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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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?/? 誰かにとっての悪夢



「…………」


 少年セタンタは夢を見ていました。


 自分が夢を見ているという自覚を持っていました。


「……また、いつもの悪夢か」


 少年はため息をつきながら閉じていた目を開きました。どうせなら悪夢ではなく、幸せだった頃の夢が見れればいいのに、と思いながら。


「…………?」


 諦観の念を抱きつつ目を開いた少年は困惑しました。


 少年の視界には、見覚えのない光景が広がっていました。いつもの過去あくむと違い、記憶を漁っても見覚えのない光景が広がっていました。


 ずっと遠く。視認できる限界まで灰色の大地が広がっていました。


 大地は黒や灰色の石のようなものに覆われており、その上には無数の建造物が建っていました。その殆どが傾き、あるいは崩れかけており、中には倒壊した建物と思しき残骸も転がっていました。


「見たことねえ建物だな……」


 少年は遠目に建造物を――立ち並ぶ廃墟を見ていましたが、「どうせ夢だから大丈夫か」と思い直し、興味本位で近づいていきました。


 そう思っていたものの、よく警戒しながら歩きました。冒険者としての癖で。


「誰か、いるのか?」


 少年は「おーい」と呼びかけてみました。少し遠慮気味に。


 立ち並ぶものが建物なら誰かがいるかも、と思っていましたが、誰の声も返ってきませんでした。人の気配すらまったく感じませんでした。


「……こんな光景、過去に見た覚えはねえけど……」


 見た覚えはなくとも、引っかかるものを感じました。


 見た事はなくとも、別の形で知っている気がして。


「ヴィンヤーズに寄った時、誰かから聞いたような……」


 それが誰だったか――夢の中のぼんやりとした思考の中では――思い出せませんでしたが、少年はその人物に聞いた事を少し思い出してきました。


 その人物は最初、「バカでかい木が生えてた!」と言っていました。


 両手を限界まで横に伸ばして。


 その後、直ぐに自分の言葉を訂正しました。


 いや、木じゃなくて塔だったんだった――と言っていました。変な夢だった、と付け加えながら。



「…………」


 少年は用心しつつ、廃墟の中でもまだしっかりとした形の残っている建物を見繕い、それを登っていきました。


 登っていって見つけました。話に聞いていたものを。


「アレか。塔って」


 少年は遠く巨大な塔を見つけました。


 それは二股の塔でした。目をこらして見れば一部が崩れており、他と同じく廃墟となっているようでしたが、一帯で一際目を引く建物でした。


「……街っぽく見えるが……」


 塔も他の建物も廃墟となっており、少年の視界には生者が暮らしている痕跡が見て取れませんでした。世界に自分1人しかいなくなったんじゃないかと思うほど、静かで冷たい光景が広がっていました。


 巨大な墓石群。


 あまりにも人気のない廃墟を見た少年の脳裏に、そんな言葉が過ぎりました。


「こんだけ静かだと魔物もいなさそうだけど……」


 そう言い、「どうせ夢だしな」と思いながら少し気を緩めつつ、廃墟を散策しようとしていた少年でしたが――突如響いた爆発音に素早く反応しました。


 音を聞いた瞬間、音から遠ざかる方向へ走って廃墟から飛び出し、落下物があっても直ぐに逃げられる体勢を取ったうえで耳をすませました。


「…………」


 一度響き始めた爆発音はその後も聞こえ続けましたが、少年の近くに寄ってくる事はありませんでした。近づいてきたと思っても直ぐ遠ざかっていったり、ひとつところにとどまらずに響き続けていました。


 少年の耳には爆発音だけではなく、「タタタタ」という乾いた発砲音も聞こえてきました。それらの音は少年に「誰かが戦っているのか?」という感想を抱かせましたが、少年はその音に違和感を感じました。


 バッカス人の戦い方らしくない、と思いました。


 都市郊外で魔物相手に戦うとなると、あまり大音を響かせ続けていると、それを聞きつけた魔物もやってきて酷い乱戦になってしまう。


 だから派手な爆音は出来るだけ控えるのがバッカスでは主流の戦い方でした。他の魔物が寄ってきても対応できる事情があったとしても、これだけ音が響いてくるのはバッカスらしくないな、と少年は考えました。


