魔物の足跡から読み取れるもの
三人は都市郊外の森へと入っていきました。
マーリンちゃんがふわふわと、海中を漂うクラゲのように宙を浮きつつ、索敵魔術で全周警戒をする中でパリス少年への指導が始まりました。
「魔物の痕跡って言えば、変態猫みたいに観測だか索敵の魔術を磨いていけばいい話なのか?」
「その手の魔術も感知出来る範囲は限界があるからな」
マーリンちゃんはかなり腕利きの索敵手ではありますが、そんなマーリンちゃんでも世界中を見通せるわけではありません。
広域の索敵も基本的には2キロほどが限界です。
索敵用の法陣や仕掛けをしっかりと敷設し、一箇所に留まるればさらに索敵範囲を広げる事は出来ますが移動しながらだとそれぐらいが限界のようです。
索敵に長じているマーリンちゃんでも限界があるので、マーリンちゃんほどには索敵や観測に長じていない人となると感知出来る範囲はさらに限られます。
さらに詳細に離れたところの索敵や観測を行うとなると広域は諦め、距離を絞って精度を高めていく必要があります。
「もちろん、魔物の痕跡を探るのには魔術も使う。ただ、魔術だけで10キロ先にいる魔物を追跡するのは至難の業だ。魔術以外も動員していかないといけない」
「知識とかね」
「足跡を見て、追っていくのか?」
「それも一つの手だ。足跡だけでもある程度、どの魔物か見分けはつくからな」
「そこが魔術ならぬ知識の使い所ってことだね」
「なるほどなー」
パリス少年は関心したように頷きました。
「…………まさか、全部の魔物の足跡を全部覚えないとダメなのか?」
「「そうだよ」」
「ウソだろ。オレ様の頭が壊れるぞ」
「ウソだよ。お前が手に持っている生態手帳も参考にするんだよ」
「あ、なるほどなー」
魔物生態手帳には魔物ごとの足跡も詳細に描かれています。
ページに収まる範囲であれば実寸大で描かれており、収まらないほど大きな魔物の足跡に関しては手帳の端に備わっている物差しを当てたり、巻き尺などで長さを測定して照らし合わせます。
同じ種でもバラつきや例外があるので、これも生態手帳を鵜呑みにしすぎるわけにもいきません。生態手帳通りにキレイに足跡があるとも限りません。
それでも、判断の目安にはなってくれますので軽んじる事も出来ません。
セタンタ君とマーリンちゃんは孤児院時代に代表的な足跡は頭で覚えさせられ、孤児院内の試験も経て、「百種類も覚えられるか!」「ひぃー、暗記なんてキライだー」とヒィヒィ言いながら記憶していきました。
ただ、それでも人間の記憶なんて曖昧なものなので手帳は携帯しています。
手帳で判断はつきますが、ある程度は覚えておくと素早く判断が出来るので、セタンタ君達は孤児院での経験を「無駄じゃなかった」「でも二度とやりたくない」などと思いながら大事にしています。
「同じ狩場固定で活動する職業冒険者は同じ魔物に会いやすいからこそ、自然と覚えていきやすい。覚えると急場の判断もしやすい」
「オレ様は世界を渡り歩く浪漫冒険者になるから関係無いぞ。職業冒険者みたいな意気地なし共とつるむつもりは無いもんな」
「まあ好きにしてくれ。ただ、職業冒険者を馬鹿にするな」
「なんだよ、おキレイな理屈か?」
「それも少しあるけど、お前自身の実利にも関係する話だ。世界を渡り歩くにしても、地元に詳しい職業冒険者に案内を頼む事はよくある話だからな。反感買って組んでもらえなくなると、世界を渡り歩く事も出来なくなるぞ」
「ふーん……なるほど、なるほどなー」
素直に応じている分には負けん気の強いパリス少年も可愛いもので、なんだかんだで丁寧に教えようとしているセタンタ君と、その話を聞いているパリス少年を見ていたマーリンちゃんは「兄弟みたい」と呟き、微笑みました。
いまはちょっと癖がある性格のパリス少年ですが、いまからでも真っ直ぐに育っていってくれさえすれば良い子に成長していくでしょう。
