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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
十章:なれ果てのメサイア
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血の雨と宣戦布告



 靴屋は猛追してくる騎士団長に対し、アワクムの船体を――靴屋の魔力を混ぜた氷を操作し、通路を塞ぎながら逃げ続けていました。


 騎士団長は厚さ数メートルの氷の壁を障子のように破壊していきました。その勢いには墓石屋を驚嘆を通り越して大笑いさせました。


『面白いッ! あれがバッカス最高峰の戦士かッ!!』


 墓石屋は大笑いしつつ、連続して転移銃撃を放ちました。


 騎士団長の足止めのための銃弾だけではなく、騎士団長を援護する形で側面から仕掛けてくる騎士や士族戦士らを牽制しました。


 さらに、靴屋が遅効性の蘇生魔術をかけたラインメタルを――魔物入りのラインメタルを転移させ、騎士達の行動を阻む形で現出させました。


 さすがの騎士団長も協定の護りに阻まれ、鎧袖一触で魔物を蹴散らす事は出来ませんでした。ただ、氷の壁を破壊しながら強引に突破してきました。


『血が湧く血が湧く! MAGEの艦隊に2人で斬り込んだ時の事を思い出すなぁ! エルスッ!!』


『あの時に比べればマシさ。……あの人達さえいなければね』


 靴屋は猛追してくる騎士団長と、この場にはいないものの、重要な役割を担っている人物の事を思い浮かべながらそう言いました。


 言いつつ、墓石屋を庇って防御しました。


 墓石屋が転移銃撃を行ったその瞬間――騎士団長が転移してきた銃弾に合わせて虚空を叩き、一瞬だけ開いた転移門越しに殴ってきたため――墓石屋を庇って防御しました。


 肉も骨も潰されたものの、不死の呪いは靴屋を生かし続けました。


『おう、すまんすまん! 肉壁になってくれ!』


『はいはい、任せてくれ』


『しかし騎士団長ヤツは無敵の怪物か!? なんとか体内に送り込めた銃弾だけでも50発はあったが、まるで効いている気がせんぞ……!?』


『無敵じゃないけど、ほぼ無傷と言っていいと思うよ。彼は管理種オーガ達の中でも、群を抜いた傑物だからね』


 おそらく、ティアマトのブレスをまともに食らっても殺せない。


 ちょっと服を焼かれる程度で、涼しい顔で殴りに来ると言いました。


『あんなのがいるなら、神相手でも勝てそうなものだが――』


『彼らなら神殺しは可能だ。可能だが、それでは解決しない』


『神が死ねば世界が滅ぶから、か。チッ……面倒な事を』


『甲板に出るよ』


 靴屋はそう言いつつ、全周囲に流体操作による防護を張り巡らせました。


 甲板に出た瞬間、アワクムを止めている2隻の最新鋭氷船から砲撃が放たれました。士族戦士らの射撃も添えられていました。


 人間2人相手には過剰な火力が叩き込まれましたが、騒乱者達は無傷でした。


 靴屋が攻撃を止めつつ、墓石屋も転移魔術で攻撃を受け流しました。


 砲撃の一部は転移で返され、一部の士族戦士が巻き込まれたものの、殆どが素早く退避し、味方に構わず攻撃を続行してきました。


『邪魔な奴らめ――』


 墓石屋は転移魔術を使い、再び靴屋の魔術がかかったラインメタルを飛ばしました。敵中に飛ばし、敵の連携を乱しました。


『さてさて、どうやってあの大男を始末する』


『倒すのは不可能だ。封殺するしかない』


 靴屋はアワクムの甲板に干渉し、無数の氷柱を出現させました。


 それでバッカス側の射線を遮っていきました。


 ただ、彼はこれがほんの一時の時間稼ぎにしかならない事を自覚していました。それで十分だとは思っていましたが――。


「そろそろ、これを使おう」


 靴屋はそう言い、「とっておき」を仕込んだラインメタルを取り出しました。


 彼がそれに防護の魔術をかけつつ、空中に放つほんの数秒前。


 甲板に出ようとしていた騎士団長は、この場にいない人物から――指揮を取っている人物から指示を受けました。


『出てきたものは別の部隊に仕留めてもらう。キミは皆を守ってくれ』


『了解です』


 騎士団長はフェルグスさんと共に甲板に飛び出し、氷柱を蹴って甲板上の空に飛びました。


 墓石屋はそれにギョッとした様子を見せましたが――。


『もう遅い!』


 そう断じ、騎士団長を射撃し、妨害しようとしました。


 墓石屋の「遅い」とは、この一瞬前に空中に投じられたラインメタルから魔物が蘇生される事を言っていました。


 実際、墓石屋の言う通り、バッカス側は蘇生の妨害に失敗し――。



『貴様らまとめて潰れてしまえッ!』


 空中に巨大な魔物が顕現しました。


 それは、船上からでは全体像を把握しきれないほどの巨体の持ち主でした。


 それは、マティーニ北方の戦いに参加した者達がよく知る魔物でした。


「な……!? てぃ、ティアマトだと?!」


 身体のほんの一部だけでも氷船3隻を軽く押しつぶせる超弩級の竜種は――ティアマトは、自由落下を始めていました。


 騒乱者達ごと、全てを押しつぶす形で落下してきました。


「上空に砲撃を!!」


「間に合わん以前に無駄だ! 退避! 退避ぃっ……!!」


『退避する必要はない』


 騎士団長が威厳ある声色でそう断じました。


 彼は空中に飛び上がり、落ちてくるティアマトに触れていました。


 協定の影響で魔物ティアマトへの攻撃は不可。


 そのため、そっと手を添え、協定に影響しない絶妙な力加減で――ティアマトを押し――落下コースを変えてみせました。


 指揮官から指示を受けた騎士団長のおかげで、3隻の氷船とそれに乗り合わせていた人々は、何とかギリギリで押しつぶされずに済みました。


 ティアマトほどの巨体が落ちてきたため、巨大な水しぶきが上がり、船も大きく揺れましたが、何とか押しつぶされて死ぬ事は避けてみせました。


 ただ、これで終わりではない。


 バッカスの戦士達はそう思っていました。


 その思考を肯定するように、墓石屋が高笑いしながら叫びました。


『ハハハハハハッ! 知ってる! 知ってるぞ!? バッカスの騎士達よ! 貴様らは協定という弱点があるそうだなぁ! ティアマトとその配下の魔物達相手に、抗いきれるかな!?』


