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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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非攻撃用途の煙幕




 双剣使いは味方と連携して襲ってくる――。


 墓石屋はそう考えました。


 転覆した氷船内部から吹き出す大量の煙幕は船外の広範囲も覆い隠しつつありました。それにより、彼はエレインさんの姿を見失っていました。


 船内は船外ほど風の影響を受けないため、煙幕が色濃く充満しつつありました。船外も海風に押し流され、広範囲が煙幕に包まれつつありました。


 船の上方には立ち上ってきていないため、墓石屋がいる場所までは煙幕に包まれずに済んでいましたが、「ここで待ち構えていれば簡単には不意討ちされずに済む」と彼は考えました。


『機屋』


『はいは~い。なにかな~?』


 墓石屋は警戒しつつ仲間に問いかけました。


『この煙幕、敵の視界も塞いでいるのか?』


『いや、見通すことも可能。魔術による妨害も織り込んだ煙幕だけど、妨害除去のための魔術があれば見通す事は可能。うん、ブロセリアンド士族なら交信網使って味方にはそれ配布してそう』


『吾輩の方の視界も何とかならんか?』


『直ぐには無理。パスワード入力したら無修正映像が見れるけど、パスワードはあちらさん達が身内だけに教えて「ウヘヘ、スケスケやんけぇ!」って陰でやってるだけだから。キミはモザイク付きで楽しむしかない』


『貴殿、バッカス暮らしを続けているうちに頭がバッカスになったのか?』


 例えが下品だぞ、と咎めた墓石屋に対し、最前線には出ずバックアップに徹していた機屋は「バッカスに無修正ビデオ文化なんかないよ」と言って肩をすくめました。


『船内から敵が襲ってくるの心配してんでしょ? ティアマトに船を攻撃させる? どかーんと一発カマしちゃう?』


『いや、これ以上、船を破壊すると計画に支障が出かねん。船体はともかく、物資がな……』


『あ、そっか。じゃあ、撤退する? 全ての標的仕留めたわけじゃないけど、キミも手傷負ってるでしょ? 帰っておいで、直してあげるから』


『うーむ……。吾輩が殺した者の死体はどうなった?』


『うん、もう直ぐ奪還されそうかな?』


 カスパールさんの死体について問いかけた墓石屋は、機屋に別の場所の光景を――ティアマトと戦闘しているエルスさんとランスロットさんの映像を見せました。


 エルスさんの背ではマーリンちゃんが悲鳴を上げながらも敵の位置を正確に伝え、2人と合流したランスロットさんがエルスさんと協同で魔物の群れを次々と斬り伏せながらティアマトの攻撃を回避していました。


