新手
「ふぅ――――」
双剣使いは蹴りの勢いのまま軽く飛び上がり、身体から血飛沫を飛ばしながらもバレーダンサーのように着地しました。
五の太刀を放つ事も出来ましたが、さすがにやめ、狙撃で頭が抉れ、肩から下が斬撃で滅茶苦茶になって海面に落ちた騒乱者に問いかけました。
「まだやりますか?」
『やる……! と、言いたいところだが、この身体ではなぁ……』
完膚無きまでやられた墓石屋は「引き際を誤った」と思いながら呻きました。
1対1なら――という思考が過ぎりましたが、魔物を含めれば自分の方が多かったと思い直しました。それに、仮に1対1だったとしても本当に勝てたのか、と疑問を抱きました。
双剣をゆるりと握り、無表情で見下ろしてくるエルフを倒す勝ち筋を1つしか思いつきませんでした。その1つはいま実行できるものではありませんでしたが。
「お……。エレインさん勝ったのか、さすが」
仲間の逃走を支援していたセタンタ君はエレインさんの事が心配になり、逃走する一団から離れて海面に浮上し、様子をうかがっていたところ、ちょうど決着がついたようだったのでエレインさんの方に泳ぎ始めました。
エレインさんはその姿をチラリと見つつ――チラリと見た隙に転移魔術を使おうとした墓石屋を蹴りつけ、転移を強引に中断させつつ、ゴツゴツとした岩がのぞく砂浜に運びました。
そして剣を突きつけ、解呪魔術で転移を妨害しながら咎めました。
「あなたには聞きたい事が山程あります。逃げないでもらえますか?」
『ぬぅ……先ほどの近衛騎士はたやすく殺せたのだが、貴殿の方が強かったか』
「カスちゃんはあなたより遥かに強いですよ。彼女の方があなたより格段に立ち回りが上手いですから。……なぜか使っている魔術はまったく同じようですが」
『…………』
「そもそも、あなたはどうやって彼女の不意をついたのですか? 彼女だけではなく、周囲の人間にも気づかれず、どうやって」
『さて、なぁ』
とぼける墓石屋を見下ろしつつ、エレインさんは「よく問い詰めなければならない」と思い、倒した騒乱者を運ぼうと手を伸ばしました。
否。手を伸ばそうとしました。
「エレインさん!!」
「――――!!」
手を伸ばそうとして――泳いで近づいてきていたセタンタ君の警告を聞いて危機に気づき――回避行動に移りました。
エレインさんがいた空間に大戦斧が突き刺さり、それを投げた主が『惜しい惜しい』と言いながらゆらゆらと身体を揺らしながら乱入してきました。
狙撃体勢を再び整えたブロセリアンドの士族戦士達が乱入者を狙撃しましたが、乱入者が――戦争屋はゆっくりとした足運びでその狙撃を全て回避しました。
『機屋、狙撃怖いから黙らせといて』
『あいあい』
回避し、狙撃手達に魔物を放ってもらいつつ、警戒しながら治癒魔術で自分の身体を癒やしていたエレインさんに軽く手を振りながら大戦斧を引き抜き、それを羽子板のように器用に使って墓石屋を回収しました。
『迎えに来たよ、墓石屋』
『頼んでない。吾輩1人でも帰れたぞ』
『念のためだよ、念のため』
ムッとしている墓石屋に対し、楽しげにつぶやいた戦争屋はエレインさんの方に向き直り、『さて』と前置きしながら言葉をかけました。
『僕らはそろそろ尻尾を巻いて逃げようと思ってるから、キミも帰ってもらっていいかな? その方がお互いに得だと思わない?』
「私はそうは思いません、ねっ!」
エレインさんは双剣を振り、斬撃を放ちました。
戦争屋は大戦斧を軽く振り、2つの虹式煌剣と僅かに鍔迫り合いました。鍔迫り合いはほんの一瞬しか発生しませんでした。
戦争屋が戦斧越しに振るった解呪魔術により、放たれた虹式煌剣は解体され、砂浜の土を吹き飛ばす風となりました。戦争屋には傷1つつける事がありませんでした。
「――――」
エレインさんは殺すつもりで放った斬撃が容易く無効化された事に緊張を高めつつ、巨体の戦争屋に対し、距離を詰めようとしました。
『邪魔』
