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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
九章:虐殺の引き金
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ナスの士族長



「申し訳ありません、カヨウ様。マーリンがヤンチャを働いたようで……」


 折檻されていたマーリンちゃんを救い出して脇に抱えたエルスさんは、カヨウさんに向けて深々と頭を下げました。脇に抱えたマーリンちゃんも逆さになり、そのお尻が丸見えになるほど深々と頭を下げました。


 それを見ていたカヨウさんは少しだけ不機嫌そうに表情を歪めました。


 少しだけ、ほんの少しだけ唇を尖らせましたが、エルスさんが顔を上げると、瞬時に元の仏頂面へと戻りました。


「金銭に関しては私の方から直ぐ用意させていただきますので、その件に関してはどうかお許しください。マーリンは後でキツ~く叱っておくので」


「そんな事を言って、大して叱らないくせに……。貴方はその子に甘すぎる」


「カヨウ様は、パパさんに甘やかされなかったの?」


「…………」


 エルスさんの脇という安全圏に逃げ、余裕の表情で足をブラブラさせていたマーリンちゃんでしたが、無遠慮な発言をカヨウさんの厳しい視線で咎められ、お口に手を当てて黙り込みました。


 同じく呑気そうにしていたカスパールさんはエルスさんとマーリンちゃんの様子を見て、「そっちは師弟仲が穏やかでいいなぁ」と聞こえよがしに言い、カヨウさんに睨まれました。


 カスパールさんの方はその視線は知らんぷりして受け流しました。


 ただ、代わりにエルスさんに対して問いかけました。


 カヨウさんを煽るような問いを、エルスさんに対して問いかけました。


「教導隊長。ヴィンヤーズ寄港中、カヨウ様にちゃーんと挨拶しに行った……?」


「う……。ちゃんと、しっかり時間を作ってたりは……」


「ああ、だから今日はいつもに増して不機嫌なのかなー……」


「えっと、すみません。ヴィンヤーズに寄港した以上、ヴィンヤーズを管理しているナス士族の士族長であるカヨウ様に一度ご挨拶にうかがうべきでしたね……?」


「結構です。来ないでください。貴方が私のところに来る時は面倒事を持ち込んでくる時と相場が決まっています。だから私は別にそんなくだらない事で不機嫌になっているわけではありません。いつも通りです」


「あーあ。教導隊長がカヨウ様、怒らせた~……」


 カスパールさんはニヤニヤと笑みを浮かべ、エルスさんにそう言いました。


 エルスさんは「煽っているのはカスさんでしょ」と言いかけましたが、眉をピクピクとさせているカヨウさんの視線を恐れ、沈黙しました。


 カヨウさんは仏頂面のまま大きなため息を吐いた後、「ともかく」と言いながら手を叩き、「私は暇ではないので本題に入ります」とピシャリと告げました。



「重要な話をするので、どこかの部屋に案内なさい」


「了解です。カスさん、お願いします」


「あいあい」


 エルスさんに求められたカスパールさんは長銃を魔法の杖のようにクルリと振るいました。すると、甲板にいた4人の姿がかき消えました。


 その次の瞬間、船内の応接室に4人の姿が現れました。


「これが、華麗な転移魔術の例」


「それ、私に向けて言ってますか? 喧嘩なら買いますが?」


 にへら、と笑ったカスパールさんに対し、カヨウさんが眉間にシワを寄せて睨みましたが、片手を手刀のような形にしながら2人の間に入ったエルスさんが「まあまあ」と言いながら止めました。


 マーリンちゃんは「ボク、厨房にお茶でも頼んで来ます~」と言いながら逃げようとしましたが、ドアから出た瞬間に転移魔術で飛ばされました。カヨウさんの隣に飛ばされました。