 エルスさんの放った魔術がカスパールさんの死体を咥えて逃げていた魔物を撃墜し、死体が回収されようとしているところでした。


『ほうほう、敵だらけの状況でよくやる。エルスの方はさておき、その傍らで戦っている者はバッカスでも上位の戦士か?』


『バッカスの現役冒険者の中でも十指に入る実力者だよ。それよりどうするー? 予定ではもうすぐ内地に向けて移動開始する頃合いだけどー?』


『そうだな――』


 墓石屋は欠損した脚部を見つつ、撤退を考えました。


 ここで無理に戦わず、逃げるのもアリだな、と考えましたが――。


『――いや、まだやる。増援を寄越せ』


『マジ~? 殺る気じゃん!』


『吾輩はいつでもやる気満々だ』


『はいはい、じゃあ運送屋に追加投入頼んでおくね』


 機屋がそう言って通信を切った5秒後。


 ティアマトの体表に鱗のようにしがみついていたティアマト配下の魔物の一部が剥がれ落ち、墓石屋の傍へと降下してきました。


『行け』


 墓石屋の言葉に反応し、増援の魔物達は移動を開始しました。


 半分は船内に走っていき、もう半分は船外に――最後にエレインさんを目撃した方向に向けて飛行していきました。


 船内から誰か登ってきたとしても、船外から駆け上がってきたとしても、魔物とかち合えばその戦闘の音で位置を把握して対処しやすくなる。


 相手も精鋭揃い。魔物だけでは対処しきれないだろうが、その時は自分が撃てばいいだけだ――そう考えながら、いつ敵が来てもいいように備えました。


 備えていたのですが……。


『……………………』


『墓石屋~? そっちいま戦闘中? いや、そうじゃないよね?』


『う、うむ……。待ち構えているところなのだが』


 機屋の問いに肯定を返しつつ、墓石屋は困惑しました。


 敵が来ない。


 先ほど放った魔物達が敵と遭遇した様子もない。


 待ちぼうけの状況に彼はそわそわしました。これぐらいでそわそわするのは狙撃手には向いてないのだなぁ、と考えながら。


『奴ら、本当に煙幕の中を見通せているのか? 本当は見通せていなくて迷子になっているのではないのか? 一向に来ないぞ』


『見通せてるって。そんじょそこらの冒険者集団ならともかく、バッカスでも最精鋭のブロセリアンド士族戦士団の部隊が現場いるんだから――』


『ちょっといいかな~』


 墓石屋と機屋の会話に戦争屋が割り込んできました。


 彼は機屋と同じく最前線には出ず、調整を受けながら戦闘の様子を観戦しているだけでしたが、仲間が困っているので口を挟みました。


煙幕・・()れていく(・・・・)方向・・()調べてみたらどう?』


『は? あ! あぁ! なるほど……!!』


 戦争屋は船内から漏れ出し、周辺の海を覆い隠している煙幕の映像を見つつ、機屋に索敵を頼みました。


 彼は、この煙幕が攻勢用以外の用途にも使われていると気づきました。


『当たりだ! 彼ら撤退しているっぽい』


『なんだと』


『あらら』


 機屋は魔物達に仕掛けている観測器を介し、煙幕が流れていく方向を――その海中の映像を見て、敵の動きに気づきました。


 戦争屋もその映像を見つつ、「やっぱりね」と言い、言葉を続けました。


『墓石屋の狙撃が怖いから、今からお前を倒しに行くぞーって素振りを見せつつ煙幕張った。その煙幕が墓石屋に接近するためのものだとこっちが勘違いするのを期待してたんだろうねー』


『実際は逃走用か……!』


 煙幕に乗じた攻撃ではなく、逃走。


 海中を密かに泳ぎ、逃走している人々の中にはセタンタ君の姿もありました。


 エレインさんの手で船内に投げ込まれた彼は船内に取り残されていた仲間と合流し、物資や仲間の死体の運搬を手伝いながら海中を泳いで逃げていました。


 運搬されている物資の中には集団亡命支援作戦用のラインメタルもありました。部屋ごと船外に取り出され、運搬されていました。


 海での戦いに――水中での戦いに長けたブロセリアンド士族戦士団が煙幕に乗じて逃げる人々を援護していました。


 それを見た墓石屋は憤慨し、地団駄を踏みました。


『おのれ! 人が殺る気満々だったのに! 尻尾を巻いて逃げるとは! 奴ら、やる気というものが無いのか!?』


『向こうにとっては不意の遭遇戦だし、こっちにはティアマトいるし、勝つの無理かなーと判断したならさっさと逃げるのも妥当だと思うけどねぇ』


『吾輩の気が収まらん! 追撃する』


『やめといた方がいいよ。この撤退すら釣りの可能性がある』


 こちらも引き際を誤るべきではない――と、戦争屋は言いましたが、墓石屋は「もう1人の標的を仕留めていない」と言い、通信を切りました。


『まだ本調子じゃないっぽいねぇ。冷静さを欠いている』


 墓石屋の様子に「やれやれ」と首を振った戦争屋は機屋は心配そうな表情で見上げました。その視線を受けて戦争屋は頷きました。


『僕も出るよ。準備頼める?』


『まだ調整中――』


『ちょっと行って帰ってくるだけだから、大丈夫大丈夫』


 戦争屋と機屋がそんな言葉を交わしているのもつゆ知らず、墓石屋は動くために視線を巡らせていました。


『ここからでは狙うのが難しい……』


 逃走中のセタンタ君達を狙うには、大量の煙幕が漏れ出してくる船の上からでは困難でした。ゆえに彼は狙撃場所を変えようとしていました。


 船の周囲はどこも煙幕に包まれており、船上以外に狙撃向きの場所もほぼ全てが煙幕に覆われていましたが、煙幕に覆われていない場所もありました。


 それも、逃走中のセタンタ君達の頭を抑えるのに最適の場所がありました。


『逃さん』


 彼は直ぐに転移魔術でその場所へ――海岸の岩場へ飛びました。


 そこで狙撃体勢に入った瞬間、彼は自分の判断が誤っていた事を悟りました。



『……貴殿は奴らと逃げたはずでは?』


 自分の背後で幽鬼の如く、「ゆらり」と立ち上がる人物を知覚し、「ここにいるはずがない」と思いながら問いかけました。


 岩場に隠れていた黒髪のエルフは立ち上がり、双剣を構えながら答えました。


「私はいまここにいます。それが答えになりますよね?」




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