真っ直ぐに、育っていってくれさえすれば。
「でも……足跡なんて、どうやって見つければいいんだ?」
パリス少年は周囲をキョロキョロと見回しました。
周りは背の高い木の群れと、背の低い草地がところどころ広がっています。
まったく視界が開けてないわけではありません。ただ、単に見渡しただけでは足跡らしきものは直ぐに見つからなさそうでした。
「地道に探すのか? 大変だぞ」
「それも一つの手だ。ちなみに、足跡はどんなとこに残りやすいと思う?」
「やわらかい地面」
「わかりやすい答えだな」
「な、なんだよ、違うのかよっ」
「いや、お前の言う通りだ。粘土を踏んづけたら足の形に変わるように、やわらかい地面……例えば軟泥や雪には足跡が残りやすい」
「体重重い魔物なら硬い地面でも足型が残る事もあるよ」
「砂漠とか残りやすいんだな」
「いや、砂漠は砂の粒子が細かすぎて、逆に足跡の後が崩れて消えやすい。風の影響も受けやすい。雪ならまだ踏み固められてくれるんだけどな」
「なるほどなー」
足跡の主は同じでも、地面の状況によって違う足跡になる事もあります。
例えば同じ雪でも積雪量、新雪、少し溶け始めた雪などの状況次第で足跡の形が変化します。
当然、雪と泥でも違いでも差が生まれ、泥であれば小さな手指の形までペタンと残るのに、雪だと丸っこく大雑把な形しか残らなかったりします。
雪にズボッと埋もれて、身体の跡まで残ってたりもしますね。
他には硬い土でも爪痕だけが残るなど、雪質や土質での変化もあるのです。
「……まさか、ここには足跡あんまり無いって事か?」
「あるぞ。ただ、地道に探すと時間かかるから魔術を使おう」
そう言ったセタンタ君は鞄から目薬を取り出し、それをパリス少年に使わせました。パリス少年はぱちぱちを目を瞬かせています。
「今のは魔力の痕跡を見やすくするための目薬だ。自分の目に魔力を流すと、簡易の魔眼みたいに少しだけ痕跡が見やすくなる」
「ど、どうやるんだ? 目に魔力流すって」
「目から糞をひねり出すようにちょっと踏ん張ってみろ」
「目からウンコが出るわけないだろ!」
「感覚的なもんだよ、感覚的なもの」
パリス少年は訝しがりつつ、踏ん張ってみました。
直ぐには言われた通りに見えませんでしたが、それでも少し時間をかけ、コツを掴んでいくと段々とパリス少年の目に青白い光が見えてきました。
「おぉ、魔力ってこんな風に見えるのか」
「人間に限らず、魔物や獣も魔力は持ち合わせてるからな。意識して止めないと、汗みたいにこぼれていくんだ」
「なるほどなー。魔力の反応があるって事は、そこに生き物がいたって事か」
「そーゆー事。学校で習わなかったか?」
「……あんまり学校いけなかった」
「そうか。別にこれから覚えていけばいいさ。それに、いまは見えてるだろ?」
「でも、これって目薬ないと見えないんだろ……? それ、高くないのか? つ……使った分、金とか払った方がいいのか……?」
「いらねえよ。安物だしな」
セタンタ君はウソをつきました。
「それに、この目薬はあくまできっかけだ。一度見えるようになっとけば、目薬無しで再現出来るようになる。いま見えている感覚をよく覚えておくようにしろよ。そしたら目薬代が浮いて便利だぞ」
「なるほどな。よーし、直ぐにモノにしてやらぁ」
パリス少年は舌なめずりし、魔力のこぼれた跡に駆けていきました。
セタンタ君はそれをちょっと微笑んで見守り、そんな自分をマーリンちゃんがニコニコ笑って見ているので、居心地悪そうに「な、なんだよ……」と言いました。
マーリンちゃんはチェシャ猫のようにニシシ、と笑って「なんでもないよー」と返し、セタンタ君はちょっとムッとしたふりをしながらパリス少年を追いました。
