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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
十章:なれ果てのメサイア
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少年騒乱者の人生 1/2



 騒乱者エイはまどろみの中、遥か昔の事を思い出していました。


 世界の支配者が、神では無かった時代の事。


 人々の多くが、星の海に暮らしていた時代の事。


 彼は真っ白い部屋の中で寝かされていました。寝心地の良いふっくらしたベッドの上で、管に繋がれながらゲームをしていました。


 彼はひとりぼっちではなく、両側にはガラスの壁を隔てて仲間達がいました。同じ工場で生まれた兄弟姉妹達がいました。


 皆、彼と同じく管に繋がれたままベッドの上に座り、ピコピコと楽しげにゲームをしていました。彼らが入れられた施設の関係者が――彼らの生まれ故郷である工場の関係者が、彼らを哀れんで軍部の払い下げ品であるシミュレーターを改造したゲームを使い、皆で協力プレイを楽しんでいました。


 彼らは食事と睡眠、生きていくうえで必要な時間以外は全て娯楽に費やしました。ゲームは彼が最も好んだ娯楽でした。


 工場の中はどこも病的なほどに白く、無味乾燥な景色ばかり。時折、視察に来る上流階級の人間に対し、作られる製品の清浄な様をアピールする事だけを意識し、居住者の事は考えていない作り。


 そんな退屈な工場の中と違い、ゲームの世界は圧倒的な広さと、刺激的な毎日を提供してくれました。彼は管に繋がれたまま、他の子達よりも一層長くゲームをやり込みました。


 物心が芽生えた時からずっと遊び続けてきました。


 管に繋がれたまま。


『よしよし、行け行け!』


『今日は勝てるよっ!』


『あれっ? 援護! 援護なにやってんだよ! もーーーーッ!!』


 彼らは惜しいところまでゲームを進めましたが、敗北しました。


 仲間の1人が急に動かなくなったために――。


「…………」


 彼の隣室にいる長耳エルフの少年が、動かなくなっていました。


 ベッドの上の机に突っ伏し、ピクリとも動かなくなっていました。


 当然、その子が操作していたゲームのキャラクターも動かなくなり、「ゲームオーバー」という表示と電子音が鳴り響きました。


「ん。死んだ?」


 彼は机上に置かれた飲料水をストローでちゅーちゅー吸いつつ、隣にいる子についての感想を漏らしました。


 残念に思いつつ、ベッドからもそもそと出て、隣室に近づきました。


 隣室の子は、彼にとって一番の相棒でした。ゲームの世界では背中を預け、安心して前衛として戦う事が出来ていました。信頼していたからこそ、その子の援護ありきの動きをして敗北しました。


「ん…………」


 彼は自分の部屋と隣室を隔てるガラスに近づこうとしましたが、後ろからグイと引っ張られて足を止めました。


 繋がっている管が邪魔で、それ以上、進む事が出来ませんでした。


 それでも、じっと見守りました。


 自分とまったく同じ顔をしている長寿族エルフが――まだまだ子供のエルフが瞳孔を開いたままピクリとも動かなくなった様を見つめ続けました。


「…………」


 やがて、工場の職員達が隣室に入ってきました。


 青ひげの職員は、覗いてくる彼の事をチラリと見た後、後輩の職員を従えて歩き――ベッドの上で事切れているエルフの少年をつまみ上げました。


 後輩職員は「いいんですか?」と問いました。


 職務規定によると、「処理」の際にはシャッターを閉め、隣室から様子が見えないようにするべき――と定められているのに、閉めずに作業してもいいのか、と問いかけたのです。


『いいんだよ。家畜共の目なんか気にしてどうする?』


『でも、コンプライアンスが――』


『見てみろよ、隣のガキ。……虫みてえな目でこっち見てやがる。きもちわるい』


 青ひげの職員は事切れた少年を引きずりつつ、ガラス壁に近づいてきました。


 そして、少年したいの頭をガラス壁に押し付けてきました。


『ほら、お前の兄貴だぞ~? サヨナラ、ちゃんと言えるか~?』


 少年の頭はグイグイとガラス壁に押し付けられました。


 柔らかい肌が粘土のように変形し、微かに濡れた眼球がガラス壁をひっかく様を、彼はじっと見つめ続けました。まばたきもせず、静かに目に焼き付けました。


『……不気味な奴らめ。同じ家畜でも、肉虫の方が可愛げがあらぁ』


 青ひげの職員は舌打ちをし、死体を死体搬送カゴに放り込み、部屋を出ていきました。まだ年若い後輩職員は、彼の視線を恐れ、カゴを押しつつ下を向きながら部屋を出ていきました。


