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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
二章:足跡の読み取り方と砂塵舞う採掘遠征
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人間の追跡の仕方



 マーリンちゃんによる行方不明者追跡は続きました。


 谷に落ちていったと思しき冒険者はそこで死んだりしなかったようでしたが、そこでさらに魔物に出くわし、森の奥地に追われ逃げていったようです。


 奥へ奥へと逃げていく足取りを追っているうちに夕暮れ時を通り越し、日が落ちていき、マーリンちゃんとセタンタ君は暗視の魔術も行使しつつ、駆け出しリーダーを導き、奥地へと踏み込んでいきます。


「谷で会った魔物は何とか撒いたっぽいね」


「ならなんでこんな面倒な方向に逃げていってるんだ……」


 駆け出しリーダーがさすがに焦った表情で呟きました。


「仕方ないよ、森の中なんて目印らしい目印無いし、コンパスも羅針計も無いとなると一度道を見失うと同じとこぐるぐる回ったりしてもおかしくないもん」


「魔物がいる状況で孤立してたら混乱もする。追われているうちに自分がどこから来たのか道も見失いやすい。立ち止まって救助を待つのも、場所を選ばないと魔物に襲われるだけになるかもしれない。仕方ないだろ」


 灯台の如く、街明かりを目印にするという手もありますがいまは地勢的にそれは難しいようで、緩やかに下へ下へと降りていってる状況です。


 郊外に慣れてないいない駆け出し冒険者という要素もあるので、仮に街明かりが見えていても冷静にそれを頼りに出来るとも限りませんが……。



 追跡開始して3時間以上経ちましたが、いまだ死体も見つかりません。


 セタンタ君達は追跡の手を緩めず、携行食を食べながら行軍を続けました。


「引きずられたような跡でもないから、ちゃんと自分の足で逃げてるね。ふらふらと蛇行しながら小走りで、それでいて時折、ピタッと止まったりしてる」


「大方、魔物を見つけて進路変えたりしたって事か」


「それっぽいかなぁ。靴の向きから察するに視線の先にベタァと魔力の痕跡残ってて、そこから木に隠れつつ距離取ったりしてる。完全に迷ってるから来た道を戻ったりもしてるけど、おおむね奥地に進んでいってるね」


「そろそろ追いつけてもおかしくないんだけどな……」


「だねぇ。と言いたいとこだけど、1時間以上前に通ったものっぽい」


 あと、ちょっとまずいかもとマーリンちゃんは小声で話しかけました。


 憔悴した駆け出しリーダーには聞こえないように。


「気づいてる?」


「ああ」


「魔力切れ起こしかかってるのか、魔力の方の痕跡がすごい微かなものになってる……。魔物の魔力で上書きされてるところも多いから、そろそろ魔力頼りに追うのは難しくなる……かも」


「そうか」


 それでも追うしかありません。


 痕跡が薄くなっている事に最初に気づいたのはマーリンちゃんでしたが、やがて二人に倣って痕跡を見ていた駆け出しリーダーもその事に気づきました。


「あ、アイツの魔力の反応、無くなっていっていないか……?」


「痕跡そのものはまだ残ってる。大丈夫」


 大丈夫でない可能性の方が高いですが、セタンタ君はあえてそう言いました。


 そして襲ってきた魔物を手早く倒しつつ、駆け出しリーダーを落ち着かせるためにマーリンちゃんが目を凝らしている痕跡について説明しました。


「土質の問題があるからどこにでもは無いけど、足跡そのものはいくらか残っている。人の靴跡は魔物と比較する分には特徴的で見分けやすいよ」


「でも、他の人間の靴跡と混じってるんじゃ……」


「マーリンなら物理的な足跡の方も記録してる」


「ここまで何度も見たからねー。あまり使い込んでない23.5のゴム底のブーツ。体重は装備込みで60、70キロぐらいじゃないかなー。あってる?」


「い、いや、そこまでは覚えてない……でもそんな感じだったと思う。ああ、だけど、それだけで追うのは限界があるんじゃないか……?」


「そりゃもちろん。でも他にも痕跡はある。例えばねー、ここの草むらを見てみてー、解説はセタンタ先生にお任せだよー」


 マーリンちゃんはふわふわ浮きながら地面に跡をつけず、先に進んでいきます。


 セタンタ君は少しだけ立ち止まり、駆け出しリーダーにマーリンちゃんが指差し話していた草むらを見せました。


「草にも痕跡は残る。ここの笹なんか、ほぼ一定方向に折れてるじゃん?」


「ああ……。そうか、踏みつけた時に折れてるのか」


「そういう事。飛ぶならともかく、普通に歩く分にはこうやって足の進行方向に草を巻き込んで折れてたりするから、その辺から進行方向を察せれたりする」


「だが、魔物が歩いて折れた後って可能性もあるんじゃないのか?」


「もちろん。幅とかで察せれたりはするけど、足跡以外の痕跡も踏まえて考えたり、草の具合……例えば折れているにしても、明らかに数日前に折れて死んでる草とか、色んな要素を多角的に組み合わせて探すんだよ」


