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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
二章:足跡の読み取り方と砂塵舞う採掘遠征
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砂上港にて



 採掘遠征当日、セタンタ君は早朝から寮を出て集合場所に向かいました。


 途中、マーリンちゃんがあくびしながらフワフワ浮いて移動していたので、鞄の紐を持って風船のように引っ張っていってあげる事にしました。


「ねむい」


「夜更かしでもしてたのか?」


「お隣のアタランテさんが酔っ払って帰ってきて、自分の部屋とボクの部屋まちがってドア蹴破って入ってきて、ボクを不法侵入だと勘違いして射殺そうとしてきたから必死に抵抗してたのだ……」


「生きてるだけ儲けもんだな」


 二人が向かうはアラク砂漠という砂漠地帯の中央に存在する都市、アルヒです。


 アラク砂漠は元々、緑豊かな山岳地帯が広がる大地でした。


 しかし、バッカス王国が建国されて100年経った頃に現れた一匹の魔物の影響で木々も水も枯れ、広大な砂漠地帯となってしまった地域です。


 砂漠といってもそう呼ばれているだけで実際は「砂で出来た海」と呼ぶのが相応しい地帯で、サラサラとした砂地に踏み込むと底なし沼のようにズボズボと沈んでいってしまう場所が広範囲に存在しています。


 単に沈むだけではなく、砂の中に海流の如き流れも存在しており、その流れに押し上げられ、砂の海に沈んでいたものが押し上げられてくる事があります。


 その中には鉱石も存在しています。


 砂漠化した後の調査で明らかになったのですが、アラク砂漠には豊かな鉱床も眠っていたらしく、砂漠化で砂中に沈んでしまっていた鉱石を含む大岩が砂の流れで浮き沈みし、ゴロリと人々に姿を見せてくれる事があるのです。


 現在は砂中から浮かび上がってくる鉱石を目当てとした採掘が盛んに行われており、セタンタ君達がやってきたアルヒはアラク砂漠の地理的中心地というだけではなく、アラク砂漠における採掘の中心地にもなっているのです。



「でも住みにくそうな都市だよなぁ」


「まあ周りは砂漠だからねぇ」


 水を含む必要な物資は都市間転移ゲートでガンガン送ってくる事が出来ます。


 ただ、砂だらけの地域なので砂埃が非常に多く、街路だけではなく建物内でも歩くたびにジャリジャリと音が鳴っています。


 ここ、アルヒだけではなくアラク砂漠に隣接した都市はどうしても砂埃に悩まされる事になります。突風に巻き上げられた砂が目に入ったり、洗濯物を干そうものなら砂だらけ。砂嵐が来た時には窓なんて開けてられません。


