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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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サボる2人



 教導隊がヴィンヤーズを出発して4日後。


 彼らが乗るアワクムでは、若人達が今日も訓練に励んでいました。


 ヴィンヤーズ出発後からはグループに分かれて得意分野を磨く訓練の割合が増えつつありました。甲板上だけではなく、他の訓練部屋や空き部屋を使い、それぞれの教官が教鞭をとっています。


 そんな中、セタンタ君とマーリンちゃんは――。


「おー、やるな、ガラハッド」


「ホントに動き良くなってるよね」


「だな」


 空き部屋で呑気にサボっていました。


 部屋にこもっているだけでは暇なので、他の教導隊参加者達の訓練を覗きみているようでした。マーリンちゃんが魔術を使って空中に映像を映す事で。


 2人が特に注視しているのはガラハッド君でした。


 注視しているのは「教導隊に参加する前からの友人だから」という理由もありましたが、「伸び盛りの様子を見るのが楽しい」という理由もありました。


「教導隊に参加してから右肩上がりで強くなってるが、御前試合でさらに一皮向けた感じだよな。魔刃も上手く使いこなしてる」


 セタンタ君がそう言ったところ、ちょうどガラハッド君が魔刃を使いました。


 魔術で刃を編む魔刃。それは主に武器として使われる魔術ですが、ガラハッド君はそれを防具として使いました。


 教官役を務めてくれているランスロットさんの振るう剣に対し、無防備に身体を晒していたかと思えば、その身体から不意に魔刃を生やし、それで教官の剣を受け止めにかかりました。


 残念ながらそれは教官に砕かれ、一撃入れられる事になりましたが――。


「今のは惜しいな。受け方を変えれば上手く受け流せた」


 魔刃を鎧として使ってみせた友人に対し、セタンタ君はそう評しました。


 教官のランスロットさんも同じ感想を抱いたのか、容赦なく打ち倒したガラハッド君に起きるように指示しつつ、魔刃の生やし方や形状に関して助言しました。


 ガラハッド君はかぶりつくように指導を聞き、教官の実演も見て、直ぐに反復練習をして教えられた事をするすると飲み込んでいっています。


 ランスロットさんとのわだかまりが――完全ではなくとも――解きほぐされたことが好影響となっているようです。


「でも、魔刃の強度はセタンタより上になりつつあるよね」


「まあな。魔刃はアイツの方が遥かに魔術適正高そうだ。いま凄い勢いで伸びてるから実体剣並みの強度を手に入れるまでそう遠くないんじゃないかね」


 武器としてだけではなく、盾や鎧としても魔刃を使う。


 ガラハッド君はそういう使い方を会得しつつありました。


 通常、魔刃は実体のある剣と比べると脆いもので、受け太刀には向かないものです。が、魔刃の扱いに長けた達人は実体剣より硬い剣を生成する事もできます。


 単に硬い刃を作るだけではなく、材質に関しても戦闘中に自由自在に変更可能。御前試合の時点でガラハッド君は粘着質な魔刃を作るなど、搦め手として魔刃を使う方法にも通じつつありました。


「身体強化魔術はもう俺を抜いてると思う」


「そうかもね。魔術の性能事体はセタンタより良いよね。ただ、身体の動かし方はまだまだだから、その辺の技術でセタンタが馬力で劣っているところを補って勝っているって感じかな」


