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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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開戦



 教導隊長アハスエルス不在の中、マティーニ北方に展開したバッカス陣営は自分達のさらに北方を睨みながら待ち続けました。


 敵の咆哮が山彦を起こす中、硬い表情でその主がやってくるのを今か今かと待ちつつ――その敵の侵攻を知らす交信手達の言葉に耳を傾けていました。


 交信手達は部隊全体の目の役目をこなしてくれている観測手達の情報を整理し、全部隊に伝え続けていました。


 その観測手の1人が北方を睨みながら生唾を飲み、言いました。


「……来るぞ」


 それは家屋を、川を、森を――大地全てすりつぶしながら現れました。


 津波のようにマティーニに向けて南下してきていましたが、津波よりも遥かに高く征き、山の山頂すらも平らにしながら侵攻してきました。


『ティアマト、加速します』


『最短経路でマティーニに向かっています。迂回気配無し』


 バッカス側は敵がマティーニ北方を大きく逸れ、バッカス側が仕掛けた罠や布陣した戦士達を迂回するルートを取る可能性も考えていました。


 そのため北方以外にも罠を仕掛け、迂回するようなら全部隊を移動させる事を考えていましたが――敵は小細工など不要とばかりに真っ直ぐ南下してきました。


『ティアマト体表より配下の魔物が展開し始めています』


『ティアマト内部に大規模流体反応』


 観測の精度を上げるため機器を使っていたマーリンちゃんがいち早く敵の動きに勘付き、それを皆に伝えました。


 敵の一撃ブレスの兆候を察知し、全部隊に注意を促しました。


 その次の瞬間、まず最初に大気が焼かれました。


 大きく口を開いたティアマトの喉奥から放たれた熱線は大気を焼き、草木を一瞬で焼き焦がし、ティアマトの進路上を次々と焼いていきました。


 ティアマトはブレスを放つ際、まず目前の大地を焼き、徐々に顔を上げていきながら人工山脈の山肌も焼き尽くし――熱線は山脈の向こう側に届きました。


 そのブレスはマティーニの上空を奔り、マティーニ内に立てこもっていた教会関係者の度肝を抜きました。教会関係者だけではなく、バッカス陣営の肝を冷やしました。


『進路上の罠が薙ぎ払われました……!』


『罠はまだある。落ち着け。それより人的被害は――』


『皆無です!』


 バッカス側は敵のブレスを警戒し――まず最初に撃ってくる事を予測し――討伐隊の大半が突貫工事で作られた地下通路に潜り、難を逃れていました。


 難を逃れ、第二射が撃たれる前に反撃を行うため、地上へと飛び出しました。


「さあ行くぞ! 直ぐに砲撃を――」


『退避してくださいっ! 第二射が来ますっ!』


「は――――?」


 地上に飛び出した部隊はティアマトがその大口を閉じようとしているのを見ていました。第一射の残熱を口から漏らし、大気が歪んでいる光景を見ました。


 敵は新たに撃とうとしているのではなく、撃ち終えただけ。


 その証拠に、ブレスの発射口である口も閉じられた。


 それなのに一体どこから撃つ気なんだ。


 そういう疑問を抱き、一瞬、足を止めた人々の直上・・から光が降り注ぎました。



『戦争屋~! 当たったかーーーーッ!?』


『多分ね』


 ティアマト内にいた戦争屋は、墓石屋に返答しつつ、外の様子を写したモニターに視線を送っていました。


 ティアマトの外――バッカス陣営が布陣している大地には熱線が雨のように降り注いでいました。それは広範囲を焼き、バッカス陣営に被害を与えました。


 空から降り注ぐ光の正体は、ティアマトのブレスでした。


 ただ、様々な面で無理をして吐いたブレスのため、威力は第一射に大きく劣るものでしたが――直撃すれば人を一撃で焼き殺すだけの威力は保っていました。


 第一射と違って拡散して降り注いだ光は退避が遅れたバッカスの戦士達を次々と貫いていきました。


 光に頭を貫かれ、脳を焼かれ即死する者や、手足に極細の熱線を受けて手足を焼かれ、その場でのたうち回る者も出ました。


 地形を抉るほどの威力はありませんでしたが、山のあちこちで火事が発生し、火災による煙が立ち上り始めました。それを見ながら戦争屋は『それなりの被害は出たはずだよ』と墓石屋に声をかけました。


 先ほどの天からの攻撃。


 それを実現させた墓石屋に声をかけました。


『それなり? 吾輩、いまの結構苦労してやってみせたのだが!?』


『いやぁ、向こうも死者が大量に出るのは覚悟しているだろうから、蘇生術師も結構な数揃えているだろうし、手足が炭化したぐらいじゃあ治癒魔術で再起してくるよ、バッカスの兵士は』


『生ける屍だな! ちょっと懐かしい』


 墓石屋は転移魔術を使っていました。


 戦争屋と同じくティアマト体内にいますが、戦争屋とは別の場所――熱線の発射口近くに控え、転移魔術によってブレスを空に転移させていました。


 バッカスの観測魔術対策も施された第二射ブレスはティアマトの口からではなく、墓石屋が作成した転移門を通る事でバッカス陣営の不意をつく速射となって人々を焼き殺していきました。


『どうする!? もう一度やるか!?』


『キミの身体が持たないし、ティアマトの身体も保たないよ。不意を打つためにかなり無茶をしたから第三射のチャージは時間がかかるっぽいね』


 それに、と言いながら戦争屋は言葉を続けました。


『バッカスの観測手達なら、今のでこっちが第二射に施していた観測欺瞞を見破っているはずだ。キミが転移魔術を使って飛ばしたって事にも気づいただろう。次はさっきほど上手くは決まんないよ』