 そのためアラク砂漠の都市は作業場や事務所、倉庫などがあっても住宅が少なく、地代も比較的安いです。


 住むうえで砂のことが面倒なので住宅は別都市に作り、仕事場には都市間転移ゲートを使って通ってくるのです。


「待ち合わせ場所、どこだったっけ?」


「第八の桟橋だ。行くぞー」


「あい」


「おいコラ、お前だけ先に飛んでいくつもりか!」


「ばいばーい」


 マーリンちゃんは風に流されるように直線距離で飛んでいきました。


 セタンタ君も人の迷惑にならない程度に身体強化の魔術使い、街路をテクテク走っていく事にしました。


 空飛ぶマーリンちゃんはまだ可愛いものですが、中には大人しく街路を通らず、他人の敷地・建物を魔術で強化された身体で通り抜けていく人の姿もあります。


 傍から見てる分にはパルクールのようで見応えあるのですが、通られる敷地の持ち主は「コラー!」とお怒りです。不法侵入なので、やりすぎると捕まるので注意しましょう。


 セタンタ君が桟橋に辿り着くと、遠征参加者全員の姿がありました。


 予定時刻より早めなので遅刻ではありませんが、セタンタ君は「やべっ」と言ってトントンと音を立てて砂上の桟橋を走っていきました。


「セタンタおっそーい」


「ま、マーリンてめぇ! 後で覚えとけよ……」


「おっ? やんのかっ? やんのかコラ? シュッシュッ!」


「しゅっしゅっ」


 マーリンちゃんがファイティングポーズを取り、皆のお見送りのためにやってきていたアンニアちゃんもそれを真似ました。


 皆、それを見て笑っていましたがセタンタ君は恐ろしい表情でマーリンちゃんに「砂の中に落ちないよう、注意するんだな……」と宣戦布告しました。


 それを見守っていたロムルスさんが「予定より早いが、出発するか」と言い、皆がそれに「応!」と腕を振り上げ応えました。


 アンニアちゃんも皆に混ざり、「おぉ~」とか言ってますがお留守番です。


「ただ、出発前に船に名前をつけておこう」


「おお、そうだそうだ。コイツらの処女航海だからなぁ」


「海ではないが……まあ、どちらも新造船だからな」


 皆が桟橋に横付けされた二隻の船を見上げました。


 砂上船というアラク砂漠を征くために作り上げられた専用の船です。


 見た目は通常の帆船と同じですが、帆での推進は補助的なものに過ぎず、基本は魔物由来の油、あるいは魔力で進んでいく船です。


 二隻ある船をそれぞれ、ロムルスさんとレムスさんがお金を出して買ったそうです。普段から使う用ではなく、砂上船を欲しがっている士族の人に船主として貸し与えるために作ったんだとか。


 ただ、今回は新造されて最初の遠征となるため船主である二人が採掘遠征ついでに新品をブイブイと乗り回そうという腹積もりのようですね。



「弟よ、お前が先に名をつけるといい」


「おう。ええっと、何にしようかな~?」


「10秒以内」


「マジか! ええっと、そうだ! 凄えイカしてるレムス号にしよう」


 皆は「凄えイカしてない名前だな」と思いましたが、そっとしておきました。


「凄えイカくさいれむしゅ号?」


「凄えイカしてるレムス号! わかったかアンニア!?」


「うんー?」


 アンニアちゃんは「ださい」と思いながら首をひねりました。


 でも、空気呼んで「かっこわるいね」と言うに留めました。


 ロムルスさんは苦笑しながらアンニアちゃんを抱っこして、今度は自分の船を指差して語り始めました。


「私の船は命名権を妹のアンニアに譲ろうと思う」


「まことに~!?」


 アンニアちゃんはお兄ちゃんからのプレゼントに歓喜しました。


 その喜びようを見たレムスさんは膝をつき、「その手があったか……!」と打ち震えました。妹さんにもっと好かれたいのですね。


「んと、んと……なんでもいーの?」


「ああ。アンニアが名前をつけた船で、アンニアと遠征に行っているような気分に浸れる素敵な名前をつけてくれ。ネタに走ってもいい」


「ふへへ、じゃあ……ハラペコ・あんにゃ号がいい!」


「ハラペコ・アンニア号だな。さっそく船名を船体に刻んでおこう」


「やったぁ!」


 レムスさんがオロオロと「お、俺の船にもアンニアが名前をつけていいぜ!?」と追随しましたが、アンニアちゃんはハラペコ・アンニア号に夢中で聞いていません。レムスさんは桟橋を涙で濡らしました。


