表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
293/379

情報共有



「こっちでしたっけ? どっちでしたっけ?」


 セタンタ君と別れた後、周辺の偵察に出ていたエレインさんはエルスさんに呼び出され、アワクム内に戻ってきていました。


 転覆状態から何とか脱したアワクムでしたが、ひっくり返った時や戦闘の衝撃で船内は物資や個々人の荷物が散乱していました。


 壁が破壊されているところもあり、今まで船内生活を送ってきた船員でも迷子になりそうな状態で、エレインさんも道に迷いかけていましたが――。


「こっちですね」


 壁に魔術で書かれた文字と矢印を見て、進む方向を決めました。矢印には「会議室はこちら」という文字と、猫のマークが添えられており、エレインさんは感謝を告げる代わりに猫のマークの頭を人差し指で軽く撫でました。


 散乱した荷物を避けつつ、矢印を頼りに進んでいたエレインさんは船内の会議室に辿り着きました。


 その会議室にも荷物が散乱していました。が、教導隊長であるエルスさんがせっせと清掃作業をしていました。


 会議のための準備をしているマーリンちゃんも卓上に「ちょこん」と座っていましたが、エルスさんがそこを清掃したがってマーリンちゃんを空中に押しのけたので、マーリンちゃんはそのままぷかぷか浮いて天井まで浮かび上がっていきました。


 エレインさん以外にも呼び出された人々が来たため、エルスさんは掃除はそこそこにして会議を始める事にしました。


「皆さんお疲れさまです。ひとまず、情報共有をしていきましょう」


 そう言ったエルスさんは、空中に浮かんで一心不乱に作業をしていたマーリンちゃんの尻尾を風船の紐でも掴むように握り、椅子の1つに座らせてから肩を叩き、会議用の資料を出すように頼みました。


 作業を続けつつエルスさんの言葉に応じたマーリンちゃんは、魔術を使って空中に会議用の資料を投映しました。


 まず最初に表示されたのは、巨大な魔物でした。


「これが、今回確認されたティアマトの全貌です」


 それは会議室の壁いっぱいまで表示されてもなお、全体像が見えない巨大な蛇でした。「大蛇」という形容が生ぬるいと感じるほど巨大な蛇でした。


 あまりにも大きく表示しすぎたマーリンちゃんはちょっと慌てた様子で空中に投映した幻を縮小していきました。


 それによって会議室の中央に収まる程度の大きさになりました。


 それを「ふむふむ」と言いながら眺めていたエレインさんが感想を述べました。


「こうして見ると、ずんぐりとしていて可愛らしいですね? ティアマトは」


 エレインさんの言う通り、ティアマトの全貌は「ずんぐり」としていました。


 砕けた言い方をすると、「ツチノコ」のような姿をしていました。


 ただ、その頭には凶悪な形の角が生えており、大きさもツチノコとは比べ物にならないものですが――。


「可愛いと思いませんか?」


「もっと巨大な実物に殺されかけた身としては、なんとも……」


「全幅だけで1キロありますからなぁ。全長は――」


「少なくとも20キロを超えています。かなり伸縮するみたいなので、実際はもっと長くてもおかしくないんです」


 補足として告げられたマーリンちゃんの言葉を聞き、一堂は唸りました。


 近年稀に見る超巨大竜種だな、と思いながら。


「これだけ巨大なわりに、動きは意外と素早いものでしたな」


「我々が全力疾走して何とか上回れる程度かな?」


「政府は何と言っていますか? これを討伐しにいけ、と言っていますか?」


 士族戦士の1人がティアマトの幻影を指差しつつ、エルスさんに問いました。


 エルスさんは「そこに関してはまだ」と言いつつ、言葉を続けました。


「マーリンに何とか長距離交信をしてもらい、こちらの状況は伝えてもらいました。ティアマトをどうするかについては……政府内でもまだ協議中です」


「こちらは集団亡命支援作戦を控える身ですが――」


「そうですね。ただ、ティアマトは危険な魔物で……いま直ぐ討伐に迎える部隊は数少ないので、我々にも追討に向かえ、という命が下る可能性は十分あります」


 エルスさんの言葉に対する反応は半々でした。


 嫌そうに表情を歪め、「アレとやり合えと?」と言いたげな人もいれば、嬉しそうにほころんで「アレとやり合えるのかぁ!」と言いたげな人もいました。


「あ、ちなみに、仮に私達がティアマト討伐に向かうことになったとしても、ティアマトを討伐した後に集団亡命支援作戦もやってね、と言われる可能性も高いと思います。ええ」


