不死人の思惑
御前試合が終わり、日が暮れ、夜になりました。
少年少女達が血と汗を流した試合場は王の使い魔達により解体され、今は立食会の会場となっていました。
教導隊参加者の家族や友人と和気あいあいとしている人もいる一方、士族の偉い人に褒められるなりくどくどと説教されている人もいる一方、寄り集まって反省会をしている参加者もいました。
「セタンタは瞬殺だったな。人には制限付き勧めておいて……!」
「うるせーーーー! 今日は天気が悪かったんだよ」
「晴れだぞ」
セタンタ君達は反省会の中にいました。
あーだーこーだと言い合いつつ、建設的な話やどうでもいい笑い話をしつつ、楽しげに話をしながらお腹いっぱいになるまで食事を楽しんでいました。
教官であるランスロットさんやエレインさんも反省会に混ぜて貰っています。
ランスロットさんは少しだけ離れたところからガラハッド君のお母さんに見られている事もあり、少しだけやりづらそうにしていましたが……それでも若者達と膝つき合わせ、軽く実演を交えつつ教官として混ざっていました。
エレインさんが「何で誰も私を指名しなかったんですかね」と無表情にのたまうと、皆が目を泳がせながら必死に話題をそらそうとしていましたが、それでも楽しげな集まりである事には違いありませんでした。
パリス少年もその反省会の中に招かれ、ガラハッド君やセタンタ君を通じ、ティベリウス君やアッキー君と楽しげに話をしていました。
「終わりよければ全て良し……とは、ボクは思えないかなぁ」
マーリンちゃんは皆の様子を氷船の甲板上から見ていました。
話をしたい相手が甲板上にいたために、皆から離れていました。
「師匠はどう思う?」
「終わりが全て良くない事になる事もあるので、あまり良くはないですね」
「あっ、師匠がそれを言うんだ」
マーリンちゃんは師匠に――エルスさんにジト目を向けていました。
ボクはもう大体察してるよ、と言いたげに。
エルスさんはその視線に少しだけ胃を痛めつつ、苦笑いを浮かべながら出来るだけそしらぬ顔をしつつ、フェルグスさんと飲み交わしていました。
「今回の件、失敗してたらどーしてたの」
「失敗、とは?」
「師匠がやりたかった事って、ガラハッドとランスロットさんを仲直りさせる事でしょう? 誤解を解いて、二人の仲を何とかしたかったんでしょ?」
「違います違います。そんな事はありませんよ?」
「ウソだぁ。裏でコソコソ、ずっこい事をしてたくせに」
「いたい、いたい。マーリン、そこは背骨です。蹴らないで」
「コツコツ蹴られたくなかったら、ホントのことを自白するんだよぉ」
マーリンちゃんはジト目を通り越し、少し怒った様子で口を開いていきました。
「師匠は教導隊長の権限を使って、ガラハッドを教導遠征にねじ込んだ」
「ええ」
「で、教導隊長の権限を使ってランスロットさんを教官として参加させつつ、それでいてランスロットさんもガラハッドも教導隊から逃げないように、それぞれの存在を伏せておいた。ランスロットさんを途中で乗船させて逃げ道も断った」
「ええ」
「教導隊という檻の中に二人を無理やり入れて刺激して、最後にトドメのガラハッドのお母さんをドーン! と投入して、今みたいに状態にした、と」
「結果的に、そういう事になりましたね。不思議ですね」
「…………」
マーリンちゃんは無表情になりました。
ちょっと怒っていました。
「仲直りに失敗したらどうしてたの? 人の心は、いつも師匠の手のひらでコロコロ転がされるほど単純じゃないと思うんですけど」
「そうですね、その通りです。ただ、ガラハッド君を教導隊にねじ込んだのは、彼が冒険者になったのが最近だからです。彼は伸びる可能性が高いですからね」
「…………」
「なにせ、父親がランスロット君です。現役冒険者の中で十指に入る腕前の持ち主であり、交配によって作り上げられた優秀な血統の持ち主。……それを受け継いでいる可能性が高いガラハッド君は、将来化ける可能性が高い子です」
「血筋じゃなくて、本人達の気持ちを見てあげてよ」
「そうですね」
「師匠が下手につついて、余計にこじれてたらどうす――」
「彼らは互いに、自分達の血縁を知っています。知ってしまった以上、早いうちにその事と向き合わせておいた方がまだこじれないと、私は思いますけどね」
「二人だけじゃないよ。ガラハッドのお母さんの気持ちも――」
「彼女は国にとって、さほど重要な人材ではないので。別に」
「…………!!」
少女は思い切り、師の背中を蹴りつけました。
そして「師匠のばか! 無責任!」と怒鳴り、そのまま甲板の縁から跳躍し、浮遊魔術で立食会の方へと飛んでいきました。
後に残されたエルスさんは背中をさすりつつ、フェルグスさんにお酒を注いでもらい、何事も無かったかのようにそれを飲みました。
「災難でしたなぁ――などとは、言いませんよ」
「ええ、私の自業自得ですからね。マーリンには怒られるどころか、殺されても仕方がない。彼女が彼の母親のような方を慮る理由は、理解しているつもりなので」
「理解してなおそれですか。そういう生き方は、嫌われましょうに」
「知ってます。これでも私、1000年以上前から長生きしてますし」
美女の顔をした老爺は肩をすくめました。
オークはその顔をチラリと見もせず、自分もお酒を口にしました。
「無責任とはいえ、上手く和解してほしいとは思っていたのでしょう?」
「どうでしょうね。ガラハッド君が遠征に参加してくれると、色々と都合が良かったのは事実です。……そこは嘘偽りない事実です」
老人は本心は口にせず、淡々とした様子でそう言いました。
マーリンちゃんが少し、涙声だった事に申し訳ない気持ちも抱きつつ。
ただ、一つだけ本心から出てきた呟きもこぼしていました。
「彼女には、幸せになってほしいと……思ってるんですけどね」
「色々と、世の中ままなりませんな」
「まったくです。……ままならなくなっている原因は、ハッキリしてますけどね」




