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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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神器の夢



「…………」


「セタンタ、今日はなんか妙な顔してるね」


 訓練の休憩時間中。壁を背もたれにくつろぎつつ、腕組みして考え事をしていたセタンタ君は、逆さの状態で浮遊していたマーリンちゃんに顔を覗き込まれ、「見るな見るな」とそのおでこを軽くつついて押しのけました。


「人の顔色を観察するんじゃない。また喧嘩するか? ん?」


「今日は魔術使ってないもん。変な顔して考え事してるっぽいから気になっただけ。……今日は別にいつもの夢を見たわけじゃないんでしょ?」


 最後の方の言葉はセタンタ君だけに聞こえるよう、声を潜めて聞いてきたマーリンちゃんに対し、セタンタ君は「まあな」と肯定しました。


 肯定しましたが、何を考えているのか話すのには難色を示しました。


 昨夜見た夢が――灰色の廃墟の夢が単なる「変な夢だった」というだけなら気軽に「こんな夢を見たんだよ」と語っていましたが、彼は夢の中にマーリンちゃんの名前が出てきた事が引っかかっていたため、本人に話すのを躊躇いました。


 夢に合理的な理由を求めるのもおかしいと思いつつ、引っかかっていました。


 ねえねえなに考えてたの、と頭をガシガシと揺らしてくるマーリンちゃんを無視しつつ、話すかどうか迷っていたセタンタ君でしたが――。


「……昨日、なんか変な夢を見たんだよ」


 話す事にしました。


 覚えている範囲で、目の前にいるマーリンちゃんとガラハッド君に。


 話すか迷っていた事に関しては――マーリンちゃんの名が出てきた事については伏せて。



「その夢、前に聞いた話に似てるな」


「あ? 誰から聞いた話だ?」


「誰って、セタンタも聞いていただろう? パリスだよ」


 ヴィンヤーズに寄港した時、夜中に話していたじゃないか――とガラハッド君が言うと、セタンタ君は手を打って「ああ!」と声をあげました。


「そうそう! 誰かから聞いた内容に似てんなぁ……とは思ってたんだ。そうだ。パリスに聞いたんだったな。夢の中で俺達と冒険したって」


「うん。パリスだけ魔術が使えなくなったと――」


 ガラハッド君はそう言い、セタンタ君に「お前も魔術が使えなくなったのか? その夢の中で」と聞きました。


 その問いに対してはセタンタ君は「いや、そういう感じは別になかったな」と言いました。「その辺、あんまり意識してなかったわ」と返しました。


「パリスは嫌な夢だったって顔をしかめていたが――」


「俺の方は悪夢……ではなかったな。うん。妙な夢だな、とは思ったけど」


「それってさぁ……共有夢じゃない?」


 黙って思案していたマーリンちゃんがそう言うと、少年2人は彼女に視線を向けて「なんだそれは」と問いました。


 問われたマーリンちゃんは「なんだ、知らないの?」と少し不思議そうに言った後、説明してくれました。


「皆が同じような廃墟の夢を見てるんだよ。セタンタみたいに『誰かが戦っていた』って言ってる人もいるね。確か」


「集団で、同じ光景を夢として見てるって事か?」


「そうそう。あまりにも同じ夢を見てる人が多いからさー、学者さんが『こういう夢を見た事ありませんか?』って証言募集したら1000人以上からドッサリ届いたんだってさ」


