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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
十章:なれ果てのメサイア
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死の真相



 神を殺すために、神の本拠地に乗り込んだ女魔術師モルガン


 神を殺せば世界が滅ぶ。


 世界が滅べば義娘マーリンも死ぬ。


 それを承知の上で戦っていた女魔術師は、それを止めに来た老魔術師アハスエルスと対峙しました。



「なんで……師匠が、ここにいるのっ……?」


「アイツもお前の事を騙していたからだよ。アイツも全員とグルだからだよ」


「違う……違うっ……! ここは、神様の本拠地なんでしょ!?」


 老魔術師はバッカス王国側の人間。


 そう思っている少女は、彼がこの場にいるのはおかしいと指摘しました。


「騎士や魔王様達が追ってこれてないのに、なんで師匠だけがここにいるの!?」


「オレが呼んだからだよ。バッカス政府上層部の奴らは上手く言いくるめて、神を守るための兵士として奴を呼んだんだ。……奴も同意していた」


 神は「それにそもそも――」と言葉を続けました。


「アハスエルスはバッカス陣営の人間じゃない。オレの部下であり、奴隷だよ」


「おかしい。おかしいよ、そんなはずないよっ……」


「奴は潜伏工作員スリーパーとしてバッカス王国に潜ませていた。バッカス王国が出来るずっと昔から、オレの手駒……つまり、騒乱者だった」


 神はニタニタと笑いながら少女の頭を撫でました。


 アイツはお前のじゃない。


 モルガンのモノでもない。


「……おかしいと思わなかったか?」


 神は「アイツはオレの忠実な部下だ」と考えながら、自慢げに喋り続けました。


「神に呪われて不死の存在になり、女の姿に変えられたくせに、いままでずっとこの世界の歴史を見つめ続けてきた男が……私みたいな神と『わかりあえる日がくる』とか世迷い言を言ってるの……。おかしいと思わなかったか?」


「…………」


「アイツは僕の味方だ。お前の味方じゃない。バッカス王国の味方ですらない。潜伏している間はバッカス王国のために後進の指導をしていたが……それすらも俺に指示されたからやっていた事に過ぎない」


「そんなことして、なんの、意味が……」


「バッカス王国が弱すぎるとつまらねえだろ? 対戦相手がザコすぎると、オレっちも退屈なんだよ。最低限の力はつけるよう、エルスに命じたのさ。この雑魚共を使い物になるよう指導しろってな!」


「…………」


「バッカス政府の信頼も勝ち取るように命じた。建国当初から政府に仕えてきたエルスは、確かに信頼を勝ち取った。オレの命令でいつでもバッカス王国を裏切るよう、躾けてきた。アイツはとっても従順な奴隷なんだぜぇ……?」


「いやだ……やだっ……聞きたくない、聞きたくないっ……!」


 少女は拘束されながらも、魔術で自分の耳を塞ごうとしました。


 ですが、あっさりと神に妨害されました。


「バッカス政府は、モルガン殺しの真犯人を知っている。ただ、そいつの正体までは知らないまま、罪を『騒乱者』になすりつけたんだ」


 神は、対峙しているエルスさんとモルガンさんの会話が少年少女には聞こえないようにしつつ、真実を語っていきました。


 そんな中、過去のエルスさんは剣を眼前に構えました。


 それは両刃の剣でした。剣身が水で出来ているかのように半透明の剣でした。


「……神器解放ヤーヌス


 神器ハルモニアを振るう女魔術師に対し、老魔術師も神器で対抗しました。


 両者は互いの術式を消すために解呪領域を展開しました。


 2つの領域が鍔迫合う中、女魔術師は不可視の刃を放ちました。全方位から攻撃してくるそれを、老魔術師は全て迎撃しました。


 そして、両刃の剣を石の大地に刺しました。


 廃墟のあちこちで大量の水が吹き出し始め、重力を無視して起立した水柱は絡み合い、水の身体を持つ無数の水竜に変じていきました。


 鎌首をもたげた水竜達は敵に向けて――女魔術師に向けて殺到しました。


 全方位から襲いかかってくる鉄砲水に対し、女魔術師は大鎌を振るい、切り裂きながら離脱しようとしましたが――足元から伸びてきた水の触手に足を掴まれ、廃墟の壁に叩きつけられる事になりました。