 そう言ったエルスさんの言葉には嫌そうに表情を歪めていた人も、嬉しそうにほころんでいた人も「両方はめんどくさいな……」と言いたげにしました。


 エルスさんがそれに気づかなかったフリをするので、無言の抗議を諦めた人々はティアマト関連の事について言葉を漏らしました。


「あれだけの竜種でもこちらは勝ち目が薄いというのに……騒乱者達の意向で魔物が動いている様子なのは面倒ですな。猪突猛進に人を狙うだけの魔物なら、いくらでもやりようがあるのですが……」


「騒乱者は魔物達と高度な連携をしている様子でした。アレは集合香でどうにかしていたものには見えません。神が後ろで糸を引いているのでしょうか?」


「おそらくそうでしょうね」


「そういう例が今までなかったわけではありませんが、今回は大盤振る舞いですね。ティアマトほどの魔物を騒乱者に貸し与えたとなると、神も本腰を入れて何かしようとしているという事でしょうし」


「その『何か』とはなんだ?」


「わからないからボカして言ってるんですよ」


 教導隊長は何か把握しているのですか、といった視線が飛んできたため、エルスさんは「敵の目的はまだ明らかになっていません」と言いつつ、マーリンちゃんに合図を送り、ティアマトの幻影を消してもらいました。


 代わりに、西方諸国の地図を表示してもらいました。


 エルスさんは地図の幻の中に割って入っていきつつ、地図上にプロットされた赤い点を指差しながら口を開きました。


「この赤い点がティアマトの現在位置です。そして――」


 エルスさんの言葉を聞きつつ、マーリンちゃんは地図上に扇状の予測進路図をプロットしました。それを指でなぞりつつ、エルスさんは言葉を続けました。


「ティアマトが大きく進路を変えない限り、予測される進路はこの通りです」


「……マティーニが予測進路上にありますね」


「ええ。ティアマトがこのまま南下を続ければ、統覚教会の総本山であるマティーニに辿り着きます。……マティーニには教会の神器があるため、西方諸国内で最重要の拠点です」


「ティアマトでマティーニに攻め入り、神器を奪うのが狙いという事ですか?」


「あるいは破壊目的かもしれません」


 エルスさんは地図の幻の中から出て行きつつ、そう言いました。


「どちらにせよ、敵の目的地も目的もまだハッキリとわかっていません。ただ、それについては解明の目処が立っています」


 エルスさんの言葉を聞いた人々は怪訝そうな様子を見せました。


 ただ、会議室に集った人々の中にはエルスさんの言う「解明の目処」が何なのかわかっている人々もいました。その人達は黙ったままでいました。


 エルスさんは詳しい説明を求める人達を手で制し、「あとで説明します」と言いながら情報共有を続けていきました。


「次に、我々の被害状況についてです」


 氷船は現在航行不能の状態に追い込まれていますが、技術班の調査の結果、「2、3日で復旧してみせる」という確約がもらえていました。


 船といっても船体の多くが氷で出来ており、材料となる海水は豊富にあるので船の大半が粉微塵にされようと機関さえ無事であれば航行可能な状態に戻せるのが氷船の売りなので驚きの声は上がりませんでした。


「この戦闘で壊れた皆さんの私物に関しては、乗船前の契約通り、保証されないのであしからず」


「そこは何とかなりませんかね、教導隊長」


「私物の酒が全部ダメになったのですが~……」


「西方諸国近海は強力な魔物が出づらいとはいえ、ここも都市郊外ですからね」


 エルスさんが場を和ませるために添えた言葉に対し、苦笑混じりに合いの手を入れる人々もいましたが、エルスさんも笑って「自己責任でお願いします」と返しました。


「ラインメタルは全て無事です」


「破損もなかったのですか?」


「ありません。衝撃対策もバッチリだったので。全数が揃っている事を確認しました。今後の作戦も支障ありません」


「神器の封印器の方は――」


「そちらも問題ありません」


 食料も含め、物資に関しては今後の作戦行動に支障がない程度だという事が確認されました。まったく被害が出なかったわけではありませんが、最重要物資であるラインメタルと神器運搬用の機器には被害が及んでいなかった事が確認されました。


