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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
一章:採油遠征と酒保商人
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冒険者の鞄



 一週間ほど働き詰めだったセタンタ君、本日はおやすみです。


 そのためたっぷり遅起きしてから、街に繰り出しました。


 バッカスの冒険者は実質個人事業主なので、お休みも好きに取れます。気分乗らないだけでも休めますし、雨が降っただけでも休めます。実際、天気が悪い中で郊外に出ると危ないので休んだ方がいいです。死にます。


 セタンタ君は冒険者になって一年ほどの若手ではありますが、孤児院時代から冒険者としての技術を叩き込まれてきたため、年のわりには結構稼いでる有望株です。最近はお金にも困ってません。


 月に三日、四日働くだけで余程散財しなければ後は食っちゃ寝してても大丈夫なぐらいは稼いでいます。


 バッカスの冒険者はそういう就労形態自由なところと、誰にでもなれるわりに上手くやれば一攫千金出来る可能性が好まれ、若者に大人気の職業です。


 死ぬ時は死ぬ危険な職業ですが、人間、自分の頭上に雷は落ちないと過信してしまう時もあるのです。実際に死が間近に迫ってきたりしないと、特に。


 それに、冒険者が全員稼げるわけではありません。


 中には毎日あくせく都市郊外を駆けずり回ってやっと三食屋根なし住居にありつける冒険者もいるのです。そこまで行くのは余程の方ですが。



 その辺はさておき、街に繰り出したセタンタ君は買い物に行く事にしました。


 屋台で買い食いをしながら歩いていますが、本命は朝食でも昼食でもなく、冒険者としての仕事道具を買いに行く事です。


 実は昨日、寮母に頼まれて野生のショタを陰ながら護衛しに都市郊外に出向いたところ、うっかり背嚢――リュックサックを魔物に食べられ、ぐちゃぐちゃのヨダレまみれにされ、ダメにしてしまったのです。


 ショタンタ君の汗で良いダシが染み込んでいました……と、寮母さんならほっこり笑顔で言うかもしれませんが、魔物にそこまでの変態……もとい、可愛げはありませんでした。


 ショタンタ君にとって一番大事なのは愛用の槍ですが、冒険者にとって背嚢、鞄などの運搬具は時に武器防具より大事な物です。無いと死ぬ時もあります。あっても死ぬときは死にます。


 セタンタ君は背嚢の買い替えのため、冒険者用品店にやってきました。


 冒険者用品店とは武器防具の置いているアウトドア用品店のようなものです。


 テレビゲェム風に言うなら武器屋、防具屋、道具屋が一つになったようなものです。バッカス冒険者の多くは冒険者用品店で冒険に必要な物品を揃えています。


 セタンタ君が行きつけの冒険者用品店に入り、鞄のコーナーへスタスタ移動していると店員と何やら話し込んでいた男性が話しかけてきました。


「セタンタではないか。ようやく槍以外を使う気になったか?」


「いや、鞄買いに来たんだよ、鞄」


 気さくにセタンタ君に話しかけてきた男性は、寮母さんの旦那さんです。


 旦那さんはショタではなく、2メートルほどの引き締まった身体つきのオークさんです。大きな手を伸ばし、ガシガシとセタンタ君の頭を撫で、「やーめーろーよー!」と言われて手を振り払われ、楽しげに笑いました。


 寮母さんはショタさのかけらもないオークの旦那さんとして結婚して子供まで作りつつ、旦那さん公認で青田狩りをしているのです! ショタコンの風上に置くべきではない寮母さんかもしれません。


「フェルグスのオッサンは接客でもしてんのか?」


「いや、最近の客の動向に関して現場の貴重な話を聞かせてもらっていたのだ」


 セタンタ君に「フェルグスのオッサン」と呼ばれたオーク――フェルグスさんは、いまセタンタ君が訪れている冒険者用品店を経営している商会の関係者です。


 関係者というか、商会の創業者です。


 フェルグスさんは名の知れた凄腕冒険者として活動しつつ、いくつかの事業を起こし、親族経営でクアルンゲ商会という名の商会を設立し、大きくしてきた実業家です。性豪で何十人もの奥さんがいます。口説いて子作りするのが大好きです。