「…………」


 彼はずっとそれを見ていました。


 相棒が部屋の外に運ばれていった後も、しばしそれを見ていました。


 やがて、もそもそとベッドに戻りましたが、その日はゲームを続ける気分にはなりませんでした。自分達を繋いでいる管を撫でつつ、「自分もいつかああなるんだろうな」と考えていました。


 世界の支配者が、神ではなかった時代。


 人々の多くが星の海に暮らしていた時代。


 彼らは寿命工場で生まれ、そこで暮らしていました。


 人々は宇宙で暮らす術を手に入れても、犠牲なく生き続ける事は出来ませんでした。彼らは犠牲になる側の人間かちくとして生まれてきました。


 人の魂に穴を開け、そこから寿命を絞り出す技術。


 それを用い、彼らは死ぬまで寿命を絞られようとしていました。


 長寿族であるエルフは、寿命工場では最も酷使された人種でした。長生きというだけではなく、容姿端麗の様が「気品ある上流階級」の人間に好まれたのです。


 彼も遠からず死ぬはずでした。


 星の海を征く海賊達に、工場が襲われるまでは――。


『ほらほらぁ! 死にたくなきゃぁ、両手を頭の後ろにまわして跪け!』


『ただの工場のくせに、上流の人間が大量じゃねえか。何でこんなに?』


『視察のタイミング狙ったからだよ。リストと照合しろ。まだ隠れてる奴がいるかもしれん。身代金をふんだくれそうな奴は1人も逃すなよ』


 蛮人達は白亜の工場を時に赤く染め、蹂躙していきました。


 慌てふためいた青ひげの職員は、寿命を絞り取っていたエルフの子供達を解放し、銃器を持たせて「戦え!」と命じました。他の職員達も子供達に同じような事を命じ、彼と同じ顔の子供達が次々と死んでいきました。


