頭をつぶす
戦争屋が「司令部」を強襲したその時。
セタンタ君はまだ戦っていました。
自分の所属していた部隊が壊滅的打撃を受けたため、他の部隊に合流して魔物の数を削りながら移動していました。
目前の魔物達を倒した後、部隊長が司令部に指示を仰いだ事でセタンタ君達も異変に気がつく事になりました。
「――皆、周辺警戒。ちょっと状況確認に時間がかかりそう」
煙幕の中、知人である部隊長の傍で戦っていたセタンタ君はその声を聞き、眉を潜めながら問いました。
「なんかあった?」
「交信網が不具合起こしてる。多分、司令部が襲われた」
「…………!」
セタンタ君は真っ先にマーリンちゃんの事を案じました。
彼女が司令部付きで仕事をしている事を聞いていたため――。
マーリンちゃんを助けに行くため、思わず走り出そうとしていたセタンタ君の首根っこを部隊長は掴みながら他の部隊と何とか連絡を取り合い、状況確認を行いながら味方に指示を飛ばしました。
「皆ー、ちょっと司令部行こう。敵が急に来たみたい」
自分達の部隊が一番近いから救援に向かう。
そう宣言した部隊長に従い、セタンタ君達は再び動き始めました。
司令部が強襲された事に動揺しつつも、粛々と動き始めました。
『敵騒乱者が急に現れたみたい』
部隊長は移動しつつ情報を集め、セタンタ君に交信魔術で語りかけ始めました。
『司令部は壊滅的な被害を受けたみたいだけど、魔物の軍勢が辿り着くまでまだ時間がある。まだ死体を奪還してその場で蘇生する機会はある。だから仮にマーリンちゃんもやられていてもまだ助けられる』
マーリンちゃんとも知人である部隊長は『だから落ち着きなさい』とセタンタ君をなだめつつ、よく警戒しながら走り続けました。
『どれだけの数の騒乱者が来たんだ?』
『推定1人。司令部から断片的に聞こえた交信内容から察するに、例の転移魔術使いに転移させてもらって、敵が1人で強襲してきたみたい』
『それっておかしくね?』
セタンタ君は状況を聞き、疑問の交信を漏らしました。
『司令部は交戦せずに、特に念入りに隠れてたはずじゃん。敵が転移魔術でいきなり強襲できるほど簡単には位置がバレないはず……』
味方にも簡単には位置を教えてくれないのに、戦闘開始からそれほど時間が経ってない状態で見つかるのはおかしい。
セタンタ君はそう疑問しましたが、部隊長もそこは疑問だったらしく、『司令部内に裏切り者がいるとか?』と言いました。
『もしくは敵がこっちの交信網を解析して、パパッと交信の中心地を割り出せるほどの凄腕だとか』
『考えたくもねえ、そんな可能性。今回、交信網の仕切りはブロセリアンド士族がしてるはずっしょ?』
『うん。まあ、とりあえず目の前の事に対処しましょ。難しい事は上の人間が考えてくれるだろうし』
『その上の人間が司令部に集まってたはずだけど?』
『元気にしている事を祈りましょう』
彼らの祈り虚しく、司令部は壊滅していました。
初撃で大打撃を与えた戦争屋は不要になった誘導弾装備を破棄し、大戦斧を振り回してバッカス陣営の人間を次々と殺害しました。
司令部付きの護衛達ですら次々と斬り伏せ、逃げようとしていた交信手を蹴りつけて即死させ、何とかデータを取ろうとしていた観測手を解呪魔術で無力化しながら殴り殺しました。
戦争屋の後続として、魔物が墓石屋の転移魔術で1匹ずつちまちまと送られてきましたが、送られ始めてきた時にはもう大勢は決していました。
『アリスト、もう30体ほど魔物送りつけてここ制圧しておいて』
『その場を制圧し切るのは難しいと思うが――』
『どっちにしろ、その転移魔術じゃ大群を一気に送り込む事はできないでしょ。走ってきた魔物の群れが辿り着く前に、交信網途絶で異変に気づいたバッカスの部隊がここを奪還しに来る方が早い』
そう言いながら戦争屋は後は魔物に任せ、煙幕に紛れて離脱を始めました。
『ここを制圧し続けるのは難しい。敵も交信網復旧するために死にものぐるいで仕掛けてくる。だから、無理せず復旧を遅らせる』
