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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
一章:採油遠征と酒保商人
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弁当箱とスライム



 バッカス王国は、一応は平和な国です。


 他所の国には「悪魔の国」と目の敵にされて連合軍結成されて戦争仕掛けられてきたりしますが、未だにバッカス王国は負けた事がありません。指先一つで追い払える程度の戦力差があるのです。


 他国より数段上の脅威として魔物達が存在していますが、それも主に都市郊外の事。都市内の治安はそこまで乱れていません。


 都市内で乱闘沙汰が刃傷沙汰に発展しようものなら王様の使い魔達がやってきて双方を拘束したり食べたりして仲裁してくるのです。


 まったく起きないわけではないので人通りの少ない路地裏には行かない無難程度の治安です。あれっ、言うほど乱れてないわけではないですね?


 国が半ば食料生産事情を管理しているため、食糧事情はとても安定しています。


 放っておいてもミントを超える勢いで繁殖する米、ご家庭の植木鉢でも簡単に育てられるキャベツ、子供でも簡単に管理出来る刺してこない大人しいハチが作る蜂蜜などなど、ジャガイモさんが無双する隙があんまりない魔術で品種改良された食物や家畜が存在しています。


 しいて挙げるなら魚は少し高めです。


 安全な水場で養殖もやっていますが、自然のものを取るのは難しいのです。


 政府が陸生の魚を品種改良で作った事もありましたが、魚の身体にすね毛の生えた人間の足のついた魚が闊歩する異常事態が起きて開発中止となりました。


 海は魚介の宝庫でありますが、同時に水棲の魔物達にとっては格好の人間狩りの場であるため、漁師は特別な訓練を積んだ戦士でなければ務まりません。


 担い手が農家ほど多くないので、供給の少なさに目をつけた冒険者がお金目当てに海に潜り、遠くが霞む海中の闇を自在に泳ぎ、全周囲から襲ってくる魔物達に腑分けされちゃう事も珍しくないので気をつけてください。


 海の事はともかく、山を往く冒険者達にとっても食料は大事なものです。


 長期遠征なら事情は変わってきますが、日帰りできそうな依頼を受けた冒険者達は依頼を受けて朝食食べて出発し、昼食は郊外で取ることが多いです。


 冒険者はバッカスで最も多い職業なので弁当需要はとても高く、お弁当屋さんは毎朝大忙しです。ただ、早朝の仕込みと午前の営業だけで昼と夜は閉めていても十分なほど稼ぐことが出来るので、お弁当屋さん達はホクホクです。


 特に人気なのが量り売りの惣菜弁当屋。


 通常の弁当より少し割高ではありますが、冒険者が個々人で自由に弁当の内容を決める事が出来るのが人気の秘訣です。


 肉ばっか食べたい人がいるという話ではなく、自分の鞄の容量にあったマイ弁当箱に惣菜を詰め込むためです。手提げ弁当で手が塞がるのを嫌がっているのです。


 弁当屋行かずとも作ってくれる人がいたらそれでいいんですけどね。


 あるいは自炊すればいい話ですが、自炊は面倒くさがる人が多いです。



 セタンタ君も今日は惣菜弁当を買うつもりのようです。


 が、訪れた弁当屋は一軒目も二軒目も唐揚げが売り切れ、揚げる材料も切れている有様でした。冒険者が通った後の惣菜売り場はイナゴが通った跡のようです。


「今日は唐揚げの気分だったのに……」


 セタンタ君は子供のように膨れっ面です。


 見かねた若いお姉さんっぽい女性店員さんが「目玉焼きを乗せたハンバーグあげるから、代わりに今夜ウチにおいで」と誘ってきました。あからさまな身体目当てです! しかし、唐揚げに心を囚われたショタンタ君は丁重に断わりました。


 他の弁当屋に行こうかとも思いましたが、そこでも無かった時の事を考えると「今日は仕事せず、アツアツの唐揚げを食堂で頼んで食べる方が無難」と考え直しました。が、その考えをさらに覆す事になりました。


