魂魄収容用空間
セタンタ君達は、戦争屋の先導で地下道を進み始めました。
周辺警戒は主にマーリンちゃん任せですが、戦争屋は『地下道なら墓守達と出くわさずに済むと思う』と言いました。
『もっと大きい連絡通路を通ったら、高確率で出くわすだろうけども。ここなら大丈夫。多分』
「思うとか多分とか、心配になる言い方だなぁ」
『想定外の事が起こるかもしれない。例えば、神が悪さをしていたとかでね』
そう言った戦争屋の頭上に神罰が落ちてきましたが、セタンタ君が咄嗟に飛び上がって受け止め、音を響かせないようにそっと地面に起きました。
セタンタ君が「不注意すぎだぞ」と言いたげに戦争屋を睨むと、戦争屋は片手を手刀の形にして『ごめんごめん』と謝りました。
2人がそんなやり取りをし終わった後、フェルグスさんが言葉を発しました。
「エイ殿、神が実際に妨害をしてくる可能性はあるのか?」
『可能性はある。ただ、対策はした』
「対策?」
神は人類を嫌っています。
人類を虐げるため、日々、様々な策謀を巡らせています。
貶める対象は騒乱者も例外ではなく、神のために動いていた騒乱者を神が裏切り、窮地に陥らせるなんて事はよく行われています。
『靴屋が神に余計な横槍を入れられないよう、独自に協定を結んでいる。だから、メサイアを臨機応変に操って邪魔してくるって事は有り得ない』
「それをしようとしたら、そちらの結んだ協定に抵触する、と」
『そう。そうそう破れない協定を結んだけど、何らかの抜け穴はあるかもだけどね……』
戦争屋は心中にて、悪辣な神への悪態をつきました。
またタライが降ってきましたが、それは自分で受け止めました。
『マーリン、こっちに進みたいんだけど――』
「どっちの通路も反応無し。今のところは」
『よしよし、じゃあこっちの方が近道だ。おいで』
戦争屋は迷いなく道を選んでいきました。
それが本当に目的地に向かっているかについて、確かめる術は本人以外は持ち合わせていませんが――セタンタ君は「随分と迷いなく進んでいくな」と言いました。
『言ったろ、育ちの故郷だって。昔はここに住んでたんだから、これぐらい余裕』
「でも、大昔のことなんだろ?」
『ここは外の世界とは切り離された空間で、昔と変わってないからね……』
戦争屋は懐かしそうに、慈しむようにそう言い、『目をつぶっていても、目的地に辿り着けるよ』とまで豪語しました。
『ここは……妖精郷は、僕らの基地であり船であり、家だったからねぇ』
「そもそも妖精郷システムとは、何の用途が?」
フェルグスさんはそう言いつつ、言葉を続けました。
「今の言葉だけでは詳細がわからない。居住・戦闘・船舶の類として使われていたという事でよろしいか?」
『よろしいよ。どこまで神に制限をかけられているかわかんないけど、妖精郷システムに関する解説は大事だから……伝えられる範囲で伝えていこうか』
妖精郷システムとは、妖精郷という異空間を作り上げるシステム。
現実の空間に縛られず、何千、何万人と収容する事が可能――と戦争屋は語りました。土地だけではなく、様々な物資問題も解決できると言いました。
『何でそんなものを作ったかというと、当時の騒乱者って弱小組織だったんだよね。他組織や国家に負けない天才もいたけど、物量では圧倒的に負けていた』
「…………? エイのオッサン達が戦ってたのは、神だけじゃねえの?」
『ああ、神以外と戦うことの方が多かったよ。最終的に神と戦う事になっただけで……当時は■■と呼ばれる■■勢力が幅を利かせていたけどね』
戦争屋の語る言葉はところどころ、雑音が混じりましたが、それでも大筋の話はセタンタ君達に伝わりました。
『弱小組織の僕らは、遊撃戦ぐらいしか出来なかった。常に色んな勢力から逃げ回って、奇襲を仕掛けるぐらいしか出来なかった』
「物量で負けてるなら、まあ、そうなるか……」
『敵は1、2部隊が壊滅しようと、擦り傷程度の痛手しか負わない。対して僕らは1、2部隊の脱落が致命傷に繋がる状態だった』
逃げ回らないと勝てないので、しっかりとした拠点も作れない。
物資の入手も不安定で、十分な補給を受けられない時もあった。
物資が足りない根無し草である以上、大所帯になるのも難しい。
1人、2人の犠牲がジワジワと組織を追い詰めていく。
それらの問題を解決するため、妖精郷システムは作られました。
『妖精郷システムは、バッカス王国の遠隔蘇生機構の前身なんだよ、実は』
「「は?」」
「…………」
