攻守交代
騎士団長達は首都66丁目に向かう事になり、マーリンちゃんも同行を申し出ました。そこに行けば靴屋に会えると考え、同行を申し出ました。
結果的にバッカス側の利益になったとはいえ、違法行為を働いた事から反対意見は多く出ましたが――政府上層部が許可した事で、彼女も作戦に参加できる事になりました。
「ご迷惑おかけする事になるかもですが、よろしくお願いします」
マーリンちゃんはフェルグスさんについて動く事になったため、フェルグスさんに深々と頭を下げてそう言いました。
一部隊の長となったフェルグスさんは微笑し、「多少のヤンチャは構わんよ」と言ってマーリンちゃんの頭をワシワシと撫でました。
マーリンちゃんはくすぐったそうに撫でられた後、作業に戻りました。
ゲート復旧までまだ時間があるため、解析作業を行う事にしたのです。
ラゴウさんもそれを手伝っていました。
「敵さん、どうも転移先をイジろうとしてないか?」
「首都66丁目・6号ゲートの転移先を?」
「そうそう」
ゲートに関してはマーリンちゃんよりも専門知識のあるラゴウさんは、敵が何をしているのかを突き止めつつありました。
「あそこのゲートの転移先を設定し直すぐらいなら、まあ、不可能じゃない……。平時ならそんな事しようとしても直ぐ取り押さえられるのがオチだが」
「今は首都中心部の戦いが忙しいから、それが出来ない」
「だなぁ。つまり陽動説が正しかったのかね……?」
「敵がどこに繋ごうとしてるかわかる?」
「まだわからん。座標が上手く読み取れん。……正確な位置はわからんが……ただ、これは、ひょっとして……」
「ひょっとして?」
「……この星の外、じゃねえかなぁ?」
「ハァ?」
ラゴウさんが消去法で出した答えは、「この星以外」というものでした。
さすがのマーリンちゃんも戸惑いを隠せず、「なにそれ」と言いました。ラゴウさんも困惑していましたが、「座標はこの星のどこでもねえんだよ」と言葉を続けました。
「宇宙に繋がってるってこと?」
「あるいは、まったく別の空間だな」
「別の空間……」
「管理機関から強制停止の命令を受け付けない以上、6号ゲートに直接行って止めるか、あるいは完全破壊しなきゃ、どっかに繋がるぞ」
「どっかって、例えば……。繋げた先に魔物の大軍勢が控えていて、6号ゲートを足がかりに首都に侵攻してくるとか?」
「それが一番有りそうだな」
時間をかければかけるほど有利になるのは、バッカス王国のはずでした。
ただ、敵がさらなる増援を呼べるならその前提が一気に覆されます。
敵が神の力を借りて圧倒的な数を動員し、なおかつそれをゲートを利用し、一気に引っ張ってこれるのであれば首都全域を制圧されかねない。
「お前さんの読みが正解だったって事だな。首都中心部はあくまで陽動。バッカスの目が中心部に引きつけられているうちに、66丁目・6号ゲートをイジる。あそこから全ゲートに干渉するのは無理だが、あそこだけ別のところに繋げるのは不可能じゃない」
「…………」
「どうした、喜ぶなり誇るなりしねえのか?」
「いや、なんというか……。それをして何の意味があるのかな、と思って」
「意味って……。そりゃ、バッカス王国に勝てる。首都を完全制圧されたら、バッカスが500年近くかけて築いてきたものが全部パアにされかねん」
「いや、うん、それはわかるよ。ただ……」
マーリンちゃんは煮え切らない態度で唸りました。
自分の師匠だった男の目的が、そんなものなのか疑いました。
そんな事を何になるのか、動機について考えました。
神に命令されたからやっている――そういう動機は思い浮かびましたが、ただ、「本当にそれだけの話なの?」と違和感を抱きました。