そのエレインさんを戦斧で牽制して弾き飛ばしつつ、身を翻した戦争屋は――足元に墓石屋を「ぽとり」と落としつつ、背後から駆け寄ってきたセタンタ君に手を伸ばしました。
セタンタ君は、敵がエレインさんに注意を取られているうちに、後ろから一撃を加えてやる腹積もりでしたが、即座に対応された事でギョッとしながらも槍を突き出しました。
突き出した槍は戦争屋の手で払いのけられ、セタンタ君は戦争屋の大きな手で無造作に掴まれ、握り込まれ、苦痛で思わず悲鳴をあげました。
「ぐぁッ……!!」
「セタンタ君!」
『後ろからとは。ひどいじゃあないか、セタンタ』
「…………!?」
苦悶の表情を浮かべたセタンタ君は――見知らぬ騒乱者が自分の名前を呼んだことに違和感を抱きつつ、何とか手中から脱しようともがきました。
もがいたものの、相手の解呪魔術で身体強化魔術を無効化され、脱出する事は叶いませんでした。
戦争屋は握り込んだセタンタ君をエレインさんに突き出して人質としつつ、愉快そうに言葉を続けました。
『さてさて、この子を殺されたくないなら、ここは退いて――』
『戦争屋!』
足元にいる墓石屋の警告の叫びを聞きつつ、墓石屋は『だよね』と言いながらエレインさんが動くのを見ていました。
彼女がセタンタ君に構わず攻撃体勢に入っているのを目にしました。
「セタンタ君、少しチクッとしますよ」
「少しじゃねえだろ絶対ウオオアオアアアアアアアアアアアア!!!???」
エレインさんは力強く踏み込み、双剣を横薙ぎに振るいました。
放たれた斬撃に対し、戦争屋はセタンタ君を「ポイ」と投げ、セタンタ君は悲鳴をあげながら胴体を真っ二つにされ、血肉や便を撒き散らしました。
戦争屋は足元の墓石屋を庇う形で大戦斧を振るい、再び飛ぶ斬撃を完璧に無効化してみせました。斬撃だけは、無効化してみせました。
セタンタ君の撒き散らした血しぶきを浴びる事になりましたが――。
『ぬ……』
戦争屋は血しぶきに反応し、魔術を行使しました。
その瞬間、彼の身体が――正確にはセタンタ君の血しぶきが爆発しました。
「ちィっ……!」
セタンタ君は、エレインさんの斬撃で血しぶきを撒き散らし、その血しぶきを魔術で爆破していました。
が、戦争屋が咄嗟に防護の魔術で凌いだ事で焦げ目をつけた程度で終わった事実に舌打ちしつつ、地面に落ちました。胴体真っ二つにより、死に向かう身体を治癒魔術で何とか持たせながら。
負わせたのは焦げ目程度。
ですが、体勢は僅かに崩す事が出来ました。
「――――」
その隙をエレインさんは見逃さず、爆風の起こす砂煙の中に猛進していき、戦争屋の背後に回り込みながら斬撃を放とうとしました。
しかし、不発に終わりました。
『――――』
振り抜かれようとしていたエレインさんの剣に向け、戦争屋が素早く手を動かして裏拳で迎撃して斬撃の軌道をそらしつつ、蹴りを放ってきました。
エレインさんは鋭い蹴りを腕で受けました。魔術で強化した腕。その骨がガラスのように砕けるのを感じつつ、彼女はその蹴りの勢いを借りて後方に離脱し、着地した時にはもう動作に支障がない程度まで腕を回復させていました。
一連のやり取りに瞠目していた墓石屋は『やるなぁ』と言葉を漏らしました。
『仲間を切り捨てながら間髪置かずに攻めてくるとは』
『よくできるバッカス人ならあれぐらいするさ。最悪、蘇生魔術あるしね』
墓石屋と戦争屋がそんな会話を交わしている隙に、砂浜を駆けたエレインさんは槍を握りしめて倒れ伏しているセタンタ君を――足ですくい上げるように――優しく蹴り飛ばしました。
蹴り飛ばして遠ざけ、剣を構えて戦争屋と対峙しながら叫びました。
「よくもセタンタ君を!!!」
『おい、責任転嫁してきたぞ』
『厚かましいバッカス人はアレぐらい言うよ……』
戦争屋は呆れつつ、エレインさんが蹴り飛ばしたセタンタ君の身体の行方を見守りました。
