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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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救いの手の理由



 エルスさんが事情を説明した翌朝。教導隊参加者の間では「集団亡命支援」の話題が盛んに飛び交っていました。


 朝。朝食を食べるために食堂に集った教導隊参加者達は食事もそこそこに亡命支援の件に関して話すのに夢中になっていました。


「ホントに政府主導での事なのかなー? 私達、犯罪の片棒担がされてたらどうしよ」


「さすがに政府主導なのは本当だろ。第一線を退いた旧式とはいえ、氷船アワクム引っ張り出してきて腕利きの士族戦士も動員してんだから」


「教導隊長って、ブロセリアンド士族戦士団の顧問的な立場でもあるんでしょ? 親しい教え子とかに協力してもらったりとかしてる可能性も……」


「無い無い、それは無い。出来てもおかしくない人だけど、独断でこんなことやってんだとしたら後が怖いぞ。独断=魔王様達に話通さずに勝手に大事をやらかそうとしてんだから、バッカスもう帰れなくなるぞ。西方諸国人の亡命ごときで一生を棒に振るとか有り得んだろ」


「それに近衞騎士どころか、カンピドリオ士族の次期士族長ロムルスサマまで出張ってきてる。ブロセリアンド士族だけ抱え込んだ話ってのは有り得ないでしょ」


「政府主導って事は事実で間違いないさ。……教導遠征に隠れて西方諸国人なんかを救うとか考えてんのは気に入らねえが」


「あー、差別発言だ。教官センセイに言っちゃうぞ~?」


「言え言え、勝手に言え。オレも勝手に言う。西方諸国人も異世界人も気に入らねえ。バッカス王国はバッカス人のものだっつーの」


 2000人の西方諸国人を逃がす作戦。


 それを政府主導でやる。


 その事実は何も知らなかった教導隊参加者達を驚愕させていました。


「10人、20人ぐらいの人間を――例えば西方諸国内の要人とその親族を逃がすぐらいなら、『ふーん』って思ったけど、2000人はなぁ。さすがに多い」


「アワクムをさらにデカくしないと2000人も乗れねえ……。いや、2000人が安全に乗れるだけのデカさにできるのか? そこまではさすがにムリじゃね?」


「物資の問題もあるしな」


「物資に関しては海上補給でも考えてんじゃないかな。別の船が来るとか」


 集団亡命支援の方法は詳細が語られなかった事もあり、「どうやって逃がすか?」「物資はどうするのか?」という方法に関する議論が盛んに交わされました。


 俺だったらこうする、いやそれは現実的じゃないからこういう方法が――と議論を交わす少年少女達はどこか楽しげでした。


 ただ、中には楽しげとは程遠い子達もいました。


「汚れた血の西方諸国人を2000人も助けるなんて……」


「おいおーい、悲しいこと言うなよ。僕も西方諸国人と同じヒューマン種だぜ?」


「あっ、違っ……!」


「まあ言わんとする事はわかるよ。西方諸国人とバッカス生まれのヒューマン種は別物だーって言うヤツいるわな。僕自身も正直そう思ってるし……」


 バッカスにおいてヒューマン種への差別意識は建国当初より薄まっています。


 建国当初はいがみ合っていても隣人として長く暮らしているうちに融和が進んだという事情や、バッカスで最多の種族はヒューマン種なのでヒューマン種に対して露骨な差別をすれば経済的に孤立する可能性があるという恐れにより、表立って差別する人は建国当初よりは減りました。


 ただ、西方諸国人に対する差別意識は根強く残っています。


 昔を知る長寿族は「建国当初よりはずっとマシになった」と語りますが、同じヒューマン種でも西方諸国生まれとバッカス王国生まれは別扱いになりがちです。


 異邦人が――西方諸国から来た難民がバッカス国内でトラブルを起こすたび、「これだから西方諸国人は」と言う人は少なくありません。


 バッカス生まれのヒューマン種の中にすら、「西方諸国生まれのヒューマン種は自分達とはまったく別物」と言う人もいます。


「西方諸国難民は安く使える労働力になるって言う奴もいるが、そこまで安上がりではないと思うんだよなぁ」


「能力的な問題?」


「そーそー」


「向こうじゃ魔術は禁忌扱いだからなぁ。バッカスは一般人も魔術に慣れ親しんでいて最低限のものはガキでも使えるけど、西方諸国人は基本的な魔術教育も最初からやってかなきゃならんしな……」


