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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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?/? 誰かにとっての幸せな現実逃避



 あるところに1人の女性がいました。


 その女性には、犬のような尻尾と獣耳が生えていました。


 彼女は尻尾を緩やかに、嬉しそうに振りつつ、寝室に佇んでいました。


「ふにゃ……」


「ふふっ……」


 彼女の視線の先には、獣耳と尻尾が生えた子供の姿がありました。


 ただ、その獣耳と尻尾は犬系獣人のものではなく、猫系獣人のものでした。


 猫系獣人の子供は「ふにゃふにゃ」と寝言を漏らしつつ、お腹を見せながら毛布を蹴っ飛ばし、大胆な寝相で熟睡していました。


 そんな子供の姿を――養女の姿に見とれていた女性は、養女が風邪を引いてはいけないと思ってあわてて養女のパジャマを整え、毛布をかけなおしてあげました。


「…………」


 そして、落ち着いた様子で養女の寝顔を眺めていましたが――。


「あ」


 寝室の入り口に立つ人影に気づき、振り返りました。


 その人影には獣耳と尻尾も生えていない女の姿でした。


 女の姿をしていましたが、本当は呪いで女の姿に変えられた男性でした。


 犬のような尻尾と獣耳を持つ女性は、寝室の入り口に立っていた男性に対して手招きをしました。そして、宝物を見せるように養女の寝顔を見せつけました。


「かわいいでしょ」


「うん。さっきは随分と大胆な寝相をしていたけど」


「最近はやんちゃになってきたの」


 やんちゃになってきた、という事を心底嬉しそうに語った女性は「あまりジロジロ見て起こしちゃダメ」と思いつつ――名残惜しそうにしつつ――男性を伴って養女の眠る寝室から退出しました。


 退出して居間に行き、女の姿をした男性に座って待つように促され、ご機嫌な様子で椅子に腰掛けました。


 そして、男性がお茶を淹れる姿を眺めつつ、ゆっくりと口を開きました。


「……あの子、前はいつも丸まって寝てたの」


「丸まって? それは、猫みたいに?」


「うん。……寝る時は丸まってないと、蹴られた時に痛いから……って」


「…………」


「でもね、最近はあんな風にやんちゃになってくれたの。ふにゃふにゃ寝言を言いながら、時々、ニコニコ笑いながら眠ってるの」


「キミに心を開いたんだね」


「そうだと嬉しいなぁ……」


 女性はそう言いつつ、やんわりとした笑みを取り戻しました。


 男は女性が養女の夢を魔術や薬で操作している事を知っていました。


 女性が養女にクレヨンを握らせ、「今日はどんな夢が見たい?」と聞き、養女にお絵かきをしながら聞いた事を実際に夢として見せていることを知っていましたが、その事については触れずにいました。


 別の言葉を女性に告げました。


「心を開いているに決まっている。あの子はいつも、キミの背中をトコトコと追いかけているじゃないか。雛鳥が親鳥を追うように」


「…………」


「キミの傍が世界で一番安全で、世界で一番幸福な場所だとわかっているんだ」


「…………。それが作られた幸せなのに、いいのかな」


「幸せは作るものだよ」


 男はそう言い、淹れたての温かいお茶を女性に差し出しました。


 それを受け取ったものの俯き、お茶の水面に視線を落としていた女性でしたが、やがてゆっくりとそれに口をつけました。


 作られた温かさを口にし、息を吐きました。


「あの子を助けたキミの判断は間違っていない。いまの生活を努力して作り上げているキミの判断も間違っていない。あの子は、とても幸せな養女こどもだ」


「…………」


「キミも、今の生活が幸せだから、そうしているんじゃないのか?」


「…………」


「あの子の幸せが自分の幸せに繋がっているんじゃないのか?」


「…………」


 男の言葉に女性は頷きました。


 子供の存在に救われていると言いました。


 救われてしまっている、と言いました。


「私、幸せすぎておかしくなっちゃった」


「おかしくなんかなっていない。……今のキミが、本来のキミなんだ」


「…………」


「幸せなら、それでいいじゃないか。……今のままでも……」


「うん。幸せ」


 女性は顔をあげ、微笑みました。


「あの子の寝顔を見るのが毎晩の……毎朝の楽しみなんだー……」


「……………」


「いまが幸せだなー……! って、心の底から思っているの」


 そう言う彼女の声は震えていました。


 カップを持つ手も震えていました。


 寒さに震えるように。壊れてしまったように。


 それを見た男は彼女がお茶をこぼさないよう、そっと手を添えてカップを取り上げて机に置いた後、彼女の隣に座りました。


 隣に座り、「大丈夫」とささやきました。


 彼女の手を握り、「それでいいんだ」と静かに、力強い口調で言いました。


「キミの幸せな生活は、今後もずっと続く」


「…………」


「ずっと続く事で、あの子も幸せになれる。2人でずっと幸福でいられる」


「……無理だよ……」


「キミが復讐を諦めてくれれば、無理じゃない」


 男がそう言うと、女性は笑みを浮かべました。


 引きつった笑みを浮かべ、男の目を見つめました。


自分わたしの独りよがりな幸福のために、仲間を……友達を……過去あった全ての事から目をそらせって言うの?」


「…………。ああ」


「それはあまりにも……薄情すぎるでしょ……」


「そんな事はない。俺は、」


 キミに幸せになってほしい、と男は言いました。


 そう言ってもなお、涙を流してそれを拒否しようとする女性を抱きしめようとして――。











































「―――ょー、師匠ししょー……」


「…………」


 男はそこで夢から覚めました。


 猫系獣人の少女に揺り動かされ、夢から覚めました。



「師匠、仮眠中ごめん。だけど首都から連絡きたから」


「わかりました。繋いでください」


「うん」


 夢から覚めた男は、傍らに立つ少女の頭を撫で、職務に戻っていきました。


 少女は頭を優しく撫でてくれる師の手の感触に安堵感を抱きながら目を細め、師の姿を追って職務に戻っていきました。


 2人ともが同じ戦場に身を投じていきました。



 少女は知りませんでした。


 別れの時が近づいている事を知りませんでした。



 男は知っていました。


 別れの時が近づいている事を知りながら、それを秘密にしていました。



「……あと少しだ」




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