天空の爆撃者
10体のティアマトが現れ、首都内での戦闘が始まりました。
しかし、避難はまだ完全には終わっていませんでした。
「おーい! 取り残されてる奴いねえか!?」
「ガキとかいねえだろうなー……!? かくれんぼじゃねえからな!?」
「逃げ遅れて寝てる奴もいたら、さっさと起きてきなさーい!」
首都内では避難を促す警報が響き渡り続けていました。
国王が魔術を使い、首都全域に行き渡る警報を――人の脳に作用し、眠っていても強引に起こす警報を使っていました。が、騒乱者側が避難が完全に終わる前に攻めてきたため、戦闘が始まっても避難活動が行われていました。
「慌てんな慌てんな、ここにはまだ来てない。そこのゲート使って首都1丁目に向かって、都市間転移ゲートに入れ」
「避難先は魔王様が振り分けてくれてるから! 離れ離れになりたくない人同士で手を繋いで! 落ち着いて、ゆっくり避難して~!」
「おいそこの冒険者共! ウチの家財を運び出すの手伝え!!」
「そんな呑気なことやってられるか! 何も持たずさっさと逃げろ!」
バッカス側は、押し寄せる魔物の軍勢に戦力を割くだけではなく、避難誘導にも戦力を割かされていました。
避難誘導の大半は王の使い魔達が担いましたが、少しでも早く避難を終わらせるために都市内で余暇を楽しんでいた冒険者達も動員されていました。
敵がまだ来ていない場所は人がざわめいている程度でしたが――。
「ぬおおおおおおお! 走れ走れ! 走りなさーーーーい!」
「こっち走ってこい! 馬鹿野郎共ーーーーッ!!」
魔物の軍勢が街路を埋め尽くしている場所は修羅場と化していました。
避難誘導を手伝っていた冒険者の一団が、押し寄せてくる敵の軍勢に向けて疾走していました。一部は射撃で敵を牽制しつつ、走っていました。
彼らは敵を倒すために突っ込んでいるわけではありません。
自分達と魔物の軍勢の間でオロオロとしている一般人を――物見遊山気分で戦闘を見物しようと考え、逃げ遅れた一般人を逃がすために疾走していました。
「よっしゃあ! 戻るぞッ!!」
逃げ遅れた一般人の首根っこを掴み、担ぎ上げた冒険者達は踵を返して来た道を戻り始めました。そこにある都市内転移ゲートに飛び込もうとしました。
が、そこは別方向から来た敵で埋め尽くされており――それを見て焦り顔でブレーキをかけ、別方向に向けて走り始めました。
『こちら救援第18部隊! 交信手ーーーー! まだ無事なゲートを教えろーーーー! こっちには一般人もいるんだぞーーーー!?』
『こっちの位置は掴めてるでしょ!?』
『すみません連絡が遅れました、そのまま首都中心部まで走ってください。ちなみにいま、建物を挟んで両側にも魔物達がいますが、気にしないで』
『そういう事は早く言――どうわァッ?!!』
一般人を担ぎ、逃げている冒険者の一団の斜め後ろの建物が倒壊し、そこを通って魔物の大群が疾走してきました。
人と魔物の距離はあと少しまで迫り、もはや逃げ切れないというところまで詰め寄られましたが――。
『貴方達以外の避難を確認しました。支援砲撃を開始します』
首都中心部から飛んできた砲弾が炸裂しました。
疾走している冒険者達の上方で拡散し、迫ってきた魔物達に命中しました。
スライムの体から造られた砲弾。それは大型の魔物相手でも動きを阻害する特製の粘着弾でした。複数の魔物を巻き込みながらその場に押さえつけ、次々と軍勢の勢いを削いでいきました。
ですが、それだけでは全てを止められませんでした。
敵の数があまりにも多すぎました。
「くそったれ! まだ来やがる……!」
「振り返ってる暇があったら走れ! あともう少し……!!」
冒険者達は必死に走り続けました。あと100メートルほどで士族戦士達が迎撃体制を整えている区画に辿り着くところまでやってきていました。
「大通りまで出たら――」
冒険者がそういった瞬間、眼前でその大通りが動き始めました。
単なる広い道であるはずの道が、冒険者達の眼前で迫り上がり始めました。
「うわーーーー! 待て待て待て! まだ一般人いるんだぞーーーー!」