『バッカスの遠隔蘇生機構って、ラインメタルに魂の紐付けをしておく事で、都市郊外で死んでも首都のラインメタルに自動的に戻ってくるじゃん? 妖精郷システムも似たような事が出来るんだよ』
妖精郷システムの作る異空間――妖精郷は、多数の魂を収容可能。
収容された魂は妖精郷内で、現実と同じように生活が可能。
ただ、妖精郷の中は現実世界と違い、飢えが存在しない。食べなくても生存可能で、必要に応じて物資も生成可能。土地も――限界はあるものの――現実世界に縛られずに拡張していく事ができる。
『そのうえ、妖精郷の外に出たい時は「仮想素体」という仮初の身体を生成する事が出来たんだ。あれを使えば妖精郷の外で死んでも、妖精郷にある魂が存在する限り、何度でも蘇る事が出来たんだ』
「なるほど。遠隔蘇生機構……というか通常のラインメタルでは、魂を収容されている状態では意識をしっかり保つ事は出来ないが、妖精郷システムならそれが可能だった」
『そう』
「妖精郷で生きていける事で、物資と土地問題が解決する。オマケに仮想素体というものを使えば、収容者は不死身の軍勢と化す」
『そういう事。僕らは何度も妖精郷システムに助けられてきた』
妖精郷の外で死んでも、何度でも蘇る。
死んでも学習する。死亡前提の無茶な作戦を可能とする。
バッカス王国の遠隔蘇生機構も、戦闘用途に限れば似た事は出来ますが、妖精郷システムの場合はほぼデメリット無しで不死身の軍勢を作る事が出来ていました。
システムの外殻部は個人でも持ち運びが可能だったため、妖精郷内には大所帯が存在していても、当局の追跡を撒きやすく奇襲も仕掛けやすくなっていました。
この力により、戦争屋達は――かつては神を解放しようと戦っていた騒乱者達は、その力を劇的に強化したのです。
「魂を収容する異空間って事は、俺らも……いま魂だけってこと?」
『いや、僕らは強引に実体で侵入した状態だよ』
「ふぅん……。この妖精郷があれば都市郊外の遠征も楽そうだな」
『神がそんなの許してくれないだろうけど……楽だよぉ。フェルグス1人にシステムを運ばせて、中では数万の冒険者や士族戦士が毎日ワイワイ楽しくやって、必要に応じて戦闘に出るだけでいいんだから』
「海に沈めてやりたくなるな」
運搬役として名前を出されたフェルグスさんは苦笑いを浮かべました。
ただ、直ぐに表情を引き締めて戦争屋に問いました。
「先程、あなたは妖精郷システムは遠隔蘇生機構の前身だ、と言った」
『言ったねぇ』
「だが、そのような話は初めて聞いた。……そういう背景は隠して、エルス殿辺りが密かに技術供与をしていたという事か?」
『そう。ただ、それは神の許可……というか、命令でやった事だ』
「そんな事して、神に何の得があるんだ?」
セタンタ君はそう問いました。
擬似的な不死の軍勢を作り上げる力――遠隔蘇生機構。
これもまた、バッカス王国の力を劇的に強化した一因でした。
神はバッカス王国の敵対者であり、そんなバッカスに対して密かに技術供与をしたというのは、「神側には何の利益もない事だ」と少年は考えたのです。
実際、「まともな」利益は存在していませんでした。
『歯ごたえが無いと困るから、だってさ』
「は……ハァ? 歯ごたえだぁ?」
『敵が弱すぎるとツマンナイって事。だから、神はキミ達に技術という炎を与えた。……遊び半分なんだよ』
この場の全員が――戦争屋も含み――理解に苦しむ事こそが、真実でした。
神はもう壊れていました。
かつては善良な存在であろうと自分を律していましたが、様々な出来事が重なり、人の不幸を喜ぶ存在になっていました。
『まあ……とにかく、妖精郷システムの力を使って、僕らは戦い続けた』
「…………」
『妖精郷の中なら飢えずに済んだ。寒さで凍えたり、一酸化炭素中毒で死ぬ事も無かった。不安な事はたくさんあったけど……それでも仲間同士で支えあって、日々を懸命に生きてきた。より良い世界を作るために戦い続けてきた』
「…………。だが、神に負けた」
『ああ……』
戦争屋はフェルグスさんの言葉に頷き、さらに言葉を続けました。
『負けた結果、多くの仲間が神の玩具にされた。僕らを救った妖精郷システムを、地獄を作り出す揺り籠に変えた。■■■■からメサイアを生み出した』
「…………」
『バッカス王国にとって犯罪者の僕が言っても、「ふーん」って言われそうだけどさ……。皆、ここで寄り添い合って、平和を願って生きてきたんだ』
そう呟いた戦争屋は、戯けた様子で3人を振り返りました。
機械の身体では表情など悟られないのに、ごまかすように言いました。