 全然違うこと書いてるイタズラ目的のも混ざってたらしいけどね、と言いながら肩をすくめた少女は空中で横転しながら問いました。


「セタンタは夢の最後に黒い人影を見たんだっけ」


「ああ。全身に気持ち悪いほど蝿がたかっているような人影だった」


「なんだそれ。死体か?」


「神だろ」


「神様だね」


「神ぃ?」


 セタンタ君の発言にガラハッド君は怪訝そうに顔を歪め、「唐突になにを言ってるんだ、コイツは」と言いたげな目つきになりました。


 セタンタ君は手をパタパタと振りつつ、そういう姿なんだよ、と言いました。


「お前だって神は知ってるだろ?」


「バッカスが戦い続けている相手。魔物を創造し、世界に争いの種を撒く超越者。あと、悪口を言うとタライが落ちてくる」


「そう、その神だ。俺は一度しか見たことないけどな。遠目に」


 セタンタ君はその時の情景を思い浮かべました。


 彼が神を見たのは冒険者になって間もない頃――フェルグスさんについて都市郊外を遠征していた時の事でした。


 激しい嵐が吹き荒れる中、「今日はこれ以上進むのは無理だ」と判断したフェルグスさんの指示で比較的安全な場所を探して野営しようと準備していたところ、フェルグスさんが神と立ち話をしているのを見たのです。


「目のない黒い人影の姿をしてるってのは文献で知ってたんだが、実際に見たのはあれっきりだな。……神に記憶を消されてたりしなければ」


「神様は、フェルグスさんと何を話していたんだ」


「今からお前達に大量の魔物をけしかけてやるぞ、って宣戦布告」


「げっ……」


 セタンタ君はその後に起こった激しい戦闘を思い出し、渋い顔を浮かべました。フェルグスさんが大立ち回りをしたおかげで何とか生き延びましたが、それでも「酷い目にあった」と彼はウンザリとした様子で呟きました。


 神は時折、そういう悪質な妨害をしてきます。


 遊戯ゲーム感覚で魔物をけしかけてきて、その試練を乗り越えられなかった者達は惨たらしく死ぬ事になります。遊戯感覚なので乗り越えた後にご褒美を用意する事もありますが、概ね邪悪で厄介な存在です。


「マーリンは結構見てる方じゃないか?」


「ちょくちょくね。魔王様のお城に来てたりするからね、神様は」


「魔王様の城って神様にとっては敵地のど真ん中じゃないか。大胆だな」


「神様を殺しちゃったら世界が滅ぶからね。神様もそれがわかってるから『やーいやーい、殺せるもんなら殺してみろ~』って煽ってたりする」


 マーリンちゃんはマーリンちゃんで神が――子供のような煽り方をしている光景を思い出し――ちょっとゲッソリとした表情になりました。


 脳裏に浮かんだその光景を追い払うように頭をぶんぶんと振った後、彼女は「セタンタみたいに神様を見たって人もいるね。夢の中で」と言いました。


「神様を見るのは、共有夢の中でも珍しい部類だよ。おめでとう」


「ありがとう。どうせなら縁起物を見たかった」


 神はバッカス王国の敵であるため、凶兆とされています。


「セタンタは覚えてないかなー、訓練に打ち込んでたし……」


「何が?」


「その共有夢、赤蜜園でも見た子が出たじゃん。一気に10人ぐらい。ボクが赤蜜園に入って1年ぐらいの時かなー……そのちょっと前から共有夢を見る人が出始めてたような……」