 彼は銃口をまじまじと覗き込みました。


 見た目はゲームと同じだな、と思いました。


 ただ、腕をギシリと軋ませる重さはゲームとは違うな、と思いつつ――青ひげの職員に銃口を向けました。他の子達にも同じ事をするよう、促しました。


「お、おいっ! お前ら、ふざけたことしてんじゃぁ……!」


「どうするの?」


「この人は海賊に突き出す。抵抗しても、無駄死にしそうだし」


 彼は工場内の通信機を傍受し、海賊達の会話を聞いていました。


 敵の目的が自分達ではなく、視察に来た人々だと知っていました。


 そのため、無駄に抵抗せず、大人しくする事にしました。青ひげの職員が惨殺される様を、無感情な瞳でじっと観察しながら――。


「…………」


 これで皆を守れる。


 海賊が帰ってしまえば、同じ日々が続く。


 自分達と同じように、職員も補充されるだけ。


「いい子だ。よしよし、お前らを解放してやろう」


「いい。寿命工場ここで、いい」


「そう言うな。お前達には見込みがある。……お前は、特にイイな」


 少年の誤算は、海賊達の事を全て知った気でいたこと。


 海賊達は、奪えるものは何でも奪いました。


 容姿の整った少年少女達も、星の海を征く海賊達には立派な商品になりました。



「…………」


 彼は不潔なベッドの中で目覚めました。


 海賊達の船にある一室――海賊達のリーダーの一室に監禁され、一日の多くをそこに繋がれて過ごす事になりました。


 彼はもう、管には繋がれていませんでしたが……代わりに鎖に繋がれていました。彼はリーダーのお気に入りになったのです。


「おう、おう。オレの可愛いお姫様っ」


「…………」


 ニヤついて話しかけてくるリーダーに対し、彼は「うるさい」「きもちわるい」という言葉を投げかけようとしました。


 ですが、歯を全摘出された口は、もう言葉を発せられなくなっていました。


「何か欲しい物はあるか?」


「…………」


 彼はシワと染みだらけのシーツに視線を落としていましたが、問われると、筆談で言葉を伝えました。


 ゲームがしたいと求めました。


 元いた場所に帰りたい。


 あそこならあたたかいベッドがあるし、臭くはない。


 仲間達の姿も、ガラス越しに見守る事が出来る。


「うんうん、ゲームか。そんな事より、もっと楽しいことしようなっ」


「…………」


 彼は再びベッドに埋もれていきました。


 残飯臭の如き口臭を嗅ぎつつ、蹂躙されていきました。


 リーダーの頭から焼けた肉の臭いと、血がこぼれるその日まで――。



「下衆が……!」


 海賊の一味に紛れた騒乱者トレイターは、自分が撃ち殺した海賊のリーダーの死体をベッド下に蹴落とし、先刻までリーダーの下敷きになっていた彼に手を差し伸べました。


 彼と、生き残りの子達を連れて逃げ始めました。


 子供達は海賊達の慰み者にされ、工場を出た時より減っていましたが――。


『アリスト! てめぇ! 拾ってやった恩を忘れたか!?』


『スマンが、忘れっぽいものでな。だが、貴様らの顔は忘れないようにしておくよ。……七光への反抗心ある若人と思ったが、ただの、蛮人だったという事をな』


 彼らを助けた禿頭の騒乱者は、彼らを守りながら1人で戦い続けました。


 追手は海賊側からだけではなく、海賊が襲った工場側からも派遣されました。騒乱者は子供達を連れて何とか敵から逃げ続けましたが――どんどん消耗していきました。


「オジさん、死ぬの?」


「……死なんさ。少し仮眠を取っていただけだ」


 騒乱者は――当時の世界を支配していた存在に抗う者は、「俺には責任がある」と言って、子供達を守り続けました。


「このような手荒な真似はしたくないが、頼む。この子を治してくれ」


「……寿命減衰障害か。どうにもならんよ、コレは」


「ッ…………。ならば身体を。せめて、身体を治してくれ」


 医者に刀を突きつけて脅し、彼の身体を治すように求めました。


 ひとまず身体の状態だけは治す事に成功すると、騒乱者はホッとした様子で「もう大丈夫だぞ、坊主」と彼の頭をワシワシと撫でました。


「逃げるぞ」


「どこへ?」


「当てはある。……この世界のどこかに、俺の旧友がいるはずだ」


「だれ?」


「同じ学院に通っていた者達だ。……外道に堕ちた者もいるが、そうではない人もいる。お前達だけではなく、きっと、世界を救ってくれるはずだ」


 騒乱者はそう言い続けました。


 追手の戦いや、その他の敵対者との戦闘でボロボロになりつつ、何とか子供達を生かすために戦い続けました。救いを求めて戦い続けました。


 騒乱者は日に日に消耗していきましたが、それでも子供達に笑いかけ、希望を持つように言葉をかけました。彼と、彼と同じ顔を持つ子供達に「楽しい話をしよう」と暗闇の中で語りかけました。