違和感から始めた追求でしたが、蓋を開けてみればさらなる違和感が待っているだけでした。少女は「この先に答えがあるのは間違いない」と確信していましたが、答えに至るだけの情報を持ち合わせていませんでした。
「おい、マーリン、ラゴウ。そろそろ出発らしいぞ」
セタンタ君が2人に声をかけました。
マーリンちゃんは「わかった」と応じて立ち上がり、ラゴウさんは――前線に出なきゃいけない事に嫌そうな顔を浮かべつつ――立ち上がりました。
「とりあえず向こう行って、止めるしかねえか。何かやってんのは確かだ」
「……だね」
3人は自分達が所属する部隊を取りまとめるフェルグスさんのところへ走りました。そこにはレムスさん、ランスロットさん、ベオさんの姿もありました。
かくして、ベネディクティンに取り残されていたバッカスの戦士達が、首都での大激戦に身を投じていきました。
敵の真意を知らないまま、戦いに身を投じました。
『ぬぅ……! 隠し通せなかったか』
『仕方ない仕方ない、移動するよ~』
首都中心部で暴れていた騒乱者達は、転移魔術で移動を開始しました。
彼らは首都中心部の戦いの裏で、首都66丁目で自分達の目的を達成するために工作をしていたのですが、マーリンちゃんによってそれは暴かれてしまいました。
「先に行ってくれ。俺は向こうで身体を再生成する」
靴屋は墓石屋と戦争屋の後退を支援するため、殿として中央に残りました。
ただ、中央にいる彼は偽物でした。アワクムでの戦いと同じく、水で作り上げられた分身であり、本体は首都66丁目にいるのです。
分身の靴屋は仲間2人が退いたのを確認した後、最後に強引な突貫を行い、環状防壁を1つ落とし、そこから魔物達を送り込みました。そしてバッカス側の精鋭が来る前に水の身体を崩し、消えていきました。
「……偽装にはそれなりに自信あったんだけどな」
首都66丁目にいる靴屋本体は再び分身を生成し、自分のところに転移してきた戦争屋と墓石屋に分身を合流させました。
そして、首都66丁目にやってきた部隊との交戦を開始しました。
新たに蘇生した2体のティアマトを使い、66丁目・6号ゲート周辺のゲートを破壊し、バッカス側が都市内転移ゲートで直ぐに詰め寄ってこれないように取り計らいつつ、魔物の軍勢を展開していきました。
『さてさて、今度は我々が守りに回る側か!』
『センセイ、あと何秒持ちこたえればいい?』
「900秒だ。悪いが頼む。長い15分間になりそうだけど……」
『そうでもないさ、吾輩達が過ごしてきた時間に比べれば、ほんの一瞬さ』
『運送屋はこっち来てもらわなくていいのかい?』
「ああ、中央の攻めを継続してもらう」
靴屋は首都中央の戦いは完全には切り上げず、継続させました。
中央は運送屋率いる魔物達に任せ、攻め続けさせ、バッカス側が首都66丁目に戦力を集中できないようにプレッシャーを与え続けました。
バッカス王国側は中央と66丁目、どちらが敵の本命なのか確信を持って判断できないでいましたが――66丁目の怪しい動きを看過する事はできず、中央で動いていた遊撃部隊の一部を割き、首都66丁目・6号ゲート奪還に動く事になりました。
「このまま突撃する! 6号ゲート奪還だけを考えろ!」
バッカスの部隊は魔物の群れを討ち倒しつつ、多方向から突撃を行いました。
犠牲が出ようが、最終的に誰かがゲートに辿り着けば良し。
面の攻撃で攻め落としていると時間がかかる。敵が目的を達成する前に止めるため、面制圧は行わず、敵陣深くへと切り込んでいきました。
それにより、魔物達は次々と倒れていきましたが――。
「…………! 魔物の血を踏むな! 退避――」
倒した魔物達の血が生物のように動き、後方や足元から襲いかかってきた事で、いくつもの部隊が足止めを食らう事になりました。