「投げて寄越せ!」
迫り上がる大通り上から、士族戦士に指図され、冒険者達は悪態をつきながら救助した一般人を投げました。腕や足を掴まれた一般人達が悲鳴をあげる中、彼らの関節が外れようが骨が折れようが構わずにブン投げました。
投げられた一般人が士族戦士らに受け止められる中、身軽になった冒険者達は、襲いかかってきた魔物を踏み台に建物に上りました。そして、もはや「迫り上がった大通り」ではなく「巨大な壁」に変じた場所に飛び乗りました。
士族戦士らの射撃支援や垂らしてくれた縄で助かった冒険者もいましたが、間に合わずに逃げ遅れた冒険者もいました。その冒険者に向けて仲間達は「また来世!」と死別の言葉を吐きましたが、大慌てで飛んできた王の使い魔に掴まれ、何とか九死に一生を得ました。この後、彼らは死生観の違いから解散しました。
「首都内の防壁が稼働するのなんて何百年ぶりだ?」
「環状防壁が稼働してる光景を、生きてるうちに見れるとはなぁ」
バッカス王国の首都・サングリアにはいくつもの大通りがあります。
都市の中心部に向けて真っ直ぐ伸びる大通りの多くはただの通路ですが、都市内をぐるりと一周する年輪の如き大通りは首都防衛のための設備でもありました。
普段はただの通路なのですが、有事の際には国王の魔術で地下に収納されている部分が迫り上がり始め、巨大な防壁として機能し始めるのです。
首都内での戦闘という近年稀に見る有事が始まったため、バッカス政府は首都中心部から優先的に環状防壁を起動させていきました。
人も建物も蹴散らしてきた魔物の軍勢でしたが、首都中心部をぐるりと囲う形で立ち上がった巨大な壁は破壊できず、侵攻を止められる事になりました。
ティアマト配下の魔物の中で、飛行可能なものは防壁を飛び越えて行こうとしましたが――防壁上や防壁内からの砲撃で次々と撃ち落とされていきました。
防壁が立ち上がる前に侵入に成功した魔物もいましたが、都市内転移ゲートで瞬時にやってきたバッカスの戦士達にリンチされ、殺されていきました。
『見た目は古臭いが、見事な要塞ではないか。あそこに侵入し、攻め落とせばいいのだな?』
墓石屋は、首都中心部に複数の環状防壁が立ち上がる光景を見て、感嘆しました。『面白そうだな』とも感想を漏らし、肩を揺らして笑いました。
『いや、侵入事体はもう成功してるんだよ』
戦争屋は墓石屋の感想を訂正しつつ、背後を振り返りました。
背後でも環状防壁が立ち上がりつつありました。
魔物の軍勢と騒乱者達は、あっという間に前後を巨大な壁に囲まれ――その壁上に上ってきたバッカスの戦士達に包囲されました。
『ここはもう敵の腹の中だ。敵は都市内転移ゲートで僕らの前後に好き勝手に移動してくる。それどころか、この辺にもゲートはあるから……』
有志冒険者で構成された遊撃隊も動き始めていました。
壁上からの砲撃援護を受けつつ、都市内転移ゲートで敵のいない区画に飛び、そこを中心として魔物達に攻撃を加え始めました。
「こっきに団体さん来てるっぽいぞ」
「引くべ引くべ。真っ向からやりあってられるか」
魔物の軍勢が遊撃隊に迫ってくる様子があれば、彼らはそそくさと都市内転移ゲートで逃げ出しました。
魔物達はゲートを使えないため、バッカスの遊撃隊が一方的に攻撃を仕掛ける事になりました。壁上からも一方的な砲撃が降り注ぎ、魔物達を駆逐していきました。
ただ、魔物側もいつまでも一方的にはやられません。騒乱者の指揮で対応します。
『8体のティアマト内部に大規模流体反応』
『熱線が来ます! 射撃範囲内の戦士は即時撤退してください!』
複数のティアマトによるブレスが、環状防壁に放たれました。
マティーニ北方で討たれたティアマトに比べ、サイズこそ小さいとはいえ、威力に関しては最大級のティアマトと遜色ないブレスが放たれました。
それにより、防壁も一部崩れる事になりました。
崩れた防壁に向け、魔物の大群が殺到し始めました。
「寄せ付けるな! 修繕部隊が来るまで持ちこたえろ!」
「もう来てます。修繕開始します」