 ただ、人員の方には「少ない」とは口が裂けても言えない結果となりました。


 ほんの数分の戦闘で大いに蹂躙されたため、多数の死者が出ました。


 出ましたが、エルスさんを筆頭に蘇生魔術が使える魔術師が奔走したため、半数以上の死者がこの場で蘇生する事が出来ました。


 蘇生が間に合わなかった、あるいは蘇生に失敗した人もいましたが、そういった人達もマーリンちゃんが政府への連絡ついでに照会を頼んだところ、遠隔蘇生機構によって首都で蘇生された事が確認されています。


 ただ、1人を除いて――。



「近衛騎士のカスパールさんはこちらでも、首都でも蘇生が行われていません」


 その事はこの場に集った面々は既に聞かされていたため、動揺の声は上がりませんでした。動揺していてもそれを表に出さないようにしていました。


「彼女はティアマトとの戦闘が始まった直後、騒乱者に不意を打たれて殺害されました。持ち去られようとしていた遺体に関しては欠損なく回収できています」


「それなのに蘇生できなかったと?」


 理解できない、と言いたげに両手を広げながら言った教官役の冒険者に対し、エルスさんは頷いて肯定を返しました。


「近衛騎士という、対人戦闘では最重要の戦力を失った事が痛いという以前に、蘇生ができていないという事実は重いですな……」


「蘇生できない原因はわかったのですか?」


「不明です。現在調査中ですが、この件が広まると今後の作戦行動に支障が出る可能性が高いので、ひとまず、この場の人々の胸の内にだけ留めてください」


「敵はカスパールさんの魂を破壊したのですか……?」


 ふと出てきた問いに、場の空気は一気に重苦しいものになりました。


 バッカス王国は死者の蘇生方法を持っていますが、制限無しに蘇生可能というわけではありません。


 寿命によって魂が限界を向かえた死者は死んだきりとなり、死後時間が経ち過ぎた死者は遠隔蘇生機構が機能していないと蘇生ができません。


 アワクムに乗っていた面々は全員、いざという時は遠隔蘇生機構が働くようになっているため、仮に死んでも首都で生き返られるはずでした。


 ですが、そうなっていない。少なくともカスパールさんは。


 その事実は蘇生魔術の存在により、「いざという時はなんとかなる」という保証を得ているバッカス王国の土台を揺るがすような事態でした。


「魂の破壊は不可能ではありません」


 その術を使えずとも知っているエルスさんは目を閉じながらそう言いました。


 そう言ったうえで、「ただ」と言いながら言葉を続けました。


「魂の破壊は非常に高度な術です。バッカス王国でもそれが出来る術者は限られています。敵が魂破壊それが出来るほどの術者であったのであれば、私達は全員やられています」


「それに……魂が破壊されたのであれば、観測魔術でそれとわかるはずです」


 間近で当時の状況を観測していたマーリンちゃんは手を挙げて発言しました。


 マーリンちゃんの技術に一目置いている者は、エルスさんの発言以上に彼女の観測結果を信じ、静かに耳を傾けました。


 ただ、若年のマーリンちゃんがこの場で発言した事に対し――彼女の能力をそこまで信用していない者は――眉をひそめて反感を抱きました。


 教導隊長の事は敬愛しているものの、その教導隊長の弟子として可愛がられているのを面白く思わないあまり、「キミの観測が100%正しいとは限らないだろう」と強い口調で突っかかる人もいました。


「キミは優秀な魔術師らしいが……戦場では平静さをなくし、失敗する事もあるだろう? 実のところ観測結果に不確かなところがあるんじゃないのか?」


「ボクが自分の失敗を隠すために、いい加減な断定をしているって事ですか?」


失敗ミスは誰にでもある。単なる失敗なら、誰もそこまで咎めないが――」


 腕組みをしてため息を吐き、明らかに未熟者扱いしてきた発言に対し、さすがに「カチン」ときたマーリンちゃんはデータを示して反論しようとしました。


 が、別の方向からマーリンちゃんの能力を疑う声が届いた事で、反論する機会を逃しました。


「貴女ほどの索敵手がいる状態で、カスパールさんは不意を打たれたのでしょう? 貴女がエルス様が目をかけるほど優秀ってことは、一応わかるけど……何もかも見逃さないってわけじゃあないでしょう?」


「む…………」


「索敵手として、落ち度があったのは事実でしょう?」


 不意打ちに気づけなかったのは反論しようのない事実なので、マーリンちゃんも悔しげな顔をしながら黙りました。


 黙りながらも負けん気を刺激され、反論の言葉を吐こうとしましたが――。


「マーリンちゃんも絶対に見逃さないとは言えません。時には見落とす事もあるでしょう」


 エレインさんが喋り始めたので、そちらに視線を向けて耳を傾けました。


 エレインさんはマーリンちゃんの視線を感じつつ、淡々と言葉を続けました。


「ただ、あの場にはマーリンちゃん以外の人間もいました。私もいましたし、教導隊長もいましたし、当然、近衛騎士・カスパールもいました。ですが全員が不意打ちに気づくことができませんでした」


