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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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戦争狂い




 セタンタ君達と対峙した戦争屋は喜んでいました。


 人間らしい顔が残っていれば喜色満面になっていたほど喜んでいました。


 セタンタ君の方は不意討ちが失敗した事に焦っていました。


 焦りつつ、当初の予定通りに動くべくアッキー君に交信で声をかけました。


『逃げるぞ!』


『りょーかい!』


『お? おーいおい』


 戦争屋が大戦斧を肩に担ぎ、ゆるりと構える中、2人の少年は急ぎ後退していきました。まともにやりあわず、逃げる道を選びました。


『逃げるなよ』


 戦争屋は2人に追いすがりつつ、木の幹を爪で引っ掻いていました。


 引っかいて木くずを得て――それを魔術で強化し――散弾として放ちました。


 セタンタ君達はそれを背中や足で受け、うめき声を上げたものの、あくまで逃走に徹しました。治癒魔術で自分達の身体に鞭打ちつつ走りました。


『2人とも、ほどほどの速度で離脱して』


『アッキーはまだ余裕あるだろうけど俺は既に全速力……!』


『あらら、がんばってー』


 逃げる2人とは別方向に控えていた冒険者が――セタンタ君達の所属する部隊の隊長が交信魔術で2人に声をかけつつ、仲間と共に射撃体勢に入りました。


 逃げる2人を囮としつつ、一斉に矢を射掛けて戦争屋に攻撃を仕掛けました。


 飛んでくる矢群に対し、戦争屋は『鬱陶しい』という感情を抱きながら睨み、解呪魔術を行使しました。それにより魔術による矢の誘導を断ち切りました。


 誘導を断ち切ったうえで速度を緩めずギリギリのとこで回避していきました。回避できない矢に関しては戦斧や爪で迎撃してのけました。


「ちょっとは当たれよっ……!」


『やーだよ』


 矢群を回避した戦争屋はさらに速度を上げて踏み込み、地を這うような斬撃を放っていました。横一線に放たれたそれはセタンタ君達の足を薙ぐ軌道でした。


 少年達は飛び上がって斬撃を回避しましたが、宙を舞う2人に対し、次の攻撃が迫っていました。戦争屋が振り抜いた戦斧を片手で保持し、空いた片手で爪による斬撃を放ってきました。


 場所は空中。足場無し。


 回避不可能の一撃に対し、少年達は同時に動きました。


「「――――」」


 お互いに蹴りを放ち、足裏を「ピタリ」と合わせてそれによって横方向へと飛びました。間一髪のところで爪による斬撃を躱しました。


『いいね』


 戦争屋は2人の回避に対し、嬉しそうに評価しました。セタンタ君はそれを聞きつつ、戦争屋の意識が自分の方に向くのを感じていました。


 飛んだ勢いを殺すために木の枝に手をかけつつ着地し、しばしバック走で逃げつつ戦争屋の動き見守り――戦争屋が自分の方に駆けてきたのを見て、仲間に交信網を使って声をかけました。


『俺に食いついた。このまま引き剥がす』


『りょーかい! じゃあ自分も追って挟み撃ちにするっす!』


『お前は来んな! このまま離脱しろ!』


 セタンタ君は自分が追われている以上、この隙にアッキー君に離脱するように言いました。追いすがってくる戦争屋に牽制攻撃を放ちつつ、戦争屋との距離を一定に保ちながら逃げ始めました。