『ぬぬぅ……ならば切り札として後に取っておいた方が良かったのでは……?』


『いいんだよ、これで。こっちは転移魔術を使う事で、ティアマトの口を介さずにブレスを飛ばせるって事を刷り込むだけで敵の動きは鈍るからね』


 相手のリソースに圧力かけていこう、と戦争屋が言うと、別の場所から――マティーニ東方の海岸から連絡が届きました。


『うぇ~~~~ん! こっちは圧力かけられるどころか、ボコボコのけちょんけちょんにされて、可愛いボクの可愛いアンデッド軍団が海の藻屑となって散っていってるんですけどーーーー!?』


死体屋メッフィー。そっちの戦況はどんな感じ?』


『だからボコボコにされてるんだって! ボク特製のエルンブ・ヴァルフィッシュも鎧袖一触って感じで、もう50体以上やられてるんですけどぉ!?』


『まだいるでしょ。頑張れ』


『海底で育て上げた無敵のアンデッド軍団にお任せあれ! って豪語していたではないか、貴様』


『言ったけど! 言ったけど相手がアハスエルスって聞いてなかった!! こいつとやり合うならせめて陸地にしておいてよ!! 海が襲ってくるんだよ、海が!!』


 ニイヤド商会の仲間――というよりは外部協力員の死体屋から悲鳴じみた戦況報告が届いてきました。


 死体屋は長年コツコツ時間をかけて作り上げたアンデッドの軍勢をマティーニの東方から差し向ける事になったのですが、東の海岸にぬるりと現れたエルスさん1人に一方的に蹂躙されていました。


 死体屋も必死にアンデッドに指示を飛ばし、何とか数の暴力でエルスさんを押しつぶそうとしているのですが、エルスさんが海に干渉して起こす波濤により、接近すらままならないまま大量の海水に軍勢を押しつぶされている真っ最中でした。


『彼に勝てるとは期待してないから。とにかく時間稼いで』


『図ったな! 図ったな戦そ――』


 戦争屋は、喚く死体屋からの通信の音量を「きゅっ」としぼり、小さな声しか届かないようにしました。


 自分達の方の声は無音ミュートにしつつ。


『説明したんだけどね。そっちはあくまで時間稼ぎが仕事だって。海から大量に仕掛ける事で、海戦が得意なアハスエルスを上手く東側に誘導してね、って』


「誘導できたのだから、問題ないでしょう」


 ボヤいた戦争屋に対し、天気屋がそう言いました。


「最も警戒しなければならないアハスエルスはこちらの狙い通り、東側の迎撃に出てくれた。おかげでマティーニが攻め落としやすくなる」


『まあね。でも、あまり長く足止めはできないはずだよ。彼も東側のアンデッドをある程度潰したら返す刀でティアマトへの攻撃に戻ってくるから』


「戻ってくる前に何とかマティーニに乗り込まないと……」


『その前に、敵の方がマティーニに攻め入って神器を強奪してくるかもね。情報によれば複数の騎士がもうそのために控えているみたいだから……』


 戦争屋はそう言いつつ、戦場全体を写したモニターの一点を――マティーニを「とんとん」と叩きました。


『ただ、強奪作戦そっちに関しては靴屋が止めている。限度はあるけど』


「そこはあまり期待していません。一刻も早く、マティーニを……」


 天気屋はそう言い、焦り顔で爪を噛みました。


 戦争屋は大きな指を動かして天気屋の腕に軽く引っ掛け、既にボロボロの爪を噛ませないようにしながら言いました。


『まあまあ落ち着いて。最悪、神器は強奪されてもいいんだから。協定の関係でね』


『…………』


『どーんと構えておいてよ。戦闘は僕達がこなすから、動機キミはどっしり構えて、戦闘が終わるまで生き延びる事を考えて』


「…………」


「前方及び側方で煙幕展開」


 戦場全体の様子を観測していた機屋が報告する中、ティアマトの周囲を乳白色の煙が包み始めていました。


 それは火事の煙とはまったく別の煙であり、立ち上らず、地を這うようにティアマト周辺の大地を覆い隠しつつありました。


 煙幕それに痛い目を見せられた墓石屋は呻き、言いました。


『アワクムを襲った時の煙幕か! 吾輩、あれ嫌い!!』


『率直な感想ありがとう。まあ好きなのは敵ぐらいだろうね。あっちの視界は通るけど、こっちの視界は通らないだろうから――』


 そう言った戦争屋はチラリと機屋に視線を送りました。


 それを受けた機屋は頭を振りました。


「駄目。前に敵が使っていた時のものを解析したけど、今回はパターン変えてる。解析データ活かしてこっちも見通すってのは厳しい」


『残念。なら、こっちもアレを利用させてもらうってのは?』


「それはいけると思う。再度解析して調整の必要あるけど」


『頼むよ』


「りょーかい」


 笑顔で応じた機屋はさっそく作業に入っていきました。


 戦争屋はその様子に満足げに頷いた後、外部の様子を写したモニターに視線を戻しましたが――そのうち1つが真っ黒になっていました。


 それに気づいた次の瞬間、別のモニターの映像もブツンと消えました。


 地表から飛んできた斬撃に潰され、消えました。


『仕掛けてきたか、エレイン』




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