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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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死力



「教導隊長の方はもう片付けたらしいぞ!」


「喜べ。急ぎこちらに戻ってきてくれるそうだ」


 エルスさんが東方のアンデッドの軍勢を討ち倒した報は、直ぐにティアマトと戦闘中の部隊全員に知らされる事になりました。


 蹂躙され続ける中で何とか持ちこたえ続けているバッカス陣営にとって、好転の兆しとなる朗報でした。


「よっしゃ! 俺らも続くぞ!」


「ハハッ! 教導隊長が戻ってくるまでに片付けちまおうぜッ!?」


「それはさすがに無理だと思うが……とにかくやるぞ」


 もたらされた朗報にもっとも活気づいたのはカンピドリオ士族の戦士達でした。


 屈強な人狼達で構成された部隊は砲撃部隊が撤退するための足止めや、常に移動しながらティアマト配下の魔物を削る役目を担っていました。


 教導隊に参加していたティベリウス君もその一員として戦場に出ており、ティアマト配下の魔物に痛打を与えるために動き回っていました。


「浮いた駒だ。根こそぎ狩るぞ」


「了解!」


 ティベリウス君達は自分達とほぼ同数の魔物の集団へと襲いかかりました。


 数でバッカス陣営を圧倒している騒乱者陣営ですが、連携においてはバッカス側に劣っていました。


 騒乱者の――ニイヤド商会の運送屋がティアマト配下の魔物の操作を主に担っているのですが、魔物達は「この地点に行け」「人を見かけたら殺せ」「一度後退しろ」「ここに留まって死守せよ」という単純な命令は受け付けても複雑な命令は受け付けていませんでした。


 戦場が煙幕で覆われている事から俯瞰的に状況を把握するのも困難であり、魔物の大軍勢の中にも孤立してしまう集団がいました。


 そういう集団に関してはバッカス陣営も真正面から打ち破る事が出来ました。


「ティベリウス! 敵の毒に気をつけろよ!」


「了解。任せてくだせえ!」


 ほぼ同数の魔物の集団に襲いかかったカンピドリオ士族の戦士達は、煙幕に紛れて奇襲し、初撃で魔物の半数を削りました。士族戦士達に気づいた魔物達の反撃を躱しつつ、接敵から10秒ほどで全てを討ち取りました。


 討ち取りましたが――。


「全速後退! 無理なら遮蔽物に隠れろ!」


 倒した魔物の一体が破裂し、周囲に猛毒の血を撒き散らしていました。


 破裂する事に気づいた観測手のおかげで毒をかぶらずに済みましたが、倒したところで油断ならない存在に士族戦士達も肝を冷やしていました。


「あっぶな。毒で戦線離脱とか末代までの恥だぜ」


「敵もセコい手を使いやがる」


「魔物の背後にいるのは騒乱者だ。これぐらいするさ。神の支援もあるしな」


 騒乱者側は一部の魔物を改造し、体内に爆弾を仕込んでいました。


 魔物が討たれた事に反応して炸裂する爆弾で、魔物が持つ猛毒の血を撒き散らしてバッカス陣営の戦士を削る事を目撃としたものでした。


 それで犠牲者も出ていましたが――同時にバッカス側もそれで騒乱者側の手の内を把握したため、この爆弾の効果は薄まりつつありました。


「隊長、次はどうします?」


「指示を聞きながら別部隊と合流しつつ、砲撃部隊に迫りつつある魔物の大集団に合同で仕掛ける。全て平らげるのは難しいから一部だけでも削る」


「了解。お、その部隊が来たっぽいですよ」


 交信網が復旧した事により、バッカス陣営側の連携は元通りの水準に戻っていました。数は減りましたが、数の不足は連携と機動力と敵の手管を解析した事による対応策で補いつつありました。


