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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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決着の袋小路




 槍使いの少年セタンタと拳闘士の冒険者ベオは同時に駆けました。


 2人共が戦争屋に向けて一直線に駆けました。


「――――」


 駆けつつ、槍使いの少年は鮭飛びを使いました。


 横一閃に奔る大剣の一撃を鮭飛びで回避しました。間合いの外に転移し、攻撃を空振らせつつ――突撃する勢いはそのまま――戦争屋に対して距離を詰めました。


『――――』


 戦争屋は最初から『これは当たらないだろうな』と思っていました。


 ただ、空振った大剣をそのまま振り抜き、その切っ先を使い――槍使いの少年の斜め後方から飛んできた矢群を弾きました。


 そして、拳闘士の冒険者の姿がかき消える瞬間を目撃しました。


 それは、鮭飛びで転移したように見えるものでした。


「――――」


 一瞬、姿を消した拳闘士の冒険者は大剣の間合いの内側に入っていました。


 眼前で飛び上がり、拳を振りかぶった姿で現れました。鮭飛びにより、いきなり間合いの内側に転移してきた。


 そう見紛う光景でしたが、



 ――幻術ハッタリか。


 戦争屋は瞬時にそれを見抜きました。


 少年が転移魔術で他者ベオを飛ばすと言ったのを信じず、一見、転移魔術で肉薄してきたと思しき姿が幻術で作られたものだと見抜きました。



 ――覚えがある術式。マーリンの幻術か。


 戦争屋は赤蜜園に指導で出向いた時の記憶をたぐり、拳闘士の冒険者の幻を遠隔地にいる猫系獣人の少女が作り出したものだと見抜きました。


 本物ベオは転移していない。


 消えたように見えた地点から動いていない。


 他者マーリンの魔術で隠れ、「鮭飛びで転移した」と見せかけただけだと一瞬で気づき、心中で苦笑いしました。


 拙い嘘と幻風情で騙せると思ったのか、と苦笑いしました。



 ――それだけじゃあないよねぇ?


 戦争屋はさらに先まで見通していました。


 拳闘士の冒険者の幻で覆い隠された空間。


 そこに向け、戦争屋は頭突きを放ちました。


 幻の裏側から飛んできたものを迎撃しました。


 それは、幻に紛れて放たれた狙撃の矢でした。


 拳闘士の幻がバレたとしても、それを覆いにして狙撃を届かせる。


 そういう狙いで白狼系獣人ロムルスが放った矢を見事に迎撃しました。


 狙撃は通る。通ってほしいと考えていた槍使いの少年は戦慄しました。


 戦慄しつつ、突撃を続けました。



 ――無駄だよ。


 戦争屋はそう考えつつ、大剣を振り続けました。


 拳闘士は魔術で透明化したまま足を止めた。


 猫の幻は完全に見抜いた。


 人狼の狙撃は迎撃した。


 残っているのは、自分エイに比べればちっぽけな槍使いの少年のみ。


 少年が焦り顔を浮かべつつ、それでも突撃してくるのを知覚した戦争屋は彼の行動を『無駄だよ』と評しました。



 ――鮭飛びで逃げてもいいんだよ?


 戦争屋は嘲笑いつつ、心中でそう勧めました。


 この場には鮭飛びのルーンがしっかり仕掛けられている。


 先ほど、大剣を回避したように鮭飛びを使えば離脱する事ができる。


 だが、その時は鮭飛びで離脱できない拳闘士を殺す。


 しかる後に槍使いの少年も殺す。


 カンピドリオ士族が邪魔してくるようならまとめて殺す。



「――――」


 槍使いの少年は逃走ではなく、闘争を選びました。


 鮭飛びを使い、上方に転移し、木を蹴って空中を奔りました。


 戦争屋はそれに厳しい視線を送っていました。


 手首をひねって斬撃の角度を調整しました。


 もう転移回避は間に合わない。


 決着が待つ袋小路に飛び込んだ。


 双方がそう考えました。



『――阿呆が』


 転移魔術を用いても、速度と技術で戦争屋が先んじました。


 小兵な少年の槍より、大兵の騒乱者の大剣が先んじる。


 そして、少年の身体は両断される。


 騒乱者はそう考え――現実に裏切られました。



『――――』


 斬撃命中の瞬間、騒乱者の大剣は木っ端微塵(・・・・・)になりました。


 武器破壊。


 拳闘士の冒険者が振るう拳によって発生する危険物破壊。


 それが、少年の身体を起点に発生していました。



『な――――!』


 戦争屋は柄だけになった大剣を振り抜きました。


 少年は大剣の破片が降り注ぐ中、その破片で身体を割かれつつ、宙を奔っていました。攻撃が不発に終わった騒乱者の頭部に槍を振り下ろしました。


 その時、騒乱者は気づきました。


 槍の穂先が眼前に迫る中、何が起こったか知覚しました。


 少年は、「拳闘士ベオの左腕」を外套の下に隠し持っていました。


 振るわれた大剣をその腕で受け、粉微塵に破壊していました。


 本人から切り離された腕でも危険物破壊が可能か否かについては、本人の了承を得て行われた検証で「可能」という判断が直ぐに下されていました。



 ――殴らせてくれたら壊せる? とんだ嘘つきじゃあないかッ!!


