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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
十章:なれ果てのメサイア
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不死身のメサイア



「――――」


 老魔術師は2つの飛ぶ斬撃を手で迎撃しました。


 魔術によって分解し、相手の斬撃の魔力を使って魔刃を生成し、後方のドアを蹴破って入ってきた人物の斬撃を受け止めました。


師匠エレイン!」


「わかっています……!」


 老魔術師に切りかかったオークは――フェルグスさんは、反対側の壁を斬って壊して入ってきたエレインさんに対し、少年少女の事を任せました。


 エレインさんはセタンタ君達の首根っこを掴みつつ、脚から魔刃を出し、老魔術師の背中を斬りつけました。


 フェルグスさんの斬撃を受け止めている隙に背中を斬られた老魔術師は――背骨ごと胴体を断たれましたが――眉根1つ動かさず、骨肉を魔術で生成して直ぐに無傷の状態に戻りました。


「貴方達が来ましたか」


 老魔術師は大剣を魔刃で受け止めつつ、少年少女を連れて離脱していくエレインさんの気配を感じ取りつつ、眼前のフェルグスさんに声をかけました。


「私が裏切り者だという事は、調係長達にはバレましたか」


「残念です、エルス殿。このような形で刃を交える事になるとは……」


 フェルグスさんは力を込め、相手を弾き飛ばそうとしました。


 ですが、それより早く放たれた老魔術師の前蹴りを受け、逆に弾き飛ばされました。弾き飛ばされつつ、オークは刃を投じました。


 投じられたのはナイフ。


 魔刃で生成されたそれを、老魔術師はひと睨みしただけで消しました。


 魔刃で生成されたものは消しました。


 ですが、魔刃それの中に混ざっていた実体のある金属ナイフは老魔術師の首に迫りました。老魔術師はそれは払い除けて迎撃してみせました。


「一応、言っておきましょう。貴方には神と通じ、騒乱者になっている疑惑があります。疑いを晴らしたいか否かを問わず、ご同行願いたい」


「同行は拒否します。が、私が騒乱者なのは事実です」


 マーリンと私の会話を聞いていたでしょう? と言いつつ、老魔術師は言葉を続けました。淡々と自身の正体を晒し続けました。


「嫌疑は全面的に認めます。ただし、私の計画の邪魔はさせません」


「残念です、エルス様」


 エレインさんの去っていった壁の穴から、沈痛な面持ちの大男が部屋に入ってきました。それは黒いスーツに身を包んだ筋骨隆々の男でした。


「……騎士団長も来たんですね」


「私だけではありません」


 バッカス政府が抱える最精鋭の部隊、騎士団。


 その長であるオーガは空手で構えを取りつつ、言葉を続けました。


 騎士団長の言う通り、この場には多くの戦士が駆けつけていました。


 騎士団長以外の騎士も、士族戦士も駆けつけていました。騒乱者の疑いをかけられていた教導隊長を――騒乱者・靴屋を捕まえるために派遣されていました。


「――――」


 靴屋は周囲を包囲している人々の気配を感じ取り、その中に目当ての人物がいない事に少しだけ不満を抱きました。


 可能であれば、この場に近衛騎士隊長も来てくれていれば……と考えましたが、「騎士団長が釣れただけでも僥倖か」と考え直しました。


「私ごときに、随分と戦力を用意されたようですね」


「貴女は長年、バッカス王国の中枢に関わり続けました。多くの事を知っている要人です。そのような人物が騒乱者だったという事は、政府としては看過できない問題なのです。……絶対に、取り逃す事はできません」


「私如きが知っている秘密、大したものではありませんよ」


「……貴女はバッカス王国に多大な貢献をしてきた生ける伝説だ。この場には貴方の教え子も大勢います。彼らに貴方を傷つけさせないでください」


 騎士団長は沈痛な面持ちを崩さず、「投降してください」と言いました。


「…………」


 靴屋は観念したように両手を上げました。


 ですが、片手にはラインメタルを握っており、魔術も行使していました。


 投降する気配の無い老魔術師に対し、フェルグスさんと騎士団長が動きました。殺してでも止めるために動きました。


 フェルグスさんは狭い室内だというのに、それを感じさせない動きで大剣を振るい、靴屋の手ごとラインメタルを粉砕しました。


「――――」


 騎士団長はジャブを放っていました。


 靴屋やフェルグスさんですら、目で追いきれない高速のジャブ。


 それは靴屋の上半身を破壊しました。文字通り、粉砕しました。靴屋は衝撃を何とか受け流そうとしましたが、壁ごと上半身をミンチ肉に変えられました。


 頭蓋どころか脳も潰れたのですが――それでも靴屋は死にませんでした。


 下半身だけで横方向に飛びつつ、再起しつつありました。神の呪いと自身の治癒魔術を使い、3秒と経たないうちに上半身を取り戻しました。


「ふ――――」


 騎士団長はその光景に驚きもせず、再度、拳を放ちました。


 ですが、上半身裸のエルスさんは拳の連撃をかろうじて躱し、騎士団長の間合いの内側に滑り込み、鬼の巨体をフェルグスさんに投げつけました。


 フェルグスさんは騎士団長を受けずに避け、大剣を振り抜いて靴屋の首を飛ばしました。靴屋は切り落とされた自身の首を断面に押し付けつつ――投げられても空中で回転して着地した騎士団長から逃げるため、医務室を飛び出しました。


