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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
十章:なれ果てのメサイア
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終末のメサイア



 エルスさんの魂は、魔術師達の尽力むなしく、確実に死に向かいました。


 彼はメサイアを構成する墓守の1人でした。


 他の墓守達とは違い、製作者である神の意向により、メサイア本体には縛られない単独行動を可能としていました。


 メサイアと妖精郷システムの力を背景に不死の力を手に入れ、メサイアが健在な限り、何度でもその場で蘇る事が可能でした。


 ですが、その本体メサイアが討伐された。


 不死の呪いが魂まで根付いていたエルスさんも、他の墓守達と同じく消滅の危機にありました。


 他の墓守達のように激痛に苛まれ、自我崩壊には至っていなかったものの――影響が無かったわけではなく、いずれは他と同じ怪物になるという状態でしたが、それはメサイア消滅で何とかなりました。


 ただ、命はもう持たない。


 単独行動可能な事や、バッカスの魔術師達が必死に延命措置を施した結果、まだ何とか生きていましたが……彼の魂は砂時計の砂のように、確実にこぼれ落ちつつありました。


 妖精郷から出てきた後、彼は意識を手放し、気絶していましたが――魔術師達の処置で何とか一命をとりとめました。


 深刻な状況ですが、彼は対話を望みました。


 まだ伝えなければいけない事があると考え、後処理に追われている人物達が来るのを待ちました。その人達が来るまでの間、旧知の人間と顔を合わせていました。


『やあ、センセイ。具合はどうだい?』


『まだ元気だよ』


『よく言うよ、まったく……』


 病床のエルスさんを見舞ったエイさんは、エルスさんが自分の舌では喋れず、交信魔術で喋っているのに『元気だよ』と返してきた事に呆れました。


 死に身体なのは、エイさんも同じですが――。


『そういうキミの方は、大丈夫なのか?』


『大丈夫ではないけど、死に損なった。セタンタの所為で』


『良いことだ』


『まったく、冗談じゃないよぉ……。気まずいったらありゃしない』


 エイさんは、メサイア討伐が成功したらどうなるか、よく知っていました。


 それでも、過去の後悔を少しでも拭うために――エルスさんが「そうしたい」と言ったために、恩人の秘密を抱えて戦いに挑んでいました。


『この質問は前にもしたけど、センセイの魂は――』


『この状態は、さすがの神様でもどうしようもない』


『そっか』


『キミは長生きしてくれ。何とか……』


『やだよ。もうウンザリ~。神に媚びへつらって延命してもらうのも、無し』


 エイさんは五体満足であれば、舌を出して肩をすくめていた気分になりつつ、神の力で生きながらえるのは拒否しました。


 そもそも、センセイと違って僕はどうでもいい存在と思われているから、お声がかかる事も無いだろうね――と思いつつ。


『ただ、まあ、もうちょっと足掻いてみますよ』


『うん』


『ちょっとねぇ……昔、助けたガキと会う約束してまして……。そいつとか、他の奴らと、ちゃんとお別れしろって……セタンタに怒られましてねー』


 残される奴らの事も、ちゃんと気にかけてくれ。


 アンタだっていい大人だろ――と怒られた。


 その時の事を思い出しつつ、エイさんは心中で苦笑いしました。


 機械の身体になった今では、表情や身振り手振りで感情表現がしづらくなっていましたが――それでもエルスさんには伝わっていました。


 声色や雰囲気だけで伝わっていました。


 エルスさんの身体も、真っ白になって、カサカサに乾いて、いまにも全身が崩れてきえそうになっていますが――まだ生きようとしてくれているエイさんに向け、微かに笑いました。