 要点だけ言うと「名の知れたヤリチン」です。


 孤児院を追い出されたセタンタ君の実質的な後見人をしていた事もあります。


 わりと向こう見ずだったセタンタ君が死なないよう、身柄を自宅で預かりつつ、自分が受けた依頼を手伝わせていた事もあるのです。


 二人は仲のいい同業者でもあり、親子に近い距離感の友人なのです。



「あ、フェルグスのオッサンいるならオッサンに頼めばいいか」


「何をだ?」


「いらなくなった鞄ください」


「新品を買え、新品を」


 ちぇー、と口を尖らせるセタンタ君を猫のように摘んだフェルグスさんは、用品店の一角にある冒険者向けの鞄のコーナーへとやってきました。


 冒険者向けの鞄も色々あります。


 フェルグスさんはやや売れ残り気味の「椅子にもなる背嚢」を容赦なく勧めてきましたが、セタンタ君は「そんな大きなのじゃなくていい」と断わりました。


「日帰り冒険用のが欲しいんだ」


「ふむ。腰巻きの物は少し小さすぎるか?」


「もうちょっと大きめがいいかなー」


「あるいは腰巻きと何かを組み合わせるのも手だ。日帰りならな」


「なるほど」


 セタンタ君は魔物にダメにされたリュックサック以外の運搬具を持っていますが、それは長期遠征用の大容量のもので、日帰りで郊外行くのには過剰なので新しいものを買おうとしているのです。


 当たり前の事ですが、冒険者の持ち物は武器だけではありません。


 飲料水、解体用のナイフ、方位磁石、食料などなどを依頼内容や交戦が予想される魔物、向かうことになる場所に必要に応じて用意する事になります。


 魔物がヒャッハーしている都市郊外にはコンビニも郊外型ロードサイド店舗は無いので、「いっけな~い☆ 生理用品持ってくるの忘れちゃってた~」となっても気軽に買い求めにいく事は出来ません。無残な目にあいます。


 大所帯の遠征であればちょっとした店も開かれはしますが、どうしても割高になるので荷物の選定、そしてそれらを詰める鞄選びはとても大事な事なのです。


 下手をすると死にます。下手をしなくても死にます。


 例えばちり紙忘れてウンコして社会的に死んだりする事もあるのです。


 出発前、あるいは出発前夜の荷物チェックは欠かさないようにしましょう。チェックリスト作ったりすると良いかもしれません。それでも忘れる時は忘れるんですけどね!



 冒険者の鞄選びの主なポイントは二つあります。


 一つ目は容量。


 二つ目は戦闘の邪魔にならない事です。


 水食料などの荷物は生存のためには必要ですが、戦闘中は文字通りお荷物になってしまいます。単に重量が増えるだけではなく、物によっては身体の可動域を制限してきます。


 そのため冒険者達の鞄は必要最低限の容量があり、戦闘の邪魔にならないものが選ばれるのが一般的で、選ばれるべきです。


 自分の身体よりも遥かに大きい大荷物も魔術を使えば楽々背負う事は可能ですが、あまりにも大きすぎると視界も制限されかねません。


 大は小を兼ねると信じた駆け出し冒険者が大きな大きな背嚢にギシギシとよく音のなる荷物を詰め込み過ぎ、後方から迫ってきた魔物に気づけずスパッと死んだ事件もあるほどです。


 かといって大きな背嚢は無用の長物かと言うとそんな事もなく、戦闘は別の方々に委託して自分は荷運びに専念するという人はいますし、そういう人夫への需要もちゃんとあります。


 ちなみに、フェルグスさんの商会は郊外における特殊な商売もやっているため、そのために人夫さん達をよく雇っていたりします。


 フェルグスさん達が「酒保事業」と呼んでいる商売の一形態なのですが、その辺の事はまた別の機会に触れていきましょう。



 セタンタ君は荷物の危険性も教え込まれているため、鞄選びも慎重です。


 単に見た目の事だけではなく、背負い歩いたり走った際に邪魔な衣擦れの音がしないかも確認しています。後方どころか前方からやってくる魔物が小枝を踏み砕く音などが聞きづらくなっても困るのです。


