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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
十章:なれ果てのメサイア
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バッカスVsニイヤド商会



『ところで、今はどの辺りにいるのだ?』


 蘇生されたばかりで状況が掴みきれていない墓石屋は、辺りをキョロキョロと見渡しながら靴屋に問いました。


「ベネディクティン近海だ。教導遠征のゴール地点……バッカス王国領内だ」


『ほほう? 確か、予定通りの交戦場所だな』


「すまないね、こんな事にまで付き合わせて……」


 靴屋は保管庫を守っていたバッカスの戦士にトドメを刺しつつ、申し訳無さそうに仲間に対して謝罪しました。


 保管庫を守っていたバッカスの戦士達は、「なぜ」「教導隊長、なにを――」と疑問を漏らしつつ、一方的に蹂躙されました。


 墓石屋が手を貸すまでもなく、保管庫は一瞬で鎮圧されました。


『他の銃はないか? これは少し使いづらい』


「これでいいかな?」


『重畳!』


 靴屋は保管庫に隠していた2丁拳銃を投げ、受け取った墓石屋はごきげんな様子で受け取り、機械の指で拳銃をくるくると回しました。


『さて、どうする? 切り札を1つ切るか、あるいは吾輩の転移で逃れるか』


「転移で逃げるのは不可能かな。さすがに」


 靴屋は保管庫内に置いていた必要な物資に手をつけつつ、そう答えました。


 彼がそう答えた瞬間、船外で轟音が響きました。


 航行する氷船アワクムの両側から氷の船体が――水中を航行していた潜水可能の氷船が浮上してきました。


 浮上してきた2隻の氷船は素早く極太のワイヤーを渡し、ワイヤーと船体を使ってアワクムの航行を強引に止めました。


 アワクムは靴屋の仕込みにより、港に向かって突っ込むように暴走中でしたが、最新型の氷船2隻相手では力負けし、徐々に速度を落としていきました。


「ゼカリヤとゼファニヤを出してきたか……。そこまでしてくるのは、ちょっと予想外かな……。ブロセリアンド士族も容赦はしてくれないか」


 新手の2隻は、バッカス陣営の船でした。


 浮上した船の中から士族戦士達が素早く展開し始めました。


 ただ、彼らの殆どがアワクムとは別方向を警戒し始めました。


 一部はアワクムに乗り込んできましたが、殆どが周辺の海を警戒し始めました。海に潜む魔物達が横槍を入れられないよう、迎撃準備を整えました。


『何故、転移逃亡が難しいのだ?』


「さっき転移した時点で違和感を感じなかった?」


『あぁ、寝起きで調子が悪いのかと思ったのだが』


「新手の氷船内に、大型の妨害設備が設置されている。アレの所為で転移魔術の行使が邪魔されている。短距離ならいけるだろうけど、長距離は無理だろう」


 つまり、墓石屋の転移魔術による離脱はほぼ不可能。


 靴屋はそう解説しました。


『ぬぬぅ。大人げない奴らめっ!』


「それが仕事だからね。ただ、まだ優しい方だよ。魔王様がいきなり砲撃してこない分、マシだ。彼女に攻撃されると俺達は仲良く消し炭だよ」


『ふん。だが、それはやってこないはずなのだろう?』


「こちらには人質がいるからね」


 魔物がいてもいなくても、撃ってこないはずだ――と騒乱者は語りました。


 彼を捕らえるため、作戦の指揮と行末の監視が行われている場所では――首都の指揮所では、「初動で取り押さえ損ねた以上、魔王様の大魔術で一気に勝負をつけるべきだ」という声も上がっていました。