『セタンタだけじゃ危ねえっすよさすがに!』


『全員で挑んでも勝てる相手じゃねえ! 俺が注意を引いてる隙に死体を――』


『味方と仲良くお話するだけの余裕があるみたいだね』


 戦争屋はセタンタ君が交信魔術で話をしているのを感じ取りつつ、攻撃を仕掛けました。大戦斧を力強く振り抜きました。


 セタンタ君は木を盾にしてその一撃を凌ぎました。


 魔術で強化された一撃は木を豆腐のように斬り飛ばしましたが、セタンタ君は斬れた木を足場にしつつ――戦争屋の方に蹴飛ばしました。


「アンタとおしゃべりするより、仲間と話してた方が楽しいからな!」


『言うねぇ』


 戦争屋はセタンタ君が蹴り飛ばしてきた木を軽々と受け止めました。


 そして、それを振りかぶり、魔術で強化し――。


『コレあげるから仲良くしてよ』


「…………!」


 木を勢いよく投擲しました。


 木は枝先まで魔術で強化されていました。強化された際に葉が一斉に落ちていき、枝は槍衾と化し、少年に襲いかかってきました。


 少年は自分の身体に無数の穴が開く光景を思い描きつつ、冷や汗を流しながら槍を振るいました。槍の穂先を投じられた木の幹に突き刺し、棒高跳びをするように木の幹から距離を取りました。