 そう言いつつセタンタ君は先に進み、下ばかりではなく上も指差しました。


「あと、ここに折れた小枝が木から千切れきらず垂れてるだろ? 位置的に、折れず伸びてたらいま追ってる人の顔にかかるあたりだ。進んでる時に邪魔だから押しのけて、無意識に折っちゃったのかもしれない」


「そうか……そうだよな、まだ幽霊になったわけでもないんだ。生きてくれている限り、こんな風に痕跡が残り続けるはずだもんな。大丈夫、大丈夫だ……!」


「…………」


 問題は、この手の人が残した痕跡は魔物にも有利に働きかねない事です。


 匂いだけ嗅いで追ってくる魔物もいますが、獣なりに頭を働かせて追ってくる魔物もいます。そういう魔物に追われないよう、痕跡を残さないように郊外を行軍する方法もあります。


 痕跡がまだ残っている事が幸か不幸か、セタンタ君もまだ計りかねていました。


 それは安否が知れた時にこそわかるでしょう。


「二人とも、ちょっと急いでー」


「わりぃ。直ぐ追いつく」


 マーリンちゃんと少し距離が開いたので、セタンタ君達は駆けました。


「判断材料は目に見えて残ってるものだけじゃないよ。ものによってはおにーさんの方がボク達よりも判断つくかもだから、考えてみてね」


「僕が? 何をだ?」


「いま追ってるおねーさんの思考だよ」


 死体になっていない以上、歩くだけでも意図は存在しています。


 迷っているなら迷っているなりに、進む道に確信が持てずにふらふらと蛇行して歩いていたり、「やっぱり逆方向なんじゃ」とまったく逆の方向に∪ターンしていく事もあるでしょう。


 郊外を逃げ惑っている駆け出し冒険者の女の子も、恐怖で混乱はしていても混乱しているなりの思考は存在しています。正しいものかどうかはともかく。


「ボクの推理だと、おねーさんはあそこに向かってる……気がする」


「あそこ?」


「ほら、木々の隙間から見えるでしょ」


 マーリンちゃんが指差す方向には山がありました。


 月明かりに照らされ、そびえ立っている大きめの岩山です。


「あくまでボクの推理だから、間違ってたら否定したり責めてね。腰落ち着けようにも森の中じゃ魔物がいっぱいで一人じゃ安心出来ないから、ひとまず岩山まで行って朝まで隠れ潜もうとしているのかもしれない」


「でも、魔物の巣がある可能性もあるんじゃ」


「もちろんそうだね。でも、おねーさんはうずくまって立ち止まるわけでもなく、山の方向に足跡を残していってる。立ち止まってない以上、真っ暗で視界の利かない森の中より月明かりの届く岩山に向けてひとまず逃げる事に決めたんじゃないかな。高いとこまで行けば周辺の地勢や都市の位置もわかるかもでしょ?」


 マーリンちゃん自身、確信があるわけではありません。


 そろそろ広域に展開した索敵と観測魔術が岩山に届く範囲に来ていますが――広域ゆえに大雑把なものでも――範囲内に探し人らしき姿は見つかりません。


 それでも、とりあえず三人は岩山に向けて進む事にしました。


 ここで立ち止まっていては、それこそ見つからないと考えて。


 ただ、探し人は岩山にはいませんでした。


 それどころか痕跡がパタリと消え去っていました。


「こっちに来たのは確かなはずなんだけど……」


「飛行種の魔物に掴まれて連れてかれた、ってのはねーか」


「多分ね。渡りの魔物がたまたま通りがかったならともかく、この辺に生息してる魔物で飛行種って言ったらもう少し奥地に生息してる大型飛竜がいるぐらい。でもアレは鳥目だからこの時間帯は巣にいる筈だよ」


