イカサマ博打
『大胆というか、無茶苦茶な手を打ってくるなぁ!』
戦争屋は煙幕に紛れて飛んでくる射撃を回避し、射手を殺しつつ、バッカス陣営が竜種に竜種をブツけようとしている事を評価しました。
『誰発案かな? やってる事はフレムリン、発想はカンピドリオらしいけど、発案者の顔が見たい――ねっ!』
戦争屋は壊れた大戦斧の代わりに墓石屋に送ってもらった大剣を振るい、炸裂しようとしていた罠を土中からえぐり出して破壊しました。
彼は煙幕の中に隠れたロムルスさんの部隊と交戦中でした。
ロムルスさんの部隊は近接戦闘に持ち込まれるのを避け、煙幕に紛れて散開し、罠や射撃を活用して戦争屋に攻撃を仕掛けていました。
戦争屋は大剣を振るい、矢や銃弾を弾きながら罠も破壊し、射撃の飛んでくる方向に猛進しました。いつ、どのタイミングにどこから攻撃が来るのか不確かな状況でなお、無傷の状態で暴れまわっていました。
『はぁい、5人目見ぃつけたぁ!!』
「ッ…………!!」
そしていま、新たに1人の士族戦士に大剣を振り落としました。
詰め寄られた士族戦士は逃走を諦め、弓を捨て、剣を抜き放って攻撃しようとしましたが、武器ごと身体をたたっ切られる事になりました。
真っ二つになっても人狼の再生能力で再起しようとしていましたが、戦争屋は相手の頭部と上半身を踏みつけて挽き肉に変えて抹殺しました。
『次――っと!』
次の目標に向けて走ろうとしていた戦争屋は、輪が閉じるように全方位から同時に襲いかかってきた射撃を迎撃しました。
機械化した腰まで回転させ、邪魔な木は叩き切りながら敵の射撃を撃ち落とし、大剣を振り抜いた後に頭部を狙ってきた射撃は手刀で弾きました。
『外側にもデキる奴らがいるじゃあないか』
戦争屋は嬉しそうにそう言い、煙幕に包まれた森の中を走り回りました。
ティアマトに近づく進路で――最悪、この戦闘を切り上げて機屋達を助けにいける進路で動こうとしましたが、射撃と罠がそれを阻みました。
『誘導されてるっぽいなぁ。僕の位置も完璧に把握され始めたか。うぅん、やはりマーリン殺し損ねたのは痛かったかなぁ~……?』
新たに捕捉した射手の背中に向け、拾った武器を投げて地面に縫い止めて足止めし、大剣で両断しながら戦争屋は少女を仕留め損なった事を悔やみました。
悔やみつつ、側方から飛んできた鋭い一撃を受け止めました。
それはロムルスさん達、カンピドリオ士族の戦士達が放った射撃ではありませんでした。1人の冒険者が、魔術で編まれた槍――魔槍を投げた事により、生まれた一撃でした。
それを放った主を見つけた戦争屋は歓喜しつつ、受け止めた槍を投げ返しながら声をかけました。
『こらこらセタンタ! 人に槍を投げちゃいけませんって、赤蜜園で教わらなかったのかいっ!?』
投じ返された魔槍に対し、セタンタ君は小さく一歩踏み込んで手に持った槍で弾き、「騒乱者相手ならいいんだよ」と言葉を返しました。
『ははっ。僕の前に出てきたって事は、勝ち筋が見えたかな?』
「さあ、どうだろうなぁ――」
戦争屋の前に姿を晒し、そう言ったセタンタ君は逃げました。
「来いよ。見てえんだろ、鮭飛び」
そう言いながら逃げ始めました。
『ふん。見え透いた罠だけど――』
戦争屋は逃げた少年を追い始めました。
追撃を阻む形で射撃が飛んできても大剣や手刀を閃かせて迎撃しつつ、仕掛けられた罠も踏み越え、少年へと迫りました。
『じゃあ、ちょっとだけ見せてもらおっかなぁ!?』
「っ…………!」