「っ…………!」


 木枝の槍衾を何とか回避して着地したセタンタ君は、次の攻撃に備えました。


 備えましたが――。


「しまっ……! どこに――」


 攻撃を凌ぐ事に夢中になり、舞い落ちる葉と煙幕の中に紛れ、消えていった戦争屋の姿を見失っていました。


 セタンタ君は神経を尖らせて全周を索敵魔術で警戒しつつ、戦争屋が最後に立っていた場所を見ましたが、どちらへ移動したか足跡で読み取る事は出来ませんでした。


 この状況で眼前の敵の姿を見失った。


 その事実に少年は死を覚悟しましたが、騒乱者の戦斧は彼には振り下ろされませんでした。セタンタ君は、殺されませんでした。


『はいはいお待たせお待たせ』


 戦争屋が煙幕の中からゆらりと姿を現しました。


 巨体を煙幕と隠形魔術で隠して移動していた戦争屋は気安い様子でセタンタ君に話しかけつつ、指で摘んでいたものを少年に向けて投げました。


『ちょっと横槍が入ってさ。ごめんねー』


「――――」


 戦争屋が投じたものは「べちゃり」と音を立てて泥の上に落ちてきました。


 それは人間の首でした。


 セタンタ君のよく知る人間の――アッキー君の首でした。


 戦争屋はセタンタ君に木を使って攻撃した後、直ぐに踵を返し、セタンタ君を援護するために追ってきたアッキー君を殺していました。


「っ……。逃げろって言っただろうが」


 セタンタ君は友人が殺された事実に歯噛みしつつ、槍を構えました。


『逃げるのはやめたのかな?』


 戦争屋は構えを取り、いつでも大戦斧を振り下ろせる体勢になりました。


 少年は相手との間合いを測っていました。


 敵は5メートルの巨体。武器無しでも間合いで劣っているというのに、大戦斧を使う事でさらに広くしている。


 攻撃を届かせるのは一苦労。ただ、懐に入りさえすれば小柄な自分の方が小回りで勝るはず――と考えつつ、指先に至るまで魔力を通し、みなぎらせました。


 みなぎらせ、息を吐き、呼吸と心を落ち着けました。


「――――」


 友人が屠られた事に頭に血が上り、「どう倒すか」について思考が動いてしまった事を恥じつつ、自分の目的を冷静に果たす事にしました。


 少年の狙いは戦争屋を引きつける事でした。


 勝つのは難しい。相手はカンピドリオの人狼ですら瞬く間に倒すほどの達人。


 ろくに用意もなく、自分で勝つのは難しい。仲間はいるが戦力としては戦争屋に屠られたカンピドリオ士族よりも劣っている以上、数で圧するのも難しい。


 だからこそ、鏖殺現場から戦争屋を引き剥がし――自分が囮になっているうちに――ティベリウス君達の死体を回収してもらう腹づもりでした。


 いまこうして戦争屋を引きつけている間も仲間が動いてくれている。


 自分1人が犠牲になっても多くを蘇生する機会に恵まれる。


 そう考えていました。


 眼前にもう1人の騒乱者が現れるまでは。



『やあ少年、久しぶりだなぁ』


 少年達の頭上。


 中空に墓石屋が転移魔術を使って現れました。


 両手にたくさんの首を下げ、戦争屋と同じく気安い様子で現れました。


 墓石屋が下げている首はセタンタ君が所属していた部隊の仲間達のものでした。


 少年の奮戦むなしく、予定していた死体回収は失敗していました。


「テメエ――」


『そう怒るな。やれと言ったのはそこの図体と態度のデカい男だ』


『首を突っ込みたがったのはそっちでしょ? 僕は掃除をお願いしただけ。こっちに首を見せびらかせに来いとまでは言ってないよ』


『だが、それなりの効果はあったのではないかな?』


 墓石屋は乱雑に掴んだ髪を――首だけになった人間を「ぶんぶん」と振り回し、勢いをつけた後にパッと離して首をあちこちに放り投げました。


 そして転移魔術で2丁拳銃を構え、セタンタ君に問いました。


如何いかがかな少年。自分セタンタ戦争屋こいつを引きつけておけば味方は助かると思っていたのに、目論見をくじかれた気分は如何かな?』


「…………腸が煮えくり返ってるよ」


 少年は激怒しつつも冷静であろうとしました。


「けどそれも、アンタら2人をブッ倒せば収まる話だ」


 戦争屋を出来るだけ引きつけようとしていましたが、騒乱者2人相手では逃げ切るのは不可能だと思い、腹をくくって槍を握る手に力を込めました。


 表情には怒りをみなぎらせつつ――ここでやられるなら出来るだけ長く足止めをしてやろうと考えながら息を吐きました。


 そんな少年の様子を見つつ、戦争屋は愉快そうに声を出しました。


『僕ら2人相手に勝てる、と?』


『馬鹿を言え! やるなら吾輩1人で少年とやりあわせろ! タイマンだ!』


 墓石屋の方は不満げに声を出しましたが、戦争屋は『人の獲物を取らないでくれるかなぁ』と言葉を返しました。


「……楽しそうだな、エイのオッサン。騒乱者生活は充実しているのか?」


 セタンタ君が不意に投げかけた言葉に対し、騒乱者はぴくりと反応しました。


