表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
296/379

一般通過丘崎新陰流



「あへぇ~~~~~~~~❤❤」


「うわーーーー、これホントに大丈夫? 後遺症残らないの!?」


 エルスさんの部下が謎の人物の頭を後ろから掴み、魔術を――洗脳魔術を行使している光景を見つつ、マーリンちゃんは疑問しました。


 洗脳魔術をかけられている人物の状態が、良い子には見せれない状態なので。


 エルスさんの部下は「問題ない。よくあることだ」とムッツリと答えつつ、上司であるエルスさんに言葉をかけました。


「隊長、そろそろ色々出てきそうなので防いでください。体内干渉による対失禁・対脱糞防御を願います」


「嫌なんですけど」


「仕事してください。出発まで時間ないんですから」


「あぁっ……」


 エルスさんは本気で嫌そうな顔をしつつ、魔術を行使しました。


 行使された謎の人物は椅子に座ったままV字開脚をし、両手はダブルピースのポーズになって表情はさらにすごいことになりました。


 マーリンちゃんはそれを見て、思わず呻きました。「この人、男だからなぁ……せめて女の人だったらまあまだ見れるんだけど……」と感想を抱きつつ、口を開きました。


「絵面が非人道的すぎるんだけど、大丈夫?」


「絵面以前に洗脳魔術が非人道的な魔術ですよ。勉強になりましたね」


「大人の階段上っちゃった」


 非人道的ですが、洗脳魔術はこういう尋問以外でも使われます。


 政府が認可していない違法行為以外にも、苦手克服や学習、あるいは訓練の一環として洗脳魔術が用いられる事もあります。


 そういう場合はさすがに今回のようなアヘ顔尊厳破壊はあまり発生しませんが、精神に干渉する事でサボりぐせ等の悪癖を矯正したり、苦手意識を強引に取り除いて逆に得意という意識をもたせるという事もあります。


 治癒魔術を応用した整形が流行っているバッカス王国では、洗脳魔術や催眠魔術等を使った精神矯正も一定数の需要が存在しています。


 ただ、使い方次第では大変な事になるため、政府が――自分達が使う以外の場合は――厳しく取り締まり、認可もホイホイとは与えていないため、術師の数が限られている事から肉体の整形ほどはポピュラーではありません。術師の少なさが施術料の高さにも影響していたりもします。


 本人が「洗脳魔術で苦手意識を取り除いてください!」と望んでいても、政府認可の施術師が施術に及ぶ場合でも、洗脳魔術をかけられる対象の「年齢」は法律で制限されています。


 例えば子供が「ボクは勉強が苦手なので、勉強を好きな頭にしてください!」と望んでいても、それが本当に本人の意志なのか――親の意志が介在しているのかなどが判断しづらいことが多いため、未成年者への洗脳魔術行使は保護者や施術師が厳しく罰せられる事になっています。


 洗脳魔術を上手く使えば学習や武術訓練に活かせるのは確かなので、規制撤廃を求める人もそれなりの数がいますが、「便利=正しい」とは限らないため、政府は規制緩和には後ろ向きだったりします。


 神や騒乱者関係の事件解決のためには、洗脳魔術かけた対象がアヘ顔を浮かべるぐらいは「知ったこっちゃねえ」と思っている節のある政府ですが……。


「非人道的ですが、洗脳は後でちゃんと解きますし……後遺症は残らないようにしています。治癒魔術で多少整える事にはなるかもですが、元通りになります」


「多少の尊厳破壊は発生しますけどね」


「酷い」


「二度とアヘらないように素直になってくれますよ。良かったですね?」


 マーリンちゃんは「良くはないと思うけどなぁ……」と思いつつ、「まあこれも事件解決のため……」と眼の前の出来事から目をそらしました。


 またひとつ、汚い大人の階段を上りました。


「施術完了。これで『素直』に話してくれるはずです」


「あーあーあー……」


「これでダメならティアマト討伐に向かう道中で追加施術する事になるかと」


「そうならない事を祈りましょう」


 エルスさんが相手の体内環境を整えている中、エレインさんは膝に手をついて前かがみになりつつ、優しく言葉を投げかけました。



「あなたのお名前は?」


「ひゃいっ!! 丘崎新陰流門弟の里之中保さとのなかたもつですっ!! センセイの家で住み込みで稽古をつませていただいてましたぁ!! でも、クゲッ、クゲンお嬢さまがおそろしいので逃げっ……!! 逃げた先で死っ……!!」


 先ほどまでとは一転。「素直」になった謎の人物――もとい、里之中保さんは矢継ぎ早に言葉を発しました。


 その言葉に対し、エレインさん達は首をひねりました。言っている事は一応わかりますが、馴染みのない言葉もあったため首をひねりました。


「うーん。西方諸国人ではない様子ですね」


「ひょっとして異世界人?」


「かもですねー」


「しかしなんでこの人はこんな元気なの? さっきの人達と全然違うじゃん」


「速度重視の施術だったので。まあ尋問には支障ないので――」


「貴方は騒乱者なのですか?」


 エレインさんに代わり、優しく声をかけたエルスさんに対し、里之中保さんは「きょとん」とした表情を浮かべながら答えました。


「そーらんしゃ? とは、にゃんだ?」


「神の尖兵。犯罪者の一種です」


「わ、わっ、わっ、悪いことなんて何一つしてない!! お嬢さま達の風呂を覗こうとしたことも一度たりともない!! あんなバケモノと知ってたら、そんなことするわけがないだろ!?」