ぽーん、と弧を描いて飛んでいった少年の死体が、こちらに走ってくる魔術師の腕に「スポッ」と収まるのを見ていました。
その魔術師は――教導隊長は治癒魔術を行使しました。
それにより、死にかけだったセタンタ君は危ういところで命を繋ぎました。
エレインさんに斬り飛ばされた下半身は砂浜に転がり続けているため、下半身丸出しで蘇生された形ですが、とりあえず戦闘にも逃走にも支障がない状態になりました。
『うぅん、ホント、潮時だねぇ。水場で彼とやり合いたくない』
『吾輩はまだやれるぞ!』
『その状態でよく言うよ、まったく』
戦争屋は再び踏み込んできたエレインさんを迎撃しつつ、足元の墓石屋を拾い上げながら動きました。
「逃しません……!」
『逃げるよ。お迎えも来たしね』
そう言った戦争屋の直上を、轟音を立てながら魔物が通過していました。
ティアマトの巨体が通過しました。戦争屋は飛び上がってティアマトの身体にしがみつき、そのまま離脱していきました。
「ちっ……!!」
エレインさんもそれを追って飛び上がろうとしましたが、ティアマトの体表から剥がれ落ちて襲ってきた魔物達に阻まれる事になりました。
エレインさんは襲いかかってくる魔物達ごと、ティアマトを斬りつけました。
斬撃を放ち、ティアマトの身体に10メートルほどの傷をつけました。
つけましたが――。
「再生能力持ち……!」
ティアマトの傷は見る見るうちに塞がっていきました。
今回の戦闘でエルスさんやランスロットさんと中心に、ティアマトに手傷を負わせる人達はいました。
しかし、全ての傷が既に塞がっていました。
巨大蛇は無傷のまま。
心根まで震わせる大咆哮を上げ、人々に恐怖を植え付け、その巨体で人どころか大地も蹂躙し続けていきました。
「くっ……」
追撃に失敗したどころか、周辺の海岸を埋め尽くす勢いで落ちてきた魔物達のド真ん中に取り残される事になったエレインさんは魔物達を踏みつけながら逃げつつ、応戦しましたが、さすがに抗い続けるのは難しく――。
「エレインさんっ!」
エルスさんに蘇生してもらった後、海を走り、助けに行こうとしていたセタンタが警告の叫びを上げた次の瞬間、魔物に背中を大きく切り裂かれる事になりました。
その傷だけならまだまだ戦える状態でしたが、体勢を崩された事で魔物の群れに完全に飲まれる事になりました。
押しつぶされながらも食らいつこうとしてくる魔物の牙を剣で受け、もがきましたが、彼女に斬りつけられた魔物達が身体からこぼす猛毒の血を受け、激痛に顔をしかめながら何とか抗おうとしていました。
ですが、その行為は僅かに命を繋ぐだけの意味しかありませんでした。
「くそっ……!!」
少年は魔物の群れに飲まれたエレインさんを助けるため、走りました。
全力で走りましたが間に合いませんでした。
彼が助けに行くより早く、先行した老魔術師の魔術が彼女を救いました。
老魔術師が腕を振るうと、海が独立した生物のように蠢き始め、波濤と化して海岸を飲み込みました。
魔物の軍勢もエレインさんも大量の水に押し流されていき――老魔術師が再び腕を振るうと陸から離れていく形で海の中に引きずり込まれていきました。
エレインさんは魔物達から引き剥がされて海面を流されていきました。魔物達は海中に引きずり込まれ――体内に老魔術師が操る海水を送り込まれ――身体の内側からズタズタに引き裂かれていきました。
「一瞬かよ……!」
自分が行くまでもなく、エレインさんが救出された光景を見て、セタンタ君は感嘆の声を漏らしました。
エレインさんでさえ圧倒されかけた魔物の軍勢を一瞬で屠った老魔術師の手腕に驚き、目をみはりました。
槍や剣を振るい戦っている自分達と違い、水の軍勢を操り、瞬く間に敵を殲滅していく老魔術師の力は御伽噺に出てくる魔法使いのようなものでした。
『セタンタなんで下半身丸出しで突っ立ってんの!?』
『うるせえ! 好きでこんな格好でいるわけじゃねえよ!?』