「あー……あった、そんな事もあったな。妙に心に残る夢を見たとか誰か言ってて……それから園内で夢を見るのが流行ったんだっけか」


「そうそう。おかげでその頃は『子供達を寝かしつけるの楽だった~』ってママ達が言ってたよ。……ボクらはその夢で訓練させられたりしたけどさぁ……」


「あぁ……」


 孤児院である赤蜜園の出身者である2人はその事を思い出し、ゲッソリとした表情になりました。


 赤蜜園では「園を出た子供達が食いっぱぐれないように」と積極的に職業訓練が行われており、冒険者になるための訓練は他と比べ物にならないほど厳しいものでした。


 それを受けていた2人は訓練の一貫として、魔術で夢に干渉され、恐ろしい目にあって死の恐怖を疑似体験してもらうという事もされていました。


「あの訓練の夢はキツかった……なぁ……」


「うん……。あ、やだやだ、思い出して見ちゃうかも」


「あぁ……。で、まあ、話を戻すんだが」


 少年を手のひらをを叩いて「パン」と音を鳴らしつつ、言葉を続けました。



「結局、その共有夢って何が原因なんだ? 何で皆似た夢を見るんだ?」


「それがハッキリとした原因はわかってないんだよね」


「なんだよ! ちょっと期待して聞いてたのに……」


「ゴメンゴメン。でも、いくつかの説があってね」


「その1つはわかるぞ。神が見せてるって説だろう」


「当たり」


 この世界を支配する神は魔物を創造する以外にも様々な力を持っているため、そういう事が出来てもおかしくないと言われています。


 超常の力を持つ神といっても非常に俗っぽい側面を持っているうえに、神という呼称も自称なので本当の神かどうかは意見がわかれるところですが、それはともかく――。


「ただ、神様が見せているなら見せているで、何のために見せているか疑問なんだよね。めちゃくちゃキツい悪夢を見せるならともかく、よくわかんない夢を見せてきているだけだからね」


 夢を介してバッカス人を洗脳しようとしているんじゃないか、と恐れられる事もあったため、政府が調査を始めたものの、そのような事が出来ている様子はないようです。


「パリスにとっては悪夢みたいだったが」


「セタンタは別に悪夢って感じなかったんでしょ?」


「まあな。あ、パリスみたいに魔術が使えなくなる夢を見る奴はいたのか?」


「ん~……? いや、確かそういうのはなかったはず……」


「じゃあアイツ、普通見ないような部類を運悪く引いたって事か。まー……それでも所詮は夢だからな」


 別に何の問題もねえさ、と言ってセタンタ君はウンウンと頷きました。


 頷いた後、「すまん、話を戻してくれ」とマーリンちゃんに言いました。


「ほいほい。とにかく、神様が見せている可能性もあるけど、『どういう動機で見せているのか?』ってとこはわからないんだよね」


「嫌がらせとして見せるにしては半端な夢だ、と」


「そーそー。だから神様説は学会でもそんな主流じゃあない」


「他に説があるのか?」


「神器説がある。神造兵器説」


 マーリンちゃんがそう言うと、セタンタは少し納得した様子で息を漏らしましたが、ガラハッド君の方は首をひねりました。


「ジンキとはなんだ?」


「神が造ったとされる兵器だ。人間が作ったものとは比べ物にならないほど強力なものが多くて、手中に収めれば世界の力関係を大きく崩せる可能性を持っている……って言われている」


「ほうほう……。あ、そうか、その神器か。名前ぐらいは聞いた事がある」


 他に大した事は知らないが、と言いつつガラハッド君はアゴをさすりました。


 その様子を見つつ、セタンタ君は「まあ普通に暮らしていたら馴染みがねえ言葉だわな」と言い、腕組みしながら頷きました。


「冒険者業界ではよく出てくる言葉なのか? 神器って」


「それなりに。開拓の最前線とかでは特にな」


「周囲と比べると異常な環境になっているところや、異常気象が起こっているところには神器が影響を及ぼしている事があるね。神様がやってる事もあるけど」


 這い回る森。無重力領域。他の場所の数百倍の確率で隕石が降り注ぐ大地。踏み込めば人どころか魔物も闘争心をなくし、人形のようになっていく無気力空間。


 冒険者達は時にそのような異常な環境を踏破する事を求められます。あるいは、異常を起こしているモノを――神器を見つけ出し、取り除く事を求められます。


「開拓の最前線以外は既に神器が取り除かれて普通の環境に戻ってるところもある。まだ回収できてないとこもあったり、取り除いても数百キロに渡って悪影響が残り続けているような場所もあるが」


「数百キロ? それはまた……規模が大きいな」


「それぐらい常軌を逸した力を持ってるんだよ、神器は」


「それだけ強力なら開拓戦争に使えば、直ぐに世界を開拓していけそうだな」


「それは無理だな。神とバッカス王国が結んだ協定で、神器を開拓戦争に使う事は基本禁止だ。破るようなら神が神器に対応できるような強力な魔物を報復としてバラ撒きまくる、とか言ってる」


