますが、マーリンちゃんの目は大弓から針のように細い一矢が放たれたのを捉えていました。


 ロムルスさんが魔術で矢を作成し、その魔矢を飛ばしたのです。


 とても細いものでしたが、それは矢でした。


 硬い鱗を持つ獰猛なワニ似の魔物に矢は弾く――事もなく、水のようにするりと魔物の脳天の中へと入っていき、パンッと内部で弾けました。


 マーリンちゃんは目ではなく、魔術でその様子を見ていました。


「うわ、すごいえげつない殺し方」


「おっ? マーリンちゃん、兄者の絶技が見えてたのか?」


 レムスさんは一瞬驚き、我が事のようにほころびました。


「兄者はスゴイだろ。何をしたのか細かくわかったか?」


「多分だけど、魔矢を生成して射た。それだけなら弓使いは大抵出来るけど、ロムルスさんの場合、矢というより糸ほどの大きさで魔矢を生成したんじゃないかなぁ? で、矢で貫いて殺すとかではなく、糸ほどの大きさで矢を……自分の魔力を魔物の脳内まで送り込み、脳を直接攻撃したんでしょう?」


「その通りだ。あれほどの矢だと貫いただけだと注射針が刺した程度の痛みだったかもしれねえが、急所を直接破壊されたら、ご覧の通りよ」


 魔物は泳ぎながら土でつんのめり、砂埃をあげながらゴロゴロ転がって動かなくなりました。つんのめり始めた時点で脳が直接破壊され、死んだのです。


 えげつない攻撃です。


 でも、効率的な攻撃でもありました。


 出来事そのものは一瞬の事でしたが、地味に絶技です。バッカスには弓矢を使って戦う冒険者も多くいますが、ここまでの事が出来る方はあんまりいません。


「というか、それは弓の使い方か? って文句が出そう……」


「ふふん、勝てばいいんだよ」


 魔物を解体し、部位を剥ぎ取るために砂上船が砂原に停泊しはじめました。


 そんな中、マーリンちゃんは「おっ」と呟きながらハラペコ・アンニア号の船尾を見つけました。


 船尾にはロムルスさんがいて、セタンタ君もいます。


 座り込み、ぼうっとしていたはずのセタンタ君は少し鋭い目つきでロムルスさんの大弓を眺めつつ、先程の一撃についての質問をしている様子でした。


 そこには腑抜け、黄昏れていた少年はおらず、戦士らしい目つきをした一人の少年冒険者の姿がありました。ロムルスさんの一矢が柏手かしわでのように彼の心を打ち鳴らしたのでしょうか。


 マーリンちゃんは二人の様子――あるいは一人の様子を微笑みながら見守りつつ、魔物の死体に向けて飛んでいきました。



「ボクが解体してくるよー」


「お、そうか、悪いな!」


 刃物を手に飛び出そうとしていたレムスさんが解体用の得物をマーリンちゃんに投げ渡し、マーリンちゃんはそれを浮遊の魔術も使って受け取りました。


瞬膜しゅんまくだけでいい。今回の遠征の目的は鉱石だからな」


「はーい」


「腹の中から出てくる寄生型の魔物に気をつけろよー」


「いないっぽいから大丈夫ー」


 ロムルスさんが倒した魔物は雑魚とは言い難い強さを持っていますが、その身から剥ぎ取れる部材は高価に捌けるものがあまりありません。


 皮や骨が砂上船の材料になるのですが、他の魔物の方がもっと良質なものが取れます。なので今回の遠征では特に剥ぎ取る必要性はありません。


 ただ、一部分だけはそこそこの値段になるものがあります。


 それがレムスさんの言っていた「瞬膜」です。

 