 ティベリウス君は合流してきた部隊に軽く手を振っていましたが、その中に知った顔が混ざっていたので「ギョッ」としながら近づいていきました。


「お、おいっ、ガラハッド。お前なんでこんなとこまで出てきてんだよ……!?」


 応援の部隊内にいた友人を見つけたティベリウス君は「セタンタ達が心配するぞ」と言いながら心配そうに声をかけました。


「お前は後方の部隊にいたはずだろ?」


前線こっちの方が人手が足りてないんだろう? 許可はもらってる。勝手にしゃしゃり出てきたわけじゃ――」


「『はぐれ』だ! 応戦しろッ!」


 ティベリウス君達は指示を聞き、即座に戦闘に入りました。


 予定では次の魔物の群れと接敵するまで時間に余裕があったはずですが、その群れの傍に別の群れがいたため、予定より早く戦闘を行う事になりました。


 しかもそれはバッカス陣営も即座に位置を掴めない群れでした。


 人型機械や墓石屋達が機屋に施された処理が――バッカス陣営の煙幕を利用して姿をくらます処理が施された魔物の群れでした。


 騒乱者側は、少数ながらも煙幕利用処理済みの魔物も混ぜて行動させていました。


 この手によりバッカス側も被害を受けていましたが――。


「邪魔だ退けッ!!」


 そういう存在もいる、と警戒心を抱いたカンピドリオ士族の戦士達は不意の遭遇でも対応してみせました。


 ティベリウス君も先輩士族戦士達と共に魔物の群れに突撃し、正面衝突するギリギリのところで魔物達を足蹴にしながら飛び、炎上する木々を足場に上側から仕留めていきました。


 木々の炎が人狼達を焼きましたが、彼らは「毒を食らうよりマシだ」と割り切り、火傷は人狼の再生能力で対応しました。


 足場にしていた焼け焦げた木の幹を蹴り倒し、それで押しつぶして動きを止めた魔物の首を刎ねて殺していきました。


「アイツは――」


 ティベリウス君は仲間と連携して3体の魔物を仕留めた後、直ぐ近くで戦っているはずのガラハッド君の姿を探し求めました。


 苦戦しているようなら助けてやろう、と思っていましたが――。


「オオオオオッ!!」


 その必要はありませんでした。


 剣――ではなく、戦棍メイスと盾を装備したガラハッド君は飛びかかってきた魔物の顔面を盾でブン殴って跳ね飛ばしていました。


 迎撃された魔物は頭部を半ばまで潰されて絶命しました。その死体を踏み越えて襲いかかってきた魔物もガラハッド君の振るう戦棍に迎撃されて地に倒れ伏していきました。


「なんだ、やるじゃねえか! 心配して損した――」


 ガラハッド君が実戦でも訓練通りの動きが出来ている事にホッとしたティベリウス君でしたが、ガラハッド君の背後を見てハッとしました。


 背後に流れていた煙幕の中から突撃してきた全高3メートルほどの魔物が、ガラハッド君の無防備な背中に爪を振り下ろそうとしている事に気づきました。


「ガラハッド!!」


「ティベリウス!」


 ガラハッド君の視線はティベリウス君の背後に向けられていました。


「「後ろだ!!」」


 2人は同時に叫び、動いていました。


 ガラハッド君はティベリウス君の警告を聞きつつ、前方に――ティベリウス君の方に向けて全力で走りながら戦棍を投じていました。


 ティベリウス君の背後に現れた魔物の顔面に向けて。


 ティベリウス君もガラハッド君の警告を聞きつつ、前方に走っていました。後方から繰り出された攻撃を回避しつつ、ガラハッド君の後方にいる魔物に向けて斧を投じました。


 ティベリウス君の投げた斧がガラハッド君を襲った魔物の顔面を砕き、ガラハッド君の投げた戦棍がティベリウス君の背後の敵の顔面を砕きました。


 疾走した2人はそれぞれ攻撃した魔物へのトドメを刺した後、「助かった!」「こっちこそ!」と言いながら合流しました。


「後ろの魔物には気づいてなかった……」


「さすが脳筋索敵魔術ド下手男だぜ」


「お、お前だって後ろから攻撃されてただろっ!?」


「オレは気づいてたけどお前に任せたんだよ」


「こんちくしょうめ」


 ガラハッド君は友人を軽く叩きましたが、ティベリウス君は腕で受けながらおかしそうに笑いました。


 笑いつつ、「こいつは心配する必要ねえな」と思いました。まだ経験も実力が足りていないものの、前線で戦える戦士だと認めました。


 不意の遭遇でも大きな被害は出さずに切り抜けた2つの部隊が砲撃部隊の移動支援のため、魔物の大群に向かう走る中、ティベリウス君はガラハッド君の肩を叩きながらいいました。


「実戦でも全然臆してねえじゃねえか」


「そう見えているなら、私は役者になれるかもしれないな」


「ハハッ。じゃあ最後まで演じきってみせろよ」


「任せろ。やせ我慢には自信がある」


 2人がそんな会話を交わす中、目標としていた大群の姿が見えてきました。


 それはもう、1本の河のようでした。


 大量の魔物が疾走していく事で地響きが起こり、大地が揺れ、その震動で木々が「ぎしぎし」と軋む中、ティベリウス君達は煙幕に紛れて群れの先頭へと距離を詰めていきました。