「面倒くさいな、それは」


 眉根を寄せるガラハッド君に対し、マーリンちゃんは「それだけじゃなくてね」と言いながら言葉を続けました。


「神器は人の手に余るの。力が強力過ぎて、最悪、触るだけで死ぬから」


「近づいただけで命を奪ってきたり、一時的に魔術が使えなくなったり」


「それは回収しても怖いな……。広範囲に影響を及ぼす力を持っているという事は、下手に都市内で管理していると、そこも無茶苦茶な環境になるのでは?」


「魔王様達が封印処置施してくれるから平気。ただ、封印処置が施されずに都市内で保管されている神器もあるねー」


「あっちの陸地にもある」


 セタンタ君はそう言い、直ぐ近くの陸地を指し示しました。


 それを見たガラハッド君は驚いた様子で目を見開きました。


「西方諸国にも神器があるのか?」


「そうらしい。西方諸国を実質的に牛耳ってる統覚教会の総本山……マティーニって街にあるらしい」


「危険はないのか? ……ここから見た感じ、それとわかる影響は出ていないように見えるが……?」


 少し心配そうに呟き、しげしげと西方諸国の大地を見ていたガラハッド君は、自分の身体にも異常がないか足の裏や脇の下を見て、触ったりし始めました。


 その様子にセタンタ君とマーリンちゃんは苦笑しつつ、「身体にイボができるとかそういう異常はねえから大丈夫だよ」「そうそう」と言いました。


 そして、マーリンちゃんが西方諸国の神器について説明し始めてくれました。


「統覚教会が持っている神器は、豊穣の神器って言われてるの。豊かな大地を作ってくれて、その大地が酷い塩害や猛毒に侵されていても1年後には誰が耕してもどっさりと穀物が取れる大地にしてくれる大地を操る神器だよ」


「そういうものもあるのか。それはあまり兵器っぽくないな」


「いや、兵器としての力も持っているんだよ」


 マーリンちゃんは西方諸国の地図を、魔術で壁に投映し、神器が安置されていると言われる西方諸国の総本山に印をつけました。


 その神器が影響を及ぼしていると言われる範囲を円で囲いました。


「これが豊穣の神器の効果範囲」


「西方諸国がすっぽり収まっているな。……私達が通ってきたのはこの辺か」


 ガラハッド君は地図を眺めつつ、自分達が――教導隊が今まで辿ってきた航路を大まかになぞりつつ、効果範囲の広大さを確認しました。


「とんでもなく広いな。……ん? なあ、ここは何で影響が及んでいないんだ?」


 そう言い、少年は地図の南西部――西方諸国にほど近い島を指差しました。


 それは大きな島でした。そして、少年達が寄港した場所でもありました。


「そこはヴィンヤーズだから。御前試合で立ち寄ったでしょ?」


「そうだが、ここだけ神器の効果範囲が露骨に避けてるのはなぜだ?」


「カヨウ様の魔術で神器の影響が及ばないようにしているの。……豊穣の神器は豊かな大地をくれるけど、逆の事もできるから……」


「逆と言うと――」


「重大な環境汚染。大地を汚す事もできるの」


「それこそ、野草の1本も生えない場所にもできるんだよ」


 マーリンちゃんの説明をセタンタ君が継ぎ、そう言いました。


「当然、そうなったら何の作物も育たなくなる。鉢植えとかに土を避難させたりしても駄目にされる。川や池の水も毒水に変えられる。結果、人がバタバタ死んでいく」


「それだけじゃなくて、平坦な大地を険しい山々に変えるほど土地の地勢を変える力も持っているんだってさ」


「兵器だな、それは。かなり陰湿な」


 説明を聞き、唸ったガラハッド君は指を鳴らしました。


「その辺の説明、学院で聞いた覚えがある。確か、そういう力を持っているから、統覚教会は『西方諸国の実質的な盟主』と言われているとかなんとか……」


「ああ。逆らうと恐ろしい事になるからな」


 友人の言葉に対し、セタンタ君は頷き、言葉を続けました。


「西方諸国は統覚教会を中心に回っている。教会に媚びへつらえば神器の力で豊かな実りを得るが、教会の怒りを買うと土地をメチャクチャにされる」


 表向きは神の御業として、信心深いとは言えない行動を――教会に逆らう行動を取ると、「神は不届き者達に天罰を与え給うた」と言いながら逆らった者達が住む地域を雑草すら生えない土地に変貌させます。


