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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
十章:なれ果てのメサイア
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少年騒乱者の人生 2/2



 彼は戦い続けました。


 2人のために戦い続けました。


 2人に止められても、戦う事をやめませんでした。


 やがて、彼らは目的を達成しました。



 彼の生まれた世界は、元々は神が統治していました。


 しかし、神は裏切り者達に神の座から引きずり降ろされました。


 裏切り者達はそれぞれの欲望に突き動かされ、裏切り者同士で権力争いを始めました。その結果、彼らが分割統治する世界が誕生しました。


 老魔術師達は、そんな世界を変えようとしました。


 神を復活させ、その圧倒的な力で世界を変えようとしました。


 その目標は達成されました。


 最悪の形で、達成されました。


 復活した神が、圧倒的な力で世界を地獄に変えたのです。



 たった1人で敵対勢力をねじ伏せた神は、老魔術師達を称賛しました。


 よく自分を解放した、と。


 褒美にお前達だけは助けてやろう――と言いました。



 神が復活したら世界は変わる。


 そう信じ、戦い続けてきた人々は愕然としました。


 自分達が――結果的に、とはいえ――しでかした事に恐怖しました。


 神とはもっと、人間離れした存在だと考えていました。力だけではなく、精神も俗人とは違うと思っていました。


 悪を討ち、善を助ける存在。


 この世を救う救世主だと考えていました。


 神を直接知る者達も――神の正体が俗なものであっても――世界のために動いてくれる救世主だと信じていました。信じようとしていました。


 復活した神が、何も知らない民衆ごと敵対者を屠っていく様を見て、自分達が間違っていた事を悟りました。かつては世界に秩序をもたらしていた神が、もう壊れてしまった事を悟りました。



「ん? ア゛ァ゛、お前、死にかけじゃねえか」


 神は、近くにいた彼に手をかざしました。寿命工場で生まれ育ったがゆえに、死にかけの彼に手をかざしました。


 今まで誰も解決出来なかった問題を――彼の寿命問題を手をかざすだけで解決した神は、少年に笑いかけました。


「これでまだ戦えるよな? さあ、オレの敵を滅ぼしてこい」


 神は敵対者の遺体をトマトのように踏みにじりつつ、少年に臣下として働く事を求めました。都合の良い手駒を――騒乱者を求めて。


「せ…………センセイは、」


「ん?」


「センセイは、貴方を解放しさえすれば、世界は変わるって」


「変わるさ。見ろ、もう変わってるだろ?」


 敵対者の艦隊を、神が生み出した焔の竜が次々と屠っていました。


 灼熱に飲まれた艦艇は次々と轟沈し、さらには戦闘には参加していない避難民の船も飲み込みました。大人も子供も、老人も赤児も全て殺していきました。


「違う」


「あ?」


「これは、違う」


 彼は思いました。


 老魔術師と女魔術師が願っていた世界は、こんなものではない。


 こんな変化ではない。


「センセイ達が求めていたのは、何もかも燃やし尽くす炎じゃない」


「ほう? じゃあ、何を欲しがってた」


「……優しい光……平和な世界。暴君が支配する世界じゃなくて、公平な、裁きを……」


 神は嗤いました。


 老人のような乾いた肌を歪め、嗤いました。


「真っ当じゃない手段で――テロリズムに訴えかけた奴らが、よく言うぜ。お前らのやる事は正義。敵のやる事は正義じゃないって言いたいのか? 馬鹿か? 違うだろ」


「…………」


人類おまえらは全員、クズなんだ」


 だから圧倒的な力で管理しなければならない。


 躾けてやらなければならない。


「お前らも、アイツらも、お上品ぶっているが実際のところは家畜にも劣る品性の持ち主なんだよ。人間はどいつもこいつも自分勝手な存在で――」


「違う。センセイ達は違う!!」


「怒鳴んなよぉ。ハァ゛~……これだから、ガキは苦手なんだ……」


 神は耳くそをほじりつつ、うんざりとした表情を浮かべました。


 ですが、直ぐに嬉々とした表情を浮かべました。


「お前、あの女のことが好きなのかッ!」


「…………!」


 神は読心魔術を使い、彼の心に足を踏み入れました。


 彼が大事に隠し持っていた恋心を見つけ、同級生の男女をからかう小学生のように笑い、彼の心を踏みにじりました。


「あははははははは!! こりゃケッサクだ!!」


「やめろ」


「メスみたいに犯されてた分際で、いっちょ前のオスじゃあねえか! お前、アイツに……エルスに遠慮して、自分の気持ちに蓋をして、ひとりでカッコよく身を引いたくせに、裏ではあの女の肢体を思い浮かべて――」