『全員、得物は持ったな!? 先頭の魔物達に一撃を加えて勢いを削いだ後、魔物の群れの側面を走り抜けながら出来るだけ多くの魔物の注意を引きつつ離脱する』


『了解』


 部隊の長からの交信に応じたバッカスの戦士達は――身体強化魔術を使い――不整地を騎馬の如き速度で走りながら群れの先頭に攻撃を仕掛けました。


 各々の得物で群れの先頭に痛打を与え、魔物によって作られる大きな濁流の勢いを少しだけ削ぎました。先頭を走っていた魔物達を転倒あるいは殺害し、全力疾走していた魔物の群れに玉突き事故を起こさせました。


 その群れの鼻先をかすめながら疾走し、群れの側面からも攻撃を仕掛けていき――正面からやり合うのは避け、離脱していきました。


「よーし、来い来い来い来いッ……!!」


「俺らのケツ追ってこい、かわいこちゃん達!」


 攻撃を仕掛けられ、倒すべき人間を見た魔物達は離脱していくバッカス陣営の部隊の追跡を始めました。


 騒乱者が動きをコントロールしているため、全てが追跡してきたわけではありませんが群れの一部が追ってきました。


 足並みを乱した群れは本来攻撃を仕掛けようとしていた砲撃部隊の追跡どころではなくなってしまい、ティベリウス君達は与えられた役割を無事にこなしました。


 ガラハッド君も――震え上がりながらも歯を食いしばり――仲間の疾走についていきながら攻撃を仕掛ける事に成功していました。


 彼らは追ってくる魔物の群れと一定の距離を保ちながら射撃で敵の数を減らしながら誘導を続けました。


 そして、煙幕を利用して姿をくらませました。


 追ってくる魔物は臭いや音で直進するよう誘導しつつ、自分達は瞬時に右側へ方向転換してその場から離脱してきました。


 ティベリウス君達を追っていた群れはバッカス陣営の思惑通りに全速力で駆けていき――真正面から現れた別の群れと激突していきました。


 魔物達が正面衝突した事で発生した肉と骨の弾ける音を聞きつつ、ティベリウス君は上手く誘導できた事に小さくガッツポーズを取りました。


 魔物側は上手くしてやられましたが――。


「……これもう何度目でしたっけ?」


「上手く決まったのは3度目だな。敵も随分減った。減ったが殲滅するにはこれをあと500回以上カマしてやらないと駄目かもな」


「うへぇ」


 先輩士族戦士に問うたティベリウス君はその答えに渋い顔を浮かべました。


 やれと言われればやるが、それをやっているだけでは時間が足りない。このままだと魔物を殲滅する前にティアマトがマティーニに到達する。そう考えながら――。


『次の仕事だ。例の肉入りゴーレムが砲撃部隊に追いつきかねない状況らしい。撤退を援護するぞ!』


『了解』


 全員が休む間もなく走り始め、直ぐに次の戦場へと辿り着きました。


 今度は騒乱者側の動きが早く、墓石屋の転移魔術で送り込まれてきた人型機械によって砲撃部隊とそれを守る部隊が乱戦状態に陥っていました。


 転移で送り込まれてきたのは人型機械だけではありませんでした。


『爆弾来ます! 対処を!』


「盾隊行けッ!!」


 別所で観測データを見ていたマーリンちゃんが素早く連絡を寄越し、ティベリウス君の所属する部隊の長が部下に突撃を命じました。


 突撃が行われたのは乱戦の真っ只中。


 真っ只中に爆発寸前の爆弾が転移魔術で送り込まれ――。


「ッ!!」


 破裂し、破壊と爆風を撒き散らそうとしました。


 ですが、大盾を構えたカンピドリオの人狼達が爆弾が転移してきた場所を囲い、障壁魔術で隙間を埋め、爆風を強引に上方へ逃しました。


『次、来ます! 今度は魔物!』


『了解!』


 今度は魔物が転移魔術で飛ばされてきましたが、マーリンちゃんの声と魔術で魔物の転移場所を知った士族戦士が即座に対応しました。


 魔物が転移してくる場所に槍を投げました。転移で飛ばされて来た魔物は実体を現したのと同時に急所を貫かれ、絶命しました。


「よしよしッ! 一度に転移してくる質量には、やはり限りがある。追いついて対処すりゃワケねえな!」


「優秀な観測手がいてくれるおかげだな。これ終わったら一杯奢らねえと」


「女の子らしいぞ」


「マジかよ嫁にする」


「でもついてるらしいぞ」