 気づけなかったからこそ、あの時、首が飛んでいたのは自分エレインや教導隊長だった可能性もある、と双剣使いのエルフは話しました。


 エレインさんの言葉には、エルスさんも「そうですね」と同調しました。


 師匠である自分があまりにもマーリンちゃんを庇いすぎると余計に角が立つかもしれないため、この場はエレインさんに任せました。


「マーリンちゃんだけに落ち度があったとは思えません」


「いや、しかし、索敵手は敵を見つけるのが仕事で……」


「索敵手以外にも目はついていますし、索敵・観測魔術は使えます。過ぎた事の責任を追及し、学級会を開くぐらいならあの場で最もえらかった人に責任を取ってもらって話を次に進めましょう」


「それはつまり私では……?」


 エルスさんが自分を指差しながら呟くと、エレインさんは頷きました。


「そうです。が、態度のデカさなら私も負けていませんよ?」


「いや、そんな事で張り合わないでください。私じゃ勝てませんから」


「冗談です。それより話を進めましょうか。ともかく私もあの場では魔術の眼でよく見ていたつもりです。そのうえで、魂が破壊されたという線はないと思いました」


 エレインさんは自分の頬を撫でながら言葉を続けました。


「私もマーリンちゃんと同じく魂の破壊は観測していません。実際に破壊されたところを目撃した経験もありますが、アレって結構派手なんですよ。魔術の眼で見ると」


 教導隊長も見てませんよね? とエレインさんが問いかけると、エルスさんも頷き、「私もそのような事は観測していません」と言いました。


 言いつつ、言葉を続けました。


「魂を破壊したのであれば、遺体を持って逃げる必要もないですし」


「あぁ、なるほど。それは確かに……」


「無力化狙いなら破壊した時点で済んでいるでしょうからね。破壊できるなら」


「遺体に対して術式をかけられたのでは? だから遺体を持ち去った。魂破壊の禁呪が簡単にできないのはわかりますが、騒乱者側は神に簡単に出来る方法を授けてもらったとかで……戦闘中、魔物が遺体を咥えて逃げている時に破壊したとか」


「そういう素振りもなかったですね」


「では、魔物の体内に潜んでいた蘇生術師がいて、そいつが遺体の一部を切り取って蘇生して、蘇生したカスパールさんを連れて逃げて、こっちには大部分が残っている遺体だけを押し付けてきたって事は?」


 魂破壊に関してはさておき、それなら既存の手段を組み合わせるだけで出来るのでは――という問いに対し、エルスさんは首を振りました。


「その可能性を考え、カスパールさんの遺体を咥えて逃げていた魔物は確保しました。魔物の体内には誰もいませんでした。カスパールさんの遺体を調べた結果、そのような事が行われた形跡もありませんでした」


 もっと詳しい結果は首都に戻らねばわかりませんが、と言いつつ、エルスさんは「その可能性は低いと思います」と発言しました。


「ただ、不意に現れた敵がカスパールさんを殺したのは事実です。どうやってマーリンや我々に気づかれず近づいてみせたのかは不明ですが……」


「ティアマトが暴れ始めた事で海が荒れたから、それに乗じて近づいてきたってことは……無いんですよね? つまり」


 その可能性を指摘しようとした士族戦士は、まだ少しふてくされているマーリンちゃんの視線を受け、「教導隊長達もいたんだから無いって判断か」と思い直して疑問を単なる確認に変えました。


 エルスさんは「その通りです」と言いつつ、ふてくされているマーリンちゃんを諌めるように軽く頭を叩きました。


「敵は転移魔術を使っていたようなので、それで距離を詰めてきたのでは?」


「それならそれで気づけたはずです。事後の話になっていたかもですが」


 その問いに関してはエレインさんがそう答えました。


 エルスさんもマーリンちゃんもその受け答えに異議がないため黙っていました。少女の方は盛んに頭を縦に振って「うんうん!」と強く肯定しました。


「敵の使ってきた転移魔術は非常に高度なものでした。初見で転移した瞬間に見切るのはとてもムズかしいものでした。ですが、転移後に残った魔術反応はしっかり見えていましたよ。転移後の方が隠すのムズカシイですし」


