刀剣問答
少年剣士は考えつつ、立ち回りました。
速さは相手の先読みで対応される。
対応されはするものの、あくまで潰されるのは相手の間合いに入った時。不用意に距離を詰めすぎなければ、最高速度は自分が勝る。
力も、真の意味では今の自分が勝る。
打ち倒されはしたものの、倒された時に鎧を打ち付けてくる振り下ろしの連撃はそこまでは重くなかった。骨まで染みるほどの打撃ではあるものの、魔術無しでは一撃の重さにどうしても限界が来る。
それを技術と逆攻で補っている。
自分の勢いを完全に、相手に利用されなければいい。
攻撃の軸をズラし、相手に向かって真っ直ぐではなく斜めに――横を斬り抜けていくような形で挑みかかっていけばいい。そうすれば逆攻の直撃は避けれる。
戦いの中、少年はそう判断しました。
「勝つ……!」
言い聞かせるように叫び、突撃する少年。
その突撃は直線的なものではなく、確かに自分で決めた通りにズラしたものではあったものの――彼は相手の技術を、完全には勘定に入れられていませんでした。
「迂闊で、拙い、踏み込みだ」
「ぐ――ぅッ!!」
二つの影が交差する一瞬。
熟練剣士は少年の振るう剣に刃引きされた自分の剣を添え、剣の軌道をズラし、その次の瞬間には柄尻を少年の顔面に向け、叩きつけていました。
今度はかろうじて転ぶのはこらえた少年でしたが、後退する形でふらついていたところに――膝関節に向け――剣を思い切り振り下ろされました。
関節部――つまり、装甲の無い場所をしたたかに打たれました。
「っ゛ぁぁッ!?」
「着想は、悪くない。だがそれだけでは届かん」
少年は全身甲冑を着込んでいるとはいえ、全ての攻撃を鎧で防げるわけではありません。鎧の隙間は確かに存在しています。
それが関節部。
関節を完全に覆ってしまうと単なる金属では自分が動く事すらままならなくなるため、構造上、どうしても作らざるを得ない隙間でした。
鎧次第では守る事も不可能ではありません。
しかし、少年が着込んでいるのは素人が作った半端なもの。
関節攻撃対策は完璧ではありませんでした。
ゆえに、そこを正確に撃ち抜かれました。
それにより、関節部が陶器のようにひび割れました。
「あ゛あ゛ッ!!」
「飛ぶな、身体を浮かすな。間合いの内では摺足で動け。剣術は数学であり、植物だ。いかなる剛剣の使い手であれ、地に足がついてなければ崩される」
「ッ……! はいッ!」
「急く時に飛ぶのは一つの手段だ。だが、相手の迎撃が来かねないところで身体を浮かせるな。動きを見切れ。必要に応じ、根底となる脚を地に根付かせろ」
「は――」
「戦いに、集中しなさい」
熟練剣士は容赦なく剣を振り下ろしました。
それは魔術無しであろうが、剛剣の類でした。
「ぅ――――ぉ」
少年はそれをかろうじて防御しました。
反射的に剣を横にし、それによって受けました。
「違う」
そうすべきでは無かった、と熟練剣士は否定しました。
「キミの盾は何のためにある」
盾で受けに行け、それが駄目ならもう身体で受けろ。
魔術を使えばそれも出来る。勝利条件を見誤らず、こちらの剣を受けながらでも一撃入れに来い。泥臭い方法だろうが、ひたむきに勝利を掴みに来い。
そう思い、苛立ちました。
苛立つという感情を相手に見せるほど、心境の変化を招いてくれた事に対し、少年に対して感謝しながら容赦なく攻め立てました。
「ぐ――ぎ、ぃ――ィ」
少年は指摘された失策に羞恥を抱きつつ、横へと転びました。
失策は理解しました。
相手の攻撃は、カウンターとして機能しなければそこまでの威力は無い。だからこそ受けながら剣を振るうべきだった事を理解しました。
理解はしていても、恐れが行動を誤らせました。
その機会損失を取り返すためにも、今は回避。
転がってでも回避し――回避した後、横薙ぎに剣を振るい――振るった剣で剣で相手の剣を迎撃し、顔をしかめながらも手を握り込みました。
いま、この剣を落としても勝てない。
いま、では勝てない。
相手が刃の根本を叩き、その振動により少年の手から剣を奪おうとしてきても魔術で指を硬化させ、無理やり取り落とさずに済むようにしました。
そして砕けた脚関節を急ぎ、魔術で応急処置を施しました。