「魔術自体は誰でも使えるようになるけどね。毒婦の魔女様のおかげで」


「使えるようになっても、現場で使い物になるとは限らんぞ」


「魔物おびき寄せる囮にはなるでしょ?」


「ばぁか。そういう発言して実際にやってたらギルドの考課に響くぞ」


「げぇ~……」


「でも現実問題、一気に2000人難民受け入れて衣食住やら雇用を用意してやれるのか? そういうのなくて、自棄になった難民に犯罪起こされると面倒だぞ」


「まあその辺は政府かナス士族辺りが受け入れ方法を考えているんだろうよ。そうだとしても、一気に2000人は大胆な数だと思うが……」


 感情の面でも、理屈の面でも西方諸国難民は歓迎される存在ではありません。


 感情で考えて今回の作戦に――大量の西方諸国人を助けようとする作戦に嫌悪感を示し、作戦の良し悪しを感情的に議論している子達もいました。


 その手の人種問題には触れず、楽しげに話をしている一団もいました。



「いやぁ~、2000人かぁ……。2000人も一気に逃す作戦とか歴史に残るんじゃね? オレも参加してぇ~。ロムルス若も参加してるし!」


「私達は引き続き教導遠征の方に専念って話じゃなかったか?」


「オレ1人ぐらい作戦の方に行っても良くね?」


「うーん……」


「オレこっそり潜り込んでくるから、ガラハッドはオレの代返しててくれ」


「む、無茶を言うな! 師匠にバレたら殺されるよ、それは……。


 ガラハッド君達は楽しげな方に分類される話を交わしていました。


 特にティベリウス君がウキウキとした様子で集団亡命の話題を振っています。


 自分が所属しているカンピドリオ士族の次期士族長であるロムルスさんを慕っている事もあって、ロムルスさんも関わっている作戦に余計にウキウキしているようです。


「集団亡命の件といえばさ、あのベオって人は最初から亡命作戦の件を知っていたんだよな? 政府に頼んだのはあの人って話だし」


「うん、そりゃ知ってたんだろうよ」


「じゃああの人は僕達と違って、実力や将来性を評価されて教導遠征に参加したわけじゃあなかったのかなぁ? あくまで目くらましとして教導隊参加者として乗り合わせていただけで……。実際、教導にはほぼほぼ不参加だったし」