『セタンタ、速度を上げろ。追いつかれるぞ」
『これが精一杯……!』
楽しげな様子で加速した戦争屋のプレッシャーが強まる中、セタンタ君は全力疾走しながらロムルスさんの警告に応えました。
戦争屋が直ぐ後ろに迫っている事を感じ取り、このままでは逃げ切れない事を感じ取り、槍を全力で魔術で強化しながら両手で持ちました。
『そぉらッ!!』
「ッ!!」
そして、下方から振り上げられた大剣の一撃を槍で受けました。
後方に飛びつつ、大剣の一撃の力を借りてあえて吹き飛ばされました。
「チッ……! 仕掛けてくんの、はええだろ!? こっちはまだ鮭飛びできる場所まで誘導してねえのに、もうちょっと落ち着きを持ってついてこいっつーの!」
『お前がチンタラ走ってるのが悪いよ。カンピドリオ士族の力を借りてここまで誘導してきたんだから、あとは鮭飛び無しでもなんとかしてみせなきゃ』
「クソが。来いよ、もう直ぐそこだ」
少年はそう言い、再び逃げ始めました。
逃げ始め、木の陰を通過しようとした瞬間、ふわりと消えました。
『――――』
少年が消えた瞬間、戦争屋は大地を薙ぎました。
大剣を地面に向けて振り――地中に隠れて強襲しようとしていた士族戦士2人を斬り殺し――そのまま勢いよく剣を振り続け、背後に転移してきたセタンタ君の足元を薙ぎ払いました。
セタンタ君はその薙ぎ払いは跳躍して回避し、敵の大剣を足場に相手の間合いの内側に飛び込みました。
そして、全力で刺突を放ち――。
「がはっ!!」
その刺突をギリギリのところで避けられ、カウンターの頭突きを食らって弾き飛ばされる事になりました。
弾き飛ばされたセタンタ君は何とか意識を保ち、追撃として振るわれた大剣の一撃は転移魔術を使って回避しました。
もう直ぐそこだ――そう言い、「まだここには鮭飛び用の印は刻んでいない」と嘘をつき、相手の虚を突こうとしたものの、共に襲いかかる予定だった士族戦士達は殺され、奇襲失敗となりました。
戦争屋は横合いから飛んできた射撃を大剣で受け流しつつ、後頭部を掻き、溜息をつきながらセタンタ君に声をかけました。
『これだけ?』
「……ハッ、当たり前だろ? こんな子供だましで終わるわけねえだろ」
『だよね。本気を見せてよ』
「チッ……とっくに本気だってぇの……!」
少年は最後の言葉は小声でボヤきました。
ロムルスさん達に手伝ってもらって罠に誘導し、仲間と共に連携攻撃を仕掛けようとしたのにそれがあっさりと凌がれた事実に舌打ちしました。
多勢に無勢でも泰然としたままの騒乱者。その実力と立ち姿に巨大な巌と向き合っているような感覚を覚えつつ、心を落ち着けるために息を吐きました。
息を吐きつつ、仲間に呼びかけました。
「ベオ」
西方諸国出身の冒険者の名を呼びました。
名を呼ばれたベオさんはセタンタ君の傍にふらりと現れました。戦争屋はその姿をチラリと見て――自分の戦斧を容易く叩き壊した冒険者の姿を見て――大剣を強く握りしめました。
『もう1人、お仲間を呼ぶんだねぇ』
「卑怯かよ」
『卑怯だね。でも、騒乱者相手に遠慮する必要はないよ』
戦争屋の言葉に「ありがてえ」と言葉を返しつつ、セタンタ君はベオさんに話しかけました。
「ベオ、いまの一連の攻撃、見たな?」
「ああ」
セタンタ君の言葉を聞いたベオさんは頷き、言葉を続けました。
「凄まじい剛剣だったな。間合いの内側に入れば、その途端にみじん切りにされそうだ。俺だけなら彼の胴体に拳を届かす前に斬り殺されるだろう」