 申し訳無さを感じながら――。


『……エイ。巻き込んでしまって――』


『うるさい。これだよ、まったく……。アンタには子供扱いされるわ、セタンタには大人扱いされるわ……。対応の温度差で風邪引いちゃうよ』


『俺にとって、キミは何歳になっても子供だよ』


『ハー、ヤダヤダ』


 死期が近い2人は、他愛のない話で盛り上がりました。


 しんみりとした話をするのを嫌がったエイさんが、会話をリードしました。エルスさんもそれを察し、それに付き合いました。


『さて、そろそろ行ってくるよ』


『うん。頑張って。大人としての責務を果たしてきてくれ』


『そりゃセンセイも、だろ?』


『ははは……。み、耳が痛いね……』


『僕は反面教師になるぐらいしか出来ないよ。まあ……とりあえず、安心してくれ、センセイ』


『うん?』


『僕は死ぬけど、アンタよりは長生きしてみせる。必ず』


『…………』


『センセイを、もう、見送る立場には立たせない。絶対に』


 エルスさんは笑おうとしました。


 しかし、上手く笑えず、代わりに頷きました。


『うん。ありがとう……』


『お互い、死後の世界で再会できるように祈ってようよ』


『死後の世界、か』


 そんなものはない。


 神はそう言っていました。そんなものは観測できなかった、と。


 バッカス政府ですら、死後の世界の存在を観測出来ていませんでした。


 ですが、騒乱者は「きっと存在する」と思う事にしました。


 彼にとって、それが最後の希望でした。


『神だって完璧じゃない。神が観測出来ていないだけで、死後の世界も存在しているかもしれない。そこにはきっと、皆も待っている』


『……行ったら叱られそうで、怖いなぁ』


『ハァ? センセイを叱るような馬鹿がいたら、僕がブン殴ってやるよ』


『またそういう物騒なことを……』


『再会できたら、久しぶりに飲もう。皆いっしょにさ』


 老魔術師が頷くと、エイさんは嬉しそうに『約束だよ』と言いました。


『それじゃ、そろそろ行くよ』


『うん』


『またね、センセイ』


『ああ、また会おう』


 エイさんが去った後、エルスさんは目をつむりました。


「…………」


 相手には見せないようにしていましたが、会話するだけでも酷く疲労するほど、彼は疲れ切っていました。


 本来、疲労など治癒魔術で取り除けるものですが、身体と魂の維持すらおぼつかない状態では、痛みを取り除く程度の事しか出来ませんでした。


 彼はゆっくりと意識を手放していきました。


 そのまま、しばらく意識を失っていましたが――。


「…………」


 誰かが「ぎゅっ」と手を握っている感触で、目を覚ましました。


 霞む視界の中、目をよくこらして見ると、手を握ってくれているのはカヨウさんだと気づきました。エルスさんが起きたのに気づくと、カヨウさんは「ぷいっ」と視線を逸しましたが、それでも手を握り続けました。


 手を握りながら、魔術を行使し続け、老魔術師の身体を必死に維持し続けていました。絶対に離さない、といった様子で。


「身体の調子はどうですか?」


『悪くないよ。すこぶる元気』


 ナスの士族長は表情を歪め、「嘘ばっかり」「貴方はこんな状態になっても嘘ばかり重ねるつもりですか――」と言いかけましたが、ゆっくりと深呼吸をして悪態を飲み込みました。


「…………。そうですか、それは、良かった」


『今日はなんだか、カヨウが優しいね』


「うるさい」


 努めて優しく振る舞おうとしたカヨウさんが、直ぐにいつもの調子に戻ったのを見ると、エルスさんは少し嬉しくなりました。


 嬉しいから笑おうとしましたが、上手く笑えませんでした。


 せめて手を握り返そうとしましたが、それすら出来なくなっていました。


 それを察した娘は、ポツポツと語り始めました。


「……喧嘩になるような事を言わないよう、努めています。察してください」


『そうか。大人になったね。すごいね』


「当たり前の事です。……取り返しがつかなくなるかもしれませんから」


『でも、いいよ、いつも通りで。いつも通りのキミで――』


 交信を返そうとしたエルスさんでしたが、咳込み、言葉を切りました。


 表情を強張らせたカヨウさんが素早く魔術を行使する中、エルスさんは『大丈夫』と何とか声を絞り出し、カヨウさんとは逆方向を見ました。


 そこに、「ちょこん」と座っている弟子に視線を送りました。


『話を、しよう。そういう約束だ』


「……無理しなくてもいいよ?」


 マーリンちゃんは遠慮気味にそう言いましたが、エルスさんは彼女の気遣いをやんわりと押しのけ、言葉を続けました。


『マーリン、私はキミの大事な人を……モルガンを殺した。彼女の仇だ』


「……それは、モルガンさんが世界を滅ぼそうとしたからでしょ? 師匠はそれを止めようとして、モルガンさんが、神様の玩具にならないように――」


『私の事はいい。それより、大事な話がある』


 エルスさんは自分の早とちりを思い出しつつ、語りました。


『モルガンはキミを愛していた』


「……そう」


『これは、慰めの言葉を吐いているわけではない。事実だ』


「…………」


『彼女がキミにたっぷりと愛情を注いでいた事は、普段の振る舞いからわかっていたはずだ。神様が用意した嘘じゃない。キミ自身が感じたものを信じてほしい。……神様に見せられたものを信じないでほしい』


「…………?」


『モルガンは、確かに世界を滅ぼそうとした』


 ただ、失敗した。


『神様を殺すまで、あと一歩のところまで迫っていた』


 神に泳がされていたとはいえ、その喉元に刃が届いていた。


『けど、キミを愛していたから、彼女の計画は失敗した』


「え? えっ……? どういう、こと……?」


『あの日、私がモルガンを殺したあの日……』


 老魔術師は目をつぶり、言葉を続けました。


 目に焼き付いている光景を、言葉として伝えました。


『そもそも、私は彼女に敗北した』


「え?」


『彼女は、自分が神様に泳がされている事を知っていた。知っていたが、その上で、神様の想像の上を行った。俺を倒したんだ』


 少女は、自分が神器の夢で見た光景を思い返しました。


 彼女が見た光景では、モルガンさんは敗北していました。


 エルスさんを倒せず、苦し紛れに神を襲おうとして、後ろから刺された。


 そんな光景を神に(・・)見せられたのです。




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