 土地が死ぬと明日食べるものに困り、水も汚染されるのでかなり早い段階から住民達は病んでいく事になります。


 バッカス王国内では「西方諸国ではそういった恐怖政治が行われている」という事は常識になっていますが、西方諸国内では神の奇跡と天罰を信じている民衆もいるため、豊穣の飴と凶作の鞭で鍛えられた強い信仰心を持つ者もいます。


 罰を与えているのは神ではなく、教会の聖職者達です。どれだけ篤い信仰心を持っていても理不尽に見舞われる事もあるため、逆の感情を持つ者もいますが――。


「それなりに調整が効くらしいから、諸王達からの寄進が例年より少ないなーって時は『ちょっと締め付けてやろ』って少しだけ土地の栄養を奪っていったりもする」


「酷いな、それは……」


 急激に土地を殺すと寄進する側も窮し、その寄進でやりくりしている教会側も窮する可能性もあります。


 そのため、基本的にはほどほどの不作に調整したり、寄進や教会への貢献が多かった土地は豊作にしています。


 諸王の1人が上手く教会に取り入り、「隣国に攻め入ろうと思っているので、隣国を弱らせてやってください」「攻め落とした後は豊かな土地に戻してください」と頼んでくる事もあるので、そういう時は肩入れして一気に土地を殺して後で復旧するという事もあります。


 生かさず殺さず、西方諸国の人間全てを飼い殺す。


 自分達は絶対の権力者として頂点に立ち続け、特定の国が力を持ちすぎないよう、時に西方諸国人同士で争わせるなり、莫大な寄進を要求して国力を削ぐ。


 統覚教会は神器の力を背景に、そのような悪政を敷いていました。


 かつてはもっとまともな宗教集団だったのですが、神器という力を得た事で完全に腐敗してしまいました。


「人の意志が絡んでいるのであれば、そんなもの奇跡でも天罰でもないだろうに」


「教会に神器を与えたのは神らしいから、そもそも神が人に神罰の代行許可を与えているようなもんだけどな。まあ、教会の信じる神と、実際にこの世界を支配している神は別物だけど」


「教会は悪いやつだな。倒すべきでは?」


「教会を倒してもそれで終わりじゃあないんだよ……。悪の親玉を倒しました、その後、人々は平和に暮らしました、めでたしめでたし……となるのは物語の中だけだ」


「ぬぅ」


「魔王様達の手にかかれば、教会や西方諸国の諸王を倒すのは簡単な事だけどね」


 納得いかないといった様子で唸っていたガラハッド君は、マーリンちゃんの言葉を聞いて「そこまで簡単なのか?」と聞きました。


「魔王様が強いのは花火大会で知っているが、神器を持っている統覚教会相手でも簡単に勝てるものなのか? 相手が魔術を使えないといっても、神器は相当厄介な代物なんだろう?」


「厄介だね。実際、バッカス王国建国以前に西方諸国が権勢を振るっていたのは統覚教会の神器の影響が強かったし」


 ヒューマン種による他種族への弾圧が最も苛烈だった時代。


 ヒューマン種の連合である西方諸国以外にも、ヒューマン種以外による勢力がいました。現在も残っている「士族」という集まりが存在していました。


 数のうえでは士族側も連合を組めば負けておらず、個々人の強さは士族側が強いと言われていました。ですが、それでも神器の力を持つ西方諸国に勝てなかった時代もありました。


「教会の神器は攻撃的な焦土戦術が使えたんだ」


「……あ。離れた土地でも汚染させる力があるからか?」


「そうそう」


 これから攻め入る予定の士族領地を神器の力で弱らせる。


 弱らせた後、攻め入って占領し、「神の御業」によって土地を蘇らせ、時には地形をいじって要害を作り上げてジリジリと支配地域を増やしていく――というのが最盛期の西方諸国の得意な戦法でした。