「クソッ……!」


『形勢逆転だなッ!』


 墓石屋は勝利を確信しました。


 が、靴屋は表情を強張らせ、ティアマトを見ました。


 海に落ちたまま、ぴくりとも動かないティアマトを見ていました。


『ティアマトの事は気にしなくていい』


 揺れる甲板上に着地した騎士団長は、浮足立ちそうになっている戦士達にそう説きました。


『しかし、騎士団長、ティアマトはいくらなんでも――』


『アレはもう倒した。騒乱者が近づかないよう、注意だけしておきなさい』


『は?』


 騎士団長の言う通り、ティアマトは既に事切れていました。


 竜種の巨体は海に沈みつつありました。


 バッカスの戦士達を焼き払ってきたブレスを放ってきた口からは、巨大な舌がだらしなく垂れるだけになっており――完全に活動を停止していました。


 やんややんやと騒いでいた墓石屋も、ティアマトが一向に動かないことに気づき、内心で脂汗を流しながら靴屋に問いました。


『おい、騎士共は協定の関係で、魔物に攻撃できないはずでは?』


『ティアマトが蘇生後直ぐに殺されたのは、騎士の攻撃じゃない。どこかに隠れている転移爆撃部隊の仕業だ』


 バッカス政府は転移魔術の使い手達を配置していました。


 彼ら1人1人の転移魔術は、墓石屋が使うそれより脆弱なものですが、複数人が力を束ね、巨大な物体の転移も可能としていました。


 彼らは指揮官の命じられた座標に向け、爆弾を転移させました。


 ティアマトが出現する瞬間――ピタリと同時に――ティアマトの脳が現出する場所に爆弾を転移させ、爆弾で脳を一瞬で破壊していました。


 マティーニ北方の戦いでティアマトを倒したバッカス王国は、冒険者ギルド主導でその身体構造を調べ、ティアマトの急所を把握していました。


 脳を破壊するのが最も効率的に破壊出来る事を把握し、その情報はバッカス政府の部隊にも――その指揮官にも伝わっていました。


 どうやってティアマトが一瞬で倒されたかを靴屋に聞いた墓石屋は、『蘇生直後の隙を狙うのは理屈の上では可能かもしれんが――』と言いながら言葉を続けました。


『そんなピンポイントで先読みして、転移で爆弾を飛ばすなど――』


『彼らの近衛騎士隊長しきかん未来視なら、それが可能だ』


『アァ、なるほどなるほど……あの人か。クソッ……! 正直、舐めていた。記憶喪失と聞いていたが、以前より研ぎ澄まされていないか……!?』


『記憶喪失なのは確かだけど、俺達の知るあの人ではないよ』


 靴屋はそう言いつつ、ティアマトの死体に向けて走りました。


 ですが、その進路上には騎士達が待ち受けていました。


『ティアマトを再び蘇生するか!? また即殺はマズいぞ!』


『わかってる。次はよく注意する。けど、ここで蘇生はしなくていい――』


 靴屋は最も得意とする魔術を行使しました。


 流体操作魔術を、ティアマトに向けて行使しました。


 その瞬間、竜の体表が弾けました。


『あの人の眼は脅威だ。……だけど、無敵ではない。全ては見通せない』


 ティアマトの体表から、間欠泉のように体液が噴き出し始めました。それは一箇所どころではなく、複数箇所から噴き出し始めていました。


「船内に戻れ! ティアマトの体液が……猛毒の血が来るぞッ!」


 士族戦士らの多くが避難していく中、靴屋はティアマトの血を操り、氷船周辺に血の雨を降らせ始めました。


 ほんの一滴でも触れれば激痛にのたうち回らなければならなくなる血を降らせ、バッカス側の勢いを削ぎにかかりました。


 騎士達ですら、下手に触れればタダでは済まない猛毒の雨でしたが――流体操作魔術で回避している靴屋以外にも無傷でその場に留まり続ける人物の姿もありました。


「お覚悟を」


 騎士団長は大量の猛毒を浴びても、まったく勢いが削がれていませんでした。


 鬼の頑丈な身体と、自身の治癒魔術で猛毒を跳ね除けていました。まったく痛みがないわけではありませんでしたが――彼の身体は常人がタワシで肌を軽くこすられた程度の痛みしか感じていませんでした。