「技術面でも追い抜かされるよ、遠からず。1、2年もしたら直接戦闘ならアイツの方が強くなってるんじゃねえかなぁ」


 セタンタ君がそう言うと、宙に浮きながら観戦していたマーリンちゃんはニマニマと笑いながらセタンタ君に言葉を投げかけました。


「1、2年は負ける気しないんだ。ふぅん」


「まあそりゃ、俺だって赤蜜園出身者の意地とか誇りとかあるからさ」


「セタンタの教導隊参加してからの成長、横ばいって感じかなー」


「まあ、な」


 セタンタ君はなんとも言い難そうな表情で同意しました。


 ガラハッド君が成長している姿を見るのは嬉しいものの、彼と比べると自分はそこまで成長していないと思うと少しは悔しい気持ちがわいてきました。


「俺はもうガラハッドほど伸びしろはねえし」


「そりゃ、本格的な訓練始めて日が浅いガラハッドと比べたらそうでしょ。悔しかったらサボってないで訓練してきなよ」


「お前が言うな、お前が」


 マーリンちゃんはセタンタ君に「ボクはいいんだよ」と言おうとしましたが、「ん?」と声を漏らして空中に映していたガラハッド君の姿を消しました。


 セタンタ君がその事に文句を言ってくる中、「ちょっと待って」と言いながら魔術を行使し続けました。ちょっとした異変を察知したために。


「ありゃ。あれは相当ざっくりいってるね」


 マーリンちゃんはガラハッド君の代わりに、別の教導隊参加者を――アイアースちゃんを空中に映し出しました。


 アイアースちゃんはうずくまっており、教官に治癒魔術をかけられています。周囲の人々も少し心配そうに見ています。


「内臓こぼれてんな」


「訓練中に勢い余ってやっちゃったみたいだね。彼女の方が前のめりになって」


 マーリンちゃんの言葉通り、アイアースちゃんは前のめりに訓練に励んでいました。それこそ教官に叱られたり、内臓をポロリとこぼしたりするほどに。


 教導隊には治癒魔術に長けたものだけではなく蘇生魔術の巧者も参加しているため、大怪我を負っても直ぐに元気になります。なりますが怪我は怪我で痛いのでアイアースちゃんも歯を食いしばり、脂汗を流しながら痛みに耐えていましたが――。


「直ぐ復帰するみたいだね」


 治癒魔術によって傷が治るやいなや、直ぐに訓練に復帰しました。


 傷が塞がったとはいえ休むように勧められたものの、頑固な様子で拒んで再び前のめりに訓練に戻っていきました。


 訓練をサボっていたセタンタ君はその光景を見て思わず居住まいを正し、マーリンちゃんに「あの子も最近は訓練頑張ってるみたいだよ」と言われ、「ふぅん」と返事を返しました。


