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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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おかあさんの夢



 少女は夢を見ていました。


 いまよりもっと幼かった頃の夢を見ていました。


 絶望の底で失くした光を、瞳に取り戻した頃の夢を見ていました。


 不安を抱きつつも、それでも幸せで胸いっぱいだった頃の夢を見ていました。


「こしょこしょ……」


 穏やかな昼下がり。少女はコソコソと家の書斎に忍び込みました。


 書斎の主には「私がいない時に入っちゃ駄目よ?」「こっそり入ったら、本にぺろりと食べられちゃうから、絶対駄目よ?」と言われていましたが、少女は「たべられるなんてウソだ!」と思っていたので言いつけを破りました。


「……た、食べられるのは、にゃいはずっ……!」


 ちょっと心配しながら恐る恐る入って行きました。


 カーテンの隙間から光が差し込み、微かに漂う埃が照らされる中、少女は書斎の中をトテトテ、コソコソと歩き回りました。


 そして、「フンフン」と鼻を鳴らしながら、壁の本棚を見上げました。


「ボクにはまだ早いって言ってたけどっ……ボク、ムズカしい文章ぶんしょーだって読めるもんっ。この間もムツカしーのぜんぶ読んだしっ……!」


 少女は書斎の主に買い与えられた「少年少女・魔術ずかん」を――少女個人の感想としては――カンペキに把握した事で自信満々になっていました。


 書斎の主が家にいる時、「これはまだ早いから」と取り上げられた魔術の論文を、主不在のうちにこっそり読んでしまおうと思っていました。


 論文それを読めば、もっと上手に魔術が使えると思っていました。


 もっと上手に魔術が使えれば、もっと喜んでもらえると思っていました。


 自分の価値は魔術それだけしかないと思っていました。


「んと、んとっ……」


 少女は本棚を見上げ、目当ての本を探しました。


 天井までそびえ立つ本棚を見上げていると、ふらつき、転びそうになったりしながらも頑張って探しました。書斎の主が本を本棚に戻した時の事を思い出し、目当ての本を探しました。


「あった。あれだ~……!」


 目当ての本を見つけた少女は興奮し、鼻の穴を「ぷくり」と広げました。


 ただ、その本は少女の背丈では届かないところにありましたが――。


「んにゃっ……!」


 それでも少女はジャンプしました。


 自分の背丈より高くまでジャンプしました。


 跳躍――ではなく、浮遊を行いました。


 浮遊魔術を使い、ふわふわと浮かび上がった少女は目当ての本に手を届かせました。そして、パッと表情を明るくしました。


「んにっ……?!」


 浮きすぎて天井で頭を打ちましたが、そのまま落下したりはしませんでした。


 目尻にちょっぴり涙を浮かべつつも、キュッと唇を結んで泣くのはこらえました。「へっちゃらだもんっ」と虚勢を張り、目当ての本を本棚から引き抜きました。


「んにゃっ……?!」


 目当ての本が他の本に挟まれ、ギュッと本棚に詰まっていたので本棚に足をかけて引き抜いたところ、勢いが尽きすぎて反対側の壁まで「ぐるぐる」と回転しながら飛んでいきましたが――今度はなんとか壁に着地しました。