『よくわからんがわかった』
『あの子がここにいないのが気になるけどねぇ……』
戦争屋は仲間にそう言いながら隠形魔術を使い、煙幕の作り出す闇の中へとするりと消えていきました。司令部の救援に辿り着いた部隊に気づかれないまま。
「マーリン! どこだ! マーリン!?」
戦争屋とすれ違った事に気づかないまま、司令部の鏖殺現場に辿り着いたセタンタ君は槍を振るって魔物を倒しつつ叫びました。
魔物を倒しながら走り、マーリンちゃんの姿を探し求めました。
ですが、彼女の姿は司令部にはありませんでした。
「クソッ! まさかアイツ、さらわれたんじゃ……」
『セタンタ! セタンタ聞こえる!? いま司令部に来てるのってセタンタ達?!? 直ぐに引き返して!』
『お、おまっ……! 無事だったのか!?』
急に飛んできた交信を聞いたセタンタ君は慌てて応じつつ、マーリンちゃんが生きている事に安堵しましたが――それどころではないマーリンちゃんはセタンタ君と他の冒険者達に大慌てで指示を飛ばしました。
彼女は偶然、司令部を離れて観測に出ていた事で難を逃れて地下道にいました。状況確認のために魔術を使っているうちに、司令部とは別の異変に気づき――それに対応するためにセタンタ君達に連絡をしました。
『ボクの件は後回し! それより急いで引き返して! 司令部が襲われたのは陽動も兼ねての話だから!』
『陽動ってどういうこと?』
セタンタ君の部隊長が――マーリンちゃんの示したポイントに移動しつつ――セタンタ君達を率いて移動しながら疑問すると、マーリンちゃんはその件に関しては教えてくれました。
『敵騒乱者は司令部救援のために近づいてきた部隊を――蘇生班も狙ってるの! いま近場の部隊が蘇生班守るために交戦してるから応援に行って!』
マーリンちゃんの導きに従い、走った先に待っていたのは司令部と同じく死体が転がる鏖殺の現場でした。
ただ、敵は――戦争屋は交戦した相手を乱雑に攻撃していったらしく、司令部と違ってまだ生存者がいました。かろうじて生きている程度の人々でしたが――。
「おい、大丈夫か!? 何があった!? 蘇生班は!?」
「騒乱……者が、不意討ちを……。蘇生班の死体を、持って、逃げて……」
セタンタ君達が辿り着いた時にはもう手遅れでした。
数珠つなぎにした死体を担いだ戦争屋は鏖殺の現場からさっさと離れ、合流した魔物達に向けて死体を放り投げました。
その死体の多くは再起の要である蘇生術師でした。
バッカス陣営は司令部を潰されただけではなく、その救援に向かっていた蘇生術師を殺され、死体を奪われてしまいました。
全ての蘇生術師がいなくなったわけではありませんが、術師の数を減らされた事で全員を蘇生するまでの時間を強引に引き伸ばされる事になりました。
セタンタ君達は生き残りと回収できるだけの死体を持ち、2つの鏖殺現場から離れ、魔物の大群から離れましたが……蘇生術師の不足で司令部の復旧には時間がかかる事になりました。
「やってくれるなぁ、もうっ……!」
マーリンちゃんは地下道内で急ぎ魔術を行使していました。
司令部の復旧に時間がかかる。
それは交信網の復旧にも時間がかかる、という事態にも繋がりました。
交信網で絶えず連絡を取り続ける事により、砲撃部隊を分けても緻密な連携を取っていたバッカス陣営は大混乱に陥る事になりました。
「おい、次はどこ行けばいいんだ……!?」
「知らねえよ! 砲撃地点どころか、魔物の大群の位置もわかんねえんだぞ……」
「おい! 引き返せ引き返せ! 進行方向にも魔物がいる! たくさん!」
「いや、でも、引き返したら後ろの魔物の大群にも襲われ――」
「強行突破するしかないか!?」
「馬鹿言うな! 小部隊に分けた状況であれだけの数、突破できるはずが――」
「口論してる場合じゃねえッ! 来るぞッ! 前後、両方から……!!」
