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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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先行



 ティアマト討伐隊に参加したセタンタ君とマーリンちゃん達は、エルスさんが率いる先遣隊に参加してマティーニ近郊まで到着していました。


 マティーニの穀倉地帯を囲う人工山脈内に布陣した先遣隊は――騒乱者の罠がある可能性もあるため――山脈内を一通り調査した後、交代で休みながらティアマト迎撃の準備を進めていました。


「…………。ふぅ」


 セタンタ君は仮眠を取り、山の木々が鳴らす葉音と、鳥達のさえずりを聞きながら目覚めました。


「お前ら、早く逃げねえと死ぬぞー……」


 セタンタ君は伸びをしながら鳥達に語りかけました。


 鳥達は突然やってきた集団に驚き、距離を取りつつも山から完全には離れずにいました。この場が戦場になると知らず、さえずり続けていました。


「あ゛ー……。久しぶりの強行軍は少し堪えるな……」


 少年はそう言いつつ、治癒魔術で身体をほぐしました。


 遅滞作戦も行われている事で、セタンタ君達は何とかティアマトを追い抜かしていました。が、寝ずに走り続ける強行軍だったため、治癒魔術で体調を無理やり整えないと倒れそうな状態でした。


「よしっ……」


 足先から脳みそまで治癒魔術で整えたセタンタ君は、山の頂上付近に設けられた仮眠場所から立ち上がりました。


 立ち上がり、手をニギニギしつつ、いつでも戦闘が出来る状態に身体を整え終わったセタンタ君は、自分の方に近づいてくる猫系獣人の姿に気づきました。


「おはよう、セタンタ」


「おはよう。つってもちょっと寝てただけだが……」


「魔術でぐっすり眠ったとはいえ、1時間程度の仮眠じゃあ強行軍の疲れは取れないよね。あと、魔力の回復もたかが知れてるだろうし」


「精神的には少し楽になったよ」


 セタンタ君はそう言って肩を回した後、マーリンちゃんの差し出してきた朝食と飲み物に手をつけました。そして飲み物を口にして少し顔をしかめました。


 飲み物からほんのりの薬の味がしたので。


「おいこれ、魔薬入ってんじゃねえか」


「そうだよ?」


 回復しきっていない魔力を補填するため、ティアマト討伐隊の面々は魔力回復用の魔薬を服用していました。


「セタンタ、休めない長丁場だと食事と一緒に魔薬飲んじゃうじゃん。だからボク、気を利かして林檎味のもらってきてあげたのに嫌だった?」


「今日は食後に飲む気分だった」


「えー」


「まあいいや。ありがとよ」


 セタンタ君は朝食のパンをあまり咀嚼せずに手早く食べ、魔薬で流し込んで手早く食事を終え、仕事道具を整え始めました。


 その間もマーリンちゃんが傍から離れないため、手は止めずに「お前は働かなくていいのか?」と問いました。


「ボク、いま待機中だから」


「ふぅん……。そういやお前はどこ配置になったんだ?」


「司令部付きだよん」


 マーリンちゃんは尻尾をふりふりしつつ、腰に手を当てて答えました。


「まあそうなるか。連携が重要な作戦だし、交信網の構築大事だもんな」


「いや、交信網はブロセリアンド士族が整備してくれるから、ボクの出番はないよ。交信手達が一気に死なない限りは」


「そりゃ楽できそうだな」


「……観測と索敵と解析を必要に応じて並行してやらなきゃだけどね」


 笑顔だったマーリンちゃんは一転してゲッソリとした表情になり、ブツブツと「師匠も人使い荒いんだから……」とエルスさんへの文句を吐きました。


 セタンタ君は「大変だな」と言いつつ、マーリンちゃんの肩を叩きました。


「お前も仮眠取れよ。アワクムに乗せられてた魔薬だけじゃ限りあるし、薬に頼らず魔力回復しとかなきゃ」


「休みたいけど、連絡が飛んでくる可能性あるからさ~」


「あー」


「ラゴウ君は遅滞作戦組の方に行ってるから、ボクは首都からの増援来るまで休めない予定なのだ」


 マーリンちゃんは今やるべき事は終えて手持ち無沙汰になってるものの、連絡係として仕事をしないといけない可能性もあるので起きているようでした。


「だからボクいま暇。お話しよ~?」


「俺はこれから罠敷設の手伝い行くから無理――」


「いたいた、セタンタ君ー! 罠敷設だけど敷設位置の計画が練り直しになったから、ちょっと待機しててー」


 そう言われたため、セタンタ君はしたり顔のマーリンちゃんに少しだけ憮然とした顔を向けた後、「しょうがねえな……」と言いながらその場に座りました。座ってマーリンちゃんの求めに応じました。


