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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
十章:なれ果てのメサイア
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最後の墓守



「お~い! オッサン! レムスの兄ちゃん! 無事だったか!?」


「無事だから早く来い! 脱出に間に合わんぞ!!」


「テメー! セタンタ! 心配させやがって! 迷子になってたんじゃあねえだろうな!?」


「な、なってねえしっ……」


 エイさんを抱えたセタンタ君は、満身創痍ながらも何とか生きているフェルグスさんとレムスさんと合流しました。


 フェルグスさんはセタンタ君を急かしつつ、エイさんの頭部を代わりに担いで走り始めました。四足歩行の大狼になっていたレムスさんは、セタンタ君の足の間に頭を突っ込み、そのまま自分の背中に乗せながら駆けました。


「やったんだな、セタンタ!?」


「そのはず!」


「墓守共が急に弱り始めて、塩になって崩れ始めたんだ。これでやってねえとか勘弁――うおっ!!」


 逃げる4人に対し、投擲された大剣が唸りを上げて迫りました。


「まーだ生き残りがいやがる!!」


 大剣を投げたのは、まだ消滅していない墓守でした。


 まだ消滅していないだけで既に死にかけ。全身にヒビを入れながら狂い叫び、大剣を投げてきましたが――渾身の一撃を冒険者達は回避しました。


 墓守は大剣を投げた拍子に腕が砕け散りましたが、まだ4人に追いすがってきました。レムスさんは「しつけえ」と言いつつ、速度を上げました。


「相手している暇はない。このまま逃げるぞ」


「あいよっ!」


 崩壊していく中枢から何とか飛び出た4人は、カスパールさんと合流しました。


 カスパールさんは大の字になって寝転んでおり、ヘロヘロに疲れた様子でした。が、4人が来たのに気づくと「はいはい、撤収するよ」と言いつつ、転移魔術を使い、4人を連れてその場から離脱していきました。


 離脱した瞬間、彼らがいた場所も塩と化して崩れていきました。間一髪でしたが、そのままセタンタ君達はメサイアの外へと離脱していきました。


 他の人達も勝利を確信し、離脱を始めていましたが――。



「…………」


 逃げれずにいる人もいました。


 墓守との激戦で、胴体を槍で縫い留められたエルスさんは――不死の力も消えつつある事から――縫い留められたまま、動けなくなっていました。


 振るっていた神器も破損し、満身創痍。


 そんな彼の傍には、ニヤニヤと笑う黒い人影が立っていました。


 つい先ほどまでエルスさんが必死に守っていた存在が――この世界を支配する神が、瀕死のエルスさんを笑顔で見つめていました。


「……早く、逃げてくれ」


 エルスさんは神に対し、そう言いました。


 神はエルスさんの頭を足蹴にし、ぐりぐりと足の裏を押し付けながら「オレに命令すんじゃねえ」と返しました。


「つーか、そもそも、最初から逃げる必要ねえんだわ」


 そう言った神の身体は、少しずつ透けていきました。


「ここにいるオレは分身。本体は最初から遺都の方でくつろいでるよ」


「…………」


「お前、まさか、本気でオレが死ぬ気だと思ってたワケ? ウケる。こんなところでお前なんかと心中してやるわけねーじゃん」


「……そうか」


 エルスさんは呆けた顔を見せた後、ふぅと息を吐きました。


 そして、胴体の槍を抜くのを諦め、額から汗を流しつつ、目をつむりました。


「よかった」


 疲れ切った顔で脱力し、二度、「よかった」と安堵の言葉を漏らしました。


 神は笑みを消してそれを見ていましたが――。


「先に帰ってるぞ、オレは……。どうやら、お前はまだ死ねねえみてーだからなぁ」


 分身の身体を塵と変え、この場から退場していきました。


 それとほぼ同時に、着物の袖が僅かに切り裂かれたカヨウさんが飛んできました。消耗はしているものの、エルスさんよりは格段に元気そうな様子です。


「ここにいましたか……! さあ、撤退しますよ」


「ぐ…………」


 カヨウさんはエルスさんの身体を魔術で保護しつつ、彼を縫い止めていた槍を引き抜き、捨てました。


 そして直ぐに治癒魔術をかけ、エルスさんの致命傷を治してみせました。


「――――?」


 その際、違和感を抱きました。


 不死者のはずのエルスさんの傷の治りが、いつもより遅い事に違和感を抱きましたが――その違和感より、今は逃げる事を優先しました。


「わ、私はいい。危ないから、早く逃げなさい……自分の身を優先して……」


「馬鹿な事を言ってるんじゃありません! 貴方は遠隔蘇生機構、使えないでしょう!? 死んでも死んでもその場で蘇生するのですから……!」


 カヨウさんが遠隔蘇生機構頼りの退路には難色を示したのは、養父の事があるためでした。養父の不死の力が強すぎるために、遠隔蘇生機構には頼れない事を危惧していたのです。