バッカス陣営は、機動力優先で部隊を分けたツケを払う事になりました。
雲霞の如く押し寄せる魔物達に――人よりも巨大な魔物達の軍勢に押しつぶされ、各個撃破されていく事になりました。
例え死んでも蘇生魔術で再起できる。
何度でも立ち上がれる。
そう信じていたバッカスの戦士達の死体を魔物達は足蹴にしました。
多くの戦士達が、頼みの綱である蘇生術師達も魔物達に蘇生を妨害されている事を知らず、バタバタと死んでいく事になりました。
「敵陣営の損耗、推定5割ってとこかな」
人型機械や魔物に取り付けた送られてくる映像を見つつ、そう言った機屋は「これはもう決着がついたでしょ」と言いました。
蘇生も間に合っている様子がない。
そもそも敵は死体の奪還すら覚束ない状況だと分析しながら。
「後続の増援部隊が速度上げて迫ってるけど、彼らはもう間に合わない。……マティーニの方にはまだ動きないけど、これはもうこの迎撃部隊じゃなくて神器強奪部隊の方を警戒すべきじゃないかなぁ」
「逆にこちらを叩きすぎたかもしれないぐらいですか」
「そうかも~」
天気屋の言葉を機屋は肯定しました。
ですが、戦争屋は真反対の意見を述べました。
『まだだよ』
戦争屋がそう言ったのとほぼ同時に、バッカス陣営の少女が声を上げました。
「まだだよ」
魔物達の大行進で起こる地響きを聞きつつ、暗い地下通路内で全力で魔術を行使しつつ、猫系獣人の少女は叫びました。
「まだ終わってない!」
彼女は生き残った部隊に急ぎ、連絡していました。
『交信網を再構築します! 交信魔術使える人、誰でもいいから協力してください! 敵の位置情報を全部隊に届けるのに協力して!』
交信魔術は希少な魔術ではありませんが、独力で使える魔術師は限られます。
ですが、司令部にしか存在しないわけではありません。
各部隊に所属している交信手や、交信魔術の心得はあるものの熟練者ではないため他の仕事をこなしていた人々の力がかき集められていきました。
『確かに交信魔術使えるが、交信網構築できるほどじゃ……』
『私も。個人交信が精一杯』
『ちょっと脳みそ貸してくれるだけでいいんで!! そしたらボクが皆さんを媒体にして魔術使って、強引に交信網作るんで!!』
こちらの魔術干渉に抵抗せず、脳の領域を一部だけ貸してください――と言われた魔術師達は困惑しつつも「このままじゃ負ける」という想いから少女の訴えを聞き届けました。
交信網の中核の役目を担った少女は一気に押し寄せてきた情報と声の濁流に吐きそうになりつつも堪え、鼻血を出しながら魔術行使を続けていきました。
地上では別の動きも起こっていました。
「とにかく交信手の蘇生を最優先! 蘇生しても起きないなら気付け薬を使え! 殴るのはさすがにやめろ! 指揮官共は後回しでいい!!」
司令部から回収された死体に蘇生魔術がかけられていました。
蘇生術師の数が減っており、蘇生に時間がかかる事もあり、交信網復旧のために交信手の蘇生が優先的に行われていました。
それにより少しでも早く少女の負担を軽減しようとしていましたが――。
「どれが誰かわからんな……。五体満足な死体なんてねえぞ」
回収された死体はどれも酷い状態でした。
誘導弾の爆発で体の全面が焼け焦げている死体はまだいい方で、戦争屋の斬撃でバラバラになった死体や、魔物に食い散らかされた肉片など、まともな形で残っている死体は殆どありませんでした。
一見、肉片の山から交信手を探すのは困難に見えました。
ですが、このような惨状、バッカス王国にとっては「よくある事」でした。
対策も講じられていました。
「腕章を見ろ! もしくは識別刻印をしっかり見ろ! 胴体のどこかにある!」
「服脱がせ服脱がせ。いま裸体に興奮するのはやめろよ」
「しませんよ! 死体愛好者じゃないんですから……!」
魔物との大乱戦が予想される場合、識別の刺青を刻む。
バラバラの肉片でも識別用の刻印で「この死体は誰のもので、どういう役割を担っていたか」がわかるようになっていました。
