危険物
ベオさんとガラハッド君に連れられ、戦争屋から逃げたセタンタ君は同じく戦争屋の脅威に晒され――士族戦士を置いて逃げていた――冒険者の一団と合流し、治療を受ける事になりました。
『戦争屋は、エイのオッサンだった。本人が嘘言ってねえ限りな』
セタンタ君は治療を受けつつ、交信網を借りてマーリンちゃんと会話をしていました。
『殺してでも止めないと……。あのオッサン、いま何してるかわかるか?』
『いまは砲撃部隊を優先的に狙ってる。向こうも上手く隠れているから動きを捕捉し続けられていないけど、大雑把な位置ぐらいは掴めてるよ』
『そうか。直ぐに復帰するから俺にもあのオッサン追わせろよ』
『セタンタは――』
負けたでしょ、と言おうとしたマーリンちゃんはハッキリ言い切る前に言いよどみました。
少女が何を言おうとしているか察したセタンタ君は『負けたけどさ』と言いながら言葉を続けました。
『あのオッサンを何とかして止めないとまずいだろ。アイツ、俺を直ぐ殺せるのに殺さなかった。なに言ってんのかワケわかんねーが、俺に対する執着心が少しはあるようだった。足止め用の餌になれるかもだろ、俺は』
『単なる気まぐれだったのかもだよ』
『試す価値はあるだろ。それに、まだ鮭飛びも使ってない。不完全なものは使ったが、しっかりと仕掛けたものは使ってない』
『……とりあえず傷を癒やして』
『直ぐに戦線復帰してみせる』
セタンタ君は砕けた骨を治癒魔術で元通りにしてもらいつつ、傍らにいたガラハッド君とベオさんに「さっきはありがとよ」とお礼を言い、ベオさんに対して質問を投げかけました。
「教えてほしいんだけど、さっきのはなんだったんだ? アンタが敵の斧を殴った時、一撃で斧を砕いてただろ? 雷も砕けていた……というか、無効化したように見えた」
俺が幻覚を見ていたわけじゃなければ、と付け加えて少年は問いました。
ベオさんは「見てもらった方が早いか」と言い、ガラハッド君に対して魔刃を使って剣を生成してくれるように頼みました。
ガラハッド君は言われた通りに剣を魔術で編み、ベオさんに手渡そうとしました。が、剣はベオさんの手に触れた瞬間に砕けました。
軽く触っただけで崩れて消えていきました。
戦争屋の大戦斧や、天気屋の雷と同じように。
「このように、触れた危険物を破壊する力が俺にはあるらしい」
「……解呪とかの類ではないようだし、どういう……魔術だコレ? 触れただけで崩壊を始めるって高位の魔術師の業だが」
「俺は魔術を使っている自覚はない。本当にただ触れているだけだ」
昔、喋る人骨と出会って以降、こんな腕になってしまったのだ――とベオさんは淡々とした様子で告げました。
「おかげさまで武器の類は自分では振るえん。触れたら壊れる。食事も手づかみが基本になる。触れたらまずいのは手だけだから、慎ましい胸の美女に『あーん』して食べさせてもらえば味も気分も上々なのだが金がないので簡単にはできん」
「後半はどうでもいいんだが、要は武器は触れるだけで壊せる」
「そう」
「……殴らなくても壊せるんだな?」
「そうだな。腕が触れるだけでいい」
「なるほど」
セタンタ君は頷き、「レムスの兄ちゃんが買ってるわけだ」と納得しました。
そして、「この力を上手く使えないか」と考えました。
「できればアンタにもあの騒乱者を……戦争屋を倒す協力をしてほしい」
「俺に出来る事なら何でもやろう。奴らを倒さないと例の作戦も……本来、やるはずだった作戦の再開も覚束ないのだろう?」
ベオさんは集団亡命支援作戦について触れつつ、協力は惜しまないと言いました。
「やれと言われれば、あのティアマトの熱線も殴って壊してくるが」
「いやそれはさすがに無理だろ……。アレと比べればもっと楽なもんだ。ただ、ちょっと痛い目を見る事になるが」
「ちょっと痛いぐらいなら問題ない。だが、このままでは戦えない」
ベオさんが深刻な様子でそう言ったのを聞き、セタンタ君はガラハッド君と顔を見合わせた後、2人で「どこか怪我しているのか?」と聞きました。
「治療なら直ぐに――」
「いや、純粋に寒いだけだ」
「「…………」」
上半身裸で雨に打たれ、唇を青くして震えているベオさんの言葉を聞いたセタンタ君とガラハッド君は――何と言葉を返せばいいのかわからず――無言になりましたが、とりあえず魔術をかけて温めました。
「あたたかい……これが、人のぬくもりか……」
「うるせえよ」
「あとはその外套を貸してくれれば言うことないのだが。チラッ」
「これは俺の装備だから無理」
セタンタ君はチラッと見てきたベオさんの顔を押しのけ、自分の紡器を渡す事を拒否しました。周囲の誰かに外套を借りようと思いましたが、ガラハッド君は甲冑姿で他のメンツは――戦闘中に逃げたのが気まずいのか――そっぽを向いていたりするので、ため息をついてベオさん用の外套の用意は後回しにする事にしました。
「まあとにかく協力してくれると助かる。上手くやれば勝てるかもしれねえ」