「やめろ!! 僕の心に、入って……くる、なぁッ……!!」


 彼は無力でした。


 圧倒的な力を持つ神の前では、彼は赤児の如き存在でした。


 毒蛇の如く動く魔術が彼の心を隅々まで荒らし、彼が隠したがっていたものを――彼自身が「汚らわしい」と判断した気持ちを踏みにじっていきました。


「お前は、あの女に欲情している」


「違う! ちがう! ちがうっ! ちがう!!」


「正直になれよぉ。お前は家畜じゃない。下劣な品性の、立派な人間だ」


「消えろ! きえろきえろきえろッ!!」


「お前にも、褒美をやらないとなぁ」


 神は嗤い、創造の術を使いました。


「くれてやる。お前がしたいこと、ぜぇんぶブツけてやれ」


 彼の目の前に、彼の心から読み取ったものを創造しました。


 虚ろな瞳の女性の裸体を。


 その姿は、老魔術師の隣にいた人物に――。



「――――!!」


 彼は激怒しました。


 怒り狂い、刃を手に、神に襲いかかりました。



「…………不敬だぞ」


 しかし、神の張った障壁は彼の攻撃をあっさりと阻みました。


 血の一滴すら奪えず、彼は神の力にねじ伏せられました。



「嗚呼、これだから人間は……」


「…………」


「自分の本性を隠す嘘つきばっかりだ。お前らにはホント、ウンザリだ」


「…………」


「けど、オレは優しいから人類おまえらを存続させてやる」


「…………」


「お前達は、永遠に、オレの玩具だ」


 敵対者をねじ伏せた神は、老魔術師達に臣従するよう求めました。


 神復活の功労者である騒乱者達は、全員、神の尖兵にする。生かしてやるが、信用なんてしない。


「お前らは特別だ。特別に、ある程度の自由は与えてやる。その代わり、オレに尽くせ。タダ働き? させないさ。欲しい物は何でもやろう」


 騒乱者それ以外は助けない。


 殺すか、虐げる。


「これは決定事項だ」


 騒乱者達の中には、その判断を変えてほしいと求める者もいました。


 神の力を目の当たりにしてなお――目の当たりにしたからこそ、もっと寛大な裁きを行うよう、求める人もいました。


 無実の民衆や、支配者達の命令で仕方なく動いていた兵士達は見逃してくれるよう、求める人もいました。裁くのは支配者だけにしてほしい、と。


「駄目だ。命令されたから仕方なかった? 知るか。抗え。オレは死んだ方がマシな目に合わされてたのに、何でアイツらはのうのうと生きているんだ? いや、死ねよ。死んじまえよ」


 神は平坦な声でそう言いましたが、内心では怒り狂っていました。


 懇願する騒乱者に冷たい視線を向けました。


 その騒乱者の友人が、敵軍の中にいる事を読心で知り――。


「殺せ。それはいらない感情だ」


 その友人を転移で呼び寄せ、騒乱者の前に突き出しました。


「そいついなくなれば、余計な事は考えられなくなるだろ? 殺せ」


 騒乱者の耳元で囁きつつ、ナイフをもたせました。


 目の前で震えている人間の胸にナイフを突き立てるだけ。


「簡単なことじゃないか」


 そうするよう、神は求めました。


 騒乱者は拒否しました。


「じゃあ、お前でいいや」


 神は友人の方にもナイフを渡しました。


騒乱者こいつを殺したら、お前とその家族は生かしてやる」


 そう言い、2人を殺し合わせました。


「ウェェハハハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハ!! イーヒッヒッヒッィーーーー!!」


 2人ぶんの血溜まりの上で、踊りました。


 踊り、嗤いました。


 騒乱者達は思いました。


 神の復活により、世界は確かに変わった。


 世界の支配者は変わった。


 ……変わらない方が、まだマシだったんじゃないか?