 女魔術師はなんとか受け身を取りましたが、老魔術師は容赦せず追撃しました。


 水竜達に水流のブレスを吐かせ、それによって女魔術師の腹を――太ももを――手のひらを――肩を貫きました。


「やめて! ふたりとも、やめてよぉっ!」


 少女は必死に叫びました。


 モルガンさんとエルスさんが戦っている。


 養母が特別な感情を抱いていた相手であり、義娘に対しては見せなかった表情を見せていた相手と殺し合っている。全力で殺し合っている。


 2人が殺し合うなんて有り得ないと信じようとしながら、止めようとしました。当然、彼女の声は届きませんでした。


「っ…………!」


 女魔術師は神器を自分の身に突き立てました。


 それにより、体内で暴れだそうとしていた水と血を――老魔術師に掌握されたそれらの支配を解き、奮戦しました。


 老魔術師は水と魔力を操り、女魔術師に一気に追い詰めていきました。女魔術師は必死にそれを凌ぎつつ、周囲を大きく破壊する一撃を放ちました。


 その一撃に対する防御で、老魔術師が動きを止めた隙に、女魔術師は走りました。


 廃墟の一角にある二股の塔に向けて。


 その天辺で笑っている存在に向けて、走りました。


 その存在は、この戦いを観戦していた神の過去の姿でした。


「オレの最強の奴隷・アハスエルスは、売女・モルガンなんかに負けない」


 過去の神に向け、女魔術師は血みどろになりながら突撃しました。


「エルスに勝てない事を悟ったモルガンは、苦し紛れに特攻をかける」


 女魔術師は、背中から分離させた大鎌を力強く振り落としました。


 ニヤニヤと笑っている神の首に向け、鎌を振り落としました。


奴隷エルスに勝てない雑魚が、神に勝てる道理なんて無いのになぁ」


 振り下ろされた鎌は、神が展開した障壁にあっさりと防がれました。



「あなたさえ――」


 障壁に阻まれた女魔術師は、口から血を吐きながら叫びました。



「あなたさえ、いなくなればっ……!!」


 自分が支払える対価を全て払い、力を込めました。



「そうすれば世界は滅び、救われ――」


 神を殺すために持てる力を全て使いました。


 それにより、神の展開する障壁にヒビを入れる事に成功しました。


 ですが、それが限界でした。


 そこで限界に至ったという光景を、神は少年少女に見せました。



「――――」


 女魔術師の胸から、両刃の剣が生えていました。


 血に濡れた刃は紅く光り、エルスの命令を実行しました。


 老魔術師は、神器の力を使い、女魔術師の魂を破壊しました。



「おかあさん! おかあさんっ!!」


 神器の刃が引き抜かれ、その支えを失った女魔術師はその場に倒れました。


 拘束が解かれた少女は、養母に駆け寄りましたが――。



「無駄だ。そいつは、エルスの神器の力で完全に死んだ。魂を砕かれた」


「やだ! やだぁっ……!! なんで、なんでなんでなんでっ……?!!」


 女魔術師の身体はもう、ただの抜け殻になっていました。


 蘇生魔術すら受け付けない状態になり、事切れていました。



「…………」


 神殺しを遂げようとした暗殺者を始末した老魔術師は、神の前に進み出ました。


 女魔術師の死体を無視して跪き、うやうやしくこうべを垂れました。


 その姿を見た過去の神は、満足げに笑いつつ、老魔術師の頭を足蹴にしました。


 ぞんざいに扱われても、老魔術師は表情をピクリとも動かしませんでした。



「これが全ての真相だ」


 少女が泣き叫び、母の遺体にすがりつく中、神は両手を広げていいました。


「魔王達は、モルガンが僕を殺そうとした事を知っている。誰が殺したのかも知っている。優しいオレ様が死体を送り返して、エルスに説明させたからな」


「あ゛ーーーー! ぁ゛ーーーーっ!!」


「もちろんカヨウも知っている。カヨウもバッカス政府も、エルスの正体が騒乱者だという事は知らんが……モルガンが世界を滅ぼそうとして、エルスがそれを止めたって事は知っている」