足を止め、エルスさんの戦いを見ていたセタンタ君に、同じく遠くからエルスさんの戦いを見守っていたマーリンちゃんが交信魔術で話しかけてきました。
自分の格好を咎められたので弁解しつつ、少年は少女に問いかけました。
『お前も無事だったのか、マーリン』
『一応ね。何度か死にかけたけど! 師匠がいれば安心』
他の魔物もほぼ殲滅してくれたよ、とマーリンちゃんが言うので、半信半疑になりながら氷船の方を振り返ったセタンタ君は、船の方に生きて動いている魔物の姿が殆どないことに気づきました。
船の周りで戦闘していたエルスさんがほぼ1人で殲滅していました。
魔物達の血で海が濁っている光景を見つつ、少年は生唾を飲んで言いました。
『……お前の師匠、凄まじいな』
『ふふん♪ 水場で師匠に勝てる魔術師なんて、魔王様とカヨウ様ぐらいだよ』
バッカス最強の魔術師とバッカスで二番目に強い魔術師の名を挙げ、マーリンちゃんは得意げに鼻の下を掻きました。
配下の魔物を討ち滅ぼされたティアマトは増援の魔物を次々と降らせました。それらも次々と殲滅していくエルスさんの姿を見つつ、セタンタ君は考えました。
エルスさんの使っている魔術について考えを巡らせました。
あれは単なる「水を操る魔術ではないな」と思いました。
訓練でエルスさんが大量の水を事も無げに操る姿や、目の前で海水を操って魔物の群れを殲滅している姿だけを見ていると、水を操るのが抜群に上手い魔術師という感想で彼の思考は止まっていたでしょう。
ただ、彼は見ていました。
先ほど、エルスさんが魔術で竜種の熱線の軌道を変えていた事を。
その事実からセタンタ君は「水を操っているのも、熱線の軌道を変えたのも同じ魔術だろうな」と判断し、唸りました。
『お前の師匠、よく魔物と戦うこと許されてるな……。個人であれだけの力を持ってたら王様や魔剣持ちの騎士達みたいに対魔物戦闘禁じられてそうだが』
『まー、水場じゃなければもうちょっと大人しくなるからね、師匠は。水場以外でもメチャクチャ強いけどさ』
少女が誇らしげに見守る中、その師は次々と魔物を撃破していきました。
ですが、快進撃も長くは続きませんでした。
『…………! 師匠! 避けて!!』
少女は気づきました。
ティアマトが熱線を吐く体勢に入った事に。
それも、老魔術師だけを対象にして。
エルスさんも自分が狙われている事に気づきましたが、「距離がまずいな」という思考を抱きながらティアマトを見上げていました。
船に乗っていた時より射撃位置が近い。
回避も防御も間に合わないな、と思いつつ、ブレスの射線上からの退避を阻んでくる魔物達を淡々と処理し続けました。
『師匠!!』
放たれた熱線は老魔術師に直撃しました。
規格外の魔術師でも、規格外の魔物には抗いきれませんでした。
熱線は老魔術師の身体を完全に溶かし、砂浜を消し飛ばし、海を焼き、水蒸気爆発を起こして広範囲に破壊を撒き散らしました。
ティアマトは老魔術師を屠った事に満足したように、雷鳴の如き「ゴロゴロ」という唸り声を漏らし、身を翻して去っていきました。
「……逃げる、のか……?」
ブレスの衝撃で荒れる海の中、熱された海水の熱さに顔をしかめながら少年は去っていくティアマトの姿を見守りました。
しばし見守っていましたが、ブレスの着弾跡にエレインさんが走っていくのを見て、ハッとしてそれに続きました。
エルスさんの安否を確かめるために走りました。
セタンタ君より遠くにいたマーリンちゃんも真っ青になりながら急いで飛んできて、エルスさんの姿を探し求め始めました。
さすがに、あれだけの攻撃じゃ肉片も残ってないかも、と思いながら、立ち込める水蒸気に覆われた砂浜を飛び回りました。
「師匠~……!」
「そんな泣きそうな声をあげない」
「…………!」
まだ終わってませんよ、と言いながら水蒸気の中から人が現れました。水や砂を材料に魔術で作った衣をまとって現れた人物を見て、マーリンちゃんは嬉しげに叫びました。
「師匠!」