 そう思う騒乱者すらいました。


「お前」


 神は騒乱者を指差し、術を行使しました。


「不敬」


 相手の心を読み取り、術を行使しました。


不敬デリート不敬デリート不敬デリート、不敬不敬不敬不敬――」


 騒乱者達に恐怖という名の首輪をつけようとしました。


 神に臣従すれば、自分達だけは助かる。


 心を読む神相手に、叛心など一切持たずに媚びへつらえば助かる。



「糞くらえだ……。あんなの、俺達の望んだ救済カミじゃない……!」


 義憤を胸に、新たな支配者に背く人もいました。



「……従うしかない。従って、怒りを収めていただけるよう、説得するしか……」


 歯向かえない以上、今は従うしかないと言う人もいました。


 今は頭を垂れ、臣下として動き――少しずつ説得していくしかない。



「お前らの意見なんか聞いてねえよ。手駒が意見してんじゃねー」


 神はそのどちらも裁きました。


 騒乱者達の中には、神の喉元に刃を届かせられる存在もいましたが――神は相手の手の内を知り尽くしており――油断なく対処していきました。


 この時の神は、一切の慢心を捨てて行動していました。


 情けと、容赦も捨てて――。



「お前らが悪い。オレは一度慈悲を見せた。なのに、お前らは逆らった」


「やめろ!! その子から離れろ!!」


「……ガッカリだぜ、相棒エルス。お前まで、オレを裏切るとはな」


 神は騒乱者達も蹂躙していきました。


「罰が必要だよな。……お前らが一番堪える事はなんだ?」


 妖精郷システムを利用した特攻にも、簡単に対処してみせました。


「自分自身の命? 違うよなぁ、コレが一番効くよなぁ?」


 神は妖精郷内に攻め入りました。


 必死に応戦する騒乱者達を退けつつ、進みました。


 そして、避難所に集められた子供達を――。


「わぁ! わあああああああ~~~~!!」


「やだああああああー!!」


「ままー! ぱぱぁ!」


「うるさい」


 全員始末しました。


 反抗してきた騒乱者が――我が子の窮地に――泣き叫び、ひれ伏し、「やめてください、やめてください」と頼んでも断行しました。


「き、さ、まああああああああああああああーーーーッ!!」


 騒乱者アリストは怒りに震え、神に斬りかかりました。


 蛮行を振るうかつての主に対し、歯向かいました。


「お前は!! 自分が!! 何をしたのかわかって……!!?」


「死は救いだぞ、蟻巣東吉」


 神は淡々と言葉を発しつつ、騒乱者と鍔迫り合いました。


「そこで見てろ」


「やめろ! やめろーーーーッ!!」


 かつて近衛だった男の四肢を大地に縫い止め、殺戮を見せつけました。



「エイ君!!」


「あぁ……良かった、貴女も、無事か……」


 彼は――神に拘束されていた彼は、どさくさに紛れて逃げ出していました。


 その腕に、血まみれの女性を――神に逆らい、敗れた女魔術師を抱えて。


 彼が逃げた先にいた騒乱者マーキナーは、親友である女魔術師を彼に託され、他の非戦闘員達を逃がすように頼まれました。


「その身体……」


「大丈夫。それより、センセイからの命令。貴女達は逃げて」


「でも――」


「こっちはもう、総崩れだ……。もう、勝てない」


 だから神から逃げるよう、老魔術師は生き残り達に命令しました。


「エイ君、待って! 何する気!?」


「ルサルカ姐の機体を借りる。まだ、動くでしょ?」


 老魔術師は彼にも命令しました。


 彼自身にも逃げるよう、命令しました。


 彼はその命令は無視し、瀕死の女魔術師を仲間に託し、戦場に戻ることにしました。


 かつての搭乗者の血でベッタリと汚れた人型機械を動かし、仲間が止めるのを聞かず、戦場に戻る事にしました。まだ全てが終わったわけじゃないと信じて――。



「必ず戻るから」


 変わってしまった世界の中、彼は飛びました。


 老魔術師や他の仲間を守るために。


 そして、神の力に――――。



「お前らには、ガッカリだよ」