 神は当時の様子を思い出しながら語りました。


 バッカス政府が、ナス士族の長が、騒然としている様子を。


 女魔術師が神の殺害を目論んでいた事を、「嘘だ」と糾弾してきた様子を。


 老魔術師が「真実です」「私が彼女を殺しました」と淡々と言った事で、皆が表情を変えた時の事を思い出しつつ――嗤いました。


 少女の姿も、彼にとっては歓喜のスパイスになりました。


 泣きじゃくり、母の遺体にすがりつこうとするも触れられない。一切助けることが出来ず、絶望に打ち震えている少女の姿を見て、神は笑みを深めました。


 彼の性根は腐っていました。


 より善き世界を望まれ、人々に造られた神は、とっくの昔に壊れていました。


「モルガン殺しの真犯人がエルスだって事を秘密にさせたのは、カヨウだ! アイツは養父エルスがモルガンを殺した事実を、ひた隠しにした!」


「ぅ、ア゛……! ァ゛っ……!」


「エルスを守り、お前を騙すためになぁ!!」


「ぅ、ぐッ……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛……!!」


「全員、グルなんだよ。魔王も他の政府上層部のクズ共も、カヨウもエルスも! 皆がグルになってお前を騙していたんだ!」


 うずくまる少女を、神は全身を使って虚仮にしながら叫びました。


「モルガンも、最初からお前を殺すつもりだった! 世界を滅ぼすという形で、ペットのお前を処分するつもりだったんだよ! つまり、お前の味方はこの世に誰ひとり存在してないってコトっ!」


「黙れッ!!」


 叫ぶ神に対し、拳が振るわれました。


 神の気が緩んだ隙に、拘束から脱したセタンタ君が振るった拳でした。


 ですが、それは神の展開した障壁にあっさりと防がれました。


 防がれても、少年は拳を叩きつけ続けました。叫び続けました。


「お前が言ってることは全部嘘だ! うそっぱちだ!」


「ア~……。アーアー。お前、これが夢の中じゃなけりゃ正当防衛で――」


「お前は人を困らせたいだけだ! 人の関係をぐちゃぐちゃにして、それを見て悦に浸ってるだけのクズが……! 失せろ! マーリンを惑わすなッ!!」


「ハアァァァ~? 酷いのはお前ら人類だろ? アタシはむしろ被害者だよ!! 殺されかけ――いや命を狙われたんだぜッ!? まあ、天才的な手腕で売女の野望を砕いてやったんだけどよぉッ! つーか、ワシが死んだら世界が滅ぶんだから、世界を守ったって言っても過言じゃあないだろォッ!? むしろ感謝しろよバーカ」


「なんで……なんでっ! こんな酷いことができるんだよ!?」


「あはっ、人類おまえら、悲劇が大好きだろ?」


 こういう救いのない話、大好きだろ。


 神は少年達――人を――嘲笑いました。


「もちろんオレも大好きだぜッ! 喜劇で感情移入させて、悲劇で一気に谷底に突き落とすっていうの、大好きだぜえええええええええッ!!」


「クズ野郎がッ! 当事者じゃないから、そんなことを……!」


「ハハッ……」


「消えろ! お前の言葉なんて、誰も信じるわけねえだろ!?」


「かなしい。かなしいナァ~……」


 再び周囲の景色が切り替わり始めました。


 ただ、今度は全てが真っ白になっていきました。


 神も、少年少女も、白い闇に消えていきました。



「神の有り難い言葉が信じられないなら、本人に確かめて見ろよ」


 言いたいこと、見せたい虚実ものを全て見せた神はそう言いました。



「エルス達のところに帰してやる。


 帰ったら本人達に聞いてみろ。


 ……お前達が望む言葉が、聞けたらいいなぁ……?」




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