 実際に持ったり背負ったりした際の関節の可動域制限なども自分の身体を動かし確認しています。いまはマエケン体操してますね。


 いくつか試していっていますが、中々「これ」というのが見つからない御様子。


「これなんてどうかな、お客様」


 などと冗談めかして言ってみたフェルグスさんがセタンタ君には少し大きめの背嚢を持ってきました。幅がショタなセタンタ君の肩幅より少し広いものす。


「えー、そんな邪魔くさいのいいよー。在庫処理は勘弁だぜ」


「まあ試しに背負ってみなさい」


 フェルグスさんが笑って言うので、セタンタ君は大人しく背負いました。


「むっ! これは!」


「どうだ?」


「普通の背嚢じゃねーかよ……」


 背負い心地は本当に普通の背嚢でした。


 特別軽いわけでもなく、かといって魔物の爪牙を防げる鎧のようなものでもなく、冬場でも暖かい暖房器具代わりになるものでもありませんでした。


「ただ、特別な機能を一つ付けている」


「特別な機能?」


「魔術を使うような心持ちで、外れろ、と念じるんだ」


「外れろ――おっ?」


 セタンタ君がそう口にした瞬間、パチン、と音がして背嚢が動きました。


 背嚢を背負うために両肩にかけていたストラップ、そして揺れ動かないようにキチッと固定するためのベルトが全てパチンと外れたのです。


 何の支えもなくなった背嚢はセタンタ君の背中から床に落ちていきかけ、事前に備えていたフェルグスさんがキャッチしました。


「ああ、一瞬で魔力で外せるヤツか」


「そう。口に出さずとも念じるだけでコロリンと地面に落ちていくのだ」


 ロボットが装甲をパージするように、ポロンと落ちるのです。


 魔物との戦闘において、背嚢や鞄は別に背負いっぱなしでなくてもいいのです。邪魔なら邪魔で脱いでそこらに下ろしておけばいいんです。


 誰かに盗まれたり魔物に踏み潰される危険性もありますが、脱ぎさえすれば荷物無しで身軽に戦う事が出来ます。


 背中から下ろす時にモタモタしていると隙になりますし、手が武器なり盾で塞がっているとそれを傍らに置いてさらに大きな隙を生む事になります。


 そこで作られたのがセタンタ君が試しに使ってみた本人の意志に反応して着脱可能な背嚢です。一瞬で戦闘状態へ移行する事が出来ます。


 ドスンと落とすので割れ物や壊れやすいものを入れる時は注意が必要です。


 魔物が突っ込んできて背嚢が踏み潰された場合……? それは保証外です!


 また、荷物を下ろしてしまっては形勢危うしと見て一時撤退する場合、下ろした荷物を置いて逃げなければいけない場面も出てきます。こだわりすぎて不退転の決意で挑み、サクーッと死ぬ冒険者もいます。


 セタンタ君もその辺が心配で、フェルグスさんが進めてきた背嚢も気にしつつ、最終的には別のものを選びました。


「日帰り用なら、まあそれでもいいか」


「うん。ちゃんと容量は考えてきたから、コレで」


 セタンタ君が選んだのは少し大きめのタスキ掛けの鞄でした。


 ストラップが斜めに胴体を一周し、背負うタイプのものです。


 リュックサックよりは容量が小さいですが、セタンタ君の見積もりでは「日帰り用ならこれでいい」という事になったようです。


 店員さんに渡すと「装甲板はどう致しますか?」と聞かれました。


「10mmのボーンアイアンで」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 店員さんがセタンタ君が持ってきた鞄を手にバックヤードに引っ込んでいき、金属板を手に戻ってきて、セタンタ君の目の前で鞄内にある金属板専用のポケットに詰め込みました。


 鞄を防具にしているのです。


 あくまで万が一の保険用ではありますが、胴体に身につけるついでに鞄に合わせたサイズの金属板を入れ、死傷を出来るだけ避けるのです。


 セタンタ君が選んだタスキ掛け鞄の場合、背負いながら一回転させる事で胸部を守る事が出来ます。背後が怖い時はそのまま、正面からつぶてなど飛んできて怖そうな時は前に回すのです。


 一時的に防護の魔術を込めれば実際の厚さより魔物の一撃を防いでくれますが、貫通してきた爪が鞄の中の荷物はズタズタにする事もあるので過信は禁物です。



「買い物は終わったか?」


「うん」


 そう会話したフェルグスさんとセタンタ君は店を出て、フェルグスさんの家に誘われましたがセタンタ君は断りました。


「オッサンとこ行くと女装させられたり説教されたりするんだよ」


「そうなのか? 私はしないが」


「オッサンとこの嫁さん達がしてくるんだよ!!」


 結局、フェルグスさんが妥協して立ち食いの串焼き屋台で酒とジュースを飲み交わしつつ世間話し、一緒に大衆浴場へ行って別れ、寮に帰りました。


 ちょうどショタの先物買いから帰ってきた寮母さんとばったり出くわし、今日の出来事を話すと鞄に小さな布名札を縫い付けてくれました。


 ちょっと子供っぽいかな、と思いつつ他の冒険者と行動している時に間違えてもいけないと思い直したセタンタ君は新品の鞄を抱きしめ、その手触りを楽しんでニコニコと満足げな笑みを浮かべながら寝ました。


 スレたところもあるショタですが、まだ少年の心を持ち合わせているのです。


 次の日にはもう放り出し、正妻みたいに大事にしているミスリル製の槍を抱いて寝始めるのですが、この日は新品の鞄が勝ったようですね。


 


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