「はい、どうも。……敵は退いた……というか、別の場所に向かったようですが、まだ完全に戦闘が終わったわけではないので気をつかないように」
マーリンちゃんの声を頼りに近づいてきたセタンタ君は、エルスさんが生きているのを見てギョッとしつつ、話しかけました。
「熱線の直撃で死なねえとか、教導隊長どういう身体してんの?」
「いや、普通に死にましたよ。死ねない身体だから生き返っただけです」
そう言い、エルスさんはまだ再生の終わっていない右腕を見せました。
その腕はエルスさんが治癒魔術を使っているわけではないのに、再生しつつありました。欠損していた部分に、骨が生え、肉が覆っていき、元通りになりました。
「神様が、私にどうやっても死なない呪いを与えているので……」
今回は全身吹き飛んで蘇生してしまったので、声も元通りになってしまいました……と言いながらエルスさんは苦笑しました。しわがれた声ではなく、見た目通りの女性らしい声になってしまっていました。
少年は単に強いだけではなく、文字通り不死身の身体を持っている老魔術師の異常性に黙り込んでいましたが、セタンタ君と同じくマーリンちゃんの声を頼りに走ってきたエレインさんに肩を叩かれ、声を漏らしました。
「あぁ、エレインさん。良かった、エレインさんも無事か」
「ええ、何とか。セタンタ君も無事で良かったです。あの卑劣な騒乱者にキミが殺されてしまった時は、冷静沈着な私も我を忘れそうになりましたよ」
「死んでねーし! サラッと捏造すんなよ!? ……っと……!」
安堵した表情を見せたのも束の間、エレインさんの言葉に呆れ顔を見せたセタンタ君でしたが、エレインさんがふらついたのを見て慌てて支えました。
「無事じゃねえじゃん。大丈夫?」
「まったく問題ありません……」
「ああ、あの魔物の毒か……」
セタンタ君はエレインさんが魔物の群れに飲まれた際、猛毒を持つ魔物の血に触れてしまったと気づきました。
直ぐにでも治療してもらわないと、さすがにこの人でもマズイな――と思っていましたが、近づいてきたエルスさんがエレインさんに手をかざして魔術を行使すると、直ぐにエレインさんの顔色がよくなったのでまたギョッとする事になりました。
「他人の治療もパッと出来るとか、マジでインチキ魔術師だな、教導隊長……」
「毒を抽出しただけですよ」
「それがインチキだと思うんだけどなぁ……」
少年は老魔術師への評価を少し改めました。
言動には共感できないところもありますが、魔術師としては次元の違う存在だな……と改めて実感する事になりました。
セタンタ君が驚嘆しながら呆けている中、師の無事を喜びながらも周囲の索敵をしていたマーリンちゃんは「残った魔物はランスロットさんが殲滅したみたい」と言いつつ、ティアマトが去っていった方向を見つめました。
海ではなく、内陸の方に進んでいくティアマトを魔術の目で見つめました。
「あの竜種はまったくの無傷で内地に進行中みたいだけど……」
「追撃したいですね」
「えぇ~……!」
「追撃したいところですが、直ぐには無理ですね」
何とか敵を退けた――というか敵の方から退いてくれたものの――教導隊は甚大な被害を受けてしまいました。
エルスさんはその惨状を眺めつつ、「体勢を立て直しましょう」と言いながらマーリンちゃんや部下達に指示を飛ばし始めました。
「ティアマトの追跡は他の部隊に任せます。我々は……ひとまず体勢を立て直して、どう動くかについては政府に判断を仰ごうと思います」
「了解です。ところでエルス様、カスちゃんの死体は奪還できたのですか?」
「ええ」
エレインさんの問いに答えたエルスさんは頷きました。
頷いた後、セタンタ君には聞こえないように交信魔術で言葉を続けました。
『死体は奪還できました』
『死体、は?』
『蘇生が出来ていないのです。私の方でも蘇生魔術をかけてみたのですが……』
眉間に軽くシワを寄せつつ、エルスさんはその事を報告しました。