「あぶぶだった。あぶぶだった~」


 ちょっとヒヤヒヤした少女は額を拭い、「ふぅ」と息を吐きました。


 そしてゆっくりと床に戻り、着地し、手に入れた本を胸の前に構えて見つめました。


「むふーっ……!」


 これさえあれば、もっと魔術が上手くなる。


 そう考えた少女はまた興奮し、鼻の穴を「ぷくり」と広げました。


「さっそく読んじゃお。……帰ってくる前に読んじゃわないとだ!」


 少女は本を抱いて自分の部屋に戻ろうとしましたが――。


「ん……。やっぱ、あそこにしよっ……!」


 書斎の机へと駆けていきました。


 駆けていき、ふわりと浮き上がって机に向かって飛び上がりました。


 飛びすぎて窓に激突しかけましたが、あわあわと慌てながら机の縁を掴んで止まり、事なきを得ました。


 そして少女は書斎の机に本を置き、そこで読み始めました。


「さ~……! やるぞ~……!」


 いつもは書斎の主のお膝に座らせてもらい、わからないところは優しく教えてもらえるのですが――今はその書斎の主は不在でした。


 その事に心細さを感じつつ、その心細さを消すためにも魔術の論文をかじりつくように読み始めました。読み始めたのですが……。


「ふ、ふにゃぁ~……?!」


 論文には少女が思っていたよりもずっと難しい言葉が並んでいました。


 その事実にお目々をぐるぐるとまわした少女でしたが――どうしても上手に魔術が使えるようになりたいので――難しいのを我慢して何とか読み解こうとしました。


「ふーんっ……! ふにゅーんっ……!」


 論文の内容が難しすぎて頭を痛くしつつも、鼻息荒く「ふんふん」と鳴きながら論文を読みふけりました。


 殆どの内容が理解不能でしたが、断片的な単語の意味は理解できたので、それを大事にする事にしました。それと、時折描かれている図の事も大事にしました。


「ふーん、ふーん……! にゃ……にゃるほどねっ……!」


 ほとんどわからなかったものの、わかったような事を言いました。


 本をパタンと閉じ、再び浮遊して本棚に本を返しにいきました。


「よーするに……じっせんあるのみっ!」


 それっぽい言葉で締めくくり、論文を読むのは諦めました。


 少女は魔術を使って空中をパタパタと泳ぎ、書斎を後にしました。


 そして、「実践」のために自分の部屋へと飛んでいきました。


「よぉしっ! やるぞぉ~!」


 少女はぷにぷにのほっぺたを軽く叩き、気合を入れました。


 その後、部屋のおもちゃ箱に飛びつき、部屋のあちこちにおもちゃを並べました。無秩序に、特に配置などは考えず、適当に置きました。


「……あ、あぶないから、頭は守っておこう……」


 おもちゃを置き終わると、ベッドに向かって枕を掴みました。


 枕を自分の頭の上に乗せ、枕の端をしっかりと握り、目をつぶりました。


「……はやく、いちにんまえの魔術師まじゅちゅしになるんだっ……!」


 目をギュッとつぶったままそう言い、改めて気合を入れました。


 そして、再びふわりと宙に浮きました。


 目をつぶったまま浮き上がり、そのまま飛行を開始し――。


「うにゃッ?!」


 直ぐに天井に頭をぶつけました。


 元々、浮遊魔術による飛行を完璧にこなせていないうえに、目をつぶっての飛行のため、障害物にぶつかりやすくなっていました。


 枕で頭を守っていたので大して痛くはなかったのですが――ビックリした事で落ちそうになりました。何とか床に落ちる直前で浮遊魔術を再起動し、事なきを得ましたが怪我をしかねないところでした。


「あぶにゃにゃにゃっ……。で、でもっ、次はできる……もんっ!」


 冷や汗の出る失敗でしたが、少女はめげませんでした。


 何度も何度も、目をつぶったまま浮遊魔術を使いました。


 今度はビックリして魔術を止めないように気をつけつつ飛びました。


 浮遊魔術とは別の魔術を並行して使いつつ、頑張って飛びました。


「んにっ……」


 身体のあちこちをぶつけ、痛い思いもしました。


 けど、そんなものは治癒魔術で治せばいいと思いつつ、自分の魔術で自分の身体を癒やしました。そうして何度も何度も目をつぶって飛び続けました。


 飛び続けた事で、天井にも壁にも床にもぶつからないようになってきました。


 障害物として置いた玩具にも、身体を引っ掛けずに飛べるようになっていきました。その事でちょっと得意げになりすぎて、また落下しかけましたが、また危ういところで怪我をするのは避けてみせました。