「ここを出たら、お前達は何がしたい?」


「……工場に、戻りたい」


「……あそこは駄目だ。あそこに戻れば、人権が剥奪される」


「でも、あそこはあったかいよ」


「ゲームもあるよ!」


「毎日、食物ゼリーがもらえるよ。お腹パンパンになるまで流し込んでもらえるよ」


「だ、だがっ……あそこにいたら……寿命を絞り尽くされて、死ぬんだぞ?」


 かつて、ただの学生だった男は――「普通」の暮らしを知る男は、自分にとっての常識からそう説きました。


 少年達は知りませんでした。


 自分達以外の寿命工場ふつうをよく知りませんでした。


 海賊に連れ出され、外の世界にやってきても、「ろくでもない」という感想ばかりが脳裏に過りました。騒乱者との逃亡生活ですらそう思っていました。


 生きていても、良いことなんてひとつもない。


 ただ、工場に戻れば、楽に死ねる。


 ゲームと同じみたいに、いつか電源を落とすように楽に死ねる。


 それまでは好きなことをして暮らしていける。


 二十年未満の人生。下手をしたら十年も経たずに終わる人生。


 それが彼らにとっての普通であり、一番「楽」なものでした。


「帰りたいよ。なんで僕らを連れ出したの?」


「どうやったら帰れるの?」


「ここは寒いよ……」


「……よしッ! 暖かいところに行こうッ! お前らが好きなことを出来て、いつも腹いっぱいにメシを食えて、幸せになれるところに行こうではないか」


「工場に帰れるの?」


「あそこではない。皆で、楽園に行くのだ」


「楽園……?」


 騒乱者は暗闇の中、子供達を引き連れて進み始めました。


 子供達でも進める道を模索し、邪魔する者は斬り伏せながら進みました。


「工場以外に、そんなところがあるの?」


「アレは楽園などではない。楽園には管理者が……神がいる」


「……かみさま。知ってる。悪いやつ。神は、大罪人」


「違う。それは現支配者共のプロパガンダだ。神は楽園を創った。だが楽園は、我欲の追求者達に簒奪された。神を解放し、楽園を取り戻せば、きっと――」


「…………」


「……アイツなら、有栖が選んだアイツなら……きっと……」


 騒乱者は戦い続けました。


 子供達が工場に帰りたがっても、それを拒みました。


 この子達は幸せにならなければならない。


 神なら、この子達を救ってくれる。


 子供達も、世界も、救えるのは神しかいない。


 そう思いながら戦い続けた果てに、騒乱者アリストメネスは――。


「ここを、真っ直ぐ進め。貨物に紛れて逃げるんだ。今回の奴らの狙いは……俺だ」


「オジさん、死ぬの?」


「死なんさ。必ず迎えに行く。必ず、助ける。今度こそ」


 騒乱者は血だらけの拳を少年に突きつけ、ニカッと笑って来た道を戻っていきました。……彼は迎えに来ませんでした。


「…………」


 大人の庇護を失くした子供達は、それでも生き続けました。


 騒乱者がこんこんと語り続けてくれた希望は、呪詛と化していました。


 子供達の大半が、自分達の抱いていた「普通」を壊されていました。ただ、「普通」を目指して生きていこうにも、工場生まれで身寄りのない彼らが自分達の力だけで「普通」の生活に辿り着くのは不可能でした。


「ン゛ン゛ーーーーッ゛!!」


「あっ……」


 その事実に絶望し、自分の首にナイフを突き立てる子もいました。


 鬼のような形相でナイフを刺し、ジタバタと苦しんで死んでいきました。


 彼らは学習しました。


 この死に方は苦しいんだな、と。


「…………ここは寒いね」


「空調が壊れてるらしいよ」


 吐く息が白くなるほど凍える世界の中、子供達は生き続けました。


 彼は気づいていました。


 自分達の身体が商品になる事に、気づいていました。


 他に生きる糧を得られる方法もない以上、それを使う事にしました。


「皆もやろうよ。お金もらえるし、あったかいよ?」


 彼は両手を広げ、仲間に提案しました。


 かなり足元を見られるうえに、大した稼ぎにはならない。


 それでもゼロよりはマシだろうと考え、提案しました。


「「「「…………」」」」


 ですが、仲間から返ってきたのは軽蔑の視線でした。


 彼らの多くは、「普通」に毒されていました。


 彼は「普通」ではないと考えました。


 それでもやむを得ずに提案に乗る子もいましたが、それでも提案者である彼は軽蔑され続けました。最も汚れた存在だと言われる事すらありました。


「お前はきっと、楽園に行けないぞ」


「アリストのオジさんだって、お前みたいな奴、嫌いだって言うぞ」


「そう。それって本人がそう言ってたの?」


「ちっ……!」


 彼はしばしば孤立しました。


 貧民街の最下層で皆で寄り集まって暮らしていましたが――いまの暮らしに対する不満のはけ口にされ、「どん」と身体を押されて住処から追い出される事もしばしばありました。


 彼は「海賊達のところがまだマシだったかもしれないな」と思いつつ、ひとり、肩をすくめ、追い出された時は馴染みの客のところに行きました。そして一晩の寝床を借りる代わりに奉仕をしました。


「…………」


 雪国のような寒さ。鉄の檻の如き貧民街の中で、彼はボンヤリと生きながらボンヤリと死を待っていました。


 仲間達に生活費を分け与えつつ、身体を売って、日々を漫然と生き続けました。出来ることなら工場に戻りたいけど、絞りカスの自分はもう、工場にすら受け入れてもらえないかもしれない。


 皆はすっかり「普通」に毒され、自分達が「普通」ではない生活を送っている事に耐えられなくなった。自分達の友情は、あの騒乱者に破壊された。


 ただ、あの人も悪気があったわけではないんだろうな。むしろ逆に、あの人も「普通」という毒の犠牲者だったのかもしれない。


 そんな事を考えつつ、磨り減りながら毎日を生きていました。


「…………」


 そんな生活を送っているうちに仲間達が死んだ時は、「上手くやったな」という感想を抱きました。


 彼らは寒さに震えて暮らしていましたが、その日は寒さとは無縁の死を経験しました。拾い物のストーブの一酸化炭素中毒で、眠りに落ちるように死んでいった事を知りました。彼らの遺体を処理していた人から、そう聞きました。