 墓石屋の方だけが反応し、戦争屋に視線を向けました。


『おいお前、身バレしているではないか。せっかく身体を造り変えたのに』


『いや今のはカマかけだよ。で、どっかの馬鹿が引っかかった』


『なに!? それはどこのドイツだ!?』


 キョロキョロと辺りを見回して憤慨する墓石屋に対し、戦争屋は脱力して構えを解き、呆れた様子を見せつつ『いいからアンタは自分の仕事をしててくれ』と言い放ちました。


『セタンタは僕の獲物なんだから、手を出さないように』


『少年に手を出したのは吾輩が先だ!!』


『僕はこのガキが孤児院にいた頃からの知り合いだよ?』


『むむぅ』


『仕事しないと機屋に怒られるよ。ほら、ティアマトに帰った帰った』


『怒られるのは貴様だバーカ!!』


 墓石屋は2丁拳銃を頭部の横に構え、ガニ股の姿勢で戦争屋を小馬鹿にしつつ、転移魔術でその場からパッと離れていきました。


 それを『やれやれ』と言いながら見送った戦争屋は、戦斧を動かしました。


 盾代わりに動かし、突っ込んできたセタンタ君の攻撃を受け止めました。


『こーら、不意討ちは駄目だって。積もる話があるんじゃあないの?』


「そういうのはアンタを倒してからでも出来るだろ……!」


 セタンタ君は槍突撃が失敗したため、即座に後退して戦争屋の間合いの外にひとっ飛びで後退していきました。間合いの外で立ち止まりました。


 戦争屋は追撃せず、ゆるりと構えを取りました。


『僕を倒そうなんて生意気だなぁ。足止めなら付き合ってあげるよ? まあ、お前が面白くなくなったらスパッと斬り殺して終わりにするけど』


「チッ……」


『セタンタ、もう少し持ちこたえて! 救援が向かってるから!』


『俺は蘇生してもらえばいいから足止めか撃破優先してくれ。それとさっきこいつに殺された奴らの死体回収を――』


 セタンタ君は戦争屋に対して舌打ちしつつ、マーリンちゃんから届いた交信には自分の命は優先しなくていいと答えました。


 命はどうとでもなると考えつつ、足止めのための時間を稼ぐ事にしました。


「……改めてやりあう前に聞いておきたいんだけどよ?」


『なんだい?』


「何で俺の首はまだ飛んでないんだ」


 セタンタ君は右手で槍を保持しつつ、左手の指で自分の首筋をなぞりました。


「アンタの実力なら、俺はもう3度は死んでるだろ」


『謙虚だねぇ。と言いたいところだけど、4度だよ』


「回数はどうでもいいだろ、回数は。何かあるのか? 騒乱者になったと言っても、知り合いを殺す事には良心の呵責が生まれるのか?」


『知り合いならもう随分殺したよ。カラティンの教え子とかね』


 戦争屋は殺した知人の数を指折り数えていましたが、面倒くさくなってカウントするのは止めました。


 止めて、耳障りな機械音声で『ひひひ』と笑いました。


『お前は僕のお気に入りだから、なぶり殺してやろうと思って』


「お気に入り? なんの――」


『セタンタ、今!!』


「――――」


 少年はマーリンちゃんの呼び声に応え、動きました。


 戦争屋に対して言葉を投げかけつつ、首筋を触っていた左手に魔術で編んだナイフを生成し、それを戦争屋の顔面に向けて投擲しました。


 戦争屋は防御のために動きましたが――少年は指を鳴らしてナイフを起爆し、「パッ」と閃光を放って戦争屋に目くらましを行いました。


 それとほぼ同時に動く影がありました。


 戦争屋の背後から――救援としてやってきた冒険者達が――斬りかかりましたが、待っていたのはもう何度も繰り返された光景でした。


 戦争屋は背後に飛び、自身の胴体で冒険者達を弾き飛ばし、両腕の肘で2人の冒険者を打ち、くの字に曲げて殺しました。


 セタンタ君が新たに魔槍を編み、それを投擲した時にはもう鏖殺が完了していました。投じられた魔槍は戦争屋の指で掴み止められ、砕かれました。


『話の途中なのに酷いじゃあないか。キミ達、ホント不意討ち好きだね』


「ッ…………」


『お仕置きが必要かな』


 戦争屋は無造作に戦斧を投擲しました。


 投じられた戦斧に対し、少年は伏せて回避する道を選びました。


 それが失策だと理解しつつ――。


『死なないように頑張って、ねッ!』


 戦斧の後に続いて走り込んできた戦争屋は地面ごとセタンタ君を蹴り上げました。少年の視点では壁が吹き飛んできたような圧力のある蹴りでした。


「ッ゛ぶ!!」


 巨体の騒乱者に思い切り蹴られた少年はゴム毬のように飛んでいきました。


 林の中を凄まじい勢いで飛んでいき、1度、2度、3度と地面を跳ね、最後は水しぶきを上げて池の中へと落下しました。それでも意識を繋いでいました。


『セタンタ! セタンタ!?』


「…………」


 意識は繋いでいたものの、マーリンちゃんの交信に答えるだけの余裕はありませんでした。蹴り飛ばされた事で肩を中心に骨が粉砕されたため、水中から水上を睨み、池の中に飛び込んできた人物を見守る事しか出来ませんでした。