「もはや生きる希望も無くした……」


「元気出せよ。俺はレムスの兄ちゃんの名前、最高にイカくさいと思うぜ」


「わかってくれるのはお前だけだ! セタンタァ!」


 レムスさんがガバッと抱きつこうとして、ひょいと避けられ落ちていきました。


「あれっ、れむにーたんいない? どこ?」


「そこに腕だけ見えてるだろ?」


「あっ、ホントだ! ふひひ、はひひ」


 アンニアちゃん、口に両手をあててクスクス笑っています。


 妹がウケてくれたので、レムスさんは満足げに沈んでいきました。


 命名は終わったので、そろそろ出発です。


 アンニアちゃんが「みんな、ちゃんとかえってきてねぇ……」と一人ずつギュッと抱きしめていきました。


 むくつけき男連中がキュンとし、男顔負けの戦闘能力を誇る女性陣もキュンとし、帰ったら両親に子作りしてと頼む事を決めました。もしくは自分で作ります。


 皆それぞれの想いを抱きつつ、遠征に向かう事になりました。


 遠征参加者が二隻の船に分かれて乗り、見送りのアンニアちゃんは護衛の女性達に抱っこされて「あんにゃも行きた~い」とねだってますが、留守番です。


「それでは出――」


「おーーーい! まってくれーーー!」


 砂上港を出ていこうとした一同を止める声が響きました。


 声の方を見ると、都市の方から誰かが桟橋通ってやってきています。


 ロムルスさんやレムスさんは「はて、もう全員揃ってるはずだけどな」と首を傾げましたが、セタンタ君とマーリンちゃんは声の主が誰か直ぐわかりました。


 声の主は、自分の身体より大きな鞄を背負って走ってきています。


 パリス少年です。


 とても嬉しそうにトンカン音を鳴らして桟橋を走り、近づいてきました。



「はぁ、はぁ……危ない、ギリギリだったか」


「パリス、なんでここにいるんだ?」


「お見送りに来てくれたの?」


 首を傾げたセタンタ君とマーリンちゃんに向け、パリス少年がムッとしました。


 特にセタンタ君に向け、プリプリと怒ってます。


「見送りなんかじゃないぞ、オレ様もついていくんだ!」


「は?」


「セタンタもう忘れたのかよ! 今度はオレ様も冒険に連れてってくれるって、一昨日約束したばっかじゃん! 昼メシも奢ってくれてさ!」


「え、はあ? 確かにそういう約束もしたけど」


 セタンタ君はちょっと戸惑いつつ、ひとまず船を降りました。


 レムスさん達は首を傾げ、船上から事の成り行きを見守っています。



「約束はしたけど、まだいつ行くかは決めてなかっただろ?」


「次の冒険って言ったじゃんか!」


 パリス少年は地団駄を踏みました。


「パリス。今回の遠征は、俺が主催のもんじゃないんだ」


「でも、約束……」


「俺はあくまで手伝いで呼ばれているだけ。それどころか、砂上船での遠征は初だから足引っ張るかもしれねえ。そうならないように頑張るつもりだけど、でも、一日二日で帰ってこれるようなもんでもないし、危険なんだよ」