「茶など不要です。それより、貴女も同席しなさい。マーリン」


「えぇ? これって重要な話でしょ? 近衛騎士のカスパールさんや調係の師匠ししょーと違って、ボクは単なる雇われ冒険者なんですけどぉ……」


「…………」


 マーリンちゃんの発言はカヨウさんの視線で引っ込む事になり、4人は席につきました。マーリンちゃんは少し不満げにほっぺを膨らませながら従いました。


「教導隊の教導遠征もヴィンヤーズに寄港した事で半ばの行程を終えたわけですが、今回の遠征の真の目的を考えれば、ここからが本番です」


「はい。仰る通りです」


 エルスさんはカヨウさんに対して軽く頭を下げました。


 下げつつ、「教導の方も重要な事ですが」と付け加えました。


 それを聞いたカヨウさんは、不機嫌そうな表情のまま言葉を返しました。


「この後に控えている作戦に支障がなければ、教導でも遠足でも好きにやればよろしい。……ただ、そもそも教導と作戦は分けて考えるべきだと思います。2つを並行して進めるのは反対です」


「んー……その件に関しては私もカヨウ様に同意かな~……」


 カスパールさんは机に身を預けつつ、チラリとエルスさんを見つめました。


「今からでもヴィンヤーズに戻って、教導隊に参加している若者達を下ろして、私達だけで目的地に向かえばいいんじゃないかな~……?」


「訓練用にヴィンヤーズの一角を貸し出しても構いません。刺激が足りないというならウチの士族戦士団も貸し出しますし、なんなら私が片手間で稽古をつけますが?」


「いいね。皆もカヨウ様にボッコボコにされればいいと思う……」


「もしくは、例の情報提供者に魔術を使って吐かせればいいのです。アレの隠し場所を。そこに精鋭を向かわせてさっさと回収して帰ってくればいいのです」


「人道的に問題はあるけど、それはそれで楽そう。運搬方法に問題はあるけど」


「ボクも賛成」


 マーリンちゃんも賛意を表しつつ、ウンウンと大きく頷きました。


 脳裏にセタンタ君の事を思い浮かべながら。


「魔術で情報を吐かせて~ってとこはさすがに止めた方がいいと思うけど、教導遠征と作戦は分けて進めた方がいいと思うな~」


「教導遠征を隠れ蓑にして作戦を進める理由もわかるけど、今回の作戦ってどうせ神様にはバレているんでしょ……? バッカス国内にいる人達にもいずれバレる事なんだから、強引に進めてもいいと思うけどな~……」