バッカスの指揮官は――ブレス発射の兆候を観測する前から――先読みして壁が破壊された箇所に修繕部隊を派遣していました。
ゴーレム技師中心に構成された修繕部隊は、壁の修理剤でゴーレムを作り、それらを破壊された壁に飛び込ませ、ゴーレム同士でスクラムを組ませ、ゴーレムごと固めて壁を再構築していきました。
あるいは巨大な管を持ってきて、それを都市内転移ゲートに繋ぎ、補強材を混ぜた水の放水を行い、そこを氷船の装甲のように凍らせて臨時の防壁としました。
こうして、3分と経たないうちに全ての壁の穴が塞がれました。
「魔物風情がサングリアを陥落させようなんて、100年早いっての!」
修繕部隊の1人がそう言い、自分達を仕事を誇りました。
その周辺から陽の光が消えていきました。
直上をティアマトが飛び始め、日の光を遮り始めた事で――。
「と、飛んで中を狙うのは卑怯っ……!」
「地下に――」
潜る必要はありませんでした。
壁上まで飛んできたティアマトに対し、都市中央から唸りを上げて飛んできた砲弾が次々と命中してきた事で、ティアマトの攻撃は中断されました。
首都中央の広場が複数せり上がり、そこに新たな物体が出現していました。
それは巨大な砲でした。都市間転移ゲートを使い、他所から運ばれてきた巨砲が、せり上がった広場を台座代わりにしていました。
巨砲は転移魔術で装填された砲弾を砲撃。それはマティーニ北方で使われた火砲を遥かに凌ぐ威力でティアマトに命中し、その巨体を揺るがせました。
それどころか壁上から押し返し、肉を大きくえぐり――脳も潰し――ほんの一瞬の砲撃で超弩級竜種を殺しました。
『全弾命中』
『ティアマトの死亡確認』
10体いるうちの1体だけとはいえ、撃ち落とし、殺してみせた事でバッカス側に歓声が上がりました。自分の家が落下したティアマトの下敷きになった光景を見て、悲鳴を上げる者もいましたが、多くの者に好転を予感しました。
「西方諸国で死んだティアマトより格下の雑魚風情が……バッカスと西方諸国では防衛設備の桁が違うって事を思い知らせてやる」
魔物の軍勢は防壁で迎撃し、それだけでは事足りないティアマトに対しては複数の巨砲を使って砲撃を行う。そうして一方的に敵を倒す。
敵が首都内で暴れ始めた当初は勝利を怪しんでいた者達も、バッカス王国の力を改めて実感し、沸き立ち始めました。
『うぅむ、さすがに敵の本拠地では抵抗もまったく違うなぁ』
「首都はバッカスで最も堅牢な都市だからね。……うん、首都地下から攻めるのも失敗かな?」
戦況を見ていた靴屋はそう呟きました。
彼は地下経由で、魔物の軍勢の一部を首都1丁目に送り込もうとしていました。が、防衛設備が動き出した事で首都地下上層の様相も一気に変化し、普段は通れる道が通れない状態になっていました。
靴屋は地下侵攻が半ば失敗に終わったため、地上からの侵攻に集中する事に決め、撃墜されたティアマトまで近づきました。
「けど、まだやれる」
彼は死んだティアマトに対し、蘇生魔術を行使しました。
「おい待てふざけんな!! それはさすがに卑怯っ……!!」
それを見たバッカス側は慌てて攻撃を仕掛けましたが、ティアマトに対する攻撃を靴屋と墓石屋は防ぎました。
彼らが守る中、蘇生されたティアマトが再び鎌首をもたげました。
「無理に蘇生しているからパフォーマンスは悪くなるか……。でも、あと2、3回ぐらいはいけるよね?」
靴屋はそう言い、ティアマトの体表を軽く叩き、「行け」と命じました。
ティアマトは大地を這い、環状防壁を巨体で乗り越え、最初の防壁を突破しました。他にも防壁がせり上がっているため、あくまで1つを乗り越えただけですが――。
「これで魔物達も向こうに渡るためのパイプが出来た」
『攻城塔代わりというわけか』
防壁を乗り越えたティアマトは、バッカスの戦士達に猛反撃を受ける事になりました。蜂の巣をつついたような騒ぎの中、多数の砲撃を受けたティアマトは再び死ぬ事になりました。
ですが、その巨体は健在。
