呪い
あの日、本当は何があったのか。
真実を聞いた少女は目を見開きつつ、言いました。
「……神様に見せられた過去と違う……」
大筋は同じですが、モルガンさんの奮戦や、どういう形で死んだのかに関しては、神から聞いていたものとは違いました。
エルスさんの証言を証明する方法は、この場にはありませんでしたが――。
「多くの真実の中に、致命的な嘘を混ぜる。あの神がよくやる方法です」
カヨウさんが憎々しげに呟くのを聞いたマーリンちゃんも、神がそういう手口を使う事を知っていました。
そもそも、彼女自身も神が全て真実を話しているとは思っていませんでした。神の見せられた光景も、視覚的に伝えられたというだけで、エルスさんの証言と大差のないものです。
神はバッカス王国の敵。
その証言を鵜呑みにする危険性は、セタンタ君も指摘していました。
ただ、かといってそれはエルスさんの証言の裏付けにはならない。
そのはずでしたが――。
「今回は直ぐにバレるチンケな嘘のようですけどね……。おそらく、自分が醜態を晒した事を広く知られるのを嫌がって――」
「ちーーーーがーーーーいーーーーまーーーーすぅぅぅぅぅっ!!」
「…………」
3人しかいなかった病室に、4人目の人影が乱入してきました。
カヨウさんはその4人目が覗き見しているのを知っており――その人物が挑発に乗って目論み通りに乱入してきた事を確認しつつ、静かに動き始めました。
『近衛騎士隊長』
『はい。お任せください』
病室の様子を見守っているバッカス政府の人間に、いざとなったら動くように指示しつつ、神との対話を開始しました。
まずは、神の言い訳――もとい、言い分を聞く形で。
「アレはそういう策だったんですぅ。オレが天才策士だったというだけですぅ」
「ほぅ? どのような策だったのですか?」
「オレはモルガンが暗殺計画を練っている事を知っていた。ずっと前から知っていた! なにせ、オレは神だからなぁ!? 知ってたから泳がせていた。そしてアイツがガキを……そこの獣人のガキを拾うように仕向けたのさ!」
神は嘘を重ねていきました。
自分の体面を守るために。
「あの売女はクッソ甘ちゃんだからな。直ぐにそこのガキにほだされていった。その結果、計画失敗に至った。そこのガキの幻を見ただけで、判断を鈍らせ、無様にもボクに敗北したんだ!!」
「策と呼ぶには随分拙く、綱渡りな手ですね」
「ア゛ア゛ア゛~ッ……! カヨウ、テメエ……! 創造主に対して、なんつークチの聞き方してんだよ。立場わかってんのか?」
「私の父親は、そこの男ですよ」
カヨウさんは、あごでエルスさんを指し示しつつ、言葉を続けました。
「確かにモルガンはお前の殺害に失敗しました。あと一歩のところで、情に流されて、失敗しました。それは確かな事……そうでしょう?」
「あぁ、そうだよ! バカなアイツは、あと一歩でしくじりやがった! ひひっ……!」
「…………」
「ワタシの策でな! マア、百歩譲ってやると、そこのガキが救世主だなっ!」
恥じを笑みで隠しつつ、神はペラペラと喋り続けました。
「そこのガキがいたからこそ、モルガンはしくじった! 世界を滅ぼす事を躊躇った! ケッサクだったぜ! お前らにもアイツの心を見せてやりたかった! 隙を見せた瞬間、アイツ、そこのガキに謝ってたよ!! 自分で世界を滅ぼそうとしたくせに、マーリンが大きくなっていくところを見守りたいって――」
「っ…………」
「バァカだよなぁッ!? まあ、売女如きが天才策士のオレに勝てるはずが――」
ナスの士族長は手を叩きました。
笑みを浮かべ、パチパチと手を叩きました。
「天才策士。幼稚な響きですね」
「あ?」
「なら、なんで最初からその策を明かさなかったのですか?」
「おまえ――」
「お前は嘘をついた。醜態を隠すために、後付の策を誇っている道化です」
「なに、わかったような口を利い――――おっ?」
神がナスの士族長に手を伸ばした瞬間、彼女の姿が消えました。
彼女だけではなく、マーリンちゃんもエルスさんも消えました。
「転移魔術!? アイツら、どこ行って――」
「あなたの手が届かないところですよ」
「ハァッ!?」
神は、空っぽの病室に入ってきた人物に――バッカスの近衛騎士隊長に顔を向け、苛立ちながら叫びました。
「なんの権限があって、んなことやんだよ!?」
「エルスさんは騒乱者です。犯罪者なので、然るべき場所に護送しただけです」
「チッ……!!」
神は「こいつと話していても埒が明かない」と考え、読心魔術を使い、エルスさんの行く先を探ろうとしました。
検討はついていましたが、念のため。
バッカス王国内でも自分が干渉できない場所はあるので、そこにエルスさんを連れて行かれているとするとマズい――と考えながら、読心魔術を使いました。
ですが、相手の心を読み通す事が出来ませんでした。
「グッ……! くそっ、テメエ……!!」
「それに、エルスさんは絶対安静の立場でもあります。あなたのように騒ぎ立てる人がいたら、安らかに最期を迎えることが出来ませんから……」