 教導隊参加者の1人がそう疑問しました。


 その疑問はティベリウス君が「違うんじゃねえかなぁ」と否定しました。


「アイツ、巨人相手に殴り勝ってたらしいぞ」


「えっ? い、いや、まあ、巨人でも一般人なら……」


「あと、ウチの士族の人狼相手に殴り勝ってたもん。第一線で活躍中の士族戦士」


「は? いやいやいや……カンピドリオの人狼相手に殴り合いで勝つとか……」


 さすがに冗談だろ、と言いたげに問われたティベリウス君は咀嚼していたパンを飲み込み、「オレが嘘つく必要ねえだろ?」と言いながら言葉を続けました。


「ウチの士族のレムス若もアイツのことは買ってたし、士族に誘ってたらしいし」


「へぇ、士族長家の人間にそこまで評価されてるのか」


「カンピドリオのレムスって兄のロムルスほど強くないけど、騎士候補として名が挙がるぐらいの実力者だったよな。確か」


「レムスさん、ロムルスさん、な? 様でもいいぞ」


「魔術の訓練にちょろっと参加してたの見たけど、その時はそんなに腕のいい奴だとは思わなかったけどなぁ。ガラハッドぐらい下手に見えたけども」


本人わたしいるところで悲しいこと言うなぁ」


「いやだって事実だし……。つまり、ガラハッドと同じく武術面では結構な水準の冒険者って事なのかね。武術以外がダメダメなだけで」


「確かそれだけじゃなかった気がする」


 ティベリウスはそう言い、骨付きステーキにかぶりつきました。肉ごと骨をバリボリと噛み砕きました。


 誰よりも早く食べ終え、くつろいでいたアッキー君はティベリウス君の発言が気になったらしく、前のめりになりながら問いかけました。


「それだけじゃないって、何か隠し玉を持ってるんすか? そういうのいいっすね! なんか希少な魔術の使い手なんすか?」


「うーん……なんだったっけ……? 確か若が腕がどうとか……」


「腕? メチャクチャすごい身体強化魔術が使えるとか? 腕が千切れて飛んでいくとか?」


「いや、そういうのじゃなかった気がする。うーん……なんだったっけ……?」


「ちょっとちょっと、何でそんな大事なこと覚えてないんすか!」


「安心しろ、いまは本人が船に乗ってるから――」


「なるほど聞きにいけばいいんだ!」


 アッキー君は机に手をついて勢いよく立ち上がり、ベオさんを探し求めて食堂の卓上を勢いよく走っていきました。


 凄まじい速度の疾走でしたが、机や食器を揺らすことはありませんでしたが驚いた声や悲鳴が響く事になりました。顰蹙ひんしゅくを買ったアッキー君は食器を片付けながら瞬く間に食堂を出ていったため、不快感を示す視線はアッキー君の傍に座っていたティベリウス君達に向けられる事になりました。


 その視線に対し、ティベリウス君が苦笑しながら「すまんすまん」と代わりに謝る中、黙って話を聞き続けていたセタンタ君がスープを飲んで口内を洗った後、口を開きました。


「あのベオって冒険者、いまは集団亡命支援作戦の関係者だけが入れる区画にいるんじゃないか? そこから出てこないと会えなさそうだけど」


「マジか。アッキーの奴、会わせろってゴネて怒られてなきゃいいけど」


 まあ大丈夫か、と言いつつ、朝食を食べおったティベリウス君は水をちびちびと飲みながらセタンタ君に問いかけました。


「ところでセタンタ、昨日から機嫌悪いが大丈夫か?」


「は? 別に、機嫌悪いわけじゃ……」


「昨日、亡命支援の件の説明があった時からずーーーーっと黙ってんじゃねえか。眉間にシワ寄せて。……なんかあんのか?」


 ティベリウス君の指摘を聞いたガラハッド君もセタンタ君に「大丈夫か?」と心配そうに問いましたが、セタンタ君は羽虫を追い払うように手を軽く振りながら「なんでもねえよ」と言ってごまかそうとしました。


 しかし、友人達から気遣うような視線が飛び続けてくるため、観念したように鼻息を吐き、ポツポツと話し始めました。


「……お前らと同じだよ。色々わかんねーことがあるなぁ、と思ってただけ」


「ふーん。例えば?」


「んん……。例えば……どうやって2000人も運ぶか、とかだな」


 そう言いつつ、セタンタ君は億劫そうにノロノロとフォークを動かし、サラダを串刺しにして口に運ぼうとしました。


 運ぼうとしましたが刺しそこねたグリーンピースが卓上を跳ね転がっていきました。ティベリウス君はそのグリーンピースを横取りし、ぺろりと食べて「そりゃお前、あの方法しかねえだろ」と言いました。


