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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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敗者の末路



 ティアマトが討たれた事で、攻守が完全に入れ替わりました。


 バッカス陣営は騒乱者の追討に素早く移行していきました。


 日和見を決めてノロノロとやってきていた増援すら――ティアマトが倒れた以上はどう足掻いてもマティーニが陥落しないため――騒乱者追討に素早く加わってきました。


 魔物がいる事で協定に阻まれ、戦闘に直接的に参加できずにいた騎士達も動き出し、瞬く間にティアマト周辺で包囲網が形成されていく事になりました。


『こっちだ。戦争屋が囮になってくれている。今のうちに逃げるぞ』


 機屋と天気屋は、墓石屋に先導され、ティアマト内を逃げていました。


 ティアマトが死んだ後も長大なティアマトの死体はそのまま残っているため、その死体の中を通り、何とか逃げようとしていました。


 最初、墓石屋の転移魔術を使った逃走も考えられましたが――バッカスで二番目に強いとされる魔術師カヨウが転移逃亡対策を施した網を張っている事に気づき、転移魔術による逃亡は諦めました。


「…………」


 天気屋は虚ろな瞳を揺らし、機屋に抱き上げられて運ばれていました。


 自分達の敗北を、復讐の牙となるティアマトが討伐された事実に思考を焼かれ、呆然としていました。現実を直視するのを拒んでいました。


 そんな状態の天気屋だろうと、機屋は黙って運び続けました。


 見捨てず、生かそうとしていましたが――。


「……下ろしてください」


「まだだよ」


「……何が、まだなのですか」


「…………」


 頼みの綱であるティアマトが討たれた以上、機屋に返せる言葉はありませんでした。天気屋の問いに目を泳がせる事しか出来ませんでした。


 機屋が返す言葉に迷っている隙に、天気屋は彼女の手から逃れました。


 ティアマトの死肉で出来た通路に身体を落とし、肉の壁に背を預け、深い溜息をつき、助け起こそうとする機屋を押しのけました。


「天気屋ちゃん」


「……もう、結構です」


 天気屋は首を横に振りました。


 機屋を押しのけ、その頬に手を添えながら語りかけました。


「私は、もう、貴女達の力にはなれません……」


 天気屋の魂はもう、限界に達しようとしていました。


 元々、尽きかけだった寿命は先ほどの戦闘で無茶をした影響もあり、機屋の延命処置を持ってしても限界に達しようとしていました。


 それでも機屋は――罪悪感から――天気屋をまだ連れて行こうとしました。一緒に逃げ続け、何とか生かす道を模索しようとしていました。


『機屋』


「…………」


 ですが、墓石屋に肩を叩かれ、諦めました。


 何の実体もない慰めの言葉で天気屋を励ますのを止めました。


「……早く、行ってください。もしくは、殺してください」


「口封じの必要は、ないよ。しないよ。だから……」


「なら、早く」


「……うん」


 機屋と墓石屋は、この場に近づいてくる存在に気づいていました。


 天気屋を置き、先に行く事を決めました。


『冥土の土産に勝利をやる事が出来ず、スマン』


「…………」


「ごめんね……」


 墓石屋も機屋も謝罪し、その場を離れる事にしました。


 天気屋は微かに首を振り、一言告げて2人を送り出しました。


「最期に……いい夢が、見れました」


「…………」


『…………』


 命の炎が消えようとしている天気屋を置き、2人は去っていきました。


 2人が去って、ほんの数秒後の事でした。



「…………」


「……ナス士族のエリヤ様ですね?」


 新たに近づいてきた人物に対し、天気屋は――エリヤさんは否定の言葉を吐こうとしました。ですが、言葉が上手く出ませんでした。


 エリヤさんの目の前にやってきた人物は――アハスエルスさんは彼女の前に跪き、治癒魔術を行使してエリヤさんの苦しみを僅かに緩和しました。


 あくまで苦しみを緩和しただけでした。彼女の死は遠ざかりませんでした。


 ですが、エリヤさんの瞳に僅かに力が戻っていました。


 霞む視界の中で捉えたエルスさんの事を睨みつけていました。


「きさまの、所為で……」


「…………」


「きさまが、ヒューマン種を……生かした、所為で……!!」


「…………」


「わたしの、こどもたち……は……」


「…………」


 老いたエルフは痩せこけた手を老魔術師に伸ばしました。


 最後の力を振り絞り、老魔術師の首を締めようとしました。


 ですが、彼女には彼を絞め殺す力など、もう残っておらず――。



「…………、――――」


「…………」


 憎悪で表情を歪めたまま事切れていきました。


 事切れてなお、その手は老魔術師の首にありましたが、老魔術師は彼女が事切れた事を確認すると、「すみません」と呟いてその手を外しました。


「後は頼みます」


「ハッ……」


 手を外した後に立ち上がり、追いついてきたバッカス陣営の戦士に――ナス士族の戦士に騒乱者・エリヤの死体を預けました。


 士族長の命を受けていた士族戦士達は、女騒乱者の身体を丁重に扱いました。枯れ木のような老エルフの身体を繊細な工芸品のように運んでいきました。


 それを少しだけ見届けた後、老魔術師は再び歩き始めました。


 少し歩いた後、ティアマト内にある隠し部屋に辿り着きました。


 そこに、3人の騒乱者がいました。



「――――」


 唇を噛み、恨めしげに見つめてくる機屋。


『…………』


 座り込み、視線を逸している墓石屋。


『…………』


 喜色が滲む視線を向けてくる戦争屋。


 3人の騒乱者が隠し部屋に身を潜ませていました。


 3人の仲間である運送屋はこの場にはいませんでした。


 老魔術師は運送屋を抹殺した手に剣を握り、3人と対峙しました。



『浮かない顔をしてるねぇ』


「……そうかな?」


 3人を代表して声をかけてきたのは戦争屋でした。


 機屋は何か言いたそうにしていましたが、怒りに震えるあまり、声が上手く出ず、代わりに戦争屋が老魔術師に話しかけ始めました。


「キミは上機嫌そうだな。エイ」


『うん、僕は戦争が大好きだからね。久しぶりに楽しめたよ』


「…………」


 戦争屋の言葉を聞いた老魔術師は表情を歪めました。


 微かに震え、悲しげに表情を歪めました。



『けど、まだまだ』


「…………」


『まだ足りない。……1つ、手合わせ願えるかな?』


 戦争屋は構えを取りました。


 老魔術師は無言でそれに応じ、剣を構えました。


 決着は一瞬でつきました。


 敗者は肉片も、ネジの1つも残さず消え去りました。




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