 靴屋アハスエルスは危険だ。


 バッカス政府の中枢に関わっていただけではなく、多くのバッカス人に指導してきた教導者。彼に扇動され、他にも裏切り者が出るかもしれない。


 だから、即刻抹殺するべきだ――という声も上がっていました。


 ですが、その提案は却下されました。


 アワクムには多数の人質が乗っていました。


 単なるバッカス人だけではなく、教導隊参加者が――士族や政府の高官の子供達も含む参加者が乗っていました。


 作戦のためとはいえ、後で蘇生できるとはいえ、それらをまとめて殺すという選択をバッカス政府は選べませんでした。


「バッカス人だけじゃない。この人達もいるからね」


 靴屋はそう言い、厳重に保管されている無数のラインメタルを見ました。


 その中には2000人を超える西方諸国人の魂が込められていました。教導遠征の裏で行われた集団亡命支援作戦で逃される事になった魂がそこにありました。


 バッカス人の退避は既に始まっていましたが、ラインメタルはそう簡単には動かせません。それを盾代わりとし、靴屋達は保管庫に立てこもりました。


『悪いやつだなぁ、お前は。まあ吾輩も共犯なのだが』


「実行したのは俺だよ。皆を騙したのも、俺だ。俺の罪だ」


 集団亡命支援作戦は、この時のために靴屋が裏で糸を引いたものでした。


 本人達にすらわからない形で密かにベオさん達に神器を与え、それをバッカス政府との取引材料に使わせました。政府にバレないよう巧妙に魔術を使い、ベオさん達の思考を誘導しました。


 素知らぬ顔で政府側に立っている靴屋は、集団亡命支援作戦を自分の都合の良い形で行えるよう、それとなく関係者に働きかけました。


 大量のラインメタルを用意させ、その一部を今後の計画のために盗んでいました。計画のために多くの人を騙していました。


 教導隊参加者の若者達。


 新天地を夢見てラインメタルの中で眠る西方諸国人の命。


 それら全てが靴屋の――ニイヤド商会の計画遂行のための人質となりました。


『ラインメタルで盾でも作って、それを手にして逃げるか?』


「駄目だ。そこまでは巻き込めない。それに、彼らは無敵の盾ではないよ」


 ラインメタルが破壊されたところで、最悪、直ぐに蘇生を行えばいい。


 魂はその場から直ぐに消え失せないため、即座に蘇生魔術を行使する事で助ける事も不可能ではない。だからこそ、政府内でも人質ごと騒乱者達を始末する案が上がったのですが――それは全員が助かる方法ではありませんでした。