「ふざけんなッ! オレとアイツの間に入ってきてんじゃねえよッ! これはオレ達の問題であって、お前らに口出しする権利なんかねえよッ!!」
激昂した神は、近衛騎士隊長に殴りかかろうとしました。
ですが、相手は避ける素振りすら見せませんでした。
神の背後の空間から割り、転移してきた魔術師が、神の動きを容易く停止させました。神の力ですら、真っ向からでは逆らえない存在が――。
「ぐ……!! 魔王、テメエェッ!! なにしやがるッ!!」
「静かにして。この建物には他にも安静にしてなくちゃいけない人がいるんだから……。あなた向けの頭の診療所じゃないの」
「お前ら、オレは神だぞ!? 神様だぞ?!! まっ……! まさか! オレに! アイツの死に目に合わせないつもりかッ!!?」
「「…………」」
「ふッ、ふッ、ふぅッ! ふざけんなッ!!! ふざけんなーーーーッ!!!」
神は怒り狂い、叫び、暴れようとしました。
ですが、その声は王の魔術で遮断され、暴れようとする動きも、術も、全て王の魔術に完封されました。王とその近衛に冷たい目で見つめられても、神はいつまでも無音で狂い叫び続けました。
「これで、理解してもらえましたか?」
一方、カヨウさんはマーリンちゃんに対し、そう言いました。
王の力を借りながら長距離転移を果たし、神の手も目も届かない場所に3人で移動し、マーリンちゃんに話しかけました。
「…………」
エルスさんもマーリンちゃんに視線を送りました。
大人2人と、その他の協力者達は、示し合わせて一芝居打ちました。
神の証言を引きずり出すために、一芝居を打ったのです。
エルスさんの言葉だけでは、マーリンちゃんに信じてもらえないと思い――エルスさんに執着している神のプライドを刺激し、モルガンさんが死んだ時の真相についての証言を補強させたのです。
用済みになった神の干渉はシャットアウトし、3人だけで落ち着いて話が出来る環境に転移し、言葉を続けました。
「これで理解してもらえましたか? 神が貴女に嘘をついていたという事を」
「…………」
少女は頷きました。
半信半疑でしたが、神まであんな形でペラペラと喋っていたため、エルスさんが言っている事が真実だと信じました。
「モルガンが……貴女のことを、ちゃんと愛していた事も、理解してもらえましたか……?」
「…………」
カヨウさんは一言一言、ゆっくりハッキリと伝えました。
『彼女は最後まで迷っていた。世界を滅ぼす事で、キミも殺してしまう事が本当に正しい事なのか迷っていた。……その迷いを神様に突かれてしまったけど……彼女がマーリンを愛していたのは事実だ』
「…………」
『彼女は、親としてキミの身を案じていた。とても大事に想っていた。だから――』
「でもっ、それってつまり、さっ……!」
少女は俯き、肩を震わせながら言葉を絞り出しました。
言葉だけではなく、ポロポロと涙もこぼしました。
「ボクが、おかあさんを殺したようなもんじゃんっ……!」
『違う。彼女を殺したのは、私だ』
エルスさんはキッパリと否定しました。
それは自分の罪だ、と告げました。
それだけは絶対に譲らない、と考えていました。
『キミと共に暮らす事を選んだのは、モルガンだ』
「…………」
『キミを大事に育て、愛情を注いだのも彼女の判断だ。……いまの世界に絶望していた彼女にとって、キミは唯一の希望だった』
「でも!」
『最後に躊躇ってしまったのも……彼女自身の選択だ。それを自分が悪いと言うのは、やめてくれ』
「…………」
『きっと……いや、絶対に、彼女は「そんなことない」と言うよ。キミが責任を感じたら、彼女はきっと、悲しんで泣いちゃうよ……』
「…………おかあさんは、そんな、泣き虫じゃないもんっ……!」
『…………』
エルスさんは、少女の頭を撫でてあげたくなりました。
モルガンさんの忘れ形見を慰めてあげたいと思いました。
少女から大事な人を奪った立場では、そうする権利はないと思いましたが――。
「…………」
カヨウさんはエルスさんの気持ちを察し、魔術でエルスさんの腕を動かしました。今にも崩れそうな腕を保護しつつ、望む通りにさせてあげました。
『……キミが責任を感じることなんて、ひとつもない』
「っ…………」
『ただ、これだけは覚えていてくれ。モルガンは、キミの事を愛していた。とても大事に想っていた。……世界を滅ぼそうとしたけど、それでも……』
神を殺そうとした事実は消えない。
ただ、物事はそんなに単純じゃない。
別の事実もあった。確かにあった。
その事を覚えておいてほしいと、老魔術師は語りました。
『覚えておいてくれ、彼女の事を、彼女の選択を』
「…………」
『忘れないであげてくれ……モルガンのことを』
老魔術師は自分の言葉を、呪いのように感じました。
ですが、それでも伝えました。
自分の我儘だろうと、2人には仲の良いままでいてほしい。
仲睦まじい母娘の日常を、尊く感じていたからこそ、彼は呪いを残しました。