保身
「邪魔しないでよ、エルス君! 退いて!!」
「ッ…………!」
真実は、少女が神に見せられたものとは異なりました。
神は沢山の真実の中に、悪辣な嘘をコッソリと混ぜていました。少女を騙すために。自分自身のために。
「世界を、滅ぼさせるわけにはいかない」
「でも、このままじゃ何も――」
「キミでは、俺には勝てない」
老魔術師は女魔術師を圧倒しました。
「知ってる」
両者、自身専用の神器を使っているという条件は互角。
「エルス君の事は、全部知ってる」
ただし、地力は老魔術師の方が勝っていました。
「神の力を借りるまでもなく、キミの方が私より強い」
不死の呪いに頼るまでもありませんでした。
「知ってるのに、私が、神器頼りで……無策で来たって、本気で思ってるの?」
「…………?」
歴戦の魔術師である彼は、女魔術師を圧倒していました。
彼女が自分以外の力に頼る、その時までは。
「――――」
女魔術師は血を流しつつ、一枚の黒いカードを取り出しました。
そのカードをナイフのように振るい、自分の首を切り裂くように奔らせ――封じられていた力をその身に下ろしました。
「権能起動ッ!!」
「「…………!?」」
その力は、老魔術師はおろか、神すらも予想外の切札でした。
彼女は自分が泳がされている事を自覚したうえで、動いていました。
神器だけでは、神の喉元に刃は届かない。
ゆえに彼女は、長きにわたる潜伏活動の末に手に入れていた力を――神ですら恐れる旧き神の力の一部を切札として隠しもっていました。
「まずッ……?!」
神は焦り、直ぐに老魔術師に加勢しようとしました。
ですが、女魔術師に操られた自分の部下達に出鼻を挫かれ、そうこうしているうちに神器と権能に圧倒された老魔術師の首が刎ねられました。
老魔術師は即座に蘇生し、女魔術師の顔面を掴み、脳を破壊して仕留めにかかりましたが――女魔術師が先んじました。
彼女は片目を焼かれながらも老魔術師をバラバラにし、即時蘇生を妨害しながら神に向かって走りました。
「なんで! テメエがっ! アイオーンの権能を持ってやがる!? どこで拾った!!」
神は邪魔な部下を屠りつつ、柏手を打つように両手を打ち鳴らし、魔物達を召喚しました。それらに女魔術師の足止めをさせつつ、女魔術師のいる空間を操作し、閉じて潰そうとしました。
旧き神の力を恐れ、野放しにしないために。
この場で必ず女魔術師を倒す。倒してその力を抹消する。
……そう考え、判断を誤りました。
なりふり構わずに逃げてしまえば、打てる手は無数にあったというのに、転移で逃げずに戦ってしまったがゆえに――。
「ァ゛! ぎぃッ?!!!」
「――――」
片腕を斬り落とされ、両脚を潰されました。
神器で魔物達を同士討ちさせつつ、それで倒しきれない敵は権能の力で突破してきた女魔術師は、神の張った障壁を破壊し、近接戦闘に持ち込みました。
「やめろ! 犬塚ァッ!!」
蘇った老魔術師が叫ぶ中、神器で支配した魔物達に彼の足止めをしつつ、逃げる神を追いました。残った片腕で這っている神の胴体を狙いました。
「ひいいいいいいいいっ!! ひぃいいいいいいいいーーーーッ?!!!」
神は彼女の攻撃をかろうじて避けました。
命だけは何とか奪われずに済みました。
ですが、残っていた腕も斬り落とされ――それでも泣き叫びながら五体不満足と化した身体を必死に動かし、芋虫のように這い始めました。
「エルスッ! なにしてる?!! はやくたすけろぉッ!!」
必死の形相で叫び、転移で逃げようとしました。
女魔術師に阻まれ失敗したため、力を振り絞って障壁を張りました。
ですが、それも女魔術師の振り下ろした神器の刃を前に、ひび割れていき――。
「やめろ! やめろーーーーっ!!」
「――――」
「おまっ、オマエぇぇぇッッッ!! 自分が、なにしようとしてんのか、わかってんのか!? オレは、神だぞッ!!!???」
「――――」
「オレはッ! 託されたんだぞ!! お前らじゃなくて、オレが託されたんだ!! 皆に全てを託されたオレを、マジに殺す気かーーーーッ!!!」
「皆に託されておいて、自分が、何をやっているのか、わかって……!!」
「わあああああーーーーッ! わああああああああ~~~~ッ?!!!!」
女魔術師は憤怒の表情を浮かべ、さらに力を込めました。
神が恐れる旧き神の力を使いました。
その力を振るうだけで、彼女の魂は大きく破損し、長くはない状態になっていました。ですが、彼女は生きながらえる必要性を感じていませんでした。
世界を滅ぼす。世界を救う。
そのためには、こんな命いらない。
ここで全部使い切ってもいい。
そう思っていました。
この時までは――。
「やだーーーーッ! 嫌だぁあああああッ!! 死にたくなああああいぃぃぃぃッ!!」
神は演技などせず、必死に叫びました。
本心を叫びました。
そして、苦し紛れに術を行使しました。