『アリスト、もう一撃凌いだら、動くよ』


 靴屋は墓石屋にそう言いつつ、血の雨を血の槍に変化させ、騎士団長を狙いました。ですが、騎士団長はそれすらも跳ね除けながら進んできました。


 墓石屋も転移魔術で迎撃しました。


 騎士団長の体内に猛毒の血を送り込みましたが、それさえもオーガの騎士団長は眉根一つ動かさずに進み続けました。即座に魔術で毒を駆逐してみせました。


『止まらんなぁ! ヤツは……!』


『まだ弾はあるさ』


 靴屋は、またラインメタルを取り出しました。


 未だろくにダメージを受けていない騎士団長でも、協定には縛られる。バッカスに属する強者である以上、どうしようもなく協定には縛られる。


 だからこそ、魔物をけしかけて止めようとしましたが――。


「――――露と、滅せよ」


 血の雨が降り注ぐ中、オークが大剣を構えました。


 激痛で意識を飛ばされそうになりながらも強引に動き、騒乱者達の死角から斬撃を放ち、騎士団長を援護しました。


 飛ぶ斬撃は靴屋の腕ごとラインメタルを破壊し、阻まれる事なく進んできた騎士団長は騒乱者達に拳を叩きつけました。


「まだだ」


 靴屋は斬り飛ばされた手とは逆の手にもラインメタルを握っていました。


 振り下ろされる騎士団長の拳と、自分との間に魔物を出現させました。


 協定カミの力で拳を防ごうとし――――失敗しました。


「――――」


 魔物に拳が当たる寸前、騎士団長は拳をあえて空振らせました。


 空振らせつつ、魔物を躱し――震脚と共に靴屋に体当たりを仕掛けました。


「ッ…………!!」


 直ぐそばに魔物の存在があるため、騎士団長の魔術行使は妨害されましたが――魔術無しでも並外れた膂力を持つ鬼は――ただの体当たりで靴屋の命を刈り取ってみせました。


 さらに裏拳を飛ばし、墓石屋の銃と腕も粉砕してみせました。


 そこからトドメの一撃を飛ばそうとしましたが――。


「ぬ――――」


 足元を濡らす大量の血が彼の身体に絡みついていました。


 靴屋の操作する血と、魔物に動きを止められる事になりました。


 それでも止められていたのは、ほんの一瞬。


 ほんの一瞬を活かし、騒乱者達はその場からの離脱を成功させました。


「しぶとい……!」


「それぐらいしか取り柄がない」


 靴屋は遅れて発動するよう仕掛けておいた蘇生魔術で蘇生を早めつつ、再び騎士団長から距離を取り始めました。


 ただ、今度は単なる時間稼ぎ以外の目的を持って動いていました。


『頃合いだ。撤収しよう』


『ああ、だが――――もう一仕事してから、だなッ!!』


 2人の騒乱者はバッカスの攻撃を凌ぎつつ、甲板から飛び降りました。


 バッカス側の攻撃をティアマトの血で防ぎつつ、巨大な滝の如く流れる血と共に下方へと飛びました。


 そこに彼らの目当てがいました。


 そこに、目を見開いて見上げてくるマーリンちゃんの姿がありました。


『エレイン殿、退避を!!』


「――――」


 マーリンちゃんを抱えていたエレインさんは、少女をセタンタ君に押し付け、双剣を抜き放ちました。


「頼みます」


「ちょっ……! 待って!!」


 少女が叫ぶ中、少年は脱兎のごとく逃げ出しました。