 3人の視線がエルスさんに注がれましたが、彼は同意しませんでした。


 教導遠征の裏で既に動き出している作戦だから、準備もできているから、約束を反故したくないから――などとは言わず、短い言葉で告げました。


「魔王様の意向なので、このまま進めます。彼の事を裏切るも、魔王様は絶対に許可しないでしょう」


 そう言うとカスパールさんとマーリンちゃんは「まあ仕方ないか」と肩の力を緩めました。ただ、カヨウさんの方はそれでも仏頂面を浮かべていました。


「尻拭いする事になるのはウチの士族なのですけどね」


「すみません……」


「まあ、いいでしょう。今更ここで話しても仕方のないことです」


 それ以上の議論は進めず、不満を飲み込みました。


 そして魔術を使って収納していた資料の束を3人に配りました。



「教導遠征を隠れ蓑にした作戦の障害になるかもしれない組織が動いています。組織、と言えるほど大層なモノかはともかく」


「……ヘリワードですか」


 カヨウさんが配った資料に目を通したエルスさんが、資料の最初の頁に書かれた名前を読み上げ、悩ましげに眉根を寄せました。


 マーリンちゃんの方は小首を傾げ、頭に疑問符を浮かべています。


「ヘリワードってアレでしょ? ずっと昔、バッカス王国が建国される以前にいた、エルフの英雄でしょ? 確か、西方諸国内で虐げられていた奴隷達を解放してた――」


「半分正解。半分不正解です」


 腕組みをしていたカヨウさんは腕組みを解き、マーリンちゃんの持っている資料をゆるりと指差しながら淡々と説明し始めました。


「私の言っているヘリワードは、先程マーリンが言った個人にあやかってつけられた組織名です。自分達は英雄・ヘリワードの後継者だ、という意図があるようです」


 バッカス王国が出来る以前、この世界には凄惨な人種差別が存在していました。


 その1つが、ヒューマン種の支配する西方諸国内で起きていた「ヒューマン種以外の種族への差別」です。彼らはヒューマン種以外を「人間」とみなさず、「亜人」と呼称し、道具や家畜のように酷使していました。


 それに異を唱え、奴隷達を解放していった者達の1人が「ヘリワード」という名を持つエルフでした。彼は解放された奴隷達から見れば、英雄と呼ぶに相応しい行動をしていました。


「奴隷なんてもういないのに。おおっぴらには」


「組織の方のヘリワードも奴隷解放は目指していません。彼らが受け継いでいるのはヒューマン種に対する憎しみです」


 ヒューマン種以外への差別意識は現在も色濃く残っていますが、バッカス王国が建国され、バッカスが力を強めていった事で殆どの奴隷が解放されました。


 ただ、奴隷が解放されていっても、彼らが受けた仕打ち――過酷な重労働や虐殺があったという事実までは消えていません。


 エルフなどの長寿族の中には当時から生きている者達も少なからず存在しています。実際に奴隷にされていた人々の中にもまだ生きている者達が存在しています。


 子や孫に語り継ぐまでもなく、ヒューマン種に対する恨みを抱き続けている「当事者」は現代にも存在しているのです。


「組織・ヘリワードにはヒューマン種に直接的な恨みを抱いている元奴隷やその関係者が所属しています。間接的な恨みを抱いている者も所属しています」


「今までの活動を見るに、組織っていうよりは単なる市民団体だったかな~……」


 ボンヤリとした様子で口を開いたカスパールさんに対し、マーリンちゃんは「どういう活動している人達なんですか?」と問いました。


「その辺を歩いているヒューマン種に斬りかかったりはしませんよね? さすがに」


「もちろん。そこまでやる過激な派閥は随分昔に処されたよー……」


「前はいたんだ」


「都市内は魔王様の使い魔が目を光らせているから、そこまで大胆には動けないけど、都市郊外ならそういう目も届きにくいしねー……。だから、昨今のヘリワードならバッカス国内のヒューマン種に対して嫌がらせしたり、ヒューマン種への恨みを忘れるなって街頭演説してみたりー……後はバッカス政府に対して西方諸国を滅ぼせって陳情してきたりー……」


「バッカス国内にはよくいる、ちょっとアレな市民団体……。ヒューマン種はバッカスから出てけ~、って言ってるような」


「その手の団体は年々、数を減らしていますけどね」


「絶滅はしていませんが」


 バッカス建国以前、500年以上前の事を覚えている人が生存していても、それはどちらかというと「少数派」に分類されます。


 全ての種族が数百年に渡って生き続けるわけではありません。当時、生き残ってバッカス王国にやってきた当事者の元奴隷達の多くは寿命でこの世を去っています。


「当時の事を語り継ぎ、ヒューマン種が犯した罪を忘れないようにしよう――という運動も盛んにありましたが、過去の記録をほじくり返したらヒューマン種以外も同じような虐殺はやっていますからね。虐殺の報復に虐殺をしたり……」


「報復の報復の報復をしたりして、それが続いていたと」


「ええ」


 その手の話も記録に限らず、当時を知る人々の証言でわかっているため、「過去の件に関してはお互い様」と考える人が現代バッカスでは増えています。


 ヘリワードのような団体がヒューマン種排斥運動に火をつけようとし、街頭演説をしても、冷ややかな目つきで通り過ぎていく人々が現代バッカスには多いです。


 差別意識がまったくなくなったわけではなく、例えばヒューマン種の被疑者が残虐な方法で他種族を殺した殺人事件が起こった時などは、人種と事件が結びついて炎上する事もありますが、バッカス王国建国以前や建国当初ほどではなくなっています。