『放て』


 飛び出した先には、バッカスの銃手達が待ち受けていました。


 老魔術師の動きは完全に読まれていました。


 殺しても殺してもその場で生き返る不死者アハスエルスに対し――再生を妨害するために――拡張弾頭ダムダムが用いられました。


 十字砲火に晒された老魔術師は、放たれた弾丸全てに魔術で干渉しました。


 自身が最も得意な魔術で――。


流体操作エネルゲイア魔術ヘクセレイ


 魔術の波動に打たれた弾丸は、水の中に打ち込まれたように急激に勢いを削られていき、老魔術師に届いた時にはもう、小鳥の啄み程度の威力になっていました。彼の肌に傷一つつけられませんでした。


 一方、射手達は重傷を負っていました。


 老魔術師の攻撃を防御し損なった者は――流体操作魔術による血流操作により、体内の血管という血管が破裂していました。


 爆ぜた血液が体外に吹き出す者も少なくなく、崩れ落ちた射手達の上を、老魔術師は軽やかに飛び越えていきました。


 飛び越えつつ、吹き出る血流を魔術で操作しました。


 追いすがってくるフェルグスさんに対し、血で出来た槍を放ちました。


「チッ……!!」


 オークは靴屋に放とうとした斬撃を、血の槍の迎撃に使いました。手傷を負わずに防御しきってみせましたが、靴屋の次の行動を阻みそこねました。


「出番だよ、墓石屋アリスト


『応ッ!』


 靴屋は体内から取り出したラインメタルに対し、蘇生魔術を行使しました。


 ラインメタルに収まっていたのは――セタンタ君の推理通り――マティーニ北方の戦いで老魔術師に殺され、石の中に収まって逃げた騒乱者でした。


 彼は生身ではなく、機械の身体で蘇生されました。


 ただの蘇生魔術では、そのような事は出来ませんが――靴屋は自身の血を媒介に、魔術で瞬時に機械の身体を生成してみせました。


『なかなかに楽しい戦場のようではないかッ!』


「修羅場だよ、覚悟しておいてくれ」


『フン。望むところよ!』


 靴屋はバッカスの射手から奪った銃を墓石屋に渡しつつ、攻撃しました。


 フェルグスさんに対し、手のひらですくいとった血を投げました。それは散弾のように飛んでいき、大剣使いのオークを防御に専念させて後退させました。


「とりあえず一時退避」


『何だと!? 吾輩、まだ来たばかり――』


騎士団長あれは無理だ」


 鬼の騎士団長は真っ直ぐに騒乱者達に向かいました。


 防御など一切せず、血の槍も血の弾丸も単なる突進で弾き飛ばし、騒乱者達の眼前まで一瞬で詰め寄ってみせました。


 詰め寄ったものの、騒乱者達は逃げ延びました。


 鬼の拳が届く寸前で墓石屋が転移魔術を使い、間一髪で逃げました。


『観測班』


『移動先は掴んでいます。保管庫に転移しました』


『承知した』


 騎士団長はバックアップを務める部隊と連絡を取りつつ、味方に対して檄を飛ばしました。


「心してかかれ。エルス殿は流体操作魔術の達人だ」


 ここに来た当初の憂いを帯びた表情は、もう消えていました。


 騎士団長としてバッカスの敵を討つべく、追撃を開始しました。


「彼が操れるのは水だけではない。総員、魔力エネルギー操作を怠るな」


 流体操作魔術。


 バッカスで一般的な流体操作魔術は、水を軽く操作するだけのものです。


 極めて希少な魔術というわけではありませんが、戦闘用に使うのは難しい分類に位置する魔術です。手をかざすだけで大量の海水を操作できても、それを維持するのは技術的にも魔力消費的にも困難になっています。


 ですが、老魔術師は、それを可能としていました。


 水を自分の身体の延長に捉え、身体強化魔術を使うのとほぼ同程度の魔力消費で大量の水を操る事を可能としていました。


 液体に限らず、気体の操作も可能としており、流れるもの全般の支配を――流体の支配を得意としている魔術師です。


 人の体内を流れる魔力の操作・掌握すら可能としていました。


 気体を操作して弾丸を防御し、血液を操作して攻撃を行い、他者の魔力すら支配下において魔術行使に必要なエネルギー供給の妨害も可能。


 魔術による干渉であるため、魔術を使えば防御は可能です。ただ、容易く防御する事は出来ず、騎士団長やフェルグスさんのように体内への魔力干渉を跳ね除けられる人材は限られていました。


 体外に出た魔力の支配を防ぐのは体内のそれより遥かに難しいため、フェルグスさんやエレインさん達ですら、一部の魔術は半ば封じられていました。


 ただ、騎士団長ですら、行動を阻害されていました。


 その事には本人より早く、フェルグスさんが気づきました。


『騎士団長、船内に魔物がいます』


『む……』


 フェルグスさんは交信魔術で話しつつ、自身の指先を見せました。


 そこに蚊ほどの存在が、摘み潰されていました。


『極小の魔物が放たれているようです。単なる羽虫と大差ない魔物ですが、魔物である以上、少なからず協定に影響を及ぼしてきます』


『なるほど。騎士われわれへの対策も用意済みか』


 靴屋は対魔術師戦に置いても実力者ですが、騎士団長を始めとした精鋭達を――騎士達を相手取るのは難しいと考えていました。


 そのため、神から借り受けた極小の魔物達を船内に放ち――それによって神とバッカス王国が結んだ協定を機能させ――協定に影響を受ける騎士達の力を削いでいました。


 それにより、医務室の戦いで騎士団長の力を削いでいました。


 削いでもなお、騒乱者達が正面から勝てない相手でしたが――。


 

「……やりようはあるさ」


 仲間アリストの転移で一時退避した靴屋は、そう呟きました。


 急速に狭まっていく包囲網の中、次の手を打ち始めました。




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