「カスパール氏が殺された際、動揺して見逃した可能性は?」


「私と教導隊長とマーリンちゃん、そして現場に居合わせた少年冒険者の4人全員見逃したって事になりますね、それだと」


「愚問でしたね。すみません」


「まあ、私も皆さんと同じく、100%失敗をしない女ではありません。料理は少し苦手なのでおっちょこちょいなとこを見せた事もありますが、戦闘は得意なのでそういう事を見逃すのはあまりありません」


 エレインさんの家事の腕を知っている人達は「は……? おっちょこちょい……?」と思いながら本気で困惑した様子を見せました。


 エレインさん本人はそれらを全て無視し、言葉を続けました。


「あと、私は敵が使った魔術はカスちゃんの転移魔術だと思いました」


 その言葉は「おっちょこちょい」以上に困惑する人が続出しました。


「いまなんと? 近衛騎士殿の魔術を敵が使ったという事ですか?」


「ええ」


「ええっ……? それは有り得んでしょう? ええっと、カスパールさんは騒乱者に不意討ちで殺されたのであって、騒乱者とカスパールさんは同一人物ではない……そうですよね?」


「同一人物。それは面白い仮説ですね?」


 エレインさんは口元を緩め、その仮説を掘り下げ始めました。


「騒乱者=カスちゃんなら、相手が不意討ち出来た理由も解明できます」


「あっ! 自作自演なら、転移魔術を使うまでもない……のか? 自分でゴーレムなどを操って……自分の魂はそれに移したから、蘇生が出来ていない?」


「なるほど――と言いたいところだが、彼女がそんな事をするとは思えん」


 カスパールさんと同期の冒険者さんは――彼女と親しい事もあって、カスパールさん=騒乱者仮説には強く異議を唱えました。


「あの子はとても怠惰だが、誰よりも努力を怠らない子だった。人が寝ている時間に汗水流して訓練に励み、業を磨き、近衛騎士になった逸材だ」


「人が起きてる時間に寝てませんでしたか?」


「寝てたが?」


「それは昼夜逆転していただけでは?」


「…………!!」


 指摘された同期の冒険者はハッとした様子で口元を手のひらで押さえ、ちょっと内股になりました。ちょっとショックを受けた様子でした。


 ですが、直ぐに持ち直し、「いや、だがな!」と叫びながら頭を振り、カスパールさんの弁護を続けました。


「彼女は真面目に職務に励んでいた! そのような者が騒乱者になるはずが――」


「就業時間中に寝てませんでしたか、あの人」


「寝ていた。魔力を回復するために必要なことだと言っていたな!」


「フツーにサボって寝ていたのでは?」


「…………!!」


 指摘された同期の冒険者はハッとした様子で口元を手のひらで押さえ、ちょっと内股になりました。そしてカスパールさんを疑い始めました。


 アイツ、そこまで真面目じゃなかったわ! 騒乱者かも、と。


 カスパールさんへの疑いが強まりそうになったので、エルスさんが「ちょっとちょっと……」と言いながら脱線しかけの会議に口を挟んでいきました。


「待ってください。いくらカスさんが仕事中に寝るカスだったとしても、騒乱者になるような動機は持っていないはずですよ!?」


「エルス様、本音が……!」


「カスパールの奴、騒乱者じゃね?」


「学級会さ? 休んでる奴を犯人に仕立て上げる学級会みたいなことはやめろ」


「私もエルスさんに賛成です。カスちゃんが騒乱者になるとは思えません」


「んんっ? そうなのですか?」


「私はあくまで『面白い仮説ですね』と言っただけですよ」


 エレインさんは「彼女が騒乱者になったとは思っていません」と答え、「じゃあどのように思っているのですか?」という問いを手で制しつつ、落ち着いた声色で自分の考えを告げました。