 システム破壊後、妖精郷もメサイアと共に崩壊する。


 異空間である妖精郷の崩壊に巻き込まれた場合、どうなるかはわからない。死ねば遠隔蘇生に頼れる見込みでしたが、死ねない人間は永遠に死に続ける危険性すらある。それをカヨウさんは危惧していました。


 エルスさんはカヨウさんに助け起こされつつ、「それはもう大丈夫なんだ」と言いました。どことなく眠そうな声色でした。


 ……その身体から、キラキラと白いものをこぼしていました。


「キミひとりなら、まだ――」


「うるさい! さっさと来なさ――」


 2人の耳元で金属の塊が落ちるような音がしました。


 破滅の音色。妖精郷の崩壊が2人の直ぐ傍にやってきたのです。


「…………!」


 カヨウさんはエルスさんを抱きかかえ、飛翔して逃げようとしましたが――もうどこも無事な空間は残されていませんでした。


 崩壊が加速し、一気に妖精郷を破壊していったのです。


 それどころか、カヨウさんとエルスさんの身体にも、崩壊のひび割れが――。


「くっ……!」


 カヨウさんは自分とエルスさんの身体を魔術で保護し、強引に空間の崩壊を押しのけました。最初は何とか押しのける事が出来ました。


 ですが、崩壊の勢いは増していき、その圧力も増していきました。


 転移魔術で逃れようにも、どこに飛べばいいのかも――。


『カヨウ様! 師匠!!』


『…………!? マーリン!?』


 猫系獣人の少女は、2人の座標を捉えていました。


 システム破壊後、解呪領域が弱まった隙に先んじて妖精郷外に逃れていた彼女は、外の魔術師達の力も借り、避難誘導を行っていました。


 神を守るために激戦の最中にいたエルスさん達が戻ってこない事に焦り、2人の姿を探し求め――カヨウさんの術の反応を頼りに――何とか2人と交信を繋ぐ事に成功しました。


交信これを辿――戻っ―来―! はや―、もう持たな―』


 カヨウさんは、マーリンちゃんの伸ばした魔術のパスを頼りに、即座に長距離転移術式を組み立て始めました。


 そんなカヨウさんに抱かれながら、エルスさんは驚いた顔で声を返しました。


『……いいのですか? カヨウは遠隔蘇生で戻れますが、私は、放置してもらえば……このまま……』


『ばか! それだと師――――残されるでしょ!?』


『…………』


『――く帰って――よ! そんで、そ――っ……!』


 雑音混じりの交信の中、老魔術師の耳に聞き覚えのある涙声が届きました。


 ただ、それは怒りの感情もはらんだもので――。


『一発、ぐーで殴る!』


『…………』


『帰ってきてくれなきゃ、それができ――――』


 ぶつん、と交信が途切れました。


 崩壊の力に押され、外からではもうどうしようもなくなったのです。



「覚悟を決めなさい」


 カヨウさんはそう言いました。


 エルスさんとおでこをあわせ、言葉を続けました。


「あの子と、また、言葉を交わしなさい」


 そして転移魔術を起動しました。


 マーリンちゃんの伸ばしてくれていた糸を頼りに、飛び立ちました。


 2人がいなくなった空間は、急速に閉じていきました。


 モルガンさんが使っていた工房も、跡形もなく消えていきました。


 アリストさんが仲間達と、平和になった後の夢を語り合った広場も消えました。


 エイさんが1人になりたい時、こもっていた地下室も消えていきました。


 そんなエイさんを探しにきたエルスさんが使っていた地下道も消えました。


 ただの塩の塊になった墓守達も消えていきました。


 システムという結びつきを失くし、バラバラになりながら虚無に落ちました。


 ただ、最後の墓守メサイアは、娘と弟子に救われ――。




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