「前はちょっとお高くとまってるとこあったけど、ヴィンヤーズ以降、ガツガツやってるみたい。教官達の間でも訓練に挑む姿勢はいいって噂になるほど」


「そうかよ」


「興味ないんだ、あの子には」


「無い。嫌いだからな、アイツのこと」


 セタンタ君は微かに顔をしかめつつ、アイアースちゃんがパリス少年やガラハッド君にぞんざいな扱いをしていた事を思い出しました。


「頑張っててえらい。えらいから他の事が帳消しになったりはしないだろ。パリス達にボロクソ言いやがったクソ女って認識のままだ。俺の中ではな」


 彼は吐き捨てるように言いました。


 マーリンちゃんはそう言ったセタンタ君を見守っていましたが、一拍置いて「じゃあ報いを受けさせる?」と問いかけ、小首をかしげました。


 その問いに対してはセタンタ君は頭を振りました。


「俺がどうこうするのは筋違いだろ。当事者なのはあの女とパリス達だ。まあ、パリスとガラハッドが仕返ししたいとか言うなら手伝うかもだけど――」


「かもだけど?」


「2人ともアイツなんて眼中にねえだろうし。そういう事にはならないだろ」


 セタンタ君は少し笑って言いました。


 ガラハッド君がすくすくと成長している事実や、パリス少年もパリス少年で前を向いてあがいている事を思い出しながら――その事を好ましく思いながらそう言いました。


 マーリンちゃんも同じ事を考えながら笑い、「そうだね」と同意しました。


「仕返ししたりすることは確かになさそう。2人ともそれどころじゃないし」


「だろ? まあ結果的に見返したりはあるかもなー。アイツらが冒険者として活躍していく事で。そういう手伝いなら喜んでする。後味も良さそうだ」


 2人がこれからの事を――パリス少年やガラハッド君達との冒険の計画について楽しげに話していると、部屋の扉が開き、「こら」と2人を叱る声が届いてきました。


 その声は気迫のないものでした。2人がサボっている事に対して怒る人物の表情も困り顔なだけで、そこまで本腰を入れて怒るものではありませんでした。


 叱られたマーリンちゃんなど悪びれもせずに声を返すほどでした。



「あ、師匠ししょー。ついに見つかっちゃったか」


「見つかっちゃったか、ではないでしょう。2人とも、サボりはよくありませんよ」


「サボりじゃないよ。ねっ、セタンタ?」


「いや、めちゃくちゃサボ――」


 そこまで悪びれているわけではありませんが、正直に話そうとしたセタンタ君の口はマーリンちゃんの手で塞がれました。


「セタンタもサボってないって言ってる」


「いま、めちゃくちゃサボってると認めようとしてませんでしたか?」


「そんな事ないよ。ねっ? セタンタ~?」


「もがっ……」


「ボクらは待機してるだけだよ。だって、今日のボクらの先生がまだ来てないんだもん。来ないから大人しく待ってるだけで」


「あれっ!? ……カスさん来てないのか……。寝坊か……」


 マーリンちゃんの言葉を聞き、慌てた様子で各教官の担当が書かれた紙を確認したエルスさんは今日の彼女達の担当教官が来ていない事に肩を落としました。


 我が意を得たりといった様子で騒ぎ始めるマーリンちゃんに対し、エルスさんは「それならせめて教官を探しに行くか、私に報告を――」と言おうとしました。ですが、言ったところで教官が遅刻している事実は変えられようがないので天を仰いで不在の教官カスパールを軽く呪いました。


「直ぐに……直ぐにカスさんを連れてきます。少々お待ちを」


 マーリンちゃんが勝ち誇る中、エルスさんはうなだれながら去っていきました。


 そして5分と経たないうちにカスさんを脇に抱えて連れてきました。


 連れてきたもののぐっすりと眠っているカスさんに対し、業を煮やしたエルスさんはカスさんの頭を魔術で刺激し、うめき声をあげさせ始めました。



「騎士ってさぁ……もっとこう、キッチリ品行方正の人がやってるもんだとばかり思ってたわ。この教導遠征に参加するまで」


「根は真面目なんだよ。表に出てきている部分がアレなだけで」


「ほらっ! カスさん! 言われてますよ!! 皆の憧れである騎士職に就いている自覚を持って働いてください! 子供達に呆れられてますよ」


「ぐぇ~……。私は騎士だけど、教官じゃないから……。騎士に教官させてんのがそもそもおかしいんだよ……。寝るのは魔力回復のための自己管理なのに……」


「そこを何とかお願いします。納得してください――と説明したでしょう、前にも」


「説明されたけど納得したとは言ってない……」


「私が貴女をこの教導隊に呼んだのは希少な転移魔術の優秀な使い手として、若い転移魔術使いをさらに強くするために育成してもらう狙いがあっての事で――」


「はい、はい。わかったから。講義始めるので出てってくださいな」


「ちゃんとお願いします。あ、それと、セタンタ君とマーリンは今から本来受ける予定だった時間分の講義を受けてくださいね」


「えっ。他の皆が訓練終わった後もするの?!」


「当たり前でしょう。サボりは許しませ――もとい、2人が指導を受けられなかったのは教官こちら側に落ち度があるので補填させてください」


「いや結構です」


 マーリンちゃんが嫌そうな顔でキッパリ言ってもエルスさんはニッコリ笑顔で押し通し、3人を残して去っていきました。講義の様子を見張る魔術の眼を残しつつ。


 サボってもサボらなくてもどちらでも良かったセタンタ君が平常心で講義を受ける準備を整える中、他2人のため息が響きました。


「しょーがない……。じゃー、この間の続きからやろっか。私とセタンタ君がテキトーに転移しつつ、転移魔術の使い方の助言するから……マーリンちゃんは私の転移魔術を観測して、転移する場所と機を当ててね」


「は~い」


「へーい」


「んー……今日はちょっと趣向変えて鬼ごっこ形式でやろっかな~……」




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