「他の部隊はまだ到着してないのか? ガラハッド達も」


「うん。まだ先遣隊ぼくらが到着してるだけだよ」


「ガラハッドのヤツ、ちゃんとついてこれてるかな……。襲われてねえかな」


「他の人達もいるから大丈夫だよ」


 ガラハッド君達は先遣隊よりも安全なルートを通り、物資の運搬をしながらマティーニに向かっている途中でした。


 マーリンちゃんは「ガラハッドが所属している部隊が襲われた報告は届いてないよ」と言いつつ、言葉を続けました。


「ただ、遅滞作戦部隊には被害が出たよ」


 ティアマトの侵攻を少しでも遅らせるため、敵の攻撃を警戒しつつ遅滞作戦を行っている部隊がいたのですが、それが「一部が壊滅した」という報告がマーリンちゃんのところに届いていました。


 単に被害が出ただけではなく、「壊滅」という言葉を聞いたセタンタ君は居住まいを正し、「何があったんだ」と問いました。


「やっぱ敵の転移狙撃か?」


「それもあるけど、一番被害を与えてきたのは……戦争屋って騒乱者だって」


 マーリンちゃんはエイさんの名前を出しかけましたが、「まだ確定したわけじゃない」と思い直し、戦争屋という呼称を使いました。


 遅滞作戦部隊は敵の転移狙撃を警戒し、上手く立ち回っていたそうですが、何度も行動しているうちに敵に動きを読まれてしまったようです。


「工作しようとしていたところに急に戦争屋が転移してきて、そのまま蹂躙されたって。墓石屋の転移魔術で飛ばしてもらって強襲してきたみたい」


「生き残りは?」


「いない。現場での蘇生間に合わなくて首都で蘇生された。戦争屋の手は何とか逃れた人も、逃げた先に待ち構えていた墓石屋に撃ち殺されたみたい」


「うーん……これ以上の時間稼ぎは厳しいか……」


「うん。……あ、それと、セタンタが寝てる間に統覚教会がボクらの動きに感づいて使者を送ってきたよ。お前らなにしてるんだー、って」


 セタンタ君は山肌に隠れて見えないマティーニの方向をチラリと見た後、「思ってたよりも早かったな」と言いました。


「大事にはならなかったのか?」


「んー……向こうは外交筋で文句言って大事にしてやるー、とかなんとか言ってたけど、現場ここではちょっと小競り合いがあった程度」


 教会側が攻撃を仕掛けてきたものの、「軽くいなしたからお互いに被害は出ていないよ」とマーリンちゃんは言いました。


「マティーニの兵力を差し向けてくる気配もあったけど、使者の応対した師匠がそれとなく脅したらからこっちには来ないと思う。マティーニ内で籠城の準備が始まってるけど」


「ふぅん。まあそれは大した問題じゃあねえだろ」


 セタンタ君は教会側の動きを鼻で笑い、ほんの少し黙った後、マーリンちゃんに問いかけました。


「教会のえらいさん達はどうしてんだ? 使者として来なかったのか?」


「うん、来なかったよ。マティーニ内に籠もってるんじゃないかな」


「そうか」


「うん。…………」


「まあ教会がどう動こうが関係ねえ。俺達は、俺達の仕事をこなそうぜ」


 セタンタ君はマーリンちゃんが何か言いたげにしているのに気づきましたが、気づかないフリをしながら言葉を続けていきました。


「今のところ、ティアマトはいつ到着しそうなんだ?」


「明日の明朝からお昼ごろの間ぐらいだと思う」


「メシ時には来ない欲しいなぁ」


「ふふっ……。セタンタは直ぐに食べちゃうから大丈夫でしょ」


 少年の言葉に笑みを浮かべたマーリンちゃんでしたが、交信魔術で連絡が来たらしく、右の側頭部を押さえながらそれに応じていました。


「増援の第一陣が来たみたい」


「お、マジか。これでお前も休めるな」


「うん、引き継ぎしたらねー。とりあえずお迎え行ってくるよ」


「あいよ。気をつけてな」


 首都から派遣されてきた増援を迎えに出ていくマーリンちゃんを見送った後、少年は山の反対側へと歩いていきました。


 そして、山頂から見える穀倉地帯と、その中央にある岩山を――マティーニを視界に収め、それをボンヤリ眺めながら呟きました。


「……昔と変わってねえな」




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