魔物達が死んだティアマトの体表や体内を通路代わりとし、強引に突破してきました。物量で責め立てられた守備隊は、敵の流れを何とかせき止めようとしましたが――。
「踏ん張れ! いまこのデカブツの除去作業が行われて――」
『ごきげんよう、戦士諸君』
大盾を構え、土石流の如き魔物の流れを何とか止めていたバッカス王国の一団の背後に、双剣を手にした騒乱者が――墓石屋が、ふわりと転移してきました。
そして、『こうか?』と言い、笑いながら双剣を振るいました。
『露と滅せよ――虹式煌剣ッ!!』
吸収したエレインさんの業を用い、大盾部隊を一撃で屠りました。
押さえが無くなった事で自由に進めるようになった魔物達は、戦士達の死骸を踏み砕きながら一気に進んでいきました。墓石屋は両手を広げて満足げにそれを見守り、魔物が激突する寸前で転移で退避しました。
バッカスの部隊はそれでも何とか敵を食い止めようとしましたが、墓石屋と別行動を始めた靴屋と戦争屋に屠られ、防衛線維持に失敗。
生き残りは都市内転移ゲートを使い、一時退避していきました。
「ひとまず、ここを橋頭堡にしよう。向こうも手を打ってくるだろうけど」
『ほいほい』
人の営み残る街並みを踏み砕き、猛進する魔物の軍勢は、防衛線の穴に殺到し始めました。
生き残りのティアマト達は環状防壁から距離を取りつつ、熱線を放って配下の魔物達の支援を始めました。巨砲による一撃はティアマトにとっても脅威でしたが、それの回避にも集中し始めました。
靴屋はティアマトの死体から絞り出した大量の血を使い、自分達のいる場所に降ってきた砲撃を防御しつつ、「何とか都市砲を潰したいね」と言いました。
『だねえ。アレでティアマトを殺され続けたらキツい。センセイも、そう何度も蘇生できないでしょ? ティアマト事体、今回のために特別に蘇生できるよう処置してもらったものだし……そもそもデカブツすぎて魔力消費もキツいだろうし』
「魔力は魔薬で何とかするさ」
『どうする? 中央に転移して……そこでもティアマトを出す?』
「いや、それは対応される」
靴屋は転移魔術を使い、都市中央に攻め入る事には消極的でした。
敵の急所に近づきすぎると、そこにいる部隊に即座に対応される事を警戒していました。敵の指揮官はそれが出来る存在だと知っているのです。
「外側から少しずつ攻め落としていこう。……少しずつでも問題ない」
『だね。地道な作業だけど、やるしかないよねー』
「手は抜くのはいけないけどね」
靴屋はそう言いつつ、戦争屋達と同じく蘇生した仲間に連絡しました。
運送屋に対し、ティアマト配下の魔物を指定地点に派遣するよう言いました。強引な方法で寄越すよう言いました。
その指示を聞き、ティアマトのうち一体が動きました。
龍尾をゆらりと動かし、それを思い切り振りました。
首都中心部に向けて振り――尻尾に張り付かせた魔物達を投石機のような要領で飛ばしました。
飛ばされた魔物達は都市中央に向けて滑空し、砲撃に晒されながらも一部が乗り込む事に成功しました。それによって後方支援を行っていた部隊への直接攻撃を始めていったのです。
「犠牲も大きいけど、しばらくはこの方法を使おうか」
靴屋は魔物達に中央攻めを任せつつ、自分達は次の防壁に向かいました。
戦争屋が装備した転移機構を使い――バッカス王国の転移魔術のように飛んで移動し、2枚目の環状防壁内に侵入しました。
「――――」
靴屋のひと睨みだけで、多くのバッカスの戦士が即死。
流体操作魔術を耐えた者達は、その対処に追われるあまり、詰め寄ってきた戦争屋の暴力で紙細工のように壊されていきました。
2人は守りを崩した地点に魔物を呼び込み、攻撃を仕掛けました。
墓石屋も同じような手法を使いました。
ただ、彼は1人で靴屋と戦争屋両方の役目を担いました。
『蘇生魔術の存在が、貴様らの弱点にもなる』
墓石屋はエレインさんの力を――魔眼を使いました。
バッカスの戦士達の古傷を開き、次々と殺していきました。
『死んでも何とかなるという驕り。この魔眼で正してやろう!』
「テメエ、調子に乗――――」