 その人は――困り顔の老魔術師アハスエルスも、「普通」の毒にやられていました。


 それゆえに、生き残った彼に救いの手を差し伸べてきました。


「…………」


 彼は諦観の中、その手を取りました。


 その手をとっても何も変わらない。


 どうせまた転げ落ちていくだけ。


 そう思いながら老魔術師の手を取りました。


 老魔術師が起こした騒動でひと悶着はあったものの、彼は老魔術師とその仲間達に保護される事になりました。支配者に抗う騒乱者集団に保護されました。



「ここはいいね」


 彼は新しい生活の場を、満足げにそう評しました。


 少なくとも寒くはない。


 食べるものも貰えた。


 ふかふかではないけど、清潔なベッドがある。


 その評価を聞いた老魔術師は、ホッとした様子で言いました。 


「喜んで貰えたら嬉しい。何か欲しいものはあるかな?」


「ううん。お仕事はいつすればいい? 相手は誰になるのかな?」


「いいんだよ、もう働かなくて」


 彼の言葉を聞いた老魔術師の表情はこわばっていました。


 彼は、老魔術師がかつて自分達を「助けた」騒乱者と同じ人種だと気づきました。理想と現実の中で苦しんでいる人種だと気づきました。


「…………」


 この人も綺麗事を言って、僕を下へ下へと引きずり下ろしていくのかな。


 そんな事を考えながら、無感情な瞳で老魔術師を見ていました。


 この人のハラワタが見たい。


 この人の本性が知りたい。


 この人も、いずれ、皆と同じになる。


 綺麗事を言って生きていけるほど、この世界はあたたかくない。


 実際、老魔術師の所属する集団は苦しい状況に置かれていました。


 彼らは現体制に抗うテロリストであり、支配者達の圧倒的な戦力を前では、暴風の前の木の葉の如き矮小な存在でした。


「…………」


 それでも老魔術師達は、支配者達に全力で抗いました。


 圧倒的な戦力を前にしても必死に活路を探し、裏切り者が出てもその判断に理解を示しつつ、前へ前へと進み続けました。


 苦しい世の中で、「普通」とは程遠い状況の中で、「普通」を求めてひたむきに戦い続けていました。


「…………」


 老魔術師達の戦う姿を見ているうちに、彼もその背を追うようになりました。自分も「仲間」に入れるように志願しました。


 老魔術師達はそれを断りました。


 彼は子供であり、老魔術師達にとっては庇護対象でした。自分達の始めた戦争に付き合わせるだけの覚悟を持ち合わせていなかったのです。


 巻き込むのを無責任な事だと思ってすらいました。


「大人になるまでなんて、待ってらんないよ」


 少年の残り時間は限られていました。


 それなのに「子供だから」と参戦を断られる事に苛立ちました。


「どうせ、大人になれないんだから」


 無感情な瞳に憤りを宿し、動き始めました。



「あっ! このガキ……! まーた勝手にシミュレーターを……!」


「いいじゃん。実機に勝手に乗ってるわけじゃないんだからさ。それより、この難易度じゃもう物足りないんだけど?」


 彼はふてぶてしく、自分の価値を証明しようとしました。


 工場で軍用のシミュレーターに触っていた事があるとはいえ、それは所詮、ゲーム用に改造されたもの。大人達に認められるだけの力にはなりませんでした。戦士としての彼を形作る骨子にはなりましたが――。