 過去と違って現代でも大きな問題を起こす事がある「異邦人」に対する差別は、ところによっては過去よりも強まっていますが――。


「魔王様の治世下になってもう直ぐ500年。ヒューマン種とそれ以外の種族が一緒に暮らすのが当たり前になりましたし、ヒューマン種に対する排斥運動は減りつつありますが――」


「だったら、そのヘリワードって組織だか団体だかも力弱まってないの?」


「弱まっていますね。かなり」


 マーリンちゃんの疑問に対し、カヨウさんは頷きながら説明を続けました。


「組織あるいは団体の方のヘリワードはバッカス建国当初から存在しており、その当時は志を同じくする後援者パトロンにも恵まれていました」


 バッカス建国当初は「当事者」が大勢いました。


 だからこそ、当時のヘリワードは後援者には事欠きませんでした。商人や士族の有力者に援助してもらう事でヒューマン種排斥運動の資金も潤沢でしたが――。


「現代のバッカスではもう、ヒューマン種排斥は流行トレンドではありません。おおっぴらにやるとヒューマン種側からの大反発を招きます」


 バッカス王国は西方諸国で奴隷にされていた者達を解放し、ヒューマン種と同等の権利を持つ存在として扱いました。全員、同じ人間として扱いました。


 力関係が入れ替わったのではありません。


 ヒューマン種側から声をあげる権利が奪われたわけでもありません。


「ヒューマン種はバッカス最多の種族だし、大商会の商会長とかが排斥運動をおおっぴらにやってたら不買運動が起きて、自分達の首が締まるもんね」


「ええ。裏で支援している者もいますが、おおっぴらに支援する事はなかなか出来なくなりました。かつては排斥を支援していた商会や士族が手のひらを返して排斥をやめていったため、ヘリワードなどの団体も資金難に陥る事になりました」


 バッカス王国建国当初はイケイケだったものの、民衆の意識が変わっていった結果、団体としての勢いも金銭的な力も大きく削がれる事になりました。


 俺らは抵抗するで、拳で! などと言って実行に移せば政府に捕まります。


 ヘリワードに限らず、多くの排斥団体が大きく弱体化しったのですが――。



「そのヘリワードの構成員の一部が、西方諸国内に侵入したようです」


「いま聞いた感じ、別に作戦の障害にはならなさそーに聞こえるんですが」


 そうでしょ? と言いながらマーリンちゃんは肩をすくめました。


 カスパールさんも同意し、カヨウさんも否定しませんでした。


「そうでしょうね。実際、ヘリワード事体は政治的にも武力的にも弱小です」


 そう言いつつ、言葉を付け加えていきました。


「それこそ、本来なら西方諸国内に侵入する力もないぐらい」


「…………」


 少し気を抜いていたマーリンちゃんは、居住まいを正しました。


 バッカス政府は西方諸国に関しては出来る限り干渉しないようにしています。


 ヒューマン種に恨みを持つ自国民が西方諸国に勝手に侵攻し、暴れまわらないように国境を警備し、密かに侵入しようとする者達を捕まえています。


 ろくに力を持たないはずの弱小団体では突破できない警備が敷かれています。その事を知っているマーリンちゃんはカヨウさんの言葉で警戒心を取り戻しました。


「……誰かが密入国を支援したんですか?」


「でしょうね。ただ、それがどういった者達なのか完全には特定できていません」


 そう言いながらカヨウさんは資料の頁をめくるよう、促しました。


「ですが、支援者の1人が誰かはわかっています」


 資料には1人の女性の顔写真が添えられていました。


 その女性の種族はエルフでした。


「彼らがあやかった英雄・ヘリワードの妹。彼女が支援者の1人です」




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