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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
十章:なれ果てのメサイア
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言祝



「…………」


 エルスさんは、うたた寝をしていたような気分の中、意識を取り戻しました。


「…………?」


 自分が何をしていたか思い出せず、首をかしげていましたが、少し視線を下げると鼻腔をくすぐる匂いを漂わせる珈琲の存在に気づきました。


 綺麗なカップに注がれたそれと、本が机に置かれています。よく使い込まれた机ですが、それも綺麗に手入れされていました。


 それを見て、エルスさんは自分が「喫茶店の店内にいる」と考えました。それも馴染みのある喫茶店――バッカスの首都の喫茶店だと考えました。


 それに直ぐ気づけないなんて寝ぼけているな、と苦笑しつつ、珈琲を飲むと――味が薄い珈琲だと思いました。


「…………」


 その味から、自分が首都にいるわけではないと気づきました。


 周囲の光景は首都のものですが、それが偽物まぼろしだと気づいたのです。


 直ぐに気づけなかった事に「なおさら駄目だな」と苦笑いしつつ、気づいていないふりをしながら珈琲を飲み続けました。


 飲みつつ、店内に置かれたメニューを見ました。


 彼の視線は、メニューに書かれたパフェに……一抱えほどある巨大パフェに注がれました。


 それを見ながら、マーリンちゃんと喫茶店ここに来た事を思い出していました。


 二度目に来た時、少女はピクリとも笑わず、暗い顔を浮かべていました。そんな少女を笑顔にしたくて、老魔術師は仕事の合間に余暇を何とか作り、彼女とこの店に来て「これにする?」とパフェを指差した事がありました。


 そして、少女に泣かれました。


 一度目に来た時の思い出深いパフェだったために。


 最初に来た時は、モルガンさんもいました。


 幼いマーリンちゃんが「わぁ」と感嘆の声を漏らしながら店内を見渡し、モルガンさんと手を繋いで席につき、「何でも好きなものを頼んでくれ」とエルスさんに言われて巨大パフェを注文したのです。


 大人2人は「さすがにそれは食べ切れないんじゃ……」と止めましたが、マーリンちゃんはほっぺを「ぷくり」と膨らませ、「そんなことないもんっ!」とムキになってパフェを注文しました。


 大人達はこっそりと視線を交わしました。


 当然のように食べきれなかった少女が涙目にならないよう、連携して動き始めたのです。エルスさんが少女にごまをすってボリューミーなところを担当させてもらい、モルガンさんもマーリンちゃんを一番美味しいところにだけ誘導しつつ、上手く少女の胃袋を満足させました。