 逆に攻め入られた時は再び土地を殺し、同じ事を繰り返す。


 この戦法により、かつての西方諸国は連戦連勝を誇っていました。


 士族側は他地域から物資を運んで来て何とか食いつなぐ事も出来ていましたが、長続きはしませんでした。オアシスすらない砂漠で、そこを守るだけの兵力を維持し続けることは極めて困難でした。


 これがマーリンちゃんの言う「攻撃的な焦土戦術」です。


 これは魔術文化が普及し、発達したバッカス王国でもよほど高位の魔術師でもいなければ再現できない戦術です。


「攻撃的な焦土戦術の強みは、時間をかければ相手が弱体化していくって事」


「うん。蓄えが多少あっても尽きると死んじゃうよなぁ」


「ただ、逆に速攻に弱い。物資を現地調達する必要性がないほどの短期決戦なら土地が死んでても関係ないんだよ。バッカス側は魔術で一気に駆け抜けていって、高い城壁があってもピョ~ンと飛び越えて城1つぐらい数分で陥落させれるから」


 魔術が発達したバッカス王国と、神器の力ぐらいしかアドバンテージのない西方諸国側ではバッカス王国が圧勝すると言われています。


 そう言われているだけではなく、実際にやろうと思えばバッカス国内の実力者10人程度で1日とかからず西方諸国内の要所は全て落とせます。


「それに、教会の神器の力は効果範囲に限界があるんだよね。あんまり遠くまでは届かない。神器を移動させるって手もあるけど、あの神器の力は打ち消す方法が見つかってるから、魔王様やカヨウ様の手にかかれば局所的には無効化できるワケ」


「ふーむ……」


 マーリンちゃん達の言葉を聞き、ガラハッド君は深く深くうなりました。


「勝つ事が出来るのに、悪い教会をやっつけに行かないのだな……」


「まあ、ね……。バッカス王国も正義の国家というわけではないから」


「攻め落としたところで大した旨味もないしな」


「でもその豊穣の神器を奪えたら、色々便利じゃないか?」


「占領後の支配の手間と釣り合うかどうかがねー、微妙なところかな」


 苦笑いしたマーリンちゃんは「それに」と言葉を付け加えようとしました。


 ただ、やめました。その言葉を飲み込みました。


 統覚教会の神器が既に使い物にならなくなっている、という説は伏せました。



「まあ、とにかく神器はすごく便利で強いの。状況次第では戦況を覆せるだけの力を持っているのだ。戦況どころか、バッカス国内の力関係もね」


「教会の神器はバッカス王国相手には相性悪いが、他にもっと攻撃的でもっと厄介な神器もあるからな。冒険者が何人、束になっても敵わないぐらいの」


「なるほどなるほど。つまり、話を戻すと――」


 神器の説明で大分話がそれてしまいましたが、話がそれていた事は忘れていなかったガラハッド君はその事を思い出しつつ言いました。


「神器は強い。やばい」


「端的に言えばそう」


「共有夢みたいな、広範囲の人達が似た夢を見せれる力がある神器があってもおかしくないぐらいスゴい力って事だな」


「そうそう。そういえば共有夢の話をしてたんだったネ」


「私は忘れてなかったぞ!」


「はいはい。えらいえら~い」


「えらいえらい」


 ふんぞり返るガラハッド君の頭を少年少女が撫でました。大型犬の頭を撫でるように。


 ひとしきり撫でた後、マーリンちゃんが言葉を続けました。


「共有夢はバッカス人だけじゃなくて、西方諸国で暮らしている人も見ているらしいからね。あっちじゃ神のお告げ的な意味になってるらしいけど……」


「ふぅん、無差別なのだな。その辺」


「そう、無差別なんだ。この無差別に大勢に影響を及ぼすって事は、神器らしいものなんだよね。共通の夢を見せる力を持つ神器がどこかで暴走している――という説の方が、神様がやってる説よりも有力とされている」