かき集められた肉片の山に飛びつき、パズルのピースを探すように交信手を示す刻印が刻まれている肉片を見つけ出し、それが生き残りの蘇生術師に投げつけられていきました。
蘇生術師は魔薬をガブ飲みしつつ蘇生魔術を行使し続け、蘇生した人間は救護班が強引に起こしていくという流れ作業が始まりました。
この流れ作業により、万全の交信網構築のために必要な交信手達が復帰し始めました。蘇生の失敗や死体を回収しきれなかった事で当初より数が減りましたが、それでもマーリンちゃんの負担は減っていく事になりました。
『マーリンちゃんごめーん! 寝てたー! こっちでも引き継ぐからー!』
『ひぃ、ひぃ! おねが~い!』
魔薬をガブ飲みしながら必死に交信網を構築していたマーリンちゃんは、蘇生された交信手達に手早く仕事を引き継ぎ、地下道の壁に寄りかかって肩で息をしながら「これで少しは休める」と思いました。
『教導隊長の弟子! 何を休んでいる!? 仕事はまだ沢山あるぞ!』
『残存部隊の確認はまだか!?』
『部隊の再編成が遅れている! 弟子殿は職務放棄中か!?』
『増援の現在位置と別働隊はどうなっている!?』
『マーリン!』
『弟子殿!!』
「もうやだ帰りたい~~~~っ!!」
一息つく時間など訪れませんでした。
マーリンちゃんはボロボロと涙を流しつつ、鼻水混じりの鼻血を出しつつ、それでも反射的に魔術行使を続けて仕事を続けました。
死体の分別作業が終わったセタンタ君はマーリンちゃんが「もう帰りたいと言ってる頃合いだろうな」と思いながら同情しながら前線に戻っていきました。
自分も戦うために。
「……敵の損耗速度が急激に収まってるっぽいかな~……」
『ありゃー、立て直し早いなー』
一度崩れたバッカス陣営が立て直しつつある事は騒乱者側にも伝わりました。
一方的な蹂躙が始まっていたはずが、抵抗にあって魔物や人型機械の撃破が再び始まった事で察していきました。
機屋は「苦労して敵の司令部割り出したのに」と歯噛みしつつ、敵の交信網を再び破断させるために動こうとしましたが――。
『僕のミスだ。マーリン殺し損なったのがマズかったかな』
『例の子か。そういう人材が育っているのは靴屋も喜んでいるかもな』
『誇りだ、と言っていたよ』
『だがしかしどうする。敵がまだ踏ん張っているのは面倒だぞ』
『いまから敵の新しい司令部を割り出す時間はない。戦闘も佳境に入ろうとしているからねぇ。このまま弱いとこ削るのを続行すればいい』
『それで勝てる?』
『どうかな』
ニイヤド商会内で2番目にバッカス陣営の手管をよく知っている戦争屋は機屋の問いにハッキリとした答えませんでした。
ティアマトは、強力な再生能力により無傷で健在。
魔物の大軍勢も健在で、数の面では未だに圧倒している。
人型機械は当初より効果的な活躍はできなくなったが、まだ使える。
ニイヤド商会の騒乱者はまだ誰も欠けていない。
騒乱者と魔物側の方が未だに優勢――――のように見える。
一見するとそう見えるだけ、と彼は考えていました。
『こちらはまだマティーニに辿り着いていない。神器にも手が届いていない。敵は神器を奪って逃げるという手を残している』
『それは奪い返せばいいし、駄目ならティアマトを暴れまわらせて、ティアマトの力で西方諸国に出来る限り破壊をもたらせばいい。そして、協定違反を理由に神の手で西方諸国にトドメを刺させればいい……という話だったでしょう?』
『うん、そうなんだけどね』
戦争屋は焦燥感を抱えていました。
上手く行き過ぎている、という焦燥感を。
ですが、それすらも楽しみに感じながら彼は戦場に駆けていきました。
駆けつつ、仲間には聞こえないように呟きました。
『まあいいか。僕らが負けた方が、あの人は安堵してくれそうだし』
この場の勝敗にはこだわらない。
とにかく楽しもうと考え、新たな獲物を探し求め始めました。