 瞬膜とは眼球を保護する膜です。


 可動式のコンタクトレンズ、あるいはゴーグルのような器官、と言えば伝わるでしょうか。目を覆う形で水平方向に動き、眼球を保護するのです。


 ビーバーなどの生物が水中で目を保護したり、陸生のものでも砂埃避けのためについていたりします。用途は生物によりけりですが、共通するのは目を守るためという事です。


「んぎぎ……っと」


 マーリンちゃんが砂の中にズブズブ沈んで行こうとする魔物の死体の目の周辺をえぐり、瞬膜をブチブチと取り出しました。


 血で汚れていますが、この魔物の瞬膜は透き通っています。透明です。


 魔物達の瞬膜も他の生物と同じく眼球の保護のためについています。


 ただ、冒険者達が戦っている魔物達に瞬膜がついている理由は人間の影響です。


 最初からついていた種も多くいましたが、現在はバッカス建国初期よりも多くの種類の魔物の目に瞬膜が存在しています。


 人間から繰り出される目潰し対策として、瞬膜がついていったのです。


 目潰しは現在も魔物相手に使われる非常に有効な手段です。視覚を封じられると即座に人の位置が把握出来ず、一気に無力になる魔物は珍しくありません。


 倒す倒さない以前に逃げる時に目潰ししておくと楽に逃げやすく、簡単に潰せるならまず最初に狙うのもアリ、という弱点と化します。


 あんまりにも目潰しが有効過ぎてバッカス王国の冒険者達があの手この手で目潰しを仕掛けてくるので、魔物を創造してる神様が「お前ら身も蓋もなさすぎ! もっと正々堂々と戦え!」と文句言っても聞き届けられなかったので、泣く泣く瞬膜を備えた魔物を増やしていったのです。


 完璧に目潰し対策が出来たわけではなく、「まあ多少はいいよ……」と神様も半ば諦めていますが、バッカス冒険者の容赦ない戦いっぷりの影響で魔物が持つ器官にも多大な影響が出たのです。


 影響度で言えば毒餌の方が大きかったのですが、目潰しの方もけして少なくない影響を与えているわけです。


 ただ、瞬膜持ちの増加は人間側にも恩恵がある変化でした。



「取ってきたよー」


「おつかれさん。じゃ、行くか」


「ういういー」


 砂上船が再び砂原を進んでいきます。


 マーリンちゃんは腰掛け、瞬膜についた血や肉を拭いました。


 すると、綺麗で透明で分厚いレンズが出てきたではありませんか。


 少し厚めのガラスのようですが、一般的なガラスより格段に硬いものです。


 これこそが瞬膜の恩恵です。


 バッカスは魔物の部位を活用していますが、それはこの瞬膜も含まれます。


 冒険者は薬物による目潰しだけではなく、物理攻撃による目潰しも積極的に行っています。そのため、神様は「お前ら最低だな、お前ら最低だな……」と泣きながら硬い瞬膜を魔物達に備えていきました。


 魔物によっては鱗より硬い瞬膜を備えているものもいます。


 硬いだけなら金属で瞬膜以上に硬いものは作れます。


 ただ、魔物瞬膜は「ある程度硬い」うえに「透明」という売りがあります。


 そこを活かした防具作りが行われているのです。


 例えば超巨大な魔物からは人間を覆い隠せるほどの大きさの瞬膜が手に入る事があり、それを大盾として転用したりもします。


 重ねていいますが、硬度そのものは金属でも再現、凌駕は可能です。


 透明あるいは半透明で反対側が見える金属は作成が非常に難しく、ガラスのように見えたら見えたで今度は硬度が両立出来ないという事になったりするのです。


 瞬膜であればどちらも一定以上の基準を満たし、「相手の攻撃を受けながら本来は覆い隠される盾の向こう側」が見れる大盾を作る事が出来るのです。


 一種の防弾、強化ガラスみたいなものです。


 用途は大盾ばかりではなく、兜の前面に取り付けて視野と硬さを両立したり、防具ばかりではなく魔術の媒体用のレンズにしたり、魔物の中には瞬膜が宝石そのものとなっている種も存在しています。ガラス代わりに使えたりもします。


 人の技術ではまだ中々完全再現が難しくて便利なものなので、魔物にとって目潰し対策となりつつ、人々にも恩恵を与えているわけですね。



「これは良いお皿になりそうだね!」


「その用途はちともったいないな……形もちょっとダメだな」


 レムスさんはマーリンちゃんから瞬膜受け取って見つつ、そう言いました。


 言いつつ、「ああ、そうだ」と呟きました。


「マーリンちゃんにちょいと頼みがあるんだけどよぅ」


「なに?」


「大分遠くだが、風にのって人の匂いが届き続けてる。俺達の航路を辿ってきている砂上船がいるんだろう。そいつらの正体が知りたい」


「え、人?」


「うん、人間の匂いだ、これは」


 マーリンちゃんは船尾の方向を見ました。


「うーん……通常は感知圏外だけど、航路をキチッと追ってきてるなら法陣を敷設しとけばそれ辿って感知出来ると思う」


「やってみてくれるか? 兄者もそろそろ指示してくる頃だ」


 レムスさんは微笑み、「邪魔する奴等なら蹴散らさなきゃ」と言いました。




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