「おいセタンタ、ここだろ? なんか、魔力の跡っぽいのがある」
「そこは特にベッタリ見えるだろ?」
「うん」
パリス少年が指差す先には草地がえぐれ、土が見えていました。
魔力の反応を探るように見ると、ルミノール反応のように青白い魔力跡がベッタリと地面、あるいは周囲の木々に張り付いています。
「多分、誰かが魔物と戦った跡だ。戦闘は特に魔術使うから魔力もこぼれやすいしな。運動したら汗が出やすいのと同じようなもんだ」
「だから地面とかもえぐれてるのか。……でも戦闘あったって事は、もうここで魔物仕留めて、死体も持ち帰ったからここから魔物は追えないんだよな」
「だな。ただ、戦闘あるとこういう状態になるってのは覚えといた方がいい」
こぼれた魔力量で変わってきますが、特にベッタリついていると数日は跡が残り、次第に薄れていく形です。
それを活かし、魔力をペンキのように目印つけるのに使う方法もあります。他の人なり魔物の魔力で上書きされてしまう事もありますけどね。
「あっちにも魔力跡が……ここほど多くないけどポツポツ残ったまま森の奥の方に消えていってる。アレなんか魔物の残したものか?」
「そうだな。近くで見てみろ」
「むむ……なるほどなー、よく見たら、魔力跡が足跡みたいに残ってる」
「身体が触れた箇所が特に滲み、残りやすいからな。魔力で残った足跡と、地面に物理的に残った足跡も合わせて、どの魔物のものか判別してみろ」
「任せとけ」
セタンタ君はひとまずそれだけ言い、パリス少年に任せました。
パリス少年は生態手帳を開き、唸りつつ手帳とにらめっこしてます。
少し時間がかかりましたが、最後は自分で判別してみせました。
「これ、森蜥蜴が歩いてった跡じゃねーかな……? 尻尾も引きずってる」
「正解だ。ただ、ちょっと時間がかかったな」
「う、うるせー! わかってらぁ、あんまり時間かけてたら、魔物に逃げられたりするって事だろ? これから勉強してくから、今に見てろよ」
「まあ頑張れ。数こなせば直ぐ見分けれるようになるさ」
それと、と言いながらセタンタ君はパリス君の生態手帳を手に取りました。
そして手帳の最初の方のページを開きました。
「これも参考にしろ。ギルドの人が代表的な足跡の一覧をつけてくれてるから」
「お、ホントだ」
「厳密には違う魔物でも、似通ったヤツなら足跡も似てるんだ。トカゲはトカゲ、狼は狼でな。まず一覧見て、どんな種類の魔物かで絞り込んだ方が早いぞ」
セタンタ君の言う通り、一口に足跡と言っても種別ごとに特徴は出ます。
例えば人が歩いた足跡は二列気味に並びますが、ネコちゃんなどは殆ど一直線のモデルウォークです。スッスッスッと足を入れ替えるように歩いていきます。
ネコちゃんに似た一直線気味の足跡はネコ科、イヌ科、偶蹄類などが残しやすい足跡です。偶蹄類はイノシシなどですね。
足跡がジグザグに並ばず、スタンプでも押したようにキレイに対になって並んでいるのはウサギ類やリス科などです。ぴょんぴょこ跳ねて移動しているのです。
これらはあくまで身体構造上そうなりやすいだけなので、絶対ではありません。ただ、傾向が出るという事は目安にはなります。
「足運びで大別が出来たら、次は細かな足跡の特徴を見ていくんだ。指や爪、蹄の有無や足跡そのものの幅とかな」
「足跡の大きさだけじゃなくて、足跡の幅で魔物の大きさわかったりするよ」
「むぅ。こんがらがってきたけど……コツを抑えればいいんだろ? こうやって生態手帳の一覧とか見ながら絞り込んで、さらに絞り込むのに見比べて……」
「そういうこった。……あ、あっちにちょうどいい足跡がある」
そう言ったセタンタ君はパリス少年を連れ、少し離れたところに行きました。
「ここに二匹分の足跡がある。魔物じゃなくて、普通の狐だ」
「んんっ? 普通の狐なんか放っとけばいいだろ?」
