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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
十章:なれ果てのメサイア
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他人の気持ち



「うおわっ?!!」


 急に傾いた氷船の中で、避難中のセタンタ君は転びました。


 騎士団長の震脚が船を揺らした事により、顔面を壁に強打しそうになりましたが――急な揺れに難なく対応したエレインさんに受け止められました。


「セタンタ君、まだまだ訓練が足りないようですね?」


「うぐっ……。あ、ありがと」


「いえいえ。では逃げましょう」


 セタンタ君はエレインさんに連れられ、マーリンちゃんと共に避難を再開しました。騎士団長達と騒乱者達が戦闘中のため、邪魔にならないよう、避難中でした。


「パリスとガラハッド達は――」


「彼らも避難中です。大丈夫ですよ」


 セタンタ君はバッカス陣営と靴屋アハスエルスが戦う事になった経緯を知っていますが、パリス少年達はあくまで「教導遠征の締めくくりの避難訓練」という名目で避難中でした。


 大音が響き渡り、氷船が大きく揺れているため、パリス少年達も「ホントは何が起こってるんだ?」と訝しげにしていましたが――それでも大人達の指示に従い、避難を続けていました。


 セタンタ君は彼らに合流するために走っていましたが――。


「――――」


「ちょっ……! マーリンっ!」


 マーリンちゃんがセタンタ君の手を振りほどき、反対方向に走り始めました。


 既に靴屋の流体操作魔術の支配下からは離れているため、通常通り魔術が使えるようになっていました。そのため、マーリンちゃんは身体強化魔術や浮遊魔術を使い、激しい戦闘が続いている方へと向かおうとしていましたが――。


「待ちなさい」


「っ…………! 離してっ!」


 エレインさんが素早く踵を返し、マーリンちゃんを捕まえました。


 マーリンちゃんは表情を引きつらせ、エレインさんの手を振りほどいて逃げようとしましたが、エレインさんの手はビクともしませんでした。


「離してよっ! ボクは、アイツを……アハスエルスを殺さないとっ……!」


「マーリンちゃんがそんなことをする必要、ありませんよ」


「アイツはずっと騙していたんだ! ボクのことを、ずっと、ずっと……!」


 少女はポロポロと涙を流しつつ、「信じてたのに」と悔しげに呟きました。


 エレインさんは酷く傷ついた少女の顔を見て、手を緩めかけましたが、心を鬼にして「駄目です」「貴女ではあの人に勝てません」とピシャリと言いました。


 今はとにかく逃げるべきだ、と説きつつ、言葉を続けました。


「私は、正直、事情がそこまでわかっていません。エルス様が騒乱者だったと言われても、今でなおピンときていません。……本当にそうなのでしょうか?」


「本人が認めてるんだよ!?」


「何か、事情があるのでは? 神に脅されているとか」


 マーリンちゃん以上に、老魔術師と長い付き合いのエレインさんはそう疑問しました。老魔術師の人となりを思い出しつつ、そう言いました。


 そんなエレインさんに対し、マーリンちゃんは厳しい視線を向けました。


「え、エレイン様も、アイツの味方なの……!? 裏切り者なのっ?!」


 少女はもう、疑心暗鬼になっていました。


 幼い頃から構ってもらい、お世話になってきたエレインさんの事ですら――バッカス政府の人間ですら――懐疑の視線を送り、怯えていました。


「私はマーリンちゃんの味方ですよ。だから、今はひとまず逃げましょう?」


「ウソだ。そうやって、ぼ、ボクを、騙すつもりなんだっ……!!」


「何があったか詳しい事はわかりませんが……いまはその怒りを堪えてください。いつもの可愛くて飄々としたマーリンちゃんに戻ってください」


「う゛ぅ゛~っ……!」


「おい、マーリン! いまはそんなことしてる場合じゃねえだろ!?」


 少女は少年に叱られても、戦闘の渦中に向かおうとしました。


 エレインさんの腕に爪を立て、強引に引き剥がそうとしました。


 エレインさんは眉をピクリとも動かさずにいましたが、セタンタ君はエレインさんの腕に血がにじむのを見て、「やめろ!」と叫んで少女を羽交い締めにしました。


「仲間同士で、こんなことやってる場合じゃねえだろ!?」


「うるさいっ! だ、誰もっ、ボクの気持ちなんてわからないんだっ!」


 少女はボロボロと涙をこぼしつつ、嗚咽と言葉を漏らしました。


「親切にしてくれた皆が、家族が! 大好きだった人たちが……いままでの全部がっ……! なっ、なにもかも、ウソだったんだよ!? こんなのって……こんなのってないよぉっ……!」