 そして、「戦っているのはバッカス人じゃない」と考えましたが――。


「夢にそういう理屈を求めるのもおかしな話か……?」


 少年は真面目に考え始めた自分の思考に苦笑いを浮かべました。


 これは夢。自分の過去でもない。単なる夢。ヴィンヤーズで誰かに聞いた話に影響を受けているような気がするが、夢なのは変わりがない。


 少年は「夢だから平気だろう」と考え、音のする方向へ――戦闘が起こっていると思しき方向に向かう事にしました。興味本位で。


 これが現実なら多少は後ろ髪を引かれつつも後退し、安全策を取るところですが、少年は潜みつつも近づいていく事にしました。


 夢の中にしては、やけに思考がハッキリしている事に気づかないまま。


「夢なんてわけわかんねーもんだけど、一体どういう夢なんだ……?」


 そう呟きつつ、遮蔽物に隠れながら走っていた少年は、壊れた建物群の間を走る大通りに行き着きました。


 音は大通りの向こう側から聞こえてくるものの、「遮蔽物のないこの通りを横切るのは夢の中だろうと生理的に嫌だな……」と考えた少年が横断を躊躇していると、間近で爆発音が響きました。


 飛来した砲弾が少年の潜んでいた建物に直撃し、大きな破壊を生みました。少年ら舌打ちしながら走り出し、落下してくる破片を避け、別の建物陰への退避しました。


「っ…………」


 落下物に当たらず逃げ延びたものの、建物の崩落で生まれた大量の土埃をかぶった少年は薄目だけ開け、口元を腕で塞ぎました。


 そうやって凌いでいると――爆音が近づいてきました。


 彼が追っていた戦闘の音が、大通り内に移動してきました。


「――――」


 音の主達は、バッカス暮らしの少年にはあまり馴染みのない重火器で武装した集団でした。それを操り、砲弾や銃弾を放って攻撃を続けていました。


「甲冑……いや、違う……?」


 少年は武装集団が甲冑を身に着けていると思いましたが、直ぐにそれは誤りだと気づきました。彼らの関節を見て――人とは違う機械仕掛けの関節を見て――甲冑を着込んでいるのではなく、人形ロボットが動いていると気づきました。


「ALICE006! 前に出る、援護しろッ!」


「待て! まだ早い! もっと慎重に――」


「ここは畳み掛けるべき場面だ。行くぞ!」


 少年の視界に映るのは武装した人形の一団でしたが、彼らは人と同じように会話を交わしているようでした。直接口に出す以外にも少年達がやるように交信魔術のようなものも使っていましたが――。


「……なんだアイツらは」


 少年は見たことがない装備、見たことがない一団、聞き覚えすらない武装集団の存在に疑問しながら目をこらしました。


 彼らが戦っている相手を見つけようとしました。


 しかし、なかなか見つける事ができませんでした。


 彼らの銃口や砲口を頼りにそれを向ける方向に彼らの「敵」の姿を見出そうとしましたが、見つけられませんでした。


 少年が見つけられないどころか、武装集団の方も「敵」の姿を見失ったらしく、攻撃を止めて視線をさまよわせていましたが――。


「どこに行った、あの女」


「一帯を爆撃――」


 してやろう、と言いながら人形の一体が仲間を背中から撃ちました。


 それを皮切りに複数の人形が仲間に対して攻撃を始めていき、次々と同士討ちが発生しました。大通りだけではなく、他の場所でも爆音が立て続けに響き、同士討ちが連鎖していきました。


「接続を切れ! ネットワークに侵入されている!」


「音を聞くな!」


「無駄だ。その程度じゃ、止まらな――」


 優勢に立っていたと勘違いしていた一団は一気にひっくり返された現状に浮足立ちつつも、何とか無事な者達で体勢を立て直そうとしていましたが、再集結して立て直そうとしていた者達の中にも同士討ちを始める者が出始めたため、為す術なくやられていきました。


「ハッ――」


 味方が次々とやられていく中、その味方に撃たれて身体の半分を吹き飛ばされながらも狂った味方を撃ち倒した人形のうち一体が少年の傍に降り立ちました。


 少年は身体を強張らせました。


 ALICE006と呼ばれていた人形が、少年のいる方向を見つめてきました。


「さすが、救世主オリジナル。紛い物の人殺し機の吾輩達とは違――!」


 そう叫び、人形は発砲しました。少年の方に向けて。


 発砲しましたが、弾丸はあらぬ方向へと飛んでいきました。


 それどころか銃口も、人形の身体そのものがあらぬ方向に向いていました。


 少年の後から伸びてきた巨大な蟷螂の鎌のようなものに切り裂かれたために。


 その鎌で人形を一撃で戦闘不能に追い込み――自分の方に砲門を向けてくる生き残りの人形達に向け、鎌の間に張られた糸のようなものを鳴らしました。


「ッ…………」


 至近距離で響いた耳障りな音を聞いた少年は逃げる事すら忘れ、両耳を押さえてその場にうずくまりました。肌が粟立ち、骨まで震え、揺さぶられる視界によって吐き気を覚えました。