カンピドリオ士族の精鋭達が墓石屋に襲いかかりました。
が、転移魔術と魔眼の業を持つ騒乱者相手では、人狼達ですら瞬く間に屠られていきました。
人狼達は強力な再生能力を持ちますが、それが強力すぎる所為で、傷が絶えない人生を送ってきました。常人の数倍の傷を持つ彼らはその傷を一気に開かれ、多くが即死に追い込まれました。
『どうしたどうした! 吾輩を倒せる者はおらぬかッ!?』
それでも何とか相打ちに追い込もうにも、剣技においても遅れを取る。
複数人で詰め寄っても、射撃をしても、転移魔術で逃れられる。体内に銃弾を直接送り込まれ、仕留められる。
バッカスでも上位の強者2人の力を使いこなし始めた墓石屋は、単騎でもバッカスの戦士達を圧倒する力を手に入れていました。
その力で機嫌よく敵陣を切り崩していましたが――。
『アリスト、一度退こう。少し時間をかけすぎた』
『何を弱気なことを! エルス! 吾輩はまだまだやれ――』
墓石屋は背後からの刺突を転移魔術で回避しました。が、それを失策と考えました。転移先を読まれ、転移間際を攻撃されたのです。
『チッ……!』
襲いかかってきた敵に対し、墓石屋は魔眼を使いました。敵は――騎士はそれに完璧に対処してみせました。
『やぁぁぁぁるではないかァッ! 使い物になる奴もいるようだ! 確かにそろそろ退き時という事か……!!』
大暴れしている墓石屋に対し、バッカス側は最精鋭の戦士達を派遣しました。
士族戦士らが墓石屋の視界外から攻撃を行い、魔眼に耐えれる騎士が肉薄し、転移魔術で離脱しようとする墓石屋を解呪で妨害してきました。
それだけの猛攻を受けても墓石屋は凌ぐ余力がありましたが、彼は少し焦っていました。敵が次々と集まってくる気配を感じていたためです。
『先行しすぎたか……! 魔物がいれば、このような雑魚共……!』
『援護に向かう。もう少し持ちこたえて――』
『不要! 吾輩だけでなんとか――』
そう言った瞬間、墓石屋は罠にハマりました。
肉薄してきた騎士により、罠のある場所に誘導されたのです。
ゴーレム技師達が伏せていたゴーレム達を起き上がらせ、壁を作り、閉所に墓石屋と騎士を閉じ込めました。騎士は閉じ込められながらも全力でアリストの転移魔術行使を妨害しました。
『ふんっ! 仲間ごと殺すつもりか!?』
墓石屋はそう言いつつ、騎士の片腕を斬り落としました。
騎士の処理能力は限界に達していました。墓石屋の魔眼と剣技両方を防ぎきりながら、解呪魔術を行使していた事で無理が祟ったのです。
腕を切り落とされてなお、騎士は必死に解呪魔術を使いました。墓石屋はその首を斬り落とすべく、剣を横薙ぎに振りましたが――。
『な、ん――ッ……?!!』
その腕が震えました。
身体全体が軋みました。
『ぬオ――――ッ!!』
墓石屋は自分の身体が内側から弾けそうになるのを感じ――。
『アリスト、自爆しろ』
『ッ…………!』
靴屋の助言に従い、騎士を巻き込みながら自爆しました。
使っていた端末は壊れたものの、何とか逃げ切ってみせました。墓石屋は新しい端末で目覚めつつ、靴屋達と合流しました。
『いま吾輩は何をされた!? 何の攻撃かまったくわからんかったぞ!』
墓石屋は理解に苦しみました。全身に悪寒を感じたものの、敵が具体的に何をしてきたかまったく理解出来なかったのです。
「おそらく、蘇生魔術だね」
『蘇生魔術だぁ!? 吾輩はまだ死んでおらんぞ!』
「だが、キミの中には死者の魂が2つ分ある」
『あっ、近衛騎士と双剣使いのモノか』
バッカス王国側は、墓石屋がカスパールさんとエレインさんの魂を抱えている事を確信していました。そこで、2人を取り戻すために蘇生魔術を行使したのです。
それは2人を助けるためだけではなく、2人の魂を抱えた墓石屋を体内から破壊する目的も持っていました。
それが成功しかけたため、墓石屋の身体の中心から2人の身体が生えかけましたが――墓石屋が自爆した事でそれは失敗に終わりました。