足止めで済めばまだ御の字。鎧の隙間から「どろり」と入ってくる血の蛇達に全身を蝕まれ、猛毒で壊滅に追い込まれる部隊も多数出ました。
「悪いが、その子達と戯れていてくれ」
靴屋は広域の血を操り、バッカス側の勢いを挫いていきました。
墓石屋と戦争屋は転移で飛び回り、靴屋の操る血の蛇や魔物達と連携し、バッカスの戦士を次々と討ち取っていきました。
頑強に抵抗する部隊に対し、靴屋は血を束ねて巨大な水竜に変化させ、まとめて飲み込ませようとしましたが――。
「――――」
その水竜は一撃で屠られました。
鬼の拳圧により、弾け飛びました。
「騎士団長!」
「騒乱者の攻撃は騎士団が対応する。すまないが、魔物の方は頼む」
ベネディクティンのゲートが復旧したため、首都に舞い戻ってきた騎士団長は部下達を率い、先陣を切って切り込んでいきました。
魔物達は数にモノを言わせ、協定の守りも借りて騎士団長に食らいつきました。何体もの魔物が彼を押しつぶすために体当たりを敢行しました。
が、鬼の騎士団長は前進を続けました。
食らいつかれても牙1つ立てる事を許さず、数十倍の体積が激突してきてもひたすら前に進み、全身が猛毒の血に包まれようと進撃し続けました。
魔物を担当する冒険者や士族戦士達が手を貸すまでもなく、無傷で首都66丁目・6号ゲートに近づいていきましたが――。
『あのさぁ、魔術も無しでそこまで無茶しないでくんない?』
「騎士なんですから、少しは協定に縛られてください、騎士団長」
一向に騎士団長が止まらない事に焦り、靴屋の分身と戦争屋が直接止めにやってきました。取り巻きを魔物達で牽制しつつ、戦鎚による強烈な一撃と、流体操作魔術による体内破壊を行いましたが――。
「バッカスの敵を打ち砕くこと、屈しない事が私の仕事です」
騎士団長は魔術を一切使わずに戦鎚を受け止めました。
靴屋の流体操作魔術はさすがに通りましたが――内臓が潰れても血流が止まろうと、騎士団長は眉根1つ動かさず、反撃を行いました。
騒乱者達は魔物を盾に何とか退きましたが、少し退いているうちに、騎士団長は部下達の治癒魔術で一瞬で無傷の状態に戻りました。
『ホント化け物だね。僕らより年下のくせに~』
「止まってはもらえませんか、騎士団長」
「無理な相談です。……ところで、私に気を取られていてよろしいので?」
魔物達にまとわりつかれても進み続ける騎士団長がそう言った瞬間、騒乱者達の後方に「光」が突き刺さりました。
陽光が作る影の形を変えるほどの眩い光。
それは人工的に落とされた雷でした。
騎士団長を凌ぐ驚異が到着した事を知らせる破滅の光でした。
「っ…………」
『センセイ!?』
『大丈夫、生きている。だが、こっちにもお客さんだ』
雷撃の落下は、靴屋の分身に影響を及ぼしました。
分身と本体を結ぶ糸が焼き切られ、分身が制御不能となり、どろどろと溶けて消えていきました。
靴屋は分身の口ではなく、交信魔術で戦争屋達に語りかけました。
6号ゲートに辿り着いた「敵」と対峙しつつ――。
『こっちは俺が何とかする。2人は他を頼む』
『了解。任せておけ』
『センセイ、無理しないようにねー』
靴屋からの交信は――彼の対峙する敵の術により、ぶつりと途絶しました。
戦争屋と墓石屋は一度退き、バッカスの軍勢を見ながら言葉を交わしました。
『墓石屋、騎士達は僕が何とかする。他の雑魚を蹴散らしてくれ』
『承知した。だが、いけるのか?』
『魔物も上手く使えばいける。大丈夫。信じてくれ』
戦争屋はそう請け負い、背部の収納箱から武器を取り出しました。
『協定に縛られた存在のくせに、魔物じゃ歯が立たない。僕ら程度の魔術では殺しきれない。それなら、コレはどうかな?』
それは鉱物をそのまま削って作ったかのような、無骨な槍でした。
『神器解放』