「あの方法って……蘇生魔術か?」


「そうだよ。現実的に考えてアレしかねえだろ」


「理屈の上では可能だろうけど、現実的か?」


「不可能ではないだろ?」


「まあ、そりゃ不可能ではないけどさ……」


 セタンタ君とティベリウス君は「あの方法」というのが何の事がよくわかったうえで、言葉を交わしました。


 他の面子も「アレのことか」と考え、概ね理解している様子で話を聞いていました。が、ガラハッド君は頭の上に疑問符を浮かべており、おずおずと口を挟みました。


「2000人運ぶのに、なんで蘇生魔術が関わりあるんだ?」


「2000人殺すからだよ」


「ころっ……?! あ、あぁっ! そういう事か」


 セタンタ君の発言に驚いたガラハッド君でしたが、直ぐに得心が行ったようでした。驚いた拍子に机に落としたスプーンを拾いつつ、念のため問いました。


霊子鉄ラインメタルを使うって事か?」


「そういう事。一度死んでもらってラインメタルに魂だけ収めれば、摘み上げられる大きさに出来る」


「手軽に運べるうえに、死んでる間は食事も不要。積載空間スペース問題と物資問題を同時に解決できる良策だ。……色々問題あるけどな」


 バッカス王国で、たまに使われる人員輸送方法です。


 一度死ぬ事で寿命が少し削られる事になりますが、魂の入ったラインメタルなら1人で100個程度なら楽に運ぶ事ができます。


 快足自慢の戦士が味方の入ったラインメタルを一気に運び、戦場で蘇生術師が蘇生をする事で移動時間が大幅に軽減されます。


 寿命が少し削れる以外にも問題はありますが――。


「ラインメタルってメチャクチャ高くなかったっけ?」


「高いよ。だから『理屈の上では可能』って話なんだ。2000人分のラインメタルを揃えるとなると予算がべらぼうに跳ね上がる」


「そのラインメタル使う遠隔蘇生保険の相場、今はいくらぐらいだっけ?」


「100万ジンバブエじゃなかったっけ? ラインメタルの産出場所は政府が一番握ってるから1個100万とはならんけど、それでも2000人の人員輸送のためだけにラインメタル使うのは豪勢だよな」


「ラインメタルだけじゃない。作戦に参加する人間の人件費や物資も相応に高くつくだろうし……西方諸国難民は受け入れてしばらくは衣食住の世話して仕事見つけてやって、教育も施すとなると……」


 相当なお金が動く事になります。


 ガラハッド君はその辺の事を認識していなかったのでビックリした様子で固まっていますが、他の面々は認識していたので驚きはしませんでした。


「……それ以外にもっと安く済む方法はないのか?」


「オレは思いつかねえなぁ」


「アワクムは氷船だから大きさは変えれるが、限度がある。2000の生身の人間を載せて餓死させずバッカスまで連れ帰るのは無理だ。さすがに」


「食料は魔物狩猟げんちちょうたつって手もあるけど……西方諸国近海はそこまで魔物いないし、2000人を食わせるのはキツいだろうなぁ」


「その場合、私達の食料も持っていかれかねない」


 皆、満足いくまで食べられている現在の食料事情が厳しいものになる想像をして渋い顔を浮かべました。そうならない事を祈りました。



「まとめると、スゲー金がかかる作戦って事だ」


「スゲー雑だけど、簡潔なまとめをありがとう」


「まとめにはまだ早いと思うけどな。なあ、セタンタ」


 ティベリウス君は、再びセタンタ君に話題を振りました。


 黙って席を立とうとしていたセタンタ君は――自分に視線が集中するのを感じ――嫌そうな顔を浮かべつつも再度、席につきました。


 そして、2つ目の疑問を口にしました。


「この作戦って採算が合うと思うか?」


「採算って……そんなの考える必要はないだろう?」


 セタンタ君の疑問を聞き、ガラハッド君は目をしばたたかせました。


「昨日も説明されたじゃないか、人道援助のための亡命支援だって」


「そうだな」


「人助けなら採算度外視になるのは仕方がないだろう?」


「じゃあ、何で他の奴らは助けない」


 セタンタ君はガラハッド君の目を見ず、俯きながら言葉を続けました。


「西方諸国はバッカス王国とは比べ物にならないほど貧乏だ。向こうは魔術が一般に普及していないから、産業も魔術無しで……生身だけで回していく必要がある。治癒魔術も無いから無理して身体を壊したらそれきり死ぬ可能性もある」


「…………」


「魔術無しで農業していかないといけない。バッカスの農業従事者が1人で出来る仕事を、西方諸国じゃ数十人がかりでやらなきゃならない事もある。……そもそも魔術無しじゃあどうしようもない不幸に襲われる事もある」