「で、できちゃ~……! じょーずにデキてる……よねっ!?」


 手応えを感じた少女は笑みを浮かべ、小さくガッツポーズをしました。


 そんな折り、玄関の扉が「ガチャリ」と開く音が聞こえました。


 その音と共に書斎の主が――家の主の声が聞こえてきました。



「ただいま~!! マーリン、ごめーん! もうお仕事終わったから……!!」


「…………!!」


 声を聞いた少女は、獣耳と尻尾を「ピン」と立てました。


 それから嬉しそうに表情をほころばせ、玄関にドタドタと走っていきました。


「おかえりっ! おかえりっ!」


 ぴょんぴょんと跳ねつつ、喜びを全身で表現しました。


 家の主は――全力疾走して帰ってきた疲れを隠しつつ――穏やかな笑みを浮かべて「ただいま」と言い、少女の頭を撫でました。


 少女は気持ちよさそうに目を細め、されるがままに撫でられ続けました。やがて自分の方から「ぎゅ~」と抱きつき、「おかえり~……!」と言いました。


 そう言った後、先ほどまでの特訓の成果を見せる事にしました。



「ねっ! ねっ! ちょっと……見ててっ!」


「んんっ?」


 少女は飛びました。


 つたない浮遊魔術を使い、ふんわりと飛びました。


 先ほどと同じように目をつぶって飛びました。


 それを見た家の主は――危ないと判断し――表情を強張らせて止めようとしました。が、少女が笑顔を浮かべているのを見て、伸ばしかけた手を引っ込めました。


 引っ込めた手を胸に当て、ハラハラとした様子で見守り始めました。


「ふにゃっ……!」


 少女はそんなことはつゆ知らず、目を閉じて飛ぶのに集中していました。


 目を閉じていましたが、彼女には周囲の光景が見えていました。


 ふわりふわりと宙を飛び、家具や柱には身体をぶつけず飛んでみせました。本人は優雅に飛んでいるつもりで笑みを浮かべていました。


 見守っている家の主の目には、いつ落下してもおかしくない不安定な飛び方に見えていました。ですが、一生懸命飛んでいるのを黙って見守りました。


 いつ落ちても直ぐに助けられるよう、身構えていましたが――助ける必要はありませんでした。少女は、目をつぶったまま浮遊飛行を成功させてみせました。


「えへへっ……!」


 やりきった少女は満足げな笑みを浮かべていました。


 家の主の胸に飛び込んでいき、手足を使って「ギュッ!」と抱きつき、「見ててくれた!?」と言いました。頬ずりもしながら言いました。


「……浮遊魔術と観測魔術を並行起動しながら飛んだの?」


「そーだよ! ボク、もうそれぐらいカンタンにデキちゃうんだっ!」


「すごい! 部屋の中の光景、ほとんど見えていたでしょ? それも観測魔術だけに集中していたわけじゃないのに、よく出来ました」


「…………!!」


 家の主は笑みを浮かべ、頬ずりを返しました。


 褒められた少女は獣耳と尻尾をピーンと立てた後、相好を崩してデレデレと笑みを浮かべ始めました。満面の笑みを浮かべました。


 この人の役に立てる。


 使ってもらえる。足手まといにならずに済む。


 そう考え、心の底から笑みを浮かべました。


 喜ぶあまり、ポロリと言ってはいけない事を口走ってしまいました。


「ボク、がんばったよ! ひとりでいっぱい練習したんだ~!!」


「そうなんだ」


 家の主はたおやかな笑みを浮かべつつ、「ああ、やっぱり」と思いました。


「マーリン」


「なにっ!?」


 家の主は少女の名を呼びつつ、少女を椅子に座らせました。


 座らせ、膝を曲げ、自身の視線を少女に合わせました。


 少女は名前を――それが本当の名前ではなくても――喜んで返事をしましたが、家の主が笑っていない事に気づき、身体を強張らせました。


「マーリン」


「ひゃぃっ……」


 少女は獣耳をペタンと伏せ、尻尾をしおしおと萎えさせながら返事をしました。


「私が何で怒り始めたか、わかる?」


「ぅ……ぅぅ……」


 少女は黙りましたが、家の主は辛抱強く言葉を待ちました。


 やがて、少女は目尻に涙を浮かべながら答えました。


「……にゃ、にゃれてない魔術の練習、ひとりでしない、やくそく……」


「そう。指切りもしたでしょ?」


「んっ……」


「……魔術はとても便利なものだけど、とても危ないものなの。人を簡単に傷つける怖いものなの。だから、慣れていない魔術を勝手に使っちゃダメ」


「ぅ……ぅん……」


 家の主は観測魔術を使いつつ、書斎の扉をチラリと見ました。