「マジかよ……」


『次が来ますよ対処して!』


「了解了解……!」


 マーリンちゃんに声をかけられ、士族戦士達は人型機械の相手をしつつ、敵の転移魔術に対しても対応をしていきました。


 対応し始めた事は騒乱者側にも直ぐ伝わる事になりました。



『んんッ……?! 転移が失敗した、のか……?』


 機屋に言われ、乱戦が起こっている場所に転移魔術で人型機械や爆弾、そして魔物を送り込んでいた墓石屋は思ったほどの効果が出ていない様子に怪訝そうにしました。


『機屋、そっちで何が起きてるかわからんか? 吾輩からでは煙幕で見えん。爆弾も爆発はしたみたいだが、変な形で破裂したらしく――』


『敵に転移の兆候が読まれ始めたみたい』


 機屋は眉間にシワを寄せ、「バッカス陣営が転移魔術にも対応し始めた」と言いながら墓石屋に言葉を続けました。


『おそらく近衛騎士カスパールの戦闘記録も使って転移の兆候を把握したんだ。敵の観測手はホント、頭おかしいぐらい優秀だね。視鬼を思い出すぐらい』


『近衛騎士のものとは少し変えたのだが――』


『そこのすり合わせは今回の戦闘で使った転移魔術の記録も使っているんだと思う。まだ戦闘始まって1時間も経ってないけど、結構バンバン使ってたからね』


『見切られたか。ならば――』


『揺さぶってあげて』


『承知』


 対応され始めたのは理解した。


 なら、こちらもそれ相応の対応をする。


 そう考えながら笑った墓石屋は再び転移魔術を行使しました。


 味方の観測データも束ね、転移魔術の兆候を掴むための観測網を整備したマーリンちゃんは新たな転移反応に表情を引きつらせました。


 墓石屋は転移を行う場所を大きく揺さぶり始めました。乱戦の真っ只中に限らず、戦闘区域から少し離れた場所――ただし後々の退路で困る場所などにも転移魔術で爆弾や魔物を送り込みました。


 兆候が見えても全てを防ぎ切る事は出来ず――。


『そぉら、尻が見えているぞ』


 乱戦の上空で弾けた爆弾が「ぶわり」と煙幕を押しのけ、転移銃撃を通す穴を作りました。


 マーリンちゃんは「防ぎきれない」と見るや、煙幕が除去される範囲を即座に計算して煙幕の穴が発生する場所から退避勧告を行いました。


 それによって被害は小さく済んだものの、被害ゼロというわけにはいきませんでした。ジワジワとバッカス陣営の数がさらに削られていきました。


「クソッ……。だが最初の頃よりは対応できるようになった!」


 ティベリウス君は仲間の犠牲に歯噛みしつつも射殺された仲間の死体を担ぎ、退避を始めました。この場での役目が終わったため、先に退避した砲撃部隊を仲間達と共に追い始めました。


 人型兵器はしつこく追いすがってきましたが、砲撃部隊の退避が終わったため無駄な交戦は避ける事になりました。


「……こっちは被害を減らすのが精一杯かも……。けど、ボクらが長く生き残って砲撃を続けているだけでも意味はあるはず……」


 マーリンちゃんは被害を食い止めきれなかつた事を悔やみましたが、それでも「上手くやれている」と考えていました。


 考えつつ、次の転移の兆候を掴もうとしていましたが――その時、騒乱者側の新たな動きに気づきました。


「新手のゴーレム……! まだアレ残ってるのかぁ~……!」


 ティアマト内から出てきた人型機械が飛び立ちました。


 ただ、それは4体だけだったため、それを目にしたマーリンちゃん達も「それぐらいなら大した脅威ではない」と考えました。


 その人型機械が攻撃に転じるまでは――。


「あれっ……? アイツら、他と装備が違う……?」


 新たに出てきた人型機械は他の人型機械と違い、背中に巨大な円盤を担いでいました。そして両腕に長大な槍のようなものを持っていました。


 4体の人型機械は煙幕舞う戦場ではなく、戦場の上空へ――バッカス陣営の手が届かない遥か高みへ上昇していき、背中の円盤を稼働させ始めました。


 そして、手に持った槍を地上へと向け――。



すさみ、穿うがて」


 儀式魔術まじゅつを行使した天気屋の詠唱オーダーを実行しました。




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