 バッカスの魔術は農作物に対しても使えるものであり、魔術を農業に取り入れる事で安定した収穫を実現させています。


 虫や獣どころか、大半の天候災害すらも克服してみせています。


 ただ、魔術が一般化していない西方諸国ではそうもいきません。


「お上の……教会の機嫌を損ねて大量の人間が飢え死ぬって事もある。魔術のない人間は本当に無力だ。俺は西方諸国難民だから、向こうの窮状はよくわかる」


「…………」


「本気で人道援助するつもりがあるなら、何で今回だけ救う? 他の西方諸国人は困っていないと、政府は本気で思ってんのか?」


 少年は苛ついていました。


 自身の境遇を今回の作戦に重ね、苛ついていました。


 自分達は助けてもらえなかった。


 それなのに、今回は政府が本腰入れて動いている。


 その対応の差に疑問を抱いていました。


 ガラハッド君も友人がひどく苛ついている事に気づきました。知らず知らずのうちに虎の尾を踏み抜いた事に気づき、固まっていましたが――。


「……なんだ、ティベリウス。その顔」


「おこんにゃっへぇ~。おほるふぉはらへうぉ」


「な、何言ってんのかわかんねえよ……」


 ティベリウス君は苛つき、眉間にシワを寄せていたセタンタ君とは真反対の表情を――自分の両頬を引っ張って舌を出し、おどけていました。


 まるで赤ちゃんでもあやすように。


「怒るなって。怒ると腹減るぞって言ったのさ」


「減らねえよ」


「オレは減る。あと、いまのお前ちょっと怖くておしっこちびっちゃった!」


 両手を胸の前で広げ、さらにおどけたティベリウス君の言動を見て、セタンタ君は自身の言動を思い返しました。


 ガラハッド君が驚き、固まっている事にも気づきました。


「す、すまん……。ちょっとこう、思うところあっただけだ」


「ガラハッド! ごめんね、しなさいっ!」


「私か!? お、おぉ……ご、ごめんね……」


「セタンタ! いーよ、しなさいっ! あと返しごめんねも!」


「い……いーよ。ごめんね」


「い、いいよ……」


「ヨシヨシヨシ」


 ティベリウス君は2人を強制的に謝らせ、犬猫にするように2人の頭をワシャワシャと撫でて相好を崩しました。


 セタンタ君は彼の様子に毒気を抜かれ、場の空気も緩みました。


 ガラハッド君も肩の力を抜き、セタンタ君に言葉を返しました。


「確かに……今回だけ、これだけ手間をかけているのはおかしいな。……パリスもバッカスまで自力で逃げてきたように、困っている人はいるもんな」


「うん……。正確には、バッカス政府も西方諸国から亡命したい奴をまったく助けていないわけじゃない」


 国境まで逃げてきた者に関しては国境警備をしている者達が保護してくれるし、西方諸国内まで連れ出してくれる事例もある、とセタンタ君は言いました。


「ただ、俺が知る限り、これだけ大規模な集団亡命なんてここ数年では無かったはずだ。バッカス建国初期は西方諸国内も大荒れだったから、人道援助のために王様や騎士が出張って助けに行くって事はあったみたいだが……」


「でも、今回は実際に動いている」


 バッカス政府の西方諸国に対する方針は、基本的には不干渉です。


 ロムルスさんが外交官として西方諸国を訪れているように、ある程度の干渉はしますが――神様の影響もあって――積極的に干渉する事は少ないです。


 西方諸国側はバッカス王国を「悪魔の国」と呼び、忌み嫌っています。が、国力が段違いなのでバッカス王国側は西方諸国にどう思われても大した影響はありません。


 ただ、西方諸国の文化水準の低さから下層民が窮している事を憂慮する政府高官もいます。打算抜きで人道的な考えで気遣いたがっている者もいます。


 気遣い、可能であれば西方諸国の諸王や教会を物理的に排除し、虐げられている民衆を保護したいと思っている政府高官もいるほどです。


 ですが、西方諸国民を一気に保護するだけの余力はさすがのバッカス王国にもありません。経済的にも魔物の問題、さらには人種問題や神側からの干渉で一気に併合する事が出来ないでいます。


 出来ないでいるからこそ下手につついたりせず、積極的に助けに行くという事も――セタンタ君の言うように――数少ない事例になっています。


「この作戦が『実はそういう訓練でした~』って話じゃなきゃ、実際に動いているのは確かなんだよなぁ。他との違いはなんだ?」


「助けてくださいって言われただけで動くなら、とうの昔に動いてるよな」


「2000人を逃して、その後の生活も面倒見るなら相当な手間だ。それでも動いたのが人道的な理由だけじゃないとしたら……」


「動くだけの利益があった、って事なんじゃねえかな」


 セタンタ君が眉間を揉みつつそう言うと、皆が「その利益ってなんだ?」と聞きましたが――。


「俺が知るかよ。わかんねえからウンウン唸ってんだ」


「金……じゃあねえよなぁ……? 言っちゃ悪いけど、西方諸国人はわざわざ連れてきたところで労働力としては微妙だし、バッカス人より優れたところを持っている人間もそう多くないはずだ。言っちゃ悪いが」