 池の中に飛び込んできた人物はセタンタ君を摘み上げ、水上に運び出しながら治癒魔術をかけ、機械音声の笑い声をもらしました。


『ありゃりゃりゃ、やりすぎちゃったかなぁ?』


「く、そ……野郎……」


『おっと、まだ意識あったか。頑張るねぇ』


「…………」


『頑張ったご褒美に良いことを教えてあげよう』


 戦争屋は少年の身体を治癒魔術で再起させつつ――少年の持つ槍を指差しました。


『勝ちたいなら出し惜しみは良くないよ。さっきの攻撃は魔槍なんか投げずに、その大事に抱えている槍を投じた方が良かった』


 槍の破壊覚悟で投げていれば傷一つぐらいは負わせれたかもしれないよ――と言いつつ、戦争屋は少年の槍を摘み、奪おうとしました。


 しかし、少年は自分の手のひらに刻んだ爆砕のルーンを素早く戦争屋の腕に押しつけ、爆発の衝撃で弾き飛ばし、敵の手を振りほどいて距離を取りました。


 自分の手が焼けるのを厭わず、槍だけは必死に守りました。


『なんて目で年長者を見てるんだい?』


「――――」


『まるで狂犬の眼じゃあないか』


 戦争屋は焼け焦げた腕をさすりつつ、変わらず愉快そうな口調で少年に語りかけ続けました。


『自分の命よりその槍の方が大事かい? あのメーヴ、相変わらず余計なことを……。そんな槍、捨てちゃいなよ、それはお前にとって枷にしかならないよ?』


「うるせえ……! 何が必要でどうするべきかは、俺が決める事だ。騒乱者になったくせに指導者面して、えらそうなことを言ってんじゃねえよ!!」


『悲しいな。お気に入りに嫌われてしまった』


 セタンタ君は池に落ちた際に飲んでしまった水を吐きつつ、大仰な仕草で『悲しい』と言っている戦争屋を睨みました。


「なにがお気に入りだ。アンタに可愛がられた思い出なんて1つもねえ」


『師の1人として指導してやったじゃあないか。僕はね、撫でるより殴る方が好きなんだ。稽古でいっぱい可愛がってやったろう?』


「……ボロ雑巾のようにされた事はあるな」


 池の水と土砂降りの雨で濡れ鼠のようになってしまったセタンタ君は、痛む身体を治癒魔術で治しつつ、勝機を探っていました。


 会話で相手の注意を逸しつつ、自分の足や槍の石づきをさり気なく動かし、水気を多く含んだ地面に密かにルーンを刻んでいきました。


「俺は、アンタに気に入られるような事をしたか?」


『したよ。お前は鮭飛びが使えるだろう?』


「…………?」


 予想していなかった返答に対し、少年は思わず動きを止めていました。


 なぜ、相手が自分の使う転移魔術の事に触れてきたか疑問を抱きました。


 その疑問を察したように戦争屋は言葉を続けていきました。


『鮭飛びを使う男には、色々と思うところがあってねぇ』


「お前の仲間アリストは、俺の転移魔術より上等なモノを使ってるだろ」


『ああ、まあ、確かにお上手な魔術は使ってるね。でも、僕はああいうお上品なものより、お前の鮭飛びを見た時の方が――』


 戦争屋は自身の頭部を「トントン」と指で叩きました。


 生身がまだあった頃、眼があった場所を――戦争で負った傷を治癒魔術で癒さず、そのままにしていた場所を叩きつつ、言葉を続けました。


『鮭飛び使いに抉られた古傷が疼くんだ。期待でさ』


「……スカサハの事を言ってんのか?」


 セタンタ君は武術の師の1人であり、鮭飛びを教えてくれた者の名を持ち出して問いました。


 しかし、戦争屋はそれを聞くとあからさまに不機嫌そうな態度になりました。


『あの女は鮭飛びを真似ただけだ。鮭飛びは本来、アイツの術式じゃない』


「俺だって師匠スカサハの真似をしているだけだ」


『違う。本来の使い手のところに戻ってきただけだよ』


 戦争屋は大きく一歩を踏み出しました。


 セタンタ君は術行使の印がまだ完全に刻み終わっていない事もあり、思わず「待て!」と制止しましたが、戦争屋は止まりませんでした。


 少年が突き出してきた槍を戦斧で跳ね除け――まだ殺さないために爪指を握り込み――拳で少年を殴りつけました。


「か゛ふっ゛……!!」


『だから……だからさ? 簡単に死んでくれるなよ? そろそろ僕の攻撃に眼が慣れてきたころじゃないか? なあ、あの時の続きを、戦争の続きをしようよ! 今度は僕がお前(キュクレイン)の眼をえぐってやるよぉ!』