「貴方はなぜ、ここに魂だけの状態で彷徨っていたのですか? 死ぬ直前の記憶は覚えていませんか?」


「えっと、えっと…………」


 里之中保さんはウンウンと唸った後、自信なさげに答えました。


「……なんで死んだんだっけぇ……? え? そもそも、死んだのか?」


「魂だけ身体からスポーンと抜け落ちたりしない限りは死んでいたのでしょう」


「うーん、うーん……。んにゃぴっ……。どうだったっけぇ……?」


「この言動、もうちょっと何とかならない? 聞いてて腹立ってきた」


「お子様だな」


「ハ?? そっちの施術が雑な所為でしょ?」


 エルスさんの部下の発言を聞き、カチンときたマーリンちゃんはバチバチと視線を交わしていましたが――何か思いつく事があったらしく――ハッとした様子で里之中保さんに向き直りました。


「ちょっと待って。名前なんだったっけ、お兄さんの」


「里之中保だよぉ」


「違う、その前。名前以外になんか名乗らなかったっけ!?」


「オカザキシンカゲなんちゃらとか……」


「それだ!」


 マーリンちゃんは指を魔術で鳴らし、言葉を続けました。


「オカザキシンカゲリュー! それって確か、剣術の流派だったよね?」


「あぁ。オカザキ……」


 マーリンちゃんの言葉を聞いて――丘崎新陰流という言葉に引っかかるものは感じながらも思い出せていなかったエレインさんは手の平を「ポン」と叩きました。


「ええ、そうです。異世界から伝来してきた武術の流派です。剣術以外にも、対人に特化した業が多かったはず……」


「それと同じ業を使う奴がこの間と、さっきもいたんだよ。セタンタが首都地下でオカザキシンカゲリューの業を使う騒乱者と……さっきは転移魔術を使っていた墓石屋って奴と戦っていたんだよ」


 それだけなら偶然の一致と片付けられかねない事でしたが、マーリンちゃんはエレインさんの仮説をもう一度思い出しながら言葉を続けました。


「この人、ひょっとして、あの墓石屋って奴に魂だけ囚えられてたんじゃない?」


「ほう?」


「んで、あの墓石屋って奴はカスパールさんの魂を新たに取り込んだから、古い魂であるこの人はスポーンと排出されたとか……!」


 だから里之中保さんの魂は船の傍で見つかった。


 そうなんじゃないの――とマーリンちゃんは里之中保さん本人にも問いかけましたが、本人はよくわかっていないらしく、ムニャムニャと鳴きました。


 業を煮やしたマーリンちゃんはセタンタ君を交信魔術で呼びつけ、里之中保さんに丘崎新陰流の業を実演してもらう事にしました。


 セタンタ君に里之中保さんの振るう剣技を見てもらい、それによって「墓石屋が同じ業を使っていたか否か」を調べようとしました。


 呼びつけられたセタンタ君は、頭が元気な様子の里之中保を見てギョッとしつつ、言われた通りに里之中保さんの振るう業を見ました。


 しっかりと見た後、答えました。



「うん、そっくり。あの騒乱者が使ってたのとほぼ同じに見えるな」


「やっぱり~!」


「ところで誰だよこの人。こんな人、船員にいたか?」


 その辺はまだボカしておきたいエレインさん達は「マアマア」と言いながらセタンタ君の追及をそらしました。


 セタンタ君は「あまり根掘り葉掘り聞かれると困る話か」と察しました。察しつつ、洗脳魔術で里之中保しらないひとがハイテンションにしている事にはドン引きしつつ、「あんま無茶すんなよー」と言いながら去っていきました。


 セタンタ君が去った後、マーリンちゃんは興奮気味に言いました。


「やっぱりエレイン様の仮説の通りなんだよー! 方法はわからないけど、敵はカスパールさんの魂を誘拐して、そこから無理やり業を使ってる! この人も少し前まで取り込まれてて業を勝手に使われてたんじゃない?」


「その可能性は高まった気がしますね。いえ、水蒸気のように掴みどころがなかった説が水程度にはなった、というべきでしょうか……」


「カスパールさんが無事な可能性は高まりましたね。魂はそれ単独では形を保てませんから、あの場でこの里之中保さんの魂が見つかったという事は、ずっと前からこの辺を彷徨っていたのは有り得ませんし……出どころがあの墓石屋の中だった可能性は高いでしょう」