「キミ用の端末はまだ用意しているけど、数は有限だし、蘇生で強引に魂を剥がされるのはまずいから、引き際を誤らないでね。今のキミは転移しながら魔眼を行使しているだけで十分すぎるほど強いんだ」
『チッ。わかっておるわ!』
『ホントにわかっているのかな~? 驕りすぎないようにね』
『驕りは自信の現れだ』
墓石屋は問題ないと言いつつ、転移魔術を行使しました。
敵の攻撃を察知し、仲間ごとその場から逃れました。
彼はその判断が間違っていなかった事を確信しました。先ほどまで自分達が立っていた場所が、敵の砲撃で吹き飛ばされていたのです。
ただ、彼はその砲撃が妙な軌道で飛んできた事に疑問を抱きました。
『なんだ、いまの砲撃! 大砲など存在しない場所から飛んできたぞ』
「都市内転移ゲートを使ったんだろうね。彼女の転移銃撃と似た理屈だ」
バッカス王国は転移ゲートを移動以外の用途にも使っていました。
転移ゲートに併設された大砲で砲撃を行い、砲弾を転移させ、都市内の別のゲートから出す事で砲撃を行ってきたのです。
「ここは魔王様の膝下だ。彼女は協定の関係上、これだけ魔物が溢れていれば直接戦うのは難しい。だが、環状防壁やゲートの管理ぐらいは行える」
『まず最初にその魔王とやらを暗殺するべきだったのではないか? そいつの魂を手に入れれば、吾輩はもっと強くなるぞ』
「さすがにあの人の暗殺は無理かなー……。傍にミカド先輩も控えてるだろうし」
騒乱者達がそんな話をしていると、周囲に新手が転移してきました。
都市内転移ゲートを利用し、バッカスの部隊がやってきました。騒乱者達は逃げました。やりあっても旨味のない相手だと考えたのです。
ただ、バッカス側は――敵の要は騒乱者達だと確信していたため――ゲートを使って執拗に追ってきました。
『しつこい! ええいっ! ゲートというのは本当に邪魔くさいな!?』
「そろそろ壊そうかな。この辺りの避難は終わっているだろうし……」
靴屋は仲間の力を頼りました。
運送屋に連絡し、ティアマトの力でレイラインを部分的に破断させました。
竜種はアラク砂漠でエルミタージュを孤立させたのと同じように、レイラインに攻撃を仕掛けました。
首都のレイラインはエルミタージュほどヤワではないため、都市内転移ゲートの一部が一時的に使用不能になる程度のことしか出来ませんでしたが、騒乱者達はそれだけで十分と考えました。敵の追撃速度が弱まったためです。
都市内転移ゲートの一部が使用不能になろうと、自力で追ってくる者もいましたが、騒乱者達はそれを撒き、一度姿をくらませました。
「もう一度、防壁に風穴を開けよう」
『今度はどんな手を使うんだい、センセイ』
「芸のない力技だよ」
靴屋はティアマト達に再びブレスを撃たせました。
そのブレスを流体操作魔術で強化し、防壁に大穴を開けさせました。
そこを仲間と魔物達で攻め立て、また1つ防壁を陥落させました。
『やれば出来るではないか! バッカスの防壁、玉ねぎの皮を剥くが如し!』
「まあ、前に攻め落とした防壁はもう取り返されてるけどね……」
『なぬっ!?』
魔物達だけでは維持が難しく、落とした防壁はもう奪還され、修復作業が行われ始めていました。
マティーニ北方の戦いに比べ、ここでの戦いは防衛設備が比べ物にならないほど優れていましたが、違うのはそれだけではありません。
ここはバッカス王国の首都・サングリア。
王の膝下。民衆の拠り所。バッカス最後の砦。
数多くの冒険者や士族戦士がゲートを通じ、次々と増援としてやってきていました。騒乱者達はティアマト配下の魔物や、その魔物が変じたアンデッドの大軍勢を使い、バッカスの戦力分散を図っていましたが、それだけでは足りませんでした。
現役の戦士達だけではなく、引退して都市内で隠居生活を送っていた者達ですら、国の一大事という事で駆けつけているのです。
それ以外にも一般人も戦闘に参加していました。主に後方支援や索敵役としての参加ですが、首都が落ちれば国が滅びると自覚しているため、皆が死にものぐるいで戦っていました。
騒乱者側は、マティーニ北方での戦いと違い、数の優位すら失っていました。