「あ、フェルグスのオッサン」


「む。セタンタか」


 寮に戻ろうとしていたところ、フェルグスさんに出くわしました。


「食べたい物が無いから仕事しない? 昼間から唐揚げとは言い御身分だな」


「酒はともかく、唐揚げでとやかく言われたくねえよ!」


「どうあれ、気分で働くのはよくないぞ、セタンタ。メリハリをつけなさい」


 冒険者稼業の気楽さが身に染みるあまり、転職に困る人もいます。気分と財布事情次第で自由に仕事出来ますからね。


 週に二日働いて、残りは趣味に費やす冒険者もいますが、週に一日働いて後は飲んだくれて腕を落としていき、転職どころか郊外で人生を終える人もいるのです。


 目をかけている若人がそうなってはいかん、と思ったフェルグスさんは「仕方ない。私が郊外で唐揚げを振る舞ってやろう」と誘ってきました。


 二人は必要なものを買い込み、適当な依頼をギルドで受けて郊外へと繰り出しました。セタンタ君にとって久しぶりの一人ではない冒険です。


 以前はフェルグスさんとよく組んで活動していましたが、お金を貯める動機が半ば消滅してからは同じ孤児院出身の子達と組んで郊外に出かけていました。


 ただ、後者に関しては音楽性の違いから解散し、ここ最近は一人気楽に冒険者稼業をやっているわけです。


 郊外は危険な場所なので、ギルドも複数人での郊外活動を推奨しています。セタンタ君のそれはわりと自殺行為なので、良い子は真似しないようにしましょう。


 準備を整え、郊外に出てきた二人は依頼をこなしつつ徘徊し始めました。


「良い肉が転がってねえかなー」


「新鮮で唐揚げに合う良い肉だ。昼までに見つけねば」


 肉を現地調達し、郊外で唐揚げを作る腹積もりです。


 魔物の肉は種に寄りますが、畜肉より美味しいものも少なくなく、狩猟肉ジビエ専門店に卸すために魔物を専門で狩る冒険者もいるほどです。


 ただ、魔物の中には毒を持っている種もいるため、適切な処置を施さなければ最悪食べただけで死にます。ものによっては危険性はフグどころではありません。


 なので郊外で取った魔物をその場で調理するというのは衛生面の問題からも、あまり賢い事ではありません。二人は唐揚げ食べたいあまりにバカになっています。


 いま流行りの料理漫画、料理小説のような展開になってきていますが魔物のいる郊外での調理は危険行為なので、やるにしても魔物への対策も積んだうえでやりましょう。二人は「まあ来たら殺せばいいや」と気楽なもんです。


 二人は野生のステゴサウルスを無残に殺しつつ、美味しい肉を探して郊外を練り歩きました。近寄る魔物はフェルグスさんが大剣でズンバラリンと斬り倒し、肉質を吟味していきました。


 最終的に野生のニワトリを四羽確保した二人は見晴らしの良い場所に移動し、下ごしらえを始めました。


 プリッとしたモモ肉。飯ごう炊飯が奏でる音と匂い。静かに熱され、その時を待つ薄黄色の油。かなり危険な郊外の景色も食欲を刺激された二人にとっては綺麗な大自然の風景というご飯の添え物でしかありませんでした。


 そして、ついに油に肉が投入されはじめました。


 泡を浮かべるでもなく、静かに熱を持っていた油は肉の投入をパチパチと拍手のような音を立てて迎えていきました。


 その様子にグゥと腹の音が二つ鳴り、お互いに笑いあっていましたが直ぐに期待に満ちた笑みを浮かべつつ、黙って油弾ける肉を見守り始めました。


 しかし、スンナリと唐揚げを食べる事は出来ませんでした。


「セタンタ、魔物が近づいてきている」


「ホントだ。追加の肉かな?」


「だといいが、適当に殺しておけ」


「うん」


 フェルグスさんは肉の揚げ具合を見守るのに夢中であるため、セタンタ君が対処を任される事になりました。


 藪をガサガサ鳴らしつつ、二人のところにやってきたのはスライムでした。肉ではありません。食べ盛りのセタンタ君は少しガッカリしました。


 スライムは「実は強い」と言うと通ぶれるという意味で定番のモンスターです。バッカスの冒険者達が戦うスライムの強さは弱いものもいれば、メチャクチャ強いものもいるというピンきり具合です。


 セタンタ君が相対する事になったのは、中型犬ほどの大きさのもの。


 べしべし叩けば殺せるスライムもいますが、セタンタ君が戦う事になったスライムは物理的な衝撃への耐性があるちょっと面倒くさいスライムでした。


 面倒なので、セタンタ君はフェルグスさんのところに戻り、唐揚げ作りで余った片栗粉を水で溶き、スライムにドバァーッ! と全て飲ませてしまいました。


 次いでルーン魔術で残虐に熱し始めると、段々とスライムの動きが鈍り、最後にはぴくりとも動かなくなりました。


 糊化こかという現象です。


 デンプンが加熱によってスライムの体内で糊化し、がんばって動こうとするスライムの細胞の動きを動きの始まりの時点で止めてしまったのです。


 糊化はあんかけ料理に利用される調理法で、カレーに「とろみが足りないかな~」という時も水溶き片栗粉を混ぜ、熱すると糊化でとろみを追加出来る大変便利なものです。


 デンプンはジャガイモからも作る事が出来るので、一種のジャガイモ無双かもしれません。セタンタ君が使ったのはジャガイモ由来のものではありませんが。


 ただし、どのスライムにもこんなアホみたいな方法が効くとは限りません。バッカス冒険者が戦っているスライムぐらいでしょうし、彼らが相手取るスライムの中にもこの手は利かないものも当然います。


 スライムは食材以外にも色々と用途があるので、冒険者の中にはセタンタ君のようにスライムの動きを止め、生け捕りにして街で売りさばく専門のスライム取りもいるほどです。スライム浣腸はバッカスではそこそこ人気です。


 スライム取りの人達はもっとスマートに、専用の丸薬などを使うのですがセタンタ君は孤児院時代に「手元に無ければ片栗粉を使おう」と教えられていたため、そのようにしました。やや危険なので良い子は真似しないでください。



「さあ、揚がったぞ」


 スライムを運搬用の袋に詰めていっていたセタンタ君は袋の口をしっかり縛り、るんるん気分でフェルグスさんのところ――もとい唐揚げのところに戻りました。


 わりとお金になる種を生け捕りに出来たのですが、いまのセタンタ君には金より食い気です。ご機嫌で飯ごうからご飯をよそい、唐揚げにレモンをかけるか否かで揉め、親子のようにギャアギャア騒ぎながら昼食を取りました。


 幸い、食事中に追加の魔物がやってくる事はありませんでしたが、調理時の煙や匂いで寄ってくる魔物も珍しくないので、良い子はしっかりと対策をしたうえで郊外メシを楽しんでください。


 具体的な調理方法は、また別の機会に。




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