 エルスさんは微笑みながらそう言いました。


「取り込まれていた可能性が高いこの方の魂が排出されていたのなら、敵は一度に取り込んでおける魂は少ないのでしょう。1人分が限界かもしれません」


「複数取り込めたら色んな人の業が使えて厄介だし……。ちょっとした蘇生封じの業として使えちゃうから1人が限界で良かったね」


「1人が限界って説はまだ確定ではないですよ。……ひょっとしたらカスちゃん以外にも強者の魂を取り込み、それを隠し玉としてしている可能性も……」


 その可能性が拭いきれないため、政府に里之中保さんの件を報告し、「最近、バッカス国内で行方不明になっている腕利きの人間はいないか?」という事に関しても問い合わせておく事にしました。


 もしいたら、その人の業を敵が使ってくる可能性があると考えて――。


「こちらのサトノ……サトノなんちゃらさん」


「里之中保さん」


「エルス様、よく発音できますね。こんな言いにくいバッカスじゃ馴染みのない名前」


「そうですか?」


「まあいいです。サトノさんの肉体と魂の健康状態に問題はないのですか?」


 エルスさんの部下は一応そこは調べてみたが、軽く調べてみた感じでは問題はないようでした――と語ると、エレインさんは「カスちゃんも取り込まれているだけなら問題なさそうですね」と言い、安堵の表情を見せました。


「向こうがわざわざ蘇生するようなら、マズい事になるかもしれませんが……。蘇生されたらされたで彼女も反抗してくれるはず……」


「洗脳魔術とかかけられないかな……?」


「そのような非道、私が許しません。洗脳魔術など下衆の手段です!!」


「エレイン様、ボクらがいまなにしてるかわかってないの??」


「私達のは法律無違反キレイな洗脳魔術です」


「そ、そう……」


 マーリンちゃんは「むちゃくちゃ言ってるなぁ」と思いながらも、自分も共犯である事を考えながら黙りました。


 黙って新たに判明した情報と、それに関連して必要な調査を依頼するための連絡を首都に行った後、エルスさん達に話しかけました。


「で、この人はどうするの?」


 指さされた里之中保さんはフニャフニャとした表情で自分を指差してみせました。エルスさんとエレインさんはその様子を腕組みしながら「うーん」と唸り、見つめていましたが――。


「……ティアマトとの戦いに協力してもらうのもアリなのでしょうか? あなたは騒乱者の被害者かもしれませんよ~と言って協力を要請して……」


「どうでしょうね。私個人としては反対です。この方が騒乱者という可能性はゼロではありませんし、それに目をつむれるほどの実力者ではないようですし」


 エレインさんはそう言いつつ、里之中保さんの使う武術流派について自分の知識を参考にして語り始めました。


「この方の実力は墓石屋と戦争屋と戦ってもらうには不足のように見えますし……オカザキの業は対人に重きを置いているものですから、対魔物には大して役立たないでしょうし」


「そっかー。まあそうだよね」


「オカザキの秘蔵っ子なら協力要請も考えますけどね」


 エレインさんの「秘蔵っ子」という発言を聞き、マーリンちゃんは首をひねりました。エルスさんの方は表情をピクリとも動かさずにいましたが。


「その秘蔵っ子って強いの?」


「強いらしいですよ。私が『強いですねー』と思ったオカザキの使い手に聞いた話なのですが……その秘蔵っ子は次元が違う強さの持ち主なんだとか」


 エレインさん曰く、その秘蔵っ子はこの世界とは別の世界の住人ですが、その子について教えてくれたオカザキの使い手に「絶対に敵に回すな」「懐柔しないと、バッカス王国といえど国民の殆どが首を飛ばされる事になるぞ」とまで言わせるほどの存在だそうです。


 エレインさんやエルスさん、そしてカヨさん――もとい、カヨウさんやバッカスの王様の実力を強く信頼しているマーリンちゃんは「師匠達が負けるはずないじゃん」と思いながら笑いましたが、エレインさんが冗談を言っている様子がないため、次第に笑いを引っ込めていきました。


「マジでそんなヤバい人がいるの?」


「世界は広いのですよ、マーリンちゃん。私達が暮らしているこの世界の外にはたくさんの世界が広がっていて、そこには色んな超越者がいるようですし」


「うへー。会いたくな~い」


「まあそれはともかく、私はこの方に協力を要請するのは反対です。素面に戻ったらまた反感を買いそうですしね。洗脳魔術をかけたので余計に」


 エレインさんがそう進言し、エルスさんも不確定要素を抱えるのは嫌なので、里之中保さんは見張りをつけてアワクム残留組と一緒にこの場で待っていてもらう事になりました。


「首都に帰る時、この方とも一緒に帰りましょう」


「私達が生きてこの場に帰ってこれれば、ですが」


「こわいこと言わないでよー。勝って皆で帰ってこよ?」


 ボクもがんばるから――と思いながらマーリンちゃんはそう言いました。


 かくして、里之中保さんという存在により、カスパールさんが蘇生できない理由の真相には大幅に近づきました。


 ただ、マーリンちゃん達は気づきませんでした。


 この情報が意図的に掴まされたものだという事を。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