「神様が再設計とかしてなければだろ」


「その辺の可能性も踏まえるとキリがないよー。……あ、ごめん、こっち!」


 マーリンちゃんが慌てた様子で来た道を戻り始めました。


「まだ生きてる!」


 そう叫びつつ、少し戻ったところにある地の裂け目を指差しました。


 駆け出しリーダーはその言葉を信じ、急いで駆けて――地の裂け目に落ちているだけだと思い――そこに飛び込もうとしました。


 飛び込もうとしましたが、マーリンちゃん達に止められました。


「ちょい待ち!」


「なんで止めるんだ!? 離せ! そこにいるんだろ!?」


「魔物と一緒にな」


「あ、吐息くる。下がって」


 駆け出しリーダーが引きずられ、離れた地の裂け目から何かが吹き出しました。


 月明かりを受け、ほのかにきらめく紫色の霧が裂け目から吹き出され、少し風に流されつつも辺りを漂っています。



「何だ……?」


誘眠ゆうみん粉だよ」


「備えなしに吸うとサクッと眠るよー。大丈夫、一応は無事っぽいから、いまからボクとセタンタで助けてくるから風上で待ってて」


 マーリンちゃんとセタンタ君はスカーツやタオルで鼻と口元を多い、外気を吸わないで済むように魔術も駆けつつ、紫色の霧が吹き出る裂け目に近づきました。


「捕まってくれてたから逆に無事だったわけだな」


「無事って言い切るのもどうかと思うけどなぁ、ボクは」


「命あっての物種だろ」


「まあそうだけどさ」


 二人は警戒しつつ、地の裂け目を覗き込みました。


 そこには探していたと思しき駆け出し冒険者の女の子がいました。


 二人よりも少し年上で、軽鎧とタイツのインナーなどを着込んでいる女の子が、力なく裂け目の奥にいる肉塊の上に横たわり、身体を這い回る触手にされるがままになっています。


 魔物に襲われているのです。


 ただ、捕食されそうになっているわけではありません。


 むしろ命を繋ぎ、出来るだけ長く使えるようにという意味では大事に生きながらえさせられています。他ならぬ魔物の手により。


 駆け出し冒険者を捕らえている魔物は肉で出来た触手の塊でした。


 ローパーという種の魔物で、上から覗き込んでいるセタンタ君達に向けて吸えば眠ってしまう誘眠粉を吹きかけつつ、にょろにょろと触手を伸ばして二人を捕まえようとしています。捕まえようとしてますが、あまり素早い動きではありません。


 いま二人が対峙しているのは隠れて待ち構え、粉を吹きかけて人を眠らせ、眠らせたところに触手を伸ばして捕獲し、繁殖の苗床にするタイプです。


 人間を噛み殺したり絞め殺したりするものではなく、飼い殺しにするタイプですね。捕まえた人間を長く使うため、どろりとした数の子のような子種を口内に放って無理やり食べさせたりします。


 数多くある触手のうち、二本は囚われた女の子の股間あたりを弄っていました。


 女の子はぐったりと眠っていますが魔物の方は繁殖活動中のようですね。


「おのれ、ちんぽの化け物め!」


 マーリンちゃんが身もふたもない事を言いました。


「俺が斬って助けにいくから、浮遊して引き上げてくれ」


「いやー、三人分の体重と荷物を浮遊させるのはさすがに厳しいから、魔糸で引き上げるよ。産まされる前に行こう」


「おう」


 セタンタ君がぴょんと飛び降り、ぶにっと肉塊を踏みつつミスリルの槍をぶっ刺し、のたうちまわるチン……触手をすぱすぱと斬り、魔術で身体性能を強化しつつマーリンちゃんの伸ばした魔術のロープに腕を絡め、引き上げてもらいました。


 助けられた女の子は誘眠粉をまともに何度も吸わされたので深い眠りについていますが、それでも生きています。


 ローパーから分泌された粘液などをべっとりとたらしていますが、それでも何とか生きています。


 身を清めさせてあげないと、起きた時悲鳴をあげそうですが……それでも仲間の無事を確認した駆け出しリーダーは喜んで眠ったまま粘液まみれの女の子を抱っこしてくれました。



「近くに水場はあるか?」


「少し離れたところに小さい河があるよ」


「さすがにこのままじゃ問題だから、ちょっと洗うか……」


「ボクも洗いたいよぅ。ぬめぬめだよぅ……♡」


「息まで荒いぞ」


「んっんっ……♡ ちょ、ちょっとコーフンしてきちゃった……♡」


「はいはい、じゃあローパーに相手してきてもらいな」


「ヤダァ!」



 ちなみに、セタンタ君達が相手取ったローパーは人間の女性相手じゃなくても繁殖可能です。救助された男性冒険者の尻からローパーが出てきた事例もあります。


 ローパーが捕まえていてくれたからこそ他の魔物が手出ししなかったという事もありますが、された事を思うと無事とは言い難いでしょう。


 それでも、何とか命だけは守る事が出来たようです。


 少なくとも今のところは守る事が出来たようです。


 しかし、セタンタ君達はまだ気づいていませんでした。


 痕跡を追い、追跡を行っていた自分達が逆に追跡される立場になっていた事には、可能性は頭の片隅で考えつつも、確信には至っていませんでした。


 追跡者達は大地を奔り、飛ぶように、高速で迫ってきつつありました。


 ですが今はまだ、マーリンちゃんの索敵範囲外の事でした。




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