「そこは事実だろ」


 西方諸国生まれのセタンタ君ですら、その点は肯定しました。


 セタンタ君は若年ながらも優秀な冒険者として成長しましたが、セタンタ君のような存在は稀有な事例です。


 もし仮に、逃がす2000人の中にセタンタ君並みの才能の持ち主が10人ほどいたところで採算は取れないでしょう。


「チラッと考えたのは……2000人の中に数人だけ重要人物がいて、そいつらを逃がす事で得られる利益が莫大なものか、ってとこだが」


「重要人物……。例えば西方諸国の王族とかか?」


 ガラハッド君は「王族を抱え込めば、西方諸国に攻め込んで支配する大義名分が得られる」「それが利益になるんじゃないか?」と言いました。


「実はあのベオって人が、西方諸国の王族とか! 王族の頼みを無碍に出来ないから動いたって話はどうだ?」


「上半身裸で乳首出してる王族とかやだよ」


「西方諸国の王族を1人2人抱え込んだところでなぁ」


「微妙な線だな。下手に工作しなくても戦争やったら100%バッカス側が楽に勝っちゃうし。まあ、支配しやすくはなるかもだが……」


「支配したところでな。土地が欲しいなら別の場所開梱してもいいし……支配していくとなると、2000人どころじゃない数の西方諸国人の生活の面倒も見ていかなきゃならんくなるし」


「そこは今まで通り生活してもらえばいいんじゃないのか?」


「バッカス王国の支配地域って、魔物も強くなるんだよ。神との協定の関係で。西方諸国を実効支配しちまうと、西方諸国全体にメチャクチャ魔物が出没するようになる」


「今まで通りの生活は出来なくなるわなー。西方諸国人だけじゃ自己防衛できないほどに」


「ぬぅ……なるほど……」


「金でもなさそう。大掛かりな作戦に釣り合うだけの要人もいなさそう。土地は下手に手に入れたら魔物の影響で維持費だけじゃなくて、いまいる西方諸国人も蹂躙されかねない。……金でも人でも土地でもないならなんだ?」


「物とか? 金銀財宝」


「それはつまり金だろ……」


「いや、バッカス王国建国以前からある美術品とかさ」


「そういうものには確かに価値あるかもだが、今回のような手間をかけてまで手に入れるものか? と思うけどな。美術品は目が肥えても腹は肥えないし」


「その美術品を美術館に飾って入場料でガッポリ稼ぐんだよ」


「ガッポリ稼げるかねぇ……?」


 少年達は「単なる人道支援じゃない」「何か取引があったはず」と考えつつ、その「取引材料」が何か直ぐに思い当たる事はありませんでした。


「金や手間がかかってるだけじゃなくて、難民が来る事をよく思っていない奴はバッカス国内に結構いるし、2000人も連れ帰る事でそういう奴らから突き上げくらうのを覚悟でやるんだろうし」


「2000人も来たら直ぐにバレるわな。ここまで秘密にしてきたのは西方諸国側からの横槍だけじゃなくて、排斥運動してる奴らからの横槍を恐れての事だろうし。表立って排斥してなくても、難色示す奴は結構いるからなぁ」


 少年達はあーだこーだと意見を交わしましたが、答えには辿り着きませんでした。話をしているうちに朝食の時間が終わり、訓練時間となりました。


 船内に作戦参加者という教導には参加しない異物がいても、教導遠征はこれまで通りに進めていく。……という事になっていますが、皆が気になっているので多くの教導遠征参加者の気がそぞろになってしまいました。


 そんな中でセタンタ君はいつもよりも訓練に励んでいきました。


 過去じぶん集団亡命支援作戦いまを重ね合わせ、思い悩んでしまう雑念を振り払うように訓練に打ち込んでいきました。


 でも、それでも考えずにはいられませんでした。


 自分にも取引材料があれば、あんな事にはならなかったのか、と――。




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