「了解」
「セタンタ、私は何をすればいい!? 私も何だってやるぞ!」
「お前は――」
セタンタ君はガラハッド君にも頼ろうと考えましたが、ガラハッド君に担ってもらえそうな役割は特に思いつきませんでした。
囮になってもらって死なれるのは論外で、また蘇生魔術の世話になってもらうのもしのびないので「お前は駄目だ」と言って協力を断りました。
「お前は頼むから無茶しないでくれ」
「くっ……! いまの私では力及ばずか! ならば魔物を狩って少しでもお前たちが立ち回りやすいように頑張ってくる! さらばだ!」
「お、おいっ」
セタンタ君は「物分り良いな!?」と驚きつつ、走り去っていったガラハッド君を止めようとしました。
しかし、ガラハッド君が「どこの戦闘に参加すればいいんだ?」と言いながらトテトテと戻ってきたため、「お前はとりあえず上の指示を待っててくれ」と言って傍に控えさせておきました。
控えさせつつ、周囲をチラリと見ました。
自分とベオさん、そしてガラハッド君はまだやる気があるものの、他の冒険者達は――これ以上、危ない橋は渡りたくない様子で――あまり頼りになりそうにないので、どうやって戦争屋に立ち向かうか考えていました。
誰か頼りになる人が必要だと考えました。
交信手に問い合わせて対応できそうな部隊への合流を検討していましたが、戦争屋とやりあって生き残ったセタンタ君達の噂を聞き、逆にセタンタ君達を誘いに来た人が近づいてきました。
「セタンタ」
「あっ、ロムルスさん」
やってきたのはカンピドリオ士族の次期士族長であるロムルスさんでした。
彼は手勢の一部を連れ、セタンタ君の方に近づいてきて――まだ怪我が完治していないセタンタ君を見ながら「こっぴどろくやられたようだな」と声をかけてきました。
「やられたようだが蘇生の世話にはならなかったと聞いた。あの戦争屋という騒乱者相手によく生き残れたな」
「まあ……そこは運良く」
「色々と事情があるようだが、まだやれるな? 力を貸してくれ」
「了解。囮でもなんでもやるよ」
戦争屋に士族の仲間を多数やられていたロムルスさんは、ティアマト討伐作戦を成功に導くためにも、士族のメンツを守るためにも戦争屋を倒す考えでした。
倒すためにも実際に矛を交えたセタンタ君の考えを聞きたがりました。
まだ表立って聞けない話もあるので交信魔術で問いかけました。
『どうやれば勝てると思う? 戦争屋の正体はティターン士族出身の巨人……エイ殿だと聞いた。近年は後進育成に力を入れて第一線からは殆ど退いていた人だが、全盛期の実力はエレイン殿以上だと聞く』
『それでもエレインさん連れてきて、エレインさんにやりあってもらっている隙に俺達で援護すれば勝てるはず』
『その場合、敵も退くだろう。仲間の転移魔術や魔物を使って』
引き際は心得ているだろうし、ティアマトへの攻撃に集中しているエレイン殿を呼びつけるだけの余裕はない――とロムルスさんが言ってきたため、セタンタ君も頷いて同意しました。
『退かなければ助かるが、敵はエレイン殿達をティアマトから引き剥がすだけでも利益がある。何とか私達だけで対応したい』
『こういう方法があるんだけど――』
セタンタ君は思いついた方策をロムルスさんに話しました。
一点、事前に実験は必要なことがありました。
それはベオさんの協力があれば直ぐに済む話であり、ベオさんは不可思議そうな顔をしつつも二つ返事で了承してくれました。
「ガッツリ切ることになるんだが、いいのか?」
「問題ない。切れ」
「よしよし、じゃあ――」
さらに、セタンタ君はもう1人、協力を仰ぎました。
『マーリン、忙しいとこすまん。お前の力を借りたい』
『勝ち目あるならいくらでも貸すよ~! 交信網も復旧して少しは余裕できてきたし、勝つためならなんでもやる。ただ、出来るだけ早めに! こうしている間にもティアマトがマティーニに迫ってるから~!!』
『こっちの準備はもう出来た。もう移動開始できる』
『どこに行く? セタンタが鮭飛び仕掛けてるとこ?』
『おう、あのオッサンを誘導できそうな場所があったら教えてくれ』
マーリンちゃんは設置されている罠の中からセタンタ君が仕掛けたものを瞬時に探しだし、セタンタ君達に罠を仕掛けている場所を交信魔術で伝えました。
セタンタ君達はそれと戦争屋の現在位置を目当てに移動を開始しました。
移動しつつ、セタンタ君はマーリンちゃんに追加の注文をしました。
『あともう1つ、お前の魔術を借りたい』
マーリンちゃんにさらなる協力を取り付けつつ、ロムルスさんとベオさん達と共に、戦争屋を――エイさんを倒すために動き出しました。
『最悪、足止めができればいい』
移動中、ロムルスさんはセタンタ君にそう話しました。
『いまティアマトまで戻られたら面倒だからな』
『そっか。別働隊の邪魔をされたら負けるかもだしなー……』
2人は敵が別働隊の動きに気づかない事を祈りつつ、走りました。
策を携え、騒乱者を討つために全力で走りました。