「お、お前、約束したじゃん……」


「約束はした。でも今回の冒険とは別の機会の話で……勘違いさせたのは悪いと思うから、その、また今度な。何か土産でも拾ってくるよ」


「…………」


 パリス少年は、手をギュッと握りしめました。


「お、お前もオレのこと、役立たずって言うのか」


「そういう話じゃない。今回は俺がどうこう決めれる話じゃないんだ」


「…………」


「遠征に連れていく人員に関しては私の一存で決めている」


 船を降りてきていたロムルスさんがセタンタ君を後ろに下げ、膝を曲げつつパリス君に「すまないが、またの機会に頼む」と言いました。


「途中での補給は不確かな旅になるため、遠征当日になって人を増やすのも難しい。予定より長期に渡ってしまった場合、最悪、餓死の可能性も招きかねない」


「でもオレ、約束して……食うもんも、自分でいっぱい持ってきたし!」


 ほら、と言いながらパリス少年は大きな鞄を下ろし、開いて見せました。


 中には食料だけではなく水も入っていて、パリス少年は「寝袋も持ってきたし、砂よけのゴーグルも持ってきたんだ」と見せようとしました。


 パリス少年なりに考えて、必要なものを持ってきたのです。


 セタンタ君がクアルンゲ商会の冒険者用品店で遠征用の買い物をしていたのを知り、昨日から慌てて準備してきたのです。


 足りているとは言い難い用意でしたが、彼なりにクアルンゲ商会でちゃんと働いて稼いだお金を使いつつ、買い揃えてきたのです。


「雑用でもなんでも手伝うよ……だから、オレも冒険に連れてってくれ!」


「雑用も護衛も足りている。船の操舵に関しても専門家を呼んでいる」


「オレ、役に立つよ! セタンタとも年齢、一個しか違わねえし、セタンタみたいに活躍してみせるよ。試すだけでもいいからさぁ……なー」


「キミを試したところで私の決定は覆らない。それはキミがバッカスで一番の冒険者であっても同じ事だ。すまないが、予定通りに遠征を進行させてくれ」


「…………」


 パリス少年は、セタンタ君を隠すように立ち上がったロムルスさんに気圧され、後退りし、何かを言おうとして言葉を呑み込み、そのまま去っていきました。


 来た時とは対象的に重い足取りです。


 トボトボと去っていく大きな鞄を担いだ背中に向け、セタンタ君は何と言葉をかけたらいいかわからず、思わず手を伸ばしかけましたが、ロムルスさんが肩を叩いて「出発しよう」と言ってきたので頷き、手を引っ込めました。



 パリス少年は桟橋が見える都市の上層部まで戻りました。


 ちょうど、ロムルスさん達の砂上船が出て行ったところで、背負っていた鞄を傍らに置き、下唇を噛んでそれを見送りました。


 砂埃をあげ去っていく二隻の砂上船が見えなくなっても、その二隻を追うように一隻の砂上船が砂上港を出ていっても、ずっとずっと見ていました。


「…………」


 傍らの鞄を開くと、食料がポロリとこぼれました。


 長期の冒険になるかもしれないから、長持ちするのが良いだろうと思いつき、買い集めてきた缶詰などの保存食が鞄の中に詰まっています。


 その中から携行食として持ってきた豆をポリポリを食べつつ、手のひらで転がして豆をもてあそびつつ、食べ終わると所在なさげに手のひらを見つめていました。


 それ以上は食べる気分ではなく、砂よけのゴーグルをなんとなしに身に着け……5リットルほど持ってきていた水を取り出し、ごくごくと飲みました。


 飲んでも飲んでも、胸にぽっかり空いたように思える穴は埋まりませんでした。


 日が暮れても彼はずっと、セタンタ君達が消えていった砂の地平を眺め続け、いつしか自分が持ってきた大きな鞄に寄っかかって眠ってしまいました。



 眠ってしまった彼のもとへ、酔っぱらい達が近づいてきました。


 ちょっかいを出そうとしているようです。


 笑って手を出そうとしましたが、その肩を一人のオークの手が叩き、サングラス越しに「この子に何か御用かな?」と聞くと、酔っぱらい達はそそくさと逃げていきました。


「パリス、起きなさい。パリス」


「……んんっ」


 揺り動かされ、起きたパリス少年はちょっとビックリしました。


 直ぐそばにフェルグスさんがいたためです。


 バツが悪そうに固まるパリス少年に対し、フェルグスさんは微笑しながら「こんなところで何をしている」と問いました。


 パリス少年はあたふたと、クアルンゲ商会の仕事をほっぽりだした事を謝ろうとしましたが上手く言葉が出ず、混乱し、朝の事を思い出し、ひっくひっくとえづきながら俯きました。


 フェルグスさんはパリス少年が落ち着くまで隣に座り込み、「ごめんなさい」と謝ってくると、笑って「飲み物でも買って帰るか」と誘いました。



「ただ、私にではなく、商会の者達にこそ謝らねばならんぞ」


「うん……」


「別に皆、怒ってはいないし……むしろ心配していた。昨日までずっと、真面目に一生懸命働いてくれていたから、今日に限って来ないのは何か事故に巻き込まれたんじゃないか、と探しに出る者もいたほどだったようだからな」


「…………」


「何かやりたい事があるなら、ひとまず誰かに相談しなさい」


 パリス少年は俯いて鼻をすすりつつ、コクリと頷きました。


 フェルグスさんはその頭をわしゃわしゃと撫で、パリス少年の大きな鞄を背負い、「今日の晩飯はステーキだぞ」とパリス少年もつまみ上げて立たました。


 そして二人でゆっくり、子供の歩幅でフェルグスさんの家に帰っていきました。




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