「ぐ、ぅッ……!」


 拳の一撃で倒れ伏していたセタンタ君は――自身の上方に気配を感じ――横に転がって踏みつけを回避しつつ起き上がり、槍を鞭のように振りました。


 戦争屋の関節部を狙った一撃でしたが容易く防がれ、再び殴りつけられて吹き飛ばされ、胃の中のものを血と共に吐き出しました。


「ハッ……。狂人が、ワケ、わかんねーことを……!」


 地面に膝をついていた少年は眼前に迫る戦斧を見据えました。


 見据えつつ、魔術を――鮭飛びを行使しました。


 戦争屋と話しながら仕掛けていた印を使い、ひとまず距離を取るために使いました。相手を仕留めるために仕掛けたものでしたが命を繋ぐ事を優先しました。


『そう、それだ! その魔術だよ!』


 戦争屋はセタンタ君が鮭飛びを使った光景を見て歓喜の叫び声を上げ、高ぶりのあまり周囲の木々を斬りつけて斬り倒しました。


『もっとその魔術を使え! アイツみたいに! 小兵らしくピョンピョンと跳ね回って――今度は僕が勝つ。今度は負けない』


「アンタ……ホントに神の走狗に……騒乱者になっちまったのか!?」


 少年は口元を拭い、叫びました。


「フィンが泣くぞ! アンタが騒乱者なんかになっちまった事を知ったら――」


 赤蜜園の後輩の名を持ち出し、叫びました。


 フィンちゃんの名前を聞いた戦争屋エイは高笑いをピタリと止め、ゆっくりと全身の力を抜きながら答えました。


『ガキの気持ちなんか知ったこっちゃあないよ』


 戦斧についた泥や木くずを払いつつ、言葉を続けました。


『僕の人生はあの子のものじゃあない。僕のものだ。……半分はね』


「何で騒乱者なんかになっちまったんだよ! 神に弱みを握られてんのか!?」


『――――』


 押し黙った戦争屋から向けられる視線と感情を受け、少年は震えました。


『僕が神なんかに屈するわけないだろ。僕を従えられるのは、あの人だけだ。僕に命令をしていいのはあの人だけだ』


 少年は恐怖で鳥肌が立つのを感じつつ、槍を握りしめて堪えました。


『……その間違いは許せないから訂正しておこうか。セタンタ、僕は騒乱者に「なった」んじゃあない。ずっと前から騒乱者だったんだよ』


「それは、つまり、ずっと前から神の手下だったって事――」


『違う。神がいたから騒乱者になったんじゃあない。何年も、何千年も前から……子供の頃から、僕は誇り高き騒乱者トレイターの仲間だったんだ』


「……ああ、なるほど、理解した。つまりアンタはもう狂ってんだな?」


 戦争屋の言う事がまったく理解できなかった少年は、そう結論づけました。


 狂った。あるいは狂わされたから騒乱者になったのだと思いました。


 少年の言葉を聞いた戦争屋は殺意を引っ込め、笑い出しました。雑音混じりの機械音声で狂ったように笑い出しました。


『どう思ってもらってもいいよ! そんなことより戦おうよ! もっと魅せてくれよ! お前達より僕の方が強いけど、お前は、お前ならそういう力の差なんて技術と機転で覆してみせてくれるだろう!?』