 騒乱者達を確実に葬り去るなら、亡命者達も全員巻き込まれる。


 2000を超える西方諸国人の魂を直ぐに蘇生するのは取りこぼしが出かねない事でした。


 作戦遂行のためとはいえ、それをやれば大虐殺者の汚名を自国の王に被せかねないため、政府内でも慎重な意見が囁かれていました。


 また、政府は人質以外のものも気にかけていました。


 アワクムで輸送されている神器の破損を気にしていました。神器の破壊は蘇生魔術では取り返しがつかないために――。



「ちっ……全てエルス殿の手のひらの上、か?」


 作戦に参加しているバッカスの戦士達は、保管庫を包囲しつつ――下手に仕掛けられず――歯噛みしていました。


「今日のために全て仕組んでいたのか? なぜ、そこまでして……」


「本人に吐かせればいい話だ。絶対に捕まえるぞ。捕え損ねたら禍根になる」


「了解」


 バッカス側が神経を尖らせる中、墓石屋は呑気な様子で銃をいじりつつ、言いました。長年の付き合いである靴屋に向けて言葉を投げかけました。


『転移で逃げるのが難しいなら、切り札を切るという事だな? 準備済みか?』


「俺は大丈夫だ。この通り――」


 靴屋は身体を触りつつ、「逃げる準備は最初から出来ている」と言いました。


「ただ、逃げるのはまだ先だ。……ここを戦場に選んだのは彼らではなく、俺達だ。逃げるのはここでの目的を遂行した後だ」


『承知した。先輩あのひと未来視をごまかすためにも、必要な事だったな?』


「そういう事。もうしばらくここに釘付けにして……最後に彼女を殺そう」


 いつ敵が保管庫を襲ってきてもいいよう備えつつ、靴屋は呟きました。


 保管庫周辺を警戒していたところ、そのさらに外の敵の動きに気づきました。


「毒ガスが散布され始めたようだ」


『ほほう? バッカス人は遠隔蘇生で生き返らせれるから、ラインメタルの中にいる亡命者達には効かない毒ガスを使って鏖殺か。考えたな』


「そうじゃない。効力はちょっとした殺虫剤程度のものだよ」


 人体にはそこまで有害ではないガスが船内に立ち込め始めました。


 まったくの無害ではありませんが、個人の治癒魔術で対応可能なものでした。


 当然、騒乱者達にも効きませんが……ある存在にはてきめんに効きました。


『ぬぅ、羽虫の魔物達が続々殺されていくのか。騎士共はアレが大嫌いなのだな』


「魔物がいる以上、協定の影響を受けるからね」


 バッカス側はわざわざ一匹ずつ探したりせず、ガスでまとめて始末しました。


 そして、ついに保管庫に踏み入ってきました。


 踏み入ってきたのは剣を手にした騎士と、斧を手にした騎士でした。


 2人はラインメタルを破壊しないよう、即座に片付けようとしましたが――。


「亡命者の魂入りですよ」


「…………!」


 そう言った靴屋が、保管されていたラインメタルを投げつけてきました。


 剣持ちの騎士は構わずたたっ斬りましたが、斧持ちの騎士は一瞬躊躇ってしまい、咄嗟にラインメタルを受け止めてしまいました。壊さないように。


 受け止めた瞬間、遅効性の蘇生魔術が起動しました。


 ラインメタル内に収められていた緑色の粘液が膨れ上がり、斧持ちの騎士の手を絡め取っていきました。


「スライムっ……?!! どうやって魔物を、ラインメタルに!?」


「特別製ですよ」


 蘇生魔術によって顕現した粘液の魔物は騎士の全身を絡め取ろうとしましたが――騎士は咄嗟に自分の腕を斬り飛ばし、拘束されるのを避けました。


 仲間がしてやられた中、剣持ちの騎士は構わず突撃しました。


 靴屋は騎士の刺突を受け流しつつ、足払いを仕掛けました。騎士は逆に蹴り返して相手の足を折って体勢を崩し、追撃の斬撃を放ちました。


 靴屋は体勢を崩しながらも斬撃を回避し、墓石屋に任せました。墓石屋は靴屋を前衛にして立ち回りつつ、剣持ちの騎士の急所に転移銃撃を叩き込みました。


 撃たれた騎士は重傷を負ったものの、戦闘を続けながら治癒魔術で再起し、構わず靴屋に攻撃を続けました。そうする事で靴屋を抑えにかかりました。


 その隙に、斧持ちの騎士が墓石屋に飛びかかりました。


 墓石屋は斧の斬撃を転移で回避しました。剣持ちの騎士が靴屋と切り結びつつ、後ろ手で持った銃を墓石屋の転移先に乱射しました。


 墓石屋は転移門を盾代わりに展開し、銃撃を透かしつつ、再び転移しました。


 自分だけではなく、靴屋も転移させました。


 転移した靴屋は即座にラインメタルを投げました。


 保管庫のあちこちに向け、合計8個のラインメタルを投げ、蘇生魔術を使いました。そうする事でさらに粘液の魔物を呼び出しました。


 その魔物達に対処するため、協定に縛られない士族戦士達が保管庫内に殺到してきましたが――靴屋は彼らを睨めつけ、流体操作魔術を行使しました。


「下がれ! 踏み込みすぎるなッ!」


 剣持ちの騎士は殺到してくるスライムから距離を取りつつ、仲間に叫びました。


 ですが、士族戦士達は体中から血を噴き出し、次々と重傷を負いました。彼らなりに靴屋の流体操作魔術に対抗しましたが、騎士達でもかろうじて抵抗できている魔術は、彼らには敵わない士族戦士達を殺していきました。


 それでも何とか即死は避けた者達は、騎士の邪魔をする魔物達に攻撃を仕掛けました。自分達の命を顧みず、魔物達を全て仕留めてみせました。


「くっ……! 自分の魔力操作も面倒を見きれない奴らが前に出てくるな! 無駄死にしたいのか!? アハスエルスを甘く見るな!!」


「ちくちく言葉はやめて、やんわりした表現を使いましょう」


 叫んだ剣持ちの騎士に対し、靴屋は穏やかな声色で告げました。


 彼らは貴方達のために命を散らしたのですよ、と言いました。


 それを聞いた騎士は表情を歪め、靴屋を睨みました。


「ッ…………。裏切り者のくせに、今更! 指導者面しやがって……!」


「あ。すみません、つい癖で……」


「騒乱者なんてならなきゃよかっただろうが! クソッ、クソッ……!」


「クソなんて言っちゃいけませんよ。昔みたいに笑ってください。玩具の剣を振り回し、『勝負だー!』と言いながら私に挑みかかってきて……ひとしきり戦った後、私の奢りでジュースを飲みながら『いつか騎士になって、みんなを守ってやるんだ』と言い、朗らかな笑顔を浮かべて頃のように……」