「センセイ。センセイ~。ほら、スコア更新したよ」


「あらら……また勝手にやってたのかい?」


「いいじゃん。僕の手の届くところにあるのが悪いよ」


 彼は老魔術師の手に頭を撫でられつつ、ふてぶてしく言いました。


 他人に、身体を無遠慮に触られる経験を積んでも、それに不快感を覚えながら我慢していましたが――老魔術師の手に撫でられる事は、心地よさを覚えていました。


 女魔術師モルガンの手に対しても、老魔術師の手と同じぐらいの心地よさを感じていましたが……彼女に触られる事を、彼は良しとしませんでした。


「駄目だよ。穢れるから」


 この人は綺麗なままじゃないといけない。


 自分に触ると穢れる。


 彼はそう思っていました。


 それでも、女魔術師は彼を抱きしめました。ギュッと抱きしめ、あやすように背中をポンポンと叩き、心を乱す彼を落ち着かせました。


 彼は老魔術師達の愛情を受け、強くなっていきました。


 残り時間が――寿命が他よりも限られている事に焦燥感を抱きつつ、寝る間も惜しんで結果を出すために努力しました。


 彼は自分を歯車だと考えました。


 老魔術師センセイの計画成功のための歯車。


 自分の命を使っても、命の恩人の助けるのが彼の喜びとなりました。老魔術師が「そんなことしなくてもいいんだよ」と説いても、彼は止まりませんでした。


 老魔術師と女魔術師は、彼が戦場に出る事を「良し」としませんでした。


「いいじゃん。僕も戦場に出ても。例の素体なら、死んでも問題ないでしょ」


「駄目だ。命は無事でも、駄目なんだ」


「何が駄目なのさ」


「……見える景色が変わってしまう。キミは、今のままでもいいんだ」


 彼も「センセイ達はこういう人なんだな」と理解しました。


 理解したからこそ、外堀から埋めていきました。2人以外の周囲の人間に働きかけ、自分の「有用性」を見せつけ、説得していきました。


 まだ子供でも、戦力になると証明しました。


「センセイ達だけだよ。僕を認めてくれないのは」


「「…………」」


 周囲の理解を得た彼は、老魔術師達に詰め寄りました。


「使ってよ、僕を」


 老魔術師と女魔術師は、最後まで認めませんでした。


 ただ、逼迫された戦況は、老魔術師達の良心をたやすく踏みにじりました。


 その戦況を覆すため、彼は兵士として身を投じていきました。



「戦争だ」


 彼は笑顔で戦場に挑みました。


 笑っていた方が、老魔術師が安心してくれる。


 そう考え、笑うようにしました。笑って敵を撲殺し、笑って敵を爆殺し、少年とは思えない戦果を上げていきました。


 老魔術師達に何度も「やり過ぎ」を咎められ、そのたびに反省の態度を示し、「次はセンセイに怒られないように上手くやろう」と考えました。


 戦場においても綺麗事を持ち込んでくる老魔術師の事を、彼は好ましく思っていました。「センセイ達はそれでいい」と誇らしく思っていました。


「センセイの代わりに、僕が殺すから」


 彼は老魔術師のために戦う事に、喜びを見出していました。


 その喜びが、彼の瞳に映る戦争を楽しくてキラキラしたもの変えました。


 敵の命はキラキラ輝くゲームのコイン。スコアを上げるためのもの。彼は老魔術師の危惧していた変化とは、別の変化に至っていました。


「迎えに来ないから、こっちから来たよ」


 かつて自分を海賊のところから連れ出した騒乱者を――ボロボロの状態で幽閉されていた騒乱者を、彼は救い出しました。


 彼を「こんな状態」にして、その仲間達を救えなかった事を悔やみ、泣く騒乱者に対し、彼は頭を掻いて「『普通』の人達は大変だな」と思いました。


「誰かがやらなくちゃ」


 彼は多くを殺しました。


 老魔術師や女魔術師に悪意を向ける者は、仲間だろうが容赦しませんでした。裏切り者は致命的な行動を取る前に始末しました。


 その結果、味方相手でも恐れられようと、彼は彼が信じる道を征きました。まどろっこしい事を嫌い、効率的に敵を始末していきました。


「邪魔なんだよ、お前ら」


 彼は老魔術師に心酔していました。


 女魔術師に■していました。


 命の恩人が、自分の人生に意味を与えてくれた人が、「普通」の人生を送るためには今の世界を変えなければいけないと考え、戦い続けました。


 彼が戦えば戦うほど、老魔術師も女魔術師も思い悩みました。


 2人に何度も謝られました。


 皆のためにごめん、と。


「…………」


 彼は自分の手が汚れていることを自覚していました。


 だからこそ、「普通」の感覚を持つ老魔術師達が苦しんでいるのだと思いました。支配者達だけではなく、自分も2人を苦しめる元凶だと考えました。


「……それでも、もうちょっとだけ……」


 2人が「普通」の人生を送れるよう、手伝い続けました。


「もうちょっとだけ、センセイ達と……」


 もうちょっとだけ見ていたい。


 2人に笑っていてほしい。


「消えろよ」


 彼は敵を嬲り殺しつつ、2人の幸福をひたむきに願いました。


「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ」


 自分はどうせ長くない。


 長寿族のエルフだけど、その寿命はもう殆ど残されていない。


 死ねば消える。


 最後に自分がいなくなれば、悩みのタネが消えれば、2人は笑ってくれる。


 彼はそう信じました。


 全ての敵を消し、自分も消えれば、2人は幸福になる。


「あの人達の視界から、消えろ」


 自分ならそれができる。


 自分しかそれが出来ない。


 そう信じ、戦い続けました。




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