夢見る神器
「マーリンちゃん……? マーリンちゃん!?」
「――――!」
保管庫内でエレインさんの叫びを聞いたエルスさんは即座に走りました。
動揺しつつ、表情を強張らせてエレインさんのところへ走り――エレインさんに抱きかかえられ、ぐったりとしているマーリンちゃんの姿を見ました。
エルスさんが駆け寄ってきた事に気づいたエレインさんは「浮遊していたのに急に気絶して――」と言いました。
それを聞いたエルスさんは魔術を使い、マーリンちゃんの状態を確かめました。手早く調べた後、「ひとまず医務室へ」と言い、エレインさんに医務室に急いでもらいました。
「…………」
エルスさんもエレインさんについて医務室に向かい始めましたが、去り際に神器をチラリと見ました。そして見張りに「誰もこの部屋に入らせないでください」と言い、エレインさんの後を追いました。
医務室に連れていかれたマーリンちゃんは、直ぐに専門家の手で検査が行われました。観測魔術で検査している間もマーリンちゃんは一切、目を覚ましませんでした。
検査の様子を見守りつつ、エルスさんはエレインさんに問いました。
「マーリンが気絶する前に、何か異常がありましたか?」
「微かに……本当に微かにですが、耳鳴りがしたような……」
エレインさんは口元に手を当て、思案顔を浮かべてそう言いました。
「いや、耳鳴りというよりは、弦が弾かれたような音でした」
「…………」
「神器が何かしたのでしょうか?」
「その可能性が高いでしょうね」
「封印器が機能していたはずでは?」
「そのはずですが、現にマーリンは意識を失っています」
ただそこにあるだけでも周囲の環境を変化させる神器も存在するため、今回は神器を安全に運ぶために機能封印用の機器も持ち込まれていました。
携行には向かない大きさのため、封印器を運ぶためにアワクムが用いられていました。ただ、完全には神器の力を抑えきれていない様子でした。
エルスさんも計算外の事体に少し焦り顔を見せつつ、「神器の性能調査を改めて行い、今後はさらに慎重に扱いましょう」と言い、交信でも指示を飛ばしました。
「マーリンは死んだわけではありません。魂は確かにそこにある。ただ、意識を失っている。直ぐに意識が戻ればいいのですが……」
「脳活動は夢を見ている状態のようです」
検査中の術師がそう言うと、エルスさんは唸りました。エレインさんはエルスさんの顔を見上げ、言葉を投げかけました。
「封印器起動前に、あの名称不明の神器を調べた時……」
「はい」
「あの神器が例の夢を……共有夢を全世界の人間に見せている神器で間違いないという調査結果が出ていましたが――」
「夢を見せているのであれば、似た事はやっていますね。……ただ、いままで知られていた共有夢はあくまで夢です。見ている間はまったく目を覚まさなくなるというものではなかった」
「それなのに、マーリンちゃんの意識はどうやっても戻らない」
「…………」
「そもそも、なぜマーリンちゃんだけ意識を持っていかれたのでしょうか? 私も直ぐ傍にいたのに。実は私も意識を失っていて、こうして教導隊長と話をしているのも夢ならともかく――」
「貴女はちゃんと起きていますよ。安心してくださ――」
「おおい! 誰か! 誰かいませんかっ!?」
エルスさんがエレインさんの肩を叩こうとしたところ、医務室外の廊下が慌ただしくなりました。誰かが廊下で大声をあげていました。
エルスさん達が廊下の外に顔を出すと、セタンタ君達がいました。
ただ、セタンタ君は意識を失っていました。
ガラハッド君に背負われたまま、ぐったりとしていました。その傍にはライラちゃんを抱っこしたパリス少年がガラハッド君と狼狽えていました。
「エレインさんっ! エレインさんっ! なんかセタンタがおかしいんだ! きゅ、急にバタッて倒れて、そのまま全然起きなくなって……」
「倒れた時に頭を打ったのか、全然、目を覚まさなくて……」
「治癒魔術かけたんだけど……どうすりゃ……」
少年2人は、目を覚まさないセタンタ君をエレインさん達に見せました。