『ハハハ、さっき僕の戦斧を叩き壊した時みたいに壊せばいいじゃないか。キミに対して振り下ろした大剣をさ』
「殴らせてくれるのか? 殴らせてくれるなら壊せるのだが」
上半身から腰まで覆い隠す外套を身に着けたベオさんは、外套の隙間から出した右手で握りこぶしを作りながらそう言いました。
あえて、そのように告げました。
告げられた戦争屋は笑いながら答えました。
『いやいや、この剣まで壊されたら困るからね。……二度目は無いよ?』
「あるさ」
ベオさんは右手を前にし、半身になりながら右手だけを構えました。
「今から貴様を殴る」
『ほう』
「殴ればどうなるか教えてやろう。私の腕は、殴る事で危険物を破壊する。武器だけではない、全身凶器と言っても過言ではない貴様も破壊する」
ベオさんは嘘を織り交ぜつつそう言いました。
戦争屋はその嘘に気づきませんでした。
『親切に教えてくれてありがとうね。要は当たらなければいいわけだ』
戦争屋は2人に対し、いつでも斬りかかれる体勢を取りました。
『どうやってその……自慢の拳を僕に届かせるのかな? キミ自身が言った事じゃないか、間合いの内側に入ればみじん切りにされる、と』
「俺が手伝う」
セタンタ君はそう言いつつ動きました。
半身に構えたベオさんの背後を通りつつ、転移魔術を使いました。
そして、戦争屋の背後に回り込み、挟み撃ちの状態を作りました。
『……セタンタが? どうやってやるのかな?』
「アンタの大好きな鮭飛びを使う」
『…………不可能だ』
セタンタ君が何を言おうとしているか察した戦争屋は先んじて『不可能だ』と言いました。微かに頭を振り、少年の考えを否定しました。
『お前の魔術では、他者を転移させる事は出来ない』
「できるさ。理屈の上じゃ不可能じゃない。鮭飛びは転移魔術だからな。……やる事はバッカスの都市ではどこでもやっている事と同じ……都市間転移ゲートと同じだ」
『違う。お前は魔王とは違う。彼女は片手間に国民全員を転移させられる卓越した魔術師だ。だが、お前は彼女ほどの技術は持っていない』
「王様とまったく同じ事が出来るとまでは驕ってないさ」
少年はゆるりと槍を構えました。
「けど、1人、2人ぐらいは飛ばせる」
『お前はそこまで転移魔術を使いこなせていないだろう。確かに理屈の上では可能だが、お前は赤蜜園時代から今に至るまで他者の転移には成功していない』
「情報古いぜ? 出来るようになったんだよ」
少年は自分の方に視線を向けた戦争屋に、不敵な笑みを魅せました。
「教導隊に参加して、真面目に訓練を積んだ結果、出来るようになったのさ」
『嘘だね』
戦争屋はバッサリとそう言い切りました。
少年の嘘は直ぐにバレました。
『他者転移が出来るなら、さっき僕とやりあった時に披露してくれてたんじゃないか? 冒険者仲間達と一緒にもっと上手く立ち回っていただろう?』
「温存してたんだよ」
『温存する理由がない。下手な嘘はやめなさい』
「……後で吠え面かくなよ。今なら投降を認めてやる」
戦争屋は2人以外からの狙撃を警戒しつつ、不機嫌そうに溜息をつきました。
『くだらないこと言ってないで早くやろうよ。こっちも忙しいんだよ』
「――――」
少年はこれ以上、問答で時間稼ぎが出来ない事を悟りました。
そして、勝利のために博打を打つ事にしました。
イカサマありきの博打を――。
「「――――」」
最初に動いたのは少年達でした。
2人共、外套を「ふわり」とたなびかせ、突撃しました。
『――――』
騒乱者は泰然とした構えで少年達を迎え撃ちました。