 エレインさんに託された少女を抱え、船内の奥へと逃げ込んでいきました。


 エレインさんは少年少女を守るために立ちはだかり、騒乱者達に向けて斬撃を放ちました。ですが、それは靴屋の流体操作魔術であっさり無効化されました。


 無効化されたのですが――。


「ふっ…………!」


 放った斬撃に隠れる形で、双剣も投じられていました。


 それは靴屋の首と胴体を刺し貫きましたが、靴屋はそれに構わずエレインさんに手を伸ばしました。徒手で格闘戦を仕掛けてくる彼女を血と体術でねじ伏せました。


 そして、靴屋はエルフの首を手刀で落としました。


「アリスト」


『拝領』


 靴屋は殺害したエルフの首を、墓石屋に投げつけました。


 墓石屋は術を行使し、エルフの魂を吸収しました。


 吸収した直後、その全身が潰れました。


 上方から放たれた騎士団長の拳に砕かれました。


「――――」


 騎士団長は靴屋に素早く詰め寄り、拳を振りかぶり――。


「投降します。これ以上の戦闘は望みません」


 しれっとした顔で両手を上げた靴屋を見ましたが――。


「失礼」


 拳を一切止めずに靴屋の全身も潰して殺害しました。


 殺害し、蘇生してきた身体を確保しようとしました。


「…………?」


 靴屋は一向に起き上がってきませんでした。


 肉片と骨片を船の床に転がし、そのまま動かなくなりました。


『すまない、まんまと罠に引っかかったようだ』


『罠、ですか?』


『ああ。そこにいるのはエルスさんじゃない』


 交信で話しかけてきた指揮官の声に、騎士団長が耳を傾けていたその瞬間、靴屋の遺体が「どろり」と溶けていきました。


 溶けて、ただの水になりました。


『近衛騎士隊長、これは……?』


『どうやら彼は水で作った分身を遠隔操作していたようだ』


『これほどの分身の業、エルス様が使った事など見たことがありませんが……』


政府ぼくたちにすら隠していたんだろう。すまない、もっと早く見抜いておくべきだった』


 指揮官は謝罪しつつ、さらに言葉を続けました。


『キミ達は街に……ベネディクティンに戻り、体勢を整えていてくれ。敵の目的はキミを含むバッカスの部隊をその場に釘付けにする事だったようだ』


『では、ベネディクティンのゲートは……』


『いま直ぐは使えない。敵に破壊された』


 アワクムが目指していた最寄りの都市では、都市間転移ゲートが機能を停止し、取り残されたバッカス国民が恐慌状態に陥りつつありました。


 ゲートそのものは復旧可能ですが、時間がかかる事がわかっていました。


 靴屋は、計画に邪魔なバッカス側の部隊を減らすため、水で作った自分の分身を囮として騎士団長達をここに誘き寄せていたのです。


『それでは、直ぐに首を落として首都に戻ります』


 騎士団長は短刀を取り出し、それを自分の首に当て、遠隔蘇生機構を使って強引に首都に戻ろうとしましたが――指揮官はそれを止めました。


『遠隔蘇生機構にも障害が出ている。一部地域だけだが、キミ達がそこで死ぬと首都で蘇生する事すらできなくなる。……どうやらエルスさんは相当前から準備をしていたみたいだね。機構に細工をされている跡があった』