 そこにある少女の痕跡を瞬時に見つけ出しました。


「私の書斎にも勝手に入ったでしょ?」


「ぁぅ……」


「あそこは私の工房も兼ねてるから、勝手に入っちゃダメ。危ないものは触れないようにしてるけど、万が一って事はあるから……」


「ぅ、ぅぅー……」


「…………」


「ごめ……ごめんにゃしゃぃ……」


「…………」


 家の主は、少女の頭を撫でました。


 ぺたんと伏せられた獣耳を指先で優しくほぐしました。


「マーリンは私との約束を破ったから、罰を与えなきゃダメね」


「ふぇっ……!?」


「――くすぐりの刑に処してあげるっ!」


 家の主はいたずらっぽい笑みを浮かべ、指をわきわきと動かしました。


 それを見た少女は「ふにゃにゃっ!」と鳴き、浮遊してその場から逃げようとしました。ですが逃げ切れず、家の主に捕まりました。


「こしょこしょこしょ」


「ふひゃひゃっひゃっ! ふにゃぁぁぁ~~~~んっ♪」


 家の主は捕まえたマーリンの耳元でささやきつつ、指を動かしました。


 直ぐにはくすぐらずにいましたが、耳元で「こしょこしょ」と囁かれた少女はくすぐったそうに身をよじりました。そしてフニャフニャと笑いました。


 家の主は笑みを浮かべつつ、「こういうのはよくない」と思いました。


 魔術は本当に危ないもので、この子のことを考えたらもっとちゃんと躾けるべき――と思いながらも、ついつい本気で怒る事が出来ませんでした。


 それをよくない事と思いつつも、どうしてもそう出来ずにいました。


 少女は家の主の気持ちを――養母の気持ちを知らず、くすぐったさから笑い続けました。ひとしきり笑った後、養母に抱きついて「ふーふー」と息を整えました。


「……ごめんにゃさい……」


「私もごめんね。離れないって約束したのに、1人で留守番させちゃったから」


「んにっ……ちがうよっ!」


 養母が申し訳無さそうに表情を曇らせたのを見て、少女は自分の気持ちを伝えました。1人で寂しかったけど、だから勝手に魔術の練習をしていたわけではないと説明し始めました。


「ボク、早く役に立ちたいの。早く、りっぱな魔術師になりたいのっ」


「マーリン……」


「そしたら、そしたらっ……ずっといっしょにいられるでしょっ!? いっしょにお仕事できるから、ボク、ボク…………ジャマに、ならないでしょ……?」


 少女はおずおずとそう言いました。


 養母は少女をギュッと抱きしめました。


 自身の表情を見せないためにも抱きしめました。


「……そんな事、考えちゃダメ」


「んにゃ……」


「貴女はそんな事、考えなくていいの」


「でも……」


「立派じゃなくても、魔術がへたっぴでも、私は……」


 一緒にいる。


 ずっと一緒にいる。


 養母はそう言おうとしました。


 ですが、嘘をつくことができず、その言葉を飲み込みました。


「貴女は……毎日、楽しい事だけ考えていればいいの」


「役に立つこと、よろこんでもらうこと、楽しいよっ?」


「…………」


 心の底からそう言っている少女に対し、養母は何と言えばいいかわからなくなりました。悲しみを曖昧な笑みで隠しました。


「ボク、色んなお手伝い、できるようになるよっ! なんでも言って!」


「ん……」


 ニコニコと笑う少女に対し、養母は曖昧な笑みを浮かべ続けました。


『だから、だからっ…………捨てないで……』


「――――」


 以前、少女に言われた事を思い出しつつ、どうすればいいか迷っていました。


 今は笑顔でも、以前はボロボロと泣きながら言われた事を思い出していました。


 どうすればこの子の異常(・・)を正せるのか、わかりませんでした。


 養母は少女の願いに応えたいと思っていましたが、応えられない事情も抱えていました。そんな自分の表情を見せないために、猫系獣人の少女をギュッと抱きしめながら台所に向かいました。


「……それじゃあ、一緒にスコーンを焼いてもらおっかな~……」


「えっ! やるっ! ボクが魔術でカンペキにしてあげるっ!」


「うん、よろしくね」


 養母は、少女を救う言葉に辿り着けず、答えを先延ばしにしました。


 少女は無邪気に笑い、養母の役に立てる事を喜びながら言いました。


「ボク、がんばるからっ!」


「うん」


「がんばるから、ボクのこと、ちゃ~んと見ててねっ! モルガンさんっ!」




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