 騒乱者達を退けた神は、苛立ちながら老魔術師達を睨みました。


 老魔術師達相手に手間取っているうちに、女魔術師達は取り逃してしまった事に苛立ちつつ、その苛立ちを捕虜にぶつけ始めました。


「わかったわかった! お前らもアレに入れてやる」


 妖精郷システムを活用し、怪物を作り上げる。


 その怪物の材料に、騒乱者達も放り込む事にしました。


「でも、オレは心優しいから、1人だけ……。そう、1人だけ(・・・・)は助けてやる」


 神は老魔術師の頭を掴み上げつつ、優しい声色で言いました。


「お前が選べ、エルス、お前が救え(ころせ)


「…………」


「もちろん、お前自身でもいいぞ」


「…………」


 神は老魔術師に選択を迫りました。


 多くの者が、老魔術師に――救世主に視線を向けました。


 懇願するように。


「…………」


 老魔術師は、結局、捕虜にされた仲間で一番年若い者を選びました。


「ウンウン、そいつでいいんだな?」


「…………」


 彼を選びました。


 選ばれなかった者達の多くが、感情を揺らしました。


 落胆し、罵声を浴びせ、嘆き悲しみました。


 そうしない者もいましたが、彼と老魔術師はたくさんの呪詛を浴びました。


 神はその様子を満足げに眺めつつ――。



「これが、人の本性だ」


 とびきりの研究成果を披露するように、そう評しました。


 結末を意図的に捻じ曲げながら――。



「…………」


「…………」


「……センセイ、なんで、僕を選んだのさ」


「…………」


 彼すら、呪詛を吐きました。


 命の恩人に。



「生まれてくるんじゃなかった」


「…………」


「こんな苦しい思いをするぐらいなら、工場あそこで、死んでおけば――」


「…………。そんなこと、言わないでくれ……頼む」


 老魔術師は懇願しました。


 神に呪われ、女の身体に変えられたその身で。


 神の力で――メサイアの力で、不死の身体にされたその身で。



「いつかきっと、この世界は変わる」


「変わったよ。変わったけど、ダメだったじゃないかッ!」


「今も、まだ、変化の途中なんだ」


「…………」


「諦めずに、光に向けて……歩き続けていれば……」


「…………」


「いつか、きっと……」


「…………」


「キミにも……生きてて、良かったって……」


「…………」


「生まれてきて良かったって、思ってもらえる世界に――」


 彼と老魔術師は戦い続けました。


 神の奴隷として戦い続けました。


 邪神の理不尽と戦い続けました。



オレをッ! あの人とッ! 比べるな!!」


「…………」


「知ってるんだぞ!! オレは!! お前が心の奥底では先輩とオレを比べていることを!! 最初から、知っていた!! 先輩の、読心ちからで!!」


「…………」


「先輩の方が生き残ってた方が良かったと、思ってんのか?」


「……そういうことじゃ、な――」


「お前の所為だろうがッ!! お前が守れなかったから死んだんだろうが!! お前の所為でッ!! お前が! お前もッ!! いてくれたらッ!! 有栖ありすも!! 有栖も……! あんな、ことには……」


「…………」


「オレを……オレをあのメサイア・コンプレックスの異常者と比べるんじゃねえッ!! あの人が、異常なんだ……!! オレは、オレだッ!! オレを見ろ~~~~ッ!!!」


「わかってる。わかってるよ……」


「いッ、いつかッ、思い知らせてやるぅッ!! 先輩が転生してきたら!! いつか、必ず、ぉっ、オレと同じ目に合わせてやるッ!! ぜったい、ぜったいぃ!!」


「落ち着いて……。飲み過ぎだよ」


 世界を完全に支配し、世界そのものになった神は、荒れる一方でした。


 老魔術師は頬を腫らしつつ、甲斐甲斐しく神の世話を焼きました。


 奴隷として。友人として。


 慰めの嗜好品に頼り、神らしい威厳など一切かなぐり捨て、椅子から転げ落ち、床に転がって鼻息荒く興奮している神に対し、老魔術師は手を伸ばし――助け起こし、ベッドへと運びました。