「――――」


 剣持ちの騎士は、心を乱されました。


 ほんの一瞬の乱れでした。


 ですが、靴屋は教え子の隙に容赦せず、流体操作魔術を叩き込みました。


 血流を逆流させ、心臓を破裂させ、治癒魔術の行使も妨害しました。


 常人なら死んでいる傷を負いながら――騎士は心を乱れを恥じつつ――身体強化魔術で無理やり身体を動かし、一時、保管庫の外に離脱しました。


 そこで待機していた治療術師に命を繋いでもらいました。


「不覚っ……!」


 激昂し、突撃するのを堪え、命を繋ぐ事を優先しました。


 それを見た靴屋は満足げに頷きつつ、言葉を投げかけました。


「それでよろしい。自暴自棄になった特攻は無意味です。蘇生魔術もタダではありません。歯を食いしばって命を繋ぎ、数の力で敵に立ち向かいましょう」


「だ――――黙れ黙れ黙れッ!! もう喋るなッ! 喋らないでくれっ……!」


 斧持ちの騎士は退避せず、墓石屋を牽制し続けました。


 墓石屋が外に控える面々に対しても転移銃撃を放つ気配を見せるため、片腕でそれを妨害し続けました。ですが、靴屋の攻撃に晒される事になりました。


「ッ゛…………!!」


 体内を直接揺さぶられる流体操作魔術の一撃を受けてなお、斧持ちの騎士は持ちこたえてみせました。斬り落とした腕の再生も自力で終えようとしていました。


 ですが、そこで対処能力リソースを使い果たしました。


 敵の転移銃撃への防御が疎かになりました。


「アリスト」


『応』


 靴屋は墓石屋に対し、あるものを投げました。


 墓石屋はそれを、斧持ちの騎士の心臓に転移させました。


 ラインメタルを転移させました。


 遅効性の蘇生魔術がかけられたラインメタルが弾け、斧持ちの騎士の心臓内にスライムが現出し、騎士を体内から食い殺していきました。


 騎士は激痛に震えつつも最期の力を振り絞り、斧を投げました。


 ですが、それは靴屋の腕の一振りであっさりと防がれました。


 靴屋は死に行く騎士に対し、やんわりと言葉を投げかけました。


「最初に躊躇ったのはよくないです。キミは昔から甘い……。ですが、それがキミの美点です。自分がイジメられても堪え、仲間を守るためには命がけで戦う。キミの戦う姿は皆を勇気づけてくれて、実際に守れてもいますが……もう少し、自分の命に目を向けてあげてください」


 斧持ちの騎士は靴屋に向け、手を伸ばしました。


 待ってくれ、もうやめてくれ、貴方が騒乱者なんて、嘘だろう?


 そう思いながら絶命しました。


 その姿を靴屋は慈しみました。


 慈しみつつ、新たに駆けつけてきた騎士3人に視線を向けました。


 再起した剣持ちの騎士を入れると、合計4人となった騎士に向き直りました。


 そして、騎士達を迎撃しつつ言いました。


「あまり大暴れしないでくださいね。ここにはたくさんの人の魂があります」


「くっ……!」


「教導隊に参加している子供達もいますから、無茶をしないであげてくださいね。ちなみに私は無茶をしますよ」


「卑劣なっ……! なぜ、貴方がそのような――」


 靴屋は保管されているラインメタルを無造作に投げました。


 それらは空っぽのラインメタルでしたが、騎士達の判断を一瞬乱し、騒乱者達が離脱するだけの隙を作るには十分なものでした。


 騒乱者達は転移魔術で保管庫から離脱しました。


 靴屋は遠隔操作で保管庫の扉を閉め、騎士達の足止めをしながら別の場所に向かおうとしましたが――。


『あ』


「――――」


 転移先では騎士団長が拳を振りかぶっていました。


 転移してきた瞬間、強烈な一撃を靴屋に見舞いました。


『エルスっ!』


「ッ…………!」


 靴屋は騎士団長の一撃を上手く受け流してみせました。今度は一度殺されずに済みました。ただ、片腕は潰され、その手で行使しようとしていた魔術は強引に打ち消されていました。