『ま! 僕は戦争大好き人間だから、平和をホントに願ってたのかは怪しいもんだけどね~。少なくとも神に負けちゃった事は、後悔してる』
「…………」
『いやいや、薄暗い地下だったから暗い話になっちゃったねぇ。でも大丈夫。この先は明るい空間になるからさ』
「照明のある部屋でもあるのか?」
『いいや。まあ、見てもらった方が早い』
そう言い、戦争屋は地下道の扉を開きました。
扉の先には、穏やかな日差しに照らされた空間がありました。
「……空がある」
『ああ、さっきの草原地帯に戻ったわけじゃあないよ』
扉の外に出たセタンタ君は、空を眺めて――低いところに雲が流れている青い空を眺めながら首を捻りました。
自分達は地下深くに潜っていってたのに、空があるのはおかしいと疑問を抱きました。その疑問に戦争屋は答えました。
『妖精郷は複数の階層が存在していてね。階層を渡れば、ついさっきまで地下だったのに青空が広がっている……って事もあるのさ』
「ひょっとして、上に見える空は、天井に映し出されている偽物の空とか?」
『いいや、そういうのじゃなくて本物だよ。……まあ人工的に作ったものだから本物って言うのもおかしいか……』
青い空の下には渓谷が広がっており、渓谷内にはオレンジ色の瓦屋根を持つクリーム色の壁の建造物が――住居が建ち並んでいました。
『あそこに見えるのが居住区だよ。もう、誰も住んでないけどね』
遠目には美しい街並みが広がっていましたが、よく見ると、崩れている建物も存在していました。戦闘によって壊された建物も存在していました。
『ちなみに、この居住区を設計したのがモルガンさんね』
「…………!」
マーリンちゃんは心ここにあらずという状態だったものの、再びモルガンさんの名前を聞くと、尻尾と獣耳をピンと張りました。
わかりやすい反応をする少女に向け、戦争屋は『気になるでしょ』といたずらっぽい声を投げかけましたが、少女はハッとしてそっぽを向き、「別に……」とこぼしました。
「おか…………あの人の事なんて、もう……どうでもいい」
『あそこに寄ってみたいと思わない?』
「思わない。そんなことしてる場合じゃないんでしょ? ただでさえ墓守を警戒して大胆に移動できないのに、寄り道してる時間なんてあるわけないじゃん」
『センセイと落ち合う予定の場所はあそこだから問題ないよ』
戦争屋は居住区の一角を――奥まった場所を指差しました。
『センセイはまだ来てないっぽいけど、あそこが合流予定地点。居住区も昔のままなら、あそこには僕の腕の代替品もあるはずだから。先の戦闘に備えて両腕有りの状態に戻したい。待ってるついでに腕も交換していいよね?』
「…………」
マーリンちゃんとセタンタ君は――相手が騒乱者とはいえ――それなりに付き合いのある相手なので、「別にそれぐらいはいいかな?」と思いました。
ただ、本当にいいのか判断に困ったので、フェルグスさんを見ました。
フェルグスさんは嘆息し、「とりあえず行こう」と許可を出しました。
4人は墓守達の存在を気にしつつ、こっそりと居住区内へと侵入していきました。
街の中はシンと静まり返っています。
窓から中を覗き込むと、バッカス王国とそこまで変わらない生活の様子が見えました。
人の姿はありませんでしたが、つい先程まで誰かがいたんじゃないかと見紛うほど、人の営みを感じさせる空間がありました。
かと思えば、壊滅的な破壊に見舞われ、戦火をうかがわせる場所も存在していました。戦争屋はそれを『神との最終決戦で、ちょっとね』と紹介しました。
紹介しつつ、瓦礫の中から写真立てを拾い上げ、それをマーリンちゃんに対してそっと渡しました。
少女がそれを覗き込み、少年も同じように写真を見ました。それは家族の写真でした。ドワーフの夫とヒューマン種の妻が、それぞれ双子の子供を抱きかかえながら笑顔で写っている写真でした。
『そこに写っている生活を、ここにいた人々の安寧を、神は全て壊した。全部踏みにじった。……そこに写っている家族も、おそらく、メサイアに取り込まれている。……子供以外はね』
「子供は助かったってこと?」
『……言いたくない』
「…………。ここまでやられて、オッサンは、神への復讐を考えなかったのか?」
『考えたさ、もちろん』
ただ、もうその復讐心さえ壊された。
長く虐げられているうちに、勝てない相手だと思い知らされた。
戦争屋はそう言い、再び歩き始めました。
『…………』
仲間達を殺すために。
自分達の全てを終わらせるために。