 マーリンちゃんが大満足した1日の事でした。


 大人2人は吐きそうな甘さや胸焼けに苦しみつつ、珈琲を飲みながら、満足げな少女を見て、笑みを交わしました。


 それがもう出来なくなった。


 笑顔にしたかったのに、逆に泣かせてしまった。


「…………」


 そしていま、三度目の機会すら失われようとしている。


 その事に老魔術師は嘆息しましたが――。



「はい、ご注文の超特盛パフェですよー」


 ドン、という鈍い音と共に、眼前にいつか見たパフェが置かれていました。


 それを持ってきた少女にスプーンと、取り皿を渡された老魔術師は、呆けた顔を浮かべつつもそれを受け取りました。


「……マーリン? なぜ」


「…………。なぜって、なに言ってんの。師匠の奢りでコレを食べに来たんじゃん。久しぶりに挑戦してみよ~、ってさ」


「あー……。そう。そうでしたね。ええ、では、私はこの苺を貰います」


「あ゛! なんでそんな大人げない事するの!? 昔はもっと上げ底の部分とか無駄に多いクリームを担当してくれてたじゃん!!」


「年寄りに重いところを担当させないでくださいよ……」


「でも、昔はそうしてくれたじゃん」


 少女は「気づいてんだからね」「今はもう」と言い、むくれながらパフェに刺さったクッキーをクリームごと食べました。


 老魔術師はその様子を微笑ましそうに見つつ、少女と他愛のない話をしながらパフェをつつきました。


 自分達――というか、少女がインチキをしているのに気づいていましたが、その事には触れず、2人でペロリと平らげました。


「ほーら、食べ切れた」


「ですね。マーリンも、大きくなったという事ですか」


「へへっ……」


 少女は照れくさそうに鼻の下を指でこすり、師に伝票を押し付けました。


 師は貴人に接するように、うやうやしく伝票を受け取り、会計を済ませました。


「さあ……次はどこに行きましょうか?」


「ちょっと歩こう。……皆が楽しそうにしてる様子を見に行こう!」


 老魔術師は少女に手を引かれ、首都の街路を歩き始めました。


 静かで落ち着いた雰囲気の喫茶店の中と違い、首都はどこも喧騒に包まれていました。誰も彼もがお祭り騒ぎです。


「今日はお祭りなんかありましたっけ?」


「当たり前じゃん。戦争が終わったんだから」


「…………」


「バッカス王国は神様相手に勝利した。今日は、その祝勝祭してるんだから」


 表情を見せず、ぐいぐいと手を引いて歩いていく少女に向け、老魔術師は呆けた表情を見せていましたが――微笑し、「そうですか」と言いました。


 これが幻術によるものだと指摘しませんでした。


 死にゆく自分に、少女や娘が幻を見せていると、指摘しませんでした。


「…………」


 老魔術師は首都まぼろしの喧騒に目を向けました。


 街の一角には騎士団長を始め、騎士達の姿がありました。


 まだ太陽が空高くにあるというのに、彼らは剣を置いて酒を飲み交わしていました。自分達バッカスの勝利に酔い、騒いでいました。


 騎士団長は若い騎士達の様子を、一歩退いたところで見守っていましたが、彼らに手を引かれ、騒ぎの中心へと連れていかれました。


 騎士達も騒ぎに参加しているのを民衆が囃し立てています。バッカスの王や近衛騎士隊長も、民衆に混ざって皆を囃し立てています。


 普段から表情をピクリとも動かさない政務官長は、喧騒から少し離れたところで、赤蜜園の孤児院長らといった古い付き合いの人々と、ゆっくりとお酒を飲んでいる様子でした。


 はしゃいだ民衆は、屋根の上にも登っていました。


 子供達も大人に混じって屋根に登っていました。今日ばかりは「危ない」と怒られたりせず、屋根の上で老若男女区別なく騒ぎ、紙吹雪や花吹雪を街路に撒いていました。


「…………」


 老魔術師は、目を細め、その光景を見つめていました。


 屋根上で騒ぐ子供達の中に、セタンタ君やパリス少年、ガラハッド君らの姿も見つけ、彼らが年少者が落ちないよう、あたふたと支えている光景を見つめ、微笑しました。


 街中の皆が、全国民が、バッカスの勝利に酔っていました。


 ……これは、そういう幻でした。


「…………」


「師匠は、とっても大事なことを忘れてる」


 少女は師に表情を見せないまま、彼の手を引いて歩き続けました。


 とある人物まぼろしに会わせるために、路地裏へと入っていきました。


 奥に行けば行くほど、表通りの喧騒は遠ざかっていきました。


 ですが、その喧騒が完全に消えてしまう事はありませんでした。


「ボクらは神様に勝利した」


「…………」


「勝利して、実は生きていた大事な人に再会した」


「…………」


 少女が歩いていった先には、小さな公園がありました。


 公園の木の下にあるベンチに、1人の女性が座っていました。


 老魔術師が殺したはずの女性が――彼が愛した女性が座っていました。


 少女はその女性まぼろしに向けて走っていき、抱きつきました。


 そして、師に早くこちらに来るように促しました。


「…………」


 エルスさんは目の前の女性と笑みを交わし、少女の言葉を待ちました。


「もう、世界は神様のものじゃない」


「…………」


「だから……師匠も、モルガンさんも、普通に生きていける」


「…………」


「ボク達は勝った。勝って、幸福ハッピー結末エンドに辿り着いた」


「…………」


「それで終わり。めでたしめでたし……ってわけ」


「…………」


「そこから先の人生ものがたりも続くけどね」


「…………」


「でも、そこから先は、師匠と、おかあさんだけのもの」


「…………」


「皆それぞれの、幸せな人生が待ってる」


「……そこにキミはいないのですか?」


 いなくなってしまう人は、少女にそう問いました。


「……いるよっ!」


 少女は満面の笑み(まぼろし)を浮かべ、答えました。


「いるけど、2人の邪魔は……したく、ないかなぁ~……!」


「そんな悲しくて、寂しい事を言わないでください」


「…………」


「……無責任な罪人の私なんかのために、ありがとうございます」


 老魔術師は「カヨウも、ありがとう」と言いました。


 どこかで聞いてくれているだろう、と信じて言いました。



「……こうなれば、良かったんですけどね……」


「なるよ」


 少女は師の手を引き、養母まぼろしの隣に立たせました。


 そして少し離れたところに駆けていった後、振り返って言葉を続けました。


「絶対に、こうなる!」


「…………」


「師匠もおかあさんも、心の底から笑顔になれる世界に、絶対なるよ」


「…………」


「ボク達は、絶対、ここに辿り着くから!」


「…………」


「だから……だからっ……! 先に行って、待ってて!」


「…………はいっ」


「絶対……ぜったい゛っ……! ……追いつくからっ!!」


 少女は俯き、拳を握りしめ、そう誓いました。


 老魔術師は笑顔を浮かべました。


 心の底から笑みを浮かべ、言葉を続けました。



「楽しみにしています」




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