それでもバッカス側に打撃を与えられているのは、流体操作魔術の達人である靴屋と、転移と魔眼による蹂躙が可能な墓石屋のおかげでした。ですが、彼らでも局所的な有利は得られても、戦場全体を支配するだけの力はありませんでした。
『消耗はこっちの方が大きいね。このままじゃゲート管理機関は攻め落とせない。やはり手強いねえ、バッカス王国。だからこそ楽しいんだけど』
『呑気な事を言ってる場合か! ジリ貧では吾輩達も危ういぞ! 起死回生の策はないのか!?』
『そんなものないよ。ただ、まだ手札が枯れたわけではない』
そう言い、戦争屋は空を見上げました。
ちょうど待ち望んだものが降ってきて、首都中心部に命中しました。
「な……何が落ちてきた!? ティアマトからの攻撃か!?」
「ほ、本部からの情報によると、隕石のようです……!」
「ハァ!? 何で首都に隕石が……隕石なんて、隕石地帯に降ってくるぐらいじゃあ、ないのか……?」
隕石落下地点付近にいた士族戦士達は、落下の余波で吹き飛ばされていました。大怪我を負ったものの、何とか死なずに済みました。
ですが、落下地点の真下にいた人々は助かりませんでした。
この星には隕石の多くは特定の場所に――ヴィントナー大陸の隕石地帯に落ちてくるものです。が、そこには今現在、まったくと言っていいほど隕石が降ってくる兆候がありません。
そうなるよう、騒乱者達が図っていました。
首都に隕石が落ちるよう、誘導を行っていました。
『天文台からの報告です! 首都に向け、多数の隕石が落下してこようとしています。急激に進路を変えて……! 魔王様が首都以外からの迎撃を始めましたが、取りこぼしが出ると思われます』
『偶然ではないんだな? 騒乱者の仕業か?』
『今のところ不明――いや、続報届きました! 隕石に魔物が張り付き、強引に進路を変えているようです! 落下予定にない物質にすら取り付き、強引に首都に向けて落としてきているようです』
『ぐっ……隕石爆撃だと? 奴ら、そこまでやるか……!』
騒乱者達はこの日のために準備を進めていました。
爆撃に関しては、主に運送屋が手配していました。
時間をかけ、こっそりと宇宙に漂う固体を掻き集め、いつでも落とせるように備えていました。自分の所有する船を――星の海を泳ぐための船を解体し、それを使うという事もやっていました。
溜め込んでいたそれらを今日この日、解放し、次々と落としていきました。軌道変更の役目を担った魔物達は燃え尽きて死んでいきましたが、隕石群だけは首都に向けて勢いよく落ちてきました。
ただの隕石なら簡単に防ぐ事ができます。
バッカスの王の防護魔術は凄まじい防御能力を持っているため、巨大な隕石だろうが街に落ちてくる寸前に止める事が出来ます。
が、それは平時の場合。
いまは都市内に多数の魔物が入り込んでいるため、協定の影響で行使が妨害されていました。そのため、首都以外からの迎撃を行っているのですが……全てを撃ち落とすのは不可能のようです。
それほどまで、多数の隕石が首都めがけて落ちてきつつありました。
『nb@sq@<4yc47』
『s@4-4qaktqgをs.q/q@>ckq/uouyw@m7.>』
靴屋は、隕石爆撃をやってのけている運送屋の手腕を称賛しました。
運送屋はつれない態度で応じました。少し、誇らしげにしながら。
「さあ、さらに攻勢をかけようか」
『ククッ、任せておけ!』
墓石屋は靴屋と共に、空に転移しました。
防御は靴屋に任せつつ、落下してきた隕石に対し、転移魔術を行使しました。
そうする事により、隕石の落下コースを強引に変えてみせました。
『よぉしッ! 命中命中!!』
落下コースを変えられた隕石は、都市中央に砲座に届きました。
ティアマトにすら大打撃を与える巨砲に強烈な一撃を与え、破壊しました。
『この調子で破壊していくか!』
「ああ。簡単にはいかないだろうけど……少しずつ、敵を削っていこう」
騒乱者達は転移、魔眼、流体操作、魔物軍勢、隕石爆撃を駆使しました。
バッカス王国の喉元で、好き放題に暴れ回りました。