「勝手に期待してろッ!!」


 少年は斜め前方へと走りました。


 木の陰へと飛び込みました。


 戦争屋は嬉々として斬撃を繰り出し、少年を木ごと真っ二つにしようとしましたが――木を斬り倒した時にはもう、少年の姿は消えていました。


 再び鮭飛びで転移したセタンタ君は戦争屋を背後から強襲し――。


「――――」


 転移先に飛んできた後ろ蹴りで蹴飛ばされました。


 蹴飛ばされ、木の幹に身体を打ち付け、骨が砕ける音を聞きながら泥まみれの地面に倒れ込みました。あまりもの衝撃に手足も舌も痺れ、うめき声を漏らしました。


『勝手に期待しているよ。だから、早く起きて立ち向かってきてよ』


「…………」


『起きないの? じゃあ』


 戦争屋は大戦斧を大きく振り上げました。


 少年の首に狙いを定め、振り下ろしました。


『終わりだね』


 自分の方に向け、高速で――自身だけではなく他者の魔術で加速した人影が突っ込んでくるのを見つつ――振り下ろしました。


 もうこの一撃は誰にも止められないと思っていました。


 ですが、彼の思い通りには行きませんでした。



『――――』


「――――」


 振り下ろされた大戦斧は粉々に砕け散りました。


 戦争屋が「誰にも止められない」と信じた一撃は、横合いから走り込んできて大戦斧を殴りつけた男の一撃で防がれました。


『面白い力を――』


「――――」


『使うねぇっ!!』


 戦争屋は柄まで砕け散った自身の武器を捨てました。で武器を破壊した男の攻撃を回避するため、後方に飛びました。


 男は――西方諸国出身の冒険者であるベオさんは二撃目が回避された途端、振るった拳を倒れ伏したセタンタ君に向け、拳を解いて少年を拾い上げ、後方に向けて投げつけました。


「セタンタ!」


 ベオさんが投げたセタンタ君はガラハッド君が受け止めました。


 蘇生魔術により再起した彼はセタンタ君を抱え、一目散に逃げ始めました。


 ベオさんは戦争屋に対して攻撃する構えを見せつつ、ガラハッド君に続いて離脱を始めました。


 戦争屋は3人を追おうとしましたが――。


『ちっ……』


 降り注いできた砲撃の回避を優先しました。


 マーリンちゃんの指示で砲撃部隊が飛ばしてきた砲撃を回避しつつ、遠ざかっていく少年に対して声をかけました。


『セタンタ! また後でやろう! 治療したらまたおいで! いまの戦闘で僕の動きを頭と身体に叩き込めただろう? 治療したら直ぐ戻っておいでよ!!』


 セタンタ君は砲撃を回避しながら笑っている騒乱者に視線を向けました。


『もっと楽しませてくれよ! なぁ!! お前は、アイツの魔術適正を――』


「クソ、爺が…………ガキみたいに、はしゃぎやがって……」


「セタンタ、喋るな! 死んでしまう!」


 ガラハッド君はボロボロのセタンタ君を抱えながら逃げつつ、必死に治癒魔術を行使しました。


 ベオさんはガラハッド君の後ろを走りながら戦争屋を警戒していましたが、相手が直ぐにこちらを追ってくる気配がないのを確認すると、少し力を抜きましたが――。


「む」


 と、言いながらガラハッド君を引きずり倒しました。


「ッ!? 何をす――」


「少し待て」


 引きずり倒されたガラハッド君はセタンタ君を庇いつつ、抗議の声をあげ――ベオさんが空に向かって拳を突き出す光景を見ていました。


 落ちてきた稲光を拳が砕く光景を、セタンタ君と共に見ました。


 砲撃部隊を焼いていた雷は――天気屋が人型機械を経由して放った雷はベオさんの拳に当たるやいなや、ガラスのように砕け散っていきました。


「よし」


 それをやってのけたベオさんは――雷に触れたはずなのにまったくの無傷のまま――ガラハッド君達に手を差し伸べて立ち上がらせました。


「逃げよう」


 そう言って促して再び逃走を開始しました。


 落ちてきた雷を文字通り砕いた冒険者ベオを見て、さすがにセタンタ君も目を丸くしながら問いかけました。


「あ、アンタ……いま、何したんだ? 何の魔術使って防いだんだ……?」


「危なそうだから殴ってみた。魔術を使った覚えはない」


「なに言ってんだアンタ……」


『セタンタ、ガラハッド! 大丈夫!? 砲撃部隊を狙った雷がそっち落ちたみたいだけど、なんか……なんか急に消えちゃったんだけど!?』


『俺らも何が起きたのかよくわからん……』


 慌てた様子のマーリンちゃんが交信魔術で安否を問いかけてきても、セタンタ君は声を返す事しかできませんでした。




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