 それでも靴屋は蘇生魔術を使い、ラインメタル内に封じ込めた特別製の魔物を騎士団長に放とうとしましたが――。


「させるかっ……!」


 今度はブロセリアンド士族の銃士達の狙撃が、蘇生それを阻みました。


 靴屋がラインメタルを放る直前、解呪魔術付きの弾丸がラインメタルと蘇生魔術を砕きました。


 騎士団長は協定に縛られる事なく――しかし全力で暴れすぎると周囲への被害が甚大になるので程々に力を抜きつつ、剛腕を振るいました。


 今度は墓石屋の転移魔術が靴屋を間一髪のところで退避させました。


 一度、自分の傍に呼び寄せ、再度、転移魔術を使って逃げようとしました。


 ですが――。


「逃さん」


『っ゛!?』


 騎士団長が中空を叩くと、空気が破裂しました。


 靴屋が咄嗟に大気を操り、威力を減衰させましたが、それでも靴屋の全身の骨にヒビが入り、墓石屋も頭部にヒビを入れられていました。


 起こったのは破壊のみならず。


 拳圧が、転移魔術を中断させました。


『マジか貴様ッ……!!』


 騎士団長が使ったのは解呪魔術ではなく、暗示の類でした。


 遠く離れた相手でも空気越しに打撃を通し、さらには拳圧で相手の精神を揺らし、魔術を不発に終わらせる業でした。


 鬼の拳による威圧の方が打撃より先に届くため、最悪、防護の魔術すら剥がす牽制の一撃。靴屋は騎士団長の手の内を知り尽くしているため、耐えてみせましたが、墓石屋の魔術は成る寸前に破壊されました。


 靴屋は騎士団長の剛腕に「さすが」と呟き、舌を巻きつつ、体勢を崩した墓石屋の首根っこを掴んで後方に飛びました。


「――――」


 靴屋が飛んだ瞬間、騎士団長は勢いよく船内通路を踏みました。


 震脚。騎士団長の踏み込みを受けた床が砕け、靴屋達の足場を一瞬で破壊しました。その一撃は船を一方向に沈み込ませるほどの一撃となりました。


 足場を失い、落下する騒乱者達に対し、騎士団長は氷の床を殴りつけて飛ばしました。自身の魔術で強化しながら殴り飛ばしました。


「ッ…………!」


『エルスッ!』


「ハ――――問題ないよ」


 靴屋はその一撃を防御しましたが――防御しきれず、騎士団長の拳が作り出した氷柱で身体を貫かれました。


 貫かれたものの、胴体に切れ込みを入れ、直ぐに離脱しました。


 追いすがってくる騎士団長を牽制しつつ、全力で走りました。騎士団長は魔術をろくに使わず、靴屋の牽制を全て弾き飛ばしました。


 眼球狙いの血の弾丸すら――身体を素早く動かし――眼球と肌の上を滑らせ、受け流し、無表情のまま突撃してきました。


『おいおいおい……! なんだあの男は!! 情け容赦無しか!?』


「いや、容赦してくれてるよ。子供達やラインメタルがあるから、力をセーブしてくれている。この場だから何とか逃げられているだけだ」


 彼が全力なら、一瞬で氷船アワクムごと粉微塵にされる。


 靴屋は騎士団長の実力をそう評しました。


「でも、これはどうかな」


 靴屋は血の雫を海に落としました。


 すると、海が渦巻き、立ち上がり、巨大な水柱を出現させました。


 水柱は騎士団長の一撃で破損した船内に雪崩込み、騎士団長を含むバッカス陣営の戦士達をまとめて屠ろうとしました。が、しかし――。


「――――」


 騎士団長が拳を振るうと、一撃で船外に弾き飛ばされていきました。


 その拍子に靴屋が伸ばした魔術のパスも断ち切られ、水竜の如き海水はただの水に戻っていきました。


「うん、さすがに無理か」


 そう言いつつ、靴屋は退避に成功していました。


 海水の一部を自分達の方に回し、それによって通路内を一気に流されていきました。靴屋は自らの操る海水で押し流されつつ、チラリと上を見ました。


 そして墓石屋に交信魔術で話しかけました。


『ひとまず、甲板に逃げようか』


『目的達成まで持ちこたえられるか自信がなくなってきたぞ、吾輩は』


『キミらしくもない。みっともなく足掻こうよ』


『ええい、わかっておるわ』


『敵の眼が……近衛騎士隊長の未来視がこちらを向いている。俺達が出来る限り長く暴れて、注視させれば、機屋達も動きやすくなるはずだ』


『彼女はお前に怒っていたぞ。天気屋の復讐を頓挫させた事を――』


『知ってるよ。けど、西方諸国人の大虐殺なんて、看過できるはずが――――次の曲がり角、待ち伏せがいる』


『承知』


 騒乱者達は騎士団長から逃げ回りつつ、縦横無尽に暴れまわりました。


 背中を預け合い、バッカス陣営に抗い続けました。


 騒乱者達はよく耐えていましたが、少しずつ、敗北の袋小路に追い込まれていきました。そうなるよう、バッカス側の指揮者が追い込んでいきました。




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