「まあ討伐はしなくていいけど、良い勉強になる足跡なんだよ」
パリス少年は首を傾げつつ、足跡を見ました。
確かにセタンタ君の言う通り、二匹分の足跡があるようです。
「これはどっちも狐の足跡だが、明確な違いがある。わかるか?」
「んー……!? ええっと、進んでる方向が違う、とか?」
「いや、同じだ。そこ足跡の前後でわかるだろ」
「えぇー……じゃあ、何が違うんだ……?」
「よく見比べてみろ。こっちとこっちで別々の狐が残した足跡だ」
「んー……?」
「さっきチラッとマーリンが言った事にもヒントがあるぞ」
「んんっ?」
セタンタ君は見比べやすいように告げ、パリス少年に考えさせました。
パリス少年は眉根を寄せ、「足跡の大きさとか、体重か?」などとブツブツ言っていましたが、やがてハッとした様子で生態手帳を開きました。
そこに魔物ではない普通の狐の足跡は乗っていませんが、パリス少年は「わかったぞ!」と言いながら生態手帳の1ページを指差しました。
そこには森狼という種の魔物のページでしたが、そこにも同じ森狼でありながら差異のある足跡の図が乗っていました。
「歩幅が違う! 片方は歩いてて、片方は走ってたんだ」
「正解だ」
同じ生き物、同じ土質でも歩き方、走り方でも差異が生まれます。
例えば狐の歩行は鉄骨の上を渡っているかのように一本線に近い跡になりますが、疾走するとなると前へ前へジャンプするような形になりやすいです。
跳躍により歩幅が広くなったり、一本線から二列の走り方となったり、大地を強く踏みしめるので歩行より激しく土が掘られていたりする事もあります。
「歩幅は紙の余白みたいなもんだ。変化の無い空間のようで、その実、余白の大きさで状況を物語ってくれたりするんだ」
「お前、詩人か何かか?」
「尻マーリンだぞ」
「ひぇ……」
パリス少年はひどく怯えました。
「知識を蓄えて推理していくんだ。足跡に限らず……例えば木で爪とぎした痕、牙かけ跡、巣の状況、ヌタ場、穴を掘った跡、落ちてる羽や毛とかな」
「ウンコも推理材料になるよ」
マーリンちゃんがニッコリ補足しました。
バッカスの冒険者達が戦う魔物は毒餌が廃れる原因となった食事しない魔物が増えた事により、ウンコしなくなった魔物も増えました。
ですが、全ての魔物がアイドルのようにウンコしなくなったわけでは無いのです。ウンコする魔物ならホカホカ具合とか推理材料になったりします。
ウンコも足跡と同じく大きさ、形、色などの特徴があります。
例えば普通の獣であるカモシカとシカの足跡は非常によく似ていますが、ウンコで見分けがついたりします。
一箇所に集まってる溜糞しているのがカモシカ、一箇所どころかそこら中にポロポロこぼしているのがシカという傾向があります。
「接敵前、事前にどの魔物か判別ついていると対策もしやすい。単に追ったり、避けたり以外にも痕跡を読み取る知識は大事なんだ」
「なるほどなー」
「余談だが、魔物の足運びは罠にも関係してくる。さっき見たのは狐の足跡で、歩いてた方は一本線に近い足運びだったろ? 踏む範囲が狭いって事は、点の罠には少しかかりづらくなる。線や面ならともかくな」
「色々あるなぁ……覚えれるか不安になってきた」
「一度に全部覚える必要はねえよ。早いに越した事はないけど、少しずつ覚えていけばいい。後は手帳みたいな頭の外の資料に頼ったりな」
「自分の記憶だけじゃ曖昧に覚えちゃう事もあるからねー」
「仲間と一緒に行動して仲間の知識に頼るのも一つの手だな。一人は危険だし、仲間と一緒にいるといいぞ」
「セタンタがそれを言うの……?」
マーリンちゃんがちょっと呆れ顔で浮遊しつつ、上からセタンタ君の頭をつつきましたが、セタンタ君は笑って「俺はいいんだよ」と言い切りました。
いつか、その慢心が死に繋がりそうですね。