「敵は何らかの方法でカスちゃんの魂を自分の中に取り込み、その魂から彼女の業を使ってみせたのでは? と思っています」


「そんな方法があるのですか?」


「さあ? 私は知りませんが――」


 エレインさんは小首を傾げつつ、エルスさんに視線を送りました。


 エルスさんは「私も知りません」と言いつつ、言葉を継ぎました。


「魔術は様々な事を可能としています。バッカスでは確認されていないだけで、魔術を強奪する魔術……あるいは魔術とは理の異なる力を使っているのかもしれません」


「……にわかには信じがたいですが」


「あくまで仮説ですけどね。ただ、根拠になりそうな事はあります」


 人差し指を立てつつ発言し、皆の注目を集めたエレインさんはその「根拠」について語り始めました。


「敵が使ってきた転移魔術、そして転移狙撃ですが、アレはカスちゃんの得意技です。私は実際に撃たれてみましたが、とってもそっくりでした」


「私もエレイン殿の仮説は、有り得ると思う」


 そう言ったのは墓石屋と交戦し、何とか生き残ったブロセリアンド士族戦士団のオークの隊長でした。


 彼はマーリンちゃんに交信魔術で分析情報データを送り、それを皆に提示してくれるように頼みつつ、説明していきました。


「例の騒乱者が使っていた転移魔術について分析してみた。敵が使ったのはカスパール殿が使っている転移魔術と同じく、転移門ゲート式の転移魔術だった。魔力反応は一致しないが、使用された術式には類似点が多く見られる」


 突飛に思えたエレインさんの仮説が補足されたため、話半分に聞いていた人達も居住まいを正し始めました。


「世の中には他者の魔術を再現する魔術も存在している。教導隊長殿が言ったように、魔術以外の異能を用いたという可能性もある」


「荒唐無稽と切り捨てるには惜しい仮説か……」


「は?? 私の仮説を荒唐無稽と思っていたのですか??」


「エレインさん、会議中に急にキレるのやめてください。もっと真面目に」


 エルスさんがエレインさんを叱る中、オークの隊長は咳払いをしました。


 そして、仮説の補足を続けていきました。


「敵は最初から転移魔術を使えた、と考える方が妥当だろう。だが、そうだとしたらなぜ奴は戦闘が始まった当初から転移銃撃を使わなかった? 使った方がもっと円滑に事を進められたはずだ」


「そうそう。最初から転移魔術が使えたのであれば、最初から私の心臓を撃っていれば良かったのですよ。さすがの私でも一方的に撃たれ続けたら死んでしまいますからねー」


 会議に参加している大半の者がエレインさんの言葉に首を捻りました。


 この人、心臓が鋼鉄で出来てそうなほど図太いからなー……心臓撃たれても死なないんじゃないかなー……と思いましたが、言ったら怒られそうなので思うだけに留めました。


「手札を温存していたようにも見えるが……結局のところ使っているからな」


「つまりこういう事か? 敵は何らかの方法で近衛騎士カスパールの魂を奪った。だから彼女の蘇生が行えない」


 魂が騒乱者に囚われているのであれば、蘇生が出来ないのも無理がない。


 エレインさんの仮説はつまりそういう事でした。


「あと、例えばなんだが……敵が最初から転移銃撃を使わなかったのは、近衛騎士の魂を奪って直ぐには業が馴染まず使えなかったとか、そんな感じか?」


「そうかもです。……そういえばあの騒乱者、最初は自分の銃撃が上手くいってないといった感じの素振りも見せていましたねぇ……」


 エレインさんは「今にして思えば、あれはカスさんから奪った業が上手く使えなかったから戸惑っていたのかもですね」と思いながら天井を仰ぎ見ました。



「だが、その仮説が正しいとしてもわからない事が1つある」


「敵がどうやって最初の不意討ちを成功させたか、ですか?」


「その通り」


「全員の目をごまかせるぐらい、隠密の巧者だったとか……」


「そんなに隠れるの上手いなら、もっと好機を狙ったんじゃないか? あの場には教導隊長とエレインさんとカスさんいたわけだし……あとはランスロットさんがいれば教導隊の四強が揃い踏みだったぐらいだぞ? 俺なら仕掛けんわ」


「相手が誰か知らなかったら、その辺は深く考えないで動くでしょ」


「近衛騎士殿の魂だけ誘拐されたという話も少し疑問だな。殺すだけで誘拐できたのであれば、死体は放り出して逃げても良かったのでは?」


「奪ったという事を気づかせないために、持ち逃げしようとしたとか――」


 あーだこーだと意見が交わされ始めましたが、手を叩いてその議論を止める人がいました。


「この件に関して深堀りするには、情報も時間も足りません」


 エルスさんは「他に話し合うべき事がある」といった態度で議論の方向修正を行いました。


 そうしていると、彼に交信魔術で連絡が届きました。


『隊長、洗脳・・に成功しました』


『ありがとうございます。ではこちらに連れて来てくれますか?』


 エルスさんは交信を飛ばしてきた主にそう言い、この場に連れてくるよう頼んだ者が来るまで、出来る限り会議を進める事にしました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