「ぁ、あのイカレ女の、化けの皮を、いつか、剥いでやるッ……!」


「…………」


 錯乱している老人カミをベッドに寝かせ、眠るまで付き添いました。


 圧政こんなことはもうやめようと、何度も説きました。


「こ、こわいぃぃぃいいい~……!! いやだああああああああああああああああああッ……!! ぁ、アイツらが、また来るッ! また、オレから大事なモノを奪っていくんだ!! ひッ! ひぃッ!! ひぎぃッ~~~~!!」


 身体中をボリボリと掻きむしり、暴れる神を、老魔術師は押さえつけました。


 自身の魔術防護すらおろそかになっている神に対し、魔術で強引に眠らせながら心を落ち着けるように説きました。


「俺が、ここにいるよ。俺が守るよ」


「うそだ、うそだぁ~……! おまえも、また、裏切るんだァ……!!」


「…………。敵意を向けるから、それが跳ね返ってくるんだ。もう……皆を許してあげてくれ。俺のことは許さなくていいから……そしたら、キミも、心安らかに眠れるようになる。もう、誰も、憎まなくなれば……」


「やだ、やだっ……。許さない……許さないぃぃぃぃっ……!!」


 今にも死んでしまいそうなほど痩せた老人は、虚ろな瞳を浮かべ、暴れていましたが――やがて舌をもつれさせていき、眠りました。一時の眠りにつきました。


「…………」


 その様子を見ていた彼は、刃を手にしていました。


 今なら、寝首をかけると――。


「……キミも、もう寝なさい」


「何でだよ、センセイ」


「神様は世界を掌握した。神様を殺せば、世界は滅ぶ」


「いいじゃん、こんな世界、滅んじまえば」


「駄目だ。まだ、みんな、生きているんだ」


「…………。逃げた皆が神を殺そうとしても、その時も止める気?」


「ああ」


「……すっかり神の忠犬だな、センセイ」


「…………」


 吐き捨てるように言った彼に対し、老魔術師は曖昧な笑みを浮かべました。


 老魔術師は奴隷の身で、神に働きかけていきました。


 人類を虐げ続ける神に、「もうこんな事はやめよう」と言いました。


 神は老魔術師に――自分の過去を知る数少ない人物になってしまった男に依存しつつも、遠ざけようとしました。


 自分の怒りが陳腐化するのを恐れ、時に遠ざけ、時に怒りに任せて老魔術師を痛めつけ続けました。ボロボロになった老魔術師を見て、涙を流して「もうこんな事はしない」と言い、同じ事を繰り返し続けました。