 人形達はそれだけでは済みませんでした。


 フッ――と糸が切れたように力を抜き、銃口を丁寧に仲間に向け、全員同時に発砲して全員同時に破壊されました。それが人形達を倒す最後の一撃になりました。


「…………」


 戦闘の音が止む中、うずくまる少年は冷や汗を流していました。


 自分の背後に何かがいる。


 これは夢の中。だから仮に殺されても問題ない。


 そう思っても、背後にいる者を見る事が出来ませんでした。久しく感じた事がなかった大きな恐怖心に押さえつけられ、うずくまり続けました。


「…………」


 少年の背後にいた存在は少年に見向きもせず、ツカツカと歩いていきました。


 人形達と同じく、少年の姿など見えていない様子で歩いていきました。


 ただ、自分が切り倒した人形の残骸を見下ろし、ポツリと呟きました。


「ごめんね」


 それは透き通った女性の声でした。


 思わずうずくまっていた少年ですら、気になって顔をあげるほど綺麗で、よく通る声でした。


 声の主は外套を身にまとった女性でした。頭巾を被っていたために少年の方からはその顔は窺い知れませんでしたが、彼女が戦っていた一団と違い、人間らしい姿をしていました。


 ただ、外套の一部を突き破り、背中から巨大な鎌が生えていました。


 先程、人形を切り裂き、音を鳴らして一団を殲滅した鎌のようなものが生えていました。少年は異形の鎌を見て、「楽器みたいだ」という感想を抱きました。


「悪いと思っているけど、邪魔をしないで。私も、直ぐに後を追うから……」


 よく通る声で謝罪の言葉を吐いた女性は、微かに声を震わせてそう言った後、大通りの中央へと進み出ていきました。


 臨戦態勢を整えながら。


 彼女の戦いは、まだ終わっていませんでした。


 直ぐそこに、次の敵が控えていました。



「もうやめてくれ」


 大通りの一角。女性の対角線上に剣を携えた人間が立っていました。


 その人はしわがれた声で女性に対し語りかけてきました。


 少年はその声に――どこかで聞いた覚えがある――という印象を抱きつつ、声の主を見ようと目をこらしました。こらしましたがシルエットは見えても顔の細部はボンヤリとしか見えませんでした。


「こんな事をして何になる」


「…………。皆を救える」


 しわがれた声の主は困惑と焦りが感じられる声色をしていました。


 対する女性は緊張を鎮めるように息を吸った後、固い声色で言い切りました。


「こうするしかないの。貴方なら、わかってくれるでしょう?」


「早まるな」


「遅かったぐらいだよ。……もっと早ければ、最初からあのひとを助けようとしなければ良かったのに……」


「…………」


「貴方だって、そんな姿にされて……。皆だって、あんな……」


 女性はその続きを言おうとしたものの、言えませんでした。


「あんな……」


 固い声色は嗚咽混じりのものになり、言葉を続けられなくなりました。


 口元を押さえ、様々な感情に突き動かされて肩を震わせていました。


 そんな女性に対し、しがわれた声の主は気遣うような声色で話しかけました。


「今ならまだ間に合う。ここは手を引いてくれ」


「…………」


「今日は……キミの誕生日だ。こんな事はやめて、家に帰って……誕生会の続きをしてあげてくれ。あの子が1人で待っている。……キミがいないと、寂しがる」


「――――」


 女性は背中の大鎌を動かしました。


 鎌の刃の間に張った糸を鳴らしました。


 その瞬間、周囲の建物が、道が、金属が軋み、甲高い悲鳴のような音を響かせて吹き飛び、壊れていきました。


 少年は鎌と糸が発した音に打ちのめされ、逃げ遅れ、建物の崩落に巻き込まれてうめき声をあげました。痛みはありませんでしたが、動けなくなりました。


「マーリンの事を言うのは、やめて……!」


「は――?」


 瓦礫に押しつぶされたまま、少年は呆けた声を漏らしました。


 女性の吐いた友人マーリンの名に困惑しました。


 なぜマーリンの名前が出てきたのかわからず、思わず問いました。問いの返事は当然のように――夢の出来事だからこそ――返ってきませんでした。


 女性が異形の鎌を振り回し、鳴らし、対峙していた誰かと戦闘を始めていく姿を見守っていた少年は視線を感じ、瓦礫の下で必死に身体を動かしました。


 視線の主は、二股の塔の屋上にいました。


 それは真っ黒いシルエットの持ち主でした。目をよくこらしてみると、無数の蝿にたかられているように体中が蠢いている存在でした。


「あれは……?」


 少年はその黒いシルエットの持ち主を知っていました。


 鎌を振るう女性が戦っている様を、邪悪な笑みを浮かべて見守っているその存在の事をもっとよく見ようとしましたが――唐突に視界が真っ黒になりました。


 ぶつん、と途切れるように真っ黒になり、そのまま意識を失いました。




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