意識を取り戻さないセタンタ君を見たエレインさんとエルスさんは顔を見合わせ、セタンタ君も医務室に入れてマーリンちゃんの横に身を横たえさせました。
エレインさんが廊下に残ってパリス少年達を落ち着かせている中、エルスさんは少年少女の検査結果が出るのを待ちました。
待ちつつ、セタンタ君とマーリンちゃんのように意識を失っている者がいないか部下に調べさせましたが――意識を失っているのは2人だけでした。
「こちらの少年もマーリン嬢と同じです。眠って、夢を見ている状態に近い」
「身体にも魂にも異常はないのですね?」
「ええ」
「……とりあえず観測を続けてください。何か異常があれば知らせてください」
眉間を揉みながら検査結果を聞いていたエルスさんはそう言い、意識を取り戻さないマーリンちゃんに近づきました。
治療師達には背を向けたまま、強張って不安げな表情でマーリンちゃんの頭を撫でました。撫でた後は努めて表情を消し、戦闘に挑むかのような態度で医務室の外へと出ていきました。
医務室を後にしたエルスさんは保管庫に戻りました。
1人で保管庫の中に入り、扉を閉め、安置されている神器を見つめました。
しばし黙って見つめていましたが、やがて口を開きました。
「……なぜ、あの子の意識を奪った、聖琴」
「真実を伝える必要があるからさ」
「…………!」
老魔術師の声に答えが返ってきました。
ただ、それは神器から発せられた声ではありませんでした。
老魔術師の後ろに現れた人影が――無数の蝿にたかられているような人型の存在が音もなく現れ、そう答えました。声を発するまで老魔術師すらその存在に気づけませんでした。
声に反応して振り返った老魔術師は、黒い人影を――神を睨みつけました。
「――――」
「なんだぁ、その反抗的な眼は」
睨みつけられた神は小さく笑いました。
「視線に殺意がこもってるぞ。オレを殺す気か? いいのか? オレが死んだらどうなるか、お前はよくわかっているだろう? 世界が滅んでいいのか?」
「キミがマーリンとセタンタ君の意識を奪ったのか?」
「何のことかな?」
「こちらは神器が周囲に悪影響を及ぼさないよう、封印器を使っていた。それなのにあの子達の意識が奪われたのは、キミが何か細工を――」
「証拠はあるのか? 証拠は」
神は笑みを浮かべ続け、老魔術師の周囲を歩き始めました。
老魔術師が怒りで肩を震わせているのを見て、ヘラヘラと笑いながら「まあ確かにオレが細工をしたんだけどよ」と言いました。
「協定違反覚悟で細工をしたのか」
「オレはお前とは頭のデキが違う。協定に抵触しないように細工をしたのさ」
「…………。あの子は無関係のはずだ。なぜこのような事を」
「はぁん?」
「俺に対する人質のつもりか?」
「ハハッ、ちげーよ、バァカ」
神は老魔術師を後ろから蹴りつけ、体勢を崩しました。
その次の瞬間には転移し、天井に立っていました。
「無関係? 笑わせんな、あのガキは当事者だろうが」
「違う……」
「違わないね。あのガキが世界を救ったんだぜ? あの売女から――」
神は老魔術師の視線を真っ向から受け止めつつ、言葉を続けました。
「世界を救った救世主と言っても過言じゃあないだろう?」
「……そうだとしても、今回の件には無関係だろう」
「それはお前が決める事じゃない。神に意見するな」
「頼む。お願いだから、あの子達の意識を元通りに――」
「安心しろ。さっきも言っただろ? 『真実を伝える必要がある』ってさ」
神は嗤いました。口角を吊り上げて嗤いました。
自身の本当の身体を隠す隠蔽の術を解除し、真の姿を晒しながら嗤いました。
「あの猫系獣人も真実を欲している。母親の死の真実を欲している」
「…………」
「本当の事を教えて何が悪い? ……自分が嘘つきだとバレるのが怖いのか?」
「…………」
「あぁ、安心しろ。お前の邪魔をするわけじゃない。真実を伝えるだけだ! ハハッ、今回の件と関係ねえなら、問題ねえよなぁ?」
「…………」
「そんな眼で見るなよぅ! オレと、お前は親友で…………共犯者だろ?」