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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
十章:なれ果てのメサイア
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彼女達のif



 ある日、マーリンちゃんはヴィンヤーズにある墓地に来ていました。


 墓地といっても普通の墓地ではなく、隠された地下墓地。


 公には埋葬しづらい人を――例えば騒乱者などの犯罪者やその関係者を――ナス士族の長であるカヨウさんの判断で埋葬してある地下墓地なのです。


 先日、ニイヤド商会の人間達が埋葬され、さらにはメサイアに取り込まれていた人々の慰霊碑が作られる事になりました。


 マーリンちゃんはその中にある2つの墓石を――とある魔術師2人の墓石の前にしゃがみ、ここ数日の事を楽しげに語っていましたが、語り尽くすと「じゃあ、ボクもう行くね」と立ち上がりました。


「また来るからね。おかあさん、師匠」


 少女が墓石から離れると、少し離れた場所に立っていた人物が――カヨウさんが腕組みしながら話しかけてきました。


「……毎度毎度、一仕事終えたら律儀に挨拶しにくるつもりですか?」


「ですよん」


「暇な子ですね。他にやる事がないのですか?」


「自分なりに整理しにきてるだけですぅ~……!!」


 少女は唇を尖らせてそう言いました。


 言った後、キョロキョロと周囲を見渡し、調べ始めました。


「ツレナイこと言ってるけど、カヨウ様なんて毎日のように墓参りに来てるんじゃないんですか? カヨウ様なら転移魔術でパッと来れるでしょ?」


「来るわけないでしょう。ここに来ても、あの男が踏み倒した負債の事を……私に押し付けてきた面倒事の数々を思い出して嫌な気分になるだけです」


 顔をしかめるカヨウさんを尻目に、マーリンちゃんは観測魔術を使いました。


「毎日どころじゃないや。今朝も来たばっかりじゃないですギャーーーー!」


 カヨウさんが知られたくないものを観測した少女は、念動魔術で鼻を摘み上げられ、そのまま墓所の入り口へと運ばれていきました。


 入り口で下ろされたマーリンちゃんは、ひぃひぃと言いながら階段を登っていましたが、後ろからツカツカと登ってくるカヨウさんに言葉を投げかけられ、立ち止まって振り返りました。


「マーリン」


「なんですか~?」


「ナス士族に来なさい」


 カヨウさんは――もう真実を隠す必要がないとはいえ――少女を自士族に誘いました。隠蔽抜きにしても誘う価値がある人材ゆえに。


 ただ、それだけではなく、「心配だから手元に置いておきたい」という事情もありましたが――。


「直ぐに幹部候補として育てます。とりあえずは私の秘書から。貴女なら……まあ十分についてこれるでしょう」


「んん~……」


 少女は士族長の誘いに対し、肩をすくめて「仕事の依頼があればやりますけど、ボクはまだ現場に出ていたいので~」と言って断りました。


「せっかくのお誘いですけど」


「やはり、エルスの件を黙っていたのが――」


「違いますって。ボクはカヨウ様みたいに根に持たなイタタタタッ?!」


 少女はヒリヒリと痛むほっぺをさすった後、言葉を続けました。


「ボクは冒険者としてやっていく生活が性に合ってるので。将来的には室内でヌクヌクやりたくなるかもですけど、まだまだ自分の目で世界を見てみたいから」


「いつか死にますよ。神の悪辣な罠に引っかかって」


 カヨウさんは、神の存在を危惧していました。


 エルスさんに執着していた神が、エルスさんの最後の弟子であるマーリンちゃんに対して強く当たる可能性を危惧していました。


 自分の手元に置いておけば――都市内であれば――守る事が出来るものの、冒険者として都市郊外で活動していると、いつか死ぬより酷い目にあいかねないと考えていました。


「ま~、いつかそうなるかもですね~」


 マーリンちゃんは、つい先日の事を思い出しながら呟きました。


 バッカスの王や、その側近達に――政府上層部に政務官になる道を勧められたものの、断った時の事を思い出しました。政府もカヨウさんと同じ危惧を抱いているのです。


「そうなるまでは、ボクを餌に上手く神様をやり込めれば、バッカス王国の得になるんじゃあないですかね?」


「マーリン」


「今までの事も、これからの事も、多分……諸悪の根源は神様なんですよ。ボクはおかあさん達の件で神様の事は許せないですし、都市内に引きこもるより、自分を餌にしてでも反撃したいです」


「単に死ぬだけでは済まないですよ。まず間違いなく」


「それボクだけの話じゃないでしょ。バッカス国民全員に言えますよ」


 マーリンちゃんは振り返り、カヨウさんに笑いかけました。


「ボクはこれからも好き勝手に生きていくんで、上手く使ってくださいな。神様がボクを壊すために魔物なり騒乱者を差し向けてくるようなら、それを横合いから殴りつけてくださいよ。カヨウ様の部下さんも派遣するとかして」


「…………」


「才能あるボクが前線で仕事しなきゃ、いつまで経っても平和な世界になりませんよ。まあボクは後方でも輝ける人材ですけど~」


 ケラケラと笑う少女に対し、カヨウさんは溜息をつきました。


 こういう返答が返ってくるのは想像していたものの、それでも溜息をつかずにはいられませんでした。ひとまず、この場は諦める事にしましたが――。


「いつでも頼りに来なさい。貴女に寿命が訪れても、私は現役でしょうから」


「えっ!? ツケ払いしまくっていいんですか!!? うそです!!」


「ハァ……」


 カヨウさんは階段を登りつつ、眉間を揉みました。


 父親エルスの弟子に対する教育はいい加減すぎますね、と思いながら眉間を揉みました。養女じぶんの社交性等は棚に上げつつ。


 カヨウさんは指を鳴らし、転移魔術を行使しました。


 今日言いたかった事はもう言ったので、ヴィンヤーズの中心部にマーリンちゃんを連れて転移し、「私は仕事に戻ります」と言いました。「これで何か美味しいものでも食べて帰りなさい」と小遣いを渡しつつ。


 マーリンちゃんは小遣いを無邪気に喜んで受け取りつつ、問いました。


「ねえねえ、カヨウ様」


「なんですか」


「ウチのおかあさんと師匠、仲良しだったって知ってました?」


「もちろん」


「2人が結婚してたら、ボクが妹で、カヨウ様がお姉ちゃんになってましたね」


 少女がそう言うと、ナスの士族長は珍しく「きょとん」とした表情を浮かべました。その表情でしばし固まっていましたが、「確かに」と返答しました。


「その可能性はありましたね」


「へへっ!」


「まあモルガンは良いのですが、貴女は駄目ですね。エルスのような頭痛の種が増えるのは困りますから」


「えー!! そんなぁ」


「…………まぁ、それはそれで退屈しないで済むかもしれませんが」


 ナスの士族長は瞳を閉じながらそう呟いた後、転移魔術を使って執務室に戻っていきました。


 執務室に通されていた客人が、転移で急に現れたカヨウさんの姿を見て、「あにゃあああああああ?!」とビックリしてすってんころりんと転び、カヨウさんが慌てて助け起こすという事件が起こりました――さすがのマーリンちゃんもそこまでは眼が届きませんでした。


 ただ、カヨウさんの返答と、ifの光景を思い浮かべ、ニコニコと笑いました。



「さ~て……。セタンタ達のところにちょっかい出しにいこっかな?」


 晴れ渡る空の下、少女はフワリと浮かび上がりました。


 新たな冒険を求めて、再び進み始めました。



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