最後の障壁が破壊されるその瞬間、女魔術師に幻を見せました。
彼女なら容易く跳ね除けられる、子供だましの幻術。
「ぁ――――」
ですが、その幻を見た女魔術師は、振り下ろした刃を止めました。
その幻を貫く形で刃を振り下ろせず、固まりました。
ころころと笑う女の子の幻を見て、躊躇い――。
「マーリ――――」
「ヒャアっ!!」
神はその隙を見逃しませんでした。
喜色満面の笑みを浮かべ、一瞬で女魔術師を拘束しました。
彼女の神器を彼女の肉ごと削ぎ落とし、奪いました。
そして、仮設の手足を作り出し、立ち上がりました。
「ッ…………!」
「ギャハハハハハハハハハッ! ばーーーーかッ!」
「ぁ……ぐ……」
「その躊躇いが命取りだッ! お前はもう、一生、オレの奴隷だ!」
神は拘束して転がした女魔術師を足蹴にしつつ、高笑いしました。
女魔術師から抵抗する力を奪い、彼女の顔面を蹴りつけ、嗤いながらその髪を乱暴に掴み、顔を上げさせ――。
「これは、お前がッ! オレの告白を無視した罰――――」
神が勝ち誇ったその時。
神器の刃が閃きました。
その刃は女魔術師を刺し貫き、既に壊れかけていた彼女の魂にトドメを刺しました。神の目の前で、女魔術師の命の灯火が吹き消されました。
「あ?」
神は神器を振るった人物を――老魔術師を見ました。
彼がなぜ彼女を殺したか、直ぐに察しました。自分のものにさせないために、蘇生魔術ですら生き返らないように殺した事を察しました。
その事に対し、神は激怒しかけましたが――しかし、直ぐにニヤニヤと嗤い始め、「やっちまったなぁ」と声をかけました。
「殺した。殺したなぁ。あーあッ! 殺しちゃったなぁッ!!」
「…………」
「なあなあッ! どんな気持ちッ!? どんな気持ちだッ?!! 長年、苦楽を共にしてきた仲間を……ただの仲間以上の関係のオンナを! テメエ自身の判断で殺したのは、どんな気持ちだぁッ!? ええッ?!!」
「…………」
「へへっ! まあでも、よくわかったよ!」
神は逆転した際よりも勝ち誇り、ふんぞり返りました。
老魔術師が彼女ではなく、自分を選んだと勝ち誇りました。
「お前にとって、親友はオンナより大事な存ざブッ?!!」
「ッ…………!!」
神は錐揉みしながら飛びました。
彼が見た事もないような形相を浮かべた老魔術師により、殴り飛ばされました。
「えっ! へぇっ?! はへぇっ?!!」
神は「親友」の反抗に戸惑い、混乱しました。
老魔術師は自身の神器を振り上げ――。
「――――」
振り下ろす事が出来ず、その場に落としました。
「ま――待てッ! 待て! エルス!!」
2つの神器が地面に転がり、重なりあう中、神は叫びました。
女魔術師の遺体を抱きかかえ、黙って去っていく「親友」に追いすがりました。
その背にすがり、止めようとしましたが、後ろ蹴りを喰らい、「ぶべっ!」と悲鳴を上げながらまた地面に転がりました。
「て、テメエッ……!! オレは、神だぞ!! 神様なんだぞ!!?」
「…………」
「死んじゃったらどーすんだよ!!? お前だって世界を守ろうとしてただろ!!? 世界が滅んだら、どうすんだよバカ!!!」
「…………」
「おい、止まれ! 止まれぇぇぇッ!! こっちに来いッ! 命令だぞッ!!」
「…………」
「お前は、オレの親友だろ!? なに、命令違反してんだ!!」
「…………」
「お……おいっ! 人の話、聞けよッ……!!」
「…………」
「い、行くなっ! エルスっ! 手当しろ! ほっぺ痛いぞっ!」
「…………」
「わ……悪かったって……! いや、スマン。まあ、オレも悪かったかも! 謝ってやるから! 戻ってこい! おい! 聞こえてんだろ!!?」
「…………」
「お、怒るなって……。なあ、う、嬉しかったんだ! オレ! お前があの売女じゃなくて、オレオレオレ……世界を選んでくれたこと!」
「…………」
「わ、わかった! ご褒美! ご褒美がほしいんだなっ!? なっ、なんでもいいぞっ……! あぁっ! そうだぁ! お前にも、奴隷やるよっ! ほら、なあ、この売女にそっくりで、お前に従順な奴隷、オレが作ってやる!!」
「…………」
「聞けよ! 無視すんなよッ!! テメエの立場、わかってんのか!!? オレは神だぞ!? 神さまなんだぞ!? 先輩達から世界を託されたんだぞ!!?」
「…………」
「なっ、慰めろよ! 労えよッ! オレが、どれだけ骨を折ってきたのか、お前だって、わかって……くれて…………」
「…………」
「…………」
老魔術師は、女魔術師の遺体を抱きかかえたまま、無言で去っていきました。
神はその姿を見るのが嫌で、地面に突っ伏しました。勝ったのは自分なのに、惨めでたまらず――涙と鼻水を垂らしながら、地面に突っ伏しました。
これが真実。
女魔術師の死の真相。
神が自身の保身のために隠し、誤魔化した真相でした。