「見つければ一財産になりそうだな」


「そうだねぇ」


「…………」


 ガラハッド君はマーリンちゃんの出してくれていた地図を見つつ、少し思案顔を見せました。そして、地図を指差しながら言いました。


「その、夢を見せているかもしれない神器が本当にあったとして――」


「うん?」


「その効果範囲はどれぐらいなんだ? 夢という形で影響が現れているのであれば、夢を見た地域の世界地図に印をつけていけば……効果範囲が判明して……」


 剣士の少年は地図に「ぐるり」と円を描くように指を動かしました。


「効果範囲が円形であれば、その中心に神器があるのでは?」


「おおっ……! ガラハッド、イイとこに気づいたね」


 マーリンちゃんは出来の良い生徒を見る教師のような目つきになり、少しウキウキとした様子で「それ、実際に神器探しに用いられる方法なんだよね」と言いました。


「神器は広範囲に影響を及ぼすものが多いから、その効果がどこまで及んでいるかを記録して整理していく事でどこに埋まっているのか特定できたりするよ」


「そうなのか」


「まあ効果範囲がキレイに真円じゃなかったり、神器が移動している例もあるけどねー……。神器そのものが自立していたり、魔物の体内にあったりで」


 それでも異常な環境が発見された際、「この環境は神器の影響で発生しているものなんじゃないか?」と疑われた時は闇雲に探さず、まずは効果範囲を調べるのがセオリーになっています。


 それで位置が特定できずとも、影響を受けない地域がわかっておけばそこに探索のための前線基地を作っておけるので。


 という話をしていると、セタンタ君が「でも調べる事には調べたんだろう?」と口を挟んできました。


「神器探しではよく使われる方法だし……。共有夢が神器の影響って確定してなくても、夢を見た人がいた場所は調べて整理してんだろ?」


「調べたよ。でも共有夢を絶対に見ない場所はわかってない。バッカス王国や西方諸国で夢を見た事例があるし、都市郊外の奥地や開拓の最前線でも見たって人もいるし……。それこそ世界中、どこに行っても見る可能性があるかも、って感じ」


 よくある神器の環境の変化と違い、夢という形で発生する現象であり、意図して見ることができないため調査は難航しているようです。


 そもそも、それが神器によるものであるかも確定していません。


「共有夢、神器影響説が正しいとしたら、移動している部類の神器なのかね」


「どうだろうねぇ。効果範囲が信じられないぐらい広いって可能性もあるよ」


「うーん……ただ、共有夢って現象はわりと最近から始まったものなんだよな」


「だね。大昔からあったものじゃない。推定だけど…………ボクが赤蜜園に入った頃ぐらいかなぁ……」


「ホントにほんの数年前だな。……その頃にその神器が起動するなり、暴走を始めるなりするきっかけがあったのかね?」


 物事には始まった理由があるはずだ――とセタンタ君は言いました。誰もその理由は思い当たりませんでしたが。


 ただ、確信に迫る材料は直ぐ目の前に転がっていました。


 誰もそれがそうだと知りませんでした。この船に乗っている1人を除いては。



「どの説が正しいのかはともかく……私も見てみたいな、その共有夢というやつを。パリスとセタンタが見て、私だけが見ていないというのもなんか癪だし」


「ボクも見たことないよ。夢だから忘れてるだけかもだけど」


 マーリンちゃんが「ボク達はナカ~マ~」と言いながらガラハッド君にゆるくハイタッチを求める中、セタンタ君は夢の事を考えていました。


 一度だけではなく、また見る機会もあるんだろうか、と。いつもの悪夢ではなく、共有夢の方が優先される事がまたあるのだろうか、と考えていました。


 考えていたところ、教導隊の教官を務めているエレインさんが「休憩時間終わりですよ」「サボっちゃダメですよ」と言いに来たので、3人は返事をして訓練に戻って汗を流し始めました。


 そして、ぐっすり眠れるだけの疲労感を得ました。


 ぐっすり眠れるわけではありませんでしたが――。




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