 指揮官は後手を踏まされている事に危機感を覚えつつ、騎士団長に「ゲート復旧後に戻ってきてくれ」と伝えました。


『動きがあれば直ぐに伝える』


『了解。もう1人の騒乱者は如何いたしましょう?』


『そっちも確保しても意味がない。どうやら、首都地下に出た時と同じように、その場から逃げ出してしまったようだ』


 破壊された墓石屋はもう、その場にはいませんでした。


 死んでしまったわけではなく――首都地下でセタンタ君に敗北した時と同じ方法で――この場から逃げていました。


『エレインも蘇生できない。彼女の魂まで連れて行かれたようだ』


 かくして、騎士団長達は最寄りの都市に――ベネディクティンに釘付けにされる事になりました。さらにはエレインさんも連れ去られました。


 騒乱者側が上手く事を運ぶ結果となりました。


 ひとまず、この場は――。



『申し訳ありません。私が直ぐに仕留めておけば――』


『エルスさんはこの状況を作れるよう、周到に準備を続けてきたんだ。キミに落ち度は一切ないよ。僕が見抜けなかったのが悪い』


 バッカス側の指揮官は騎士団長に対し、「ゲート復旧後、直ぐに動けるように準備しておいてくれ」と言って交信を切りました。


 それを見計らっていたかのようなタイミングで、政府に連絡が届きました。指揮官を――近衛騎士隊長を名指しで指名してきました。


 彼は部下に逆探知を試みるように指示しつつ、ゆっくりと連絡に応じました。


『残念です。貴方ほどの人がバッカスに弓を引くとは』


『すみません。恩義もある身なのに、皆さんの顔に泥を塗る事になって――』


 連絡してきたのは老魔術師――靴屋でした。


 近衛騎士隊長は相手が騒乱者とわかってなお、普段と同じ態度で応じました。


『そう仰るなら、今からでも投降してください』


『それは出来ません。どうしてもやりたい事があるので。お詫びと言ってはなんですが、こちらの襲撃目標をお伝えします』


 アワクムには水で作った分身を派遣していた靴屋は――教導遠征の途中で分身だけ残して離脱していた靴屋は――既にアワクムの最寄りに近づいていた都市・ベネディクティンとは別の場所にいました。


 そこから逆探知対策をしつつ、襲撃目標を伝えました。


『私達、ニイヤド商会は首都1丁目にある転移ゲート管理機関を陥落させ、掌握します。つまり、首都中心部が主戦場になります』


『随分と人が死にそうな場所を狙ってきますね』


『はい。なので、一般国民の避難を進めておいてください。中心部以外にも流れ弾が飛ぶ可能性大なので、首都全域からの避難をオススメします』


『それはそれはご丁寧に。しかし、無茶を言いますね。首都全域の避難とは』


『魔王様なら使い魔を動員して、それが出来るでしょう?』


 実際、既に王の使い魔達が動き始めていました。


 靴屋から連絡が来た時点で、避難誘導のための準備が始まっていました。


 靴屋はそれに気づき、近衛騎士隊長に釘を刺すように「既に避難を開始されているようですが――」と言葉を添えました。


 近衛騎士隊長はそれには答えず、静かに微笑しました。


『貴方が騒乱者の疑いがあると聞いた時は、まさか……と思いましたが、性格は以前とあまり変わっていないようで安心しました』


『はは……。普段から上手く振る舞えるほど、演技力はないので』


『騒乱者という疑いをこちらに抱かせるための情報は、貴方が意図的に残したものだったのでしょうか? 自分の分身を餌に釣るために』


『さあ……それはご想像におまかせします』


 靴屋はそう言いつつ、連絡を切ろうとしましたが――重要な事を伝えていなかったため、言葉を重ねました。


『ああ、それと、ナス士族のカヨウ様についてですが……彼女は今回の計画に一切加担していません。ですが、私は今からでも彼女を味方にする手立てを持っています。なので、彼女に状況を知らせるのはオススメしません』


 政府内で内々に処理してください、と言いました。


 近衛騎士隊長は「味方にする手立て」という発言は否定しました。


『はったりですね。カヨウさんを呼ばれたくないだけでしょう?』


『本当ですよ』


『彼女を味方にする手立てがあるなら、既に彼女を関わらせているはずだ』


『そうかもしれませんね。ですが、彼女は私の養女です。わたしに味方してくれる可能性はゼロではない。そうは思いませんか?』


 靴屋はそう言い、一方的に連絡を切りました。




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