 戦争屋は拳闘士の嘘に気づきました。


 殴って始めて壊せるという嘘をつかれた事に気づきました。


 それにより、余計に「腕を使った防具」の可能性を見落としていました。




「――とった」


 少年は博打に勝利しました。


 達人相手でも臆さず袋小路に飛び込み、勝機を掴みました。


 イカサマを携えた博打で、勝機を掴んでみせました。


 勝利を確信して槍を振り下ろし――眼前で勝機が消える光景を目にしました。



「は? なっ――――?!!」


『――いやぁ、悪いねぇ』


 少年の耳に、騒乱者の声が背後・・から届きました。


 少年が槍を振り下ろした先には、誰もいませんでした。


 刺突が命中するその瞬間、騒乱者は一瞬で姿を消していました。


 そして、少年の背後に転移・・していました。


 転移した戦争屋はセタンタ君を背後から鷲掴みし、握りつぶして骨を折りながらベオさんの方へと投げつけました。


 ベオさんは、苦悶の叫びを上げながら飛んできたセタンタ君を片腕だけで何とか受け止め、着地させ、戦争屋と対峙しました。


 セタンタ君が隠し持っていたベオさんの腕を使った事で、戦争屋が振るっていた大剣は何とか破壊しましたが、武器を壊しただけで倒せる相手だとは誰も思っていませんでした。


『退避しろ!』


 ロムルスさんがそう言い、部下達と共に射撃しながら前に出てきましたが、再び四方八方から飛んできた射撃を戦争屋は爪だけで軽くいなしました。


 いなしつつ、セタンタ君を指差しながら告げました。


『今のはいいね。でも、いまの僕の命には届かない』


「な……なんで、アンタが転移魔術を使えてんだよ……!?」


 困惑しつつ、そう言ったセタンタ君は言葉を続けました。


 それは戦争屋に向けたものというより、自問自答のものでした。


「いや、そもそも、さっきのは……魔術なのか?」


 少年は目の前で行われた転移の痕跡をまったく捉えられませんでした。


 転移した事は理解していても、観測魔術を使っても、転移前の兆候どころか転移後の痕跡をまったく発見出来ませんでした。


『転移魔術が使えないとは言ってないよー』


 戦争屋は子供相手に意地悪をした大人のように言いつつ、『ま、転移機構これは装備の一種だけどね』と機屋に与えられた装備の事をそう言いました。


「…………」


 負傷したセタンタ君達を庇う形でロムルスさんが姿を現し、剣を抜き放って戦争屋と対峙しようとしましたが――対する戦争屋は両手を上げていました。


『今日はもう店じまい。これ以上はやーめた』


「逃げるのかよ」


『ハハッ、まあ別にそう思ってもらっても構わないよ』


 戦争屋はセタンタ君の挑発には乗らず、鷹揚にそう返しました。


『実質、僕の負けだ。僕に転移の手札を切らせたのはキミ達の頑張りの成果だ。足止めも出来たわけだし、満足しただろ?』


「情けをかけるのか」


『うーん、情けとは違うかなぁ? いまここでキミ達を殺してもいいけど、あんまり遊び呆けていると仲間に怒られるんだよね』


 またの機会に殺し合おう、と言い、騒乱者は去っていきました。


 ロムルスさん達が追撃を行いましたが、追撃の手を転移機構シフターで強引に振り切り、煙幕の中を走り抜けていきました。


『……向こうも最終局面か』


 戦争屋は走りながら空を見上げました。


 落ちてくる巨大な魔物に向け、それ以上に巨大なティアマトが鎌首をもたげ、迎撃のためのブレスを吐こうとしている光景を目にしました。


『エイ』


『おっ!』


 その最中、届いた声に戦争屋は嬉しそうに応じました。


 親しげに。それでいて敬慕の念も抱きながら。


靴屋センセイ、どうしたの?』


『そろそろ撤収の用意を。皆と合流して逃げてくれ』


『はーい、任せておくれ』


 大量の水が流れているような音と共に届いた交信に対し、そう応えた戦争屋は『ごめんねぇ』と言いました。


『統覚教会、ブッ潰してあげられないかも』


『いや……それでいい。西方諸国にはまだ、教会が必要だ』


『だよね、貴方は大量虐殺は望んでないもんね』


 天気屋には悪いけど――と言いつつ、靴屋の心情を汲み取れていた事に戦争屋は一層強い喜びを抱きました。


 自分がこの人の役に立てている、という喜びを抱きました。


『とにかく逃げるよ。急がないと魔物が降ってきて、古傷がえぐられて、そして……海がやってくるからねぇ』


『すまないね。こんなことに付き合わせて……』


『好きでやっている事だよ。この場はバッカス王国に花を持たせてあげよう。置き土産も添えて。喜んでくれるといいねぇ』




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