「…………」


「誰も、ボクの苦しみを理解することなんでできないんだっ!」


「それはそうでしょう」


 エレインさんは少女の言葉を肯定しました。


 少年がその肯定に対し、ギョッとする中、黒髪のエルフは言葉を続けました。


「だって、私達は同じ人間ではないのですから」


「ちょっ……! エレインさんっ!」


「苦しみだけではありません。気持ちだって理解できません。想像は出来ますが、それは完璧な理解とは言えません。他人の気持ちが完全に理解できる存在なんて、読心できる人ぐらいでしょう」


 この世界には読心が出来るのに、人の気持ちが理解できない存在カミもいますが――と呟いたエレインさんの頭上にタライが降ってきましたが、彼女はそれを払い除けながら言葉を続けました。


「友人だろうが家族だろうが、恋人だろうが夫婦だろうが同じです。誰も彼も、自分以外の気持ちなんかわかりませんとも」


「…………」


「ただ、私は自分の気持ちはわかりますよ?」


「そ……そんなの、当たり前じゃんっ……!」


「私がいまなんと考えているか、マーリンちゃんにわかりますか?」


「わかるわけないじゃんっ!」


「私はいま、マーリンちゃんもセタンタ君も大好きだなぁ、と考えています」


 黒髪のエルフは胸に手を当て、穏やかな声色でそう言いました。


 激しい戦闘が直ぐ近くで起こっているというのに、それに不釣りあいなほど穏やかな声色で、涼しげな表情をしていました。


「好きだから寄り添います。貴女達の気持ちがわからなくても、迷惑だって言われても、保護者面するなと言われても、貴女達の事が大事なので……守るために寄り添いますよ」


「っ…………」


「貴女達のこと、自分の子供のように愛していますからね」


「く、口では何とでも言えるよっ……!」


「その通り。だから行動で示しますとも」


 エレインさんは、セタンタ君に対してマーリンちゃんを羽交い締めにするのをやめるように言い、マーリンちゃんの手をそっと手に取りました。


 手を取って片膝をつき、微笑みかけました。


「これは私のワガママなので、信じてもらったり、信頼してもらう必要はありません。私は勝手に守ります。勝手に愛します」


「ぅ、ぅ……」


「守るための提案なのですが、今は逃げましょう。今の心を乱しているマーリンちゃんが戦闘に参加したところで、何の役にも立ちません。騎士団長達に任せて、お茶でもしながら待っていましょう」


 騎士団長達は必ず勝利する。


 エルスさんの事も、必ず捕まえてくれる。


 怒りをぶつけるのはエルスさんが捕まった後でも間に合う。


 エレインさんはそう説き、避難を促しました。


 マーリンちゃんは微笑むエレインさんに毒気を抜かれ、下手に怒られるよりもシュンとした様子で獣耳を伏せ、しっぽを垂らしました。


 そして、エレインさんにされるがままに抱っこされました。


「さてさて、それでは逃げましょうか――」


『エレイン様、いまどちらですか!?』


 逃げようとしたエレインさんに対し、交信が飛んできました。


 エレインさんが逃げようとした避難経路は、いま使えないという連絡が飛んできました。迂回路も添えて連絡が届きました。


『教導隊長――いや、騒乱者・アハスエルスがアワクムの船体に干渉し、複数の通路を封鎖しています』


『おやおや、人質を出来るだけ長くこの場に留めるつもりですか』


『そのようです。迂回路から逃げてきてください』


『了解です』


 エレインさんはセタンタ君を連れ、マーリンちゃんを抱っこしつつ、来た道を――マーリンちゃんが走っていこうとした道を戻り始めました。


「いま、こっちからしか逃げられないようです。ハッ! まさか、マーリンちゃんはこの事を見越して、こっちに行こうとしたのですか……!?」


「ちっ、違うよっ……!?」


 少女は否定しつつ、エルフの腕を見ました。


 そして治癒魔術を行使しました。


「……つ、爪を立てて、ごめんなさい。わがまま言って、ごめんなさい……」


「良いのですよ。可愛らしい甘噛でした。……いまは心の整理がつかないと思うので、私のおっぱいを触って心を落ち着けなさい」


「うん……」


「さあさあ、セタンタ君、行きますよ。敵が来たらよろしくですよ」


「了解」




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