 そんな事が何年も続き――。



「お前、もういらね」


「は?」


 神は、彼を手放す事にしました。


 頬杖をつきながら、一切の興味を彼に向けず、手放すと告げました。


 神は老魔術師に説得されても、人類に対する「復讐やつあたり」は止めませんでしたが、彼を奴隷として使役するのは止めました。


「エルスに感謝――いや、オレに感謝しろよ。お前はもう、いらん。当然、オレに関する秘密は口外できないようにするが、ただの一般人として死んでいけ」


 神の傍に控えていた老魔術師は、安堵の表情を見せながら、彼に別れの言葉を告げました。突然の別れに彼は戸惑いましたが――。


「もういいんだ。もう、過去の事は全部忘れて、幸せになってくれ」


「なに……言ってんだよ、センセイ……?」


 解放された彼は、神の手で巨人の家庭に転生する事になりました。


 そこで新たな名と、新たな人生を手に入れましたが――。


「エイだ。僕の名前は、エイだ」


 彼は自分の過去を捨てる事が出来ませんでした。


 しかし、神に抗うだけの力は持っておらず、悔恨を抱えて生き続けました。


 戦っている時だけは、その感情も薄まりました。


 それが根本的な解決にはならなくても、彼は猛り、戦い続けました。


 バッカス王国で老魔術師と再会しても、戦い続けました。


 ただ、少しずつ生き方を変えていきました。



「教導隊……ねぇ?」


「うん。バッカスの子達に、もっと強くなってほしいんだ」


「フゥン……」


 周囲の目を盗み、2人は時折、酒を飲み交わしました。


 冒険者達の遠征に紛れ、2人だけでこっそりと会う事もありました。


 数年、数十年に一度ほどの事でしたが――。


「雑魚が何人増えようと、同じことさ。神の優位は揺るがない」


「そうかもしれないね」


「センセイは、雑魚相手に時間を割くより、もっと有意義な時間の使い方をしなよ」


「してるさ。楽しいよ、若者の成長を間近で見守れるのは」


「単なる現実逃避じゃないの、それは」


「はは……。手厳しいな。でも、うん…………そうかもしれない」


「…………」


 昔と変わらない情けのない顔で笑う老魔術師。


 その顔を、彼は複雑な心境で見つめました。



「…………」


「…………」


 数年後ひさしぶりに、2人はまた都市郊外の野営地で再会しました。


 そしてまた、ふたりだけで酒を飲み交わしました。


 老魔術師の方からの誘いで――。


「聞いたよ。カラティンの子達に指導してくれてるそうじゃないか!」


「指導なんてしてないよ」


「またまた……。そんな照れなくていいのに!」


「違う。まあ確かにアイツらと行動を共にしてるけど、そりゃあ、群れてた方が色々楽だからだよ。雑用は雑魚共に任せられるからねぇ……」


「…………」


「なんだい、その顔。酒が飲みづらいったら、ありゃしないよ」


 彼は気まずげに顔を歪めつつ、老魔術師の笑顔から視線を逸しました。


 子供の成長を見守る親のような視線に耐えかね、視線を逸しました。


 アンタのためにやってんじゃない。


 ちょっとした暇つぶし。


 いや、正直に言うとアンタのためだよ、返しきれない恩があるかさ。


 そういう言葉が泡のように浮かんでは消えていきました。



「…………」


 まどろみの中、彼は――エイさんは思いました。


 正直に言えば良かったのかな、と思いました。言える機会があっても、また照れくさくなって言えなくなりそうだけど、と思いました。


 彼の人生は戦い尽くしの人生でした。


 身体も、心も、ボロボロになっても、ずっと戦い続けてきましたが――。



「悪くなかった」


 彼は自分の人生を、そう評しました。



「生きるのは、悪くなかった」


 ようやく終わった人生たたかいを振り返り、そんな言葉をこぼしました。









































『……いい、人生だった』


「――――もう終わり、みたいなこと、言うなっつーの……!!」


『…………』


 自分以外の人間の言葉で、彼は現実に引き戻されました。


 機械じぶんの頭部を抱え、ヨタヨタと逃げている少年の言葉でまどろみから目覚めました。



『おい、コラ……セタンタ』


「なんだよ! いまちょっと道に迷ってんだから後にしてくんね……!?」


『置いていけって、言っただろ……?』


「置いていけるわけねーだろ!? ばかっ」


 セタンタ君はエイさんの言葉を信じませんでした。


 遠隔蘇生で帰ると言われても、首都で神器を使っていたエイさんは、蘇生に耐えられないかもしれないと思っていました。仮にそういう事情がなくても、抱えて帰ろうとしたかもしれませんが……。



「楽に……死ねると、思うなよっ! 騒乱者……!」


『あー……。あぁ、なるほどね……?』


「アンタに、このままポックリ逝かれると、困るんだよ……!」


『法の裁きを受けろってかい?』


「ばか!! フィンが心配するだろーが!!」


『えっ?』


 セタンタ君は、孤児院の後輩の事を案じていました。


 エイさんの事を慕っている子の事を心配していました。



「猫じゃねえーんだから、フラッと消えて、いなくなるのなんて、やめろよ!」


『いや、でも、僕は騒乱者だしさ――』


「死んだらもう、会えないんだぞ!? 言いたいこと、ちゃんと言わせろよ!! ……置いてかれる側の気持ち、もっとちゃんと考えろよ……! 大人のくせに、責任放棄すんなっ……!」


『…………』


「勝手に満足して、勝手に死んでんじゃねーよ! もっと、足掻けよ!!」


『…………』


 少年は怒りながら、騒乱者の頭部を抱えて逃げました。


 折れた槍を携え、逃げ道を探し――フェルグスさん達に合流しました。




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