全身が痛んでいる状況で関節の治療を優先し、治しながら僅かに曲げた腕で――いつでも刺突出来るようにし――剣を相手に突きつけ、牽制しました。
多くの観衆は、土埃にまみれている少年を「みっともない」と思いました。
実際、みっともなく無いとは言えない状況。少年も現状と観衆の視線を前に恥じていました。それでも手段を選ばず勝ちたいと思いました。
だからこそ、関節の処置終了次第、直ぐに立ちました。
「治癒が遅い」
「はい……!」
「だが、関節の治療を優先したか? それはいい。人間誰しも処理能力の限界はある。優先度をつけて重要な部位を先に治すのは正しい。だが遅――」
「はいッ……!」
少年は無様を晒し、教え導かれながらも斬りつけに行きました。
それは当然のように防がれました。
剣士はそれを「良し」と言いました。
「そうだ。悠長に講釈を聞かなくていい。私にとってこれは試合であり、教導でもある。キミにとってこれは、なんだと思う?」
「絶対に、勝ちたい試合です……!」
「そうか。なら、キミが正しい。勝利は多くのものを肯定する」
「はい……!」
少年は再び攻撃を仕掛けていきました。
それもまた防がれました。今度は地に足をつけたまま勢いよく斬りつけたものの刃は空を切り――相手の手足が自分の手足に接触していました。
「囚われるな、剣ばかりに」
「――――!!」
教え通り、地に足をつけて踏ん張りました。
踏ん張ってなお、相手の手足に体勢を崩されていきました。
斬撃でも打撃でもなく、投げ技。力を入れる方向を見切られ、ぐるりと身体が回転する勢いで投げられていました。
「体術も、ある」
魔術を封じられ、頭と胴体は守らなければならない剣士は手足だけで投げ技を完遂してみせました。戦闘手段は魔術と剣技だけではないと示すために投げました。
少年は受け身を取れませんでした。
否。放棄しました。
「アアアアアアァァァァァァ!!」
「――――」
一撃を入れる事を優先し、投げられながらもその勢いで剣を振るいました。
それは剣士の鼻先を撫でるものでした。
ただ、撫でたのはあくまで剣圧。剣は紙一重で回避されました。紙一重ながら剣士の鉄面皮は揺るがず。計算され尽くした紙一重の回避。
少年はそれを見送りながら地面に落ちました。
落ち、呻きました。
来る、と思いました。
上から追い打ちの一撃が来る事を予測し――防護のために装甲術を強化し――あえて受けにいきました。刃引きされた剣が鳴らす音色を聞き届け、動きました。
「――――!」
「そうだ。鎧も活かせ。全てを活かし、活用しなさい」
「はい――!」
反撃として、斬りつけにいきました。回避されました。
盾を投げました。回避されました。
蹴りにいきました。転ばされましたが直ぐに復帰しました。
何をやっても防がれる。
多くの観衆が、あまりにも泥臭い戦いに侮蔑の視線を向けました。
「良し」
剣士は肯定しました。
勝利に至るためのものであれば肯定しました。
全てを――全ての攻撃を受け止めながら、採点しました。
「避けるな。今のはあえて受けなさい」
「は、ぃ……!」
剣士は否定しました。
勝利ではなく、苦し紛れの反撃は否定しました。
周りの意見など関係ない。御前試合である事にこだわる必要はない、と。
「ひたむきになりなさい」
「はいッ!」
「持てる全てを出し切りなさい」
「はいッ!」
「勝利こそ、答えだ」
「はいッ!」
「だがキミは、何のために勝利を目指す」
「――――!」
返答代わりに振るわれたのは横一閃。
それもまた、相手には届きませんでした。
ですが、相手を追い詰める即断の一閃でした。
「それはもう――答えました!」
「そうか。……そうだったな」
少年の一閃は、剣士の剣を弾き、攻撃を防いでいました。
相手はそれで剣を取り落としこそしなかったものの、攻撃の機会を逃しました。
言葉と共に閃いた連撃は剣同士の相打ちとなり、剣士は後退しました。
少年は前進しました。距離を詰め、再び斬りかかりました。
それが防がれようが構わず畳み掛けました。
何度防がれようが、何度圧倒されようが仕掛けていく。
迎え撃ってくれる教官との斬り合いで、動きを修正する。
打ち付けられた全身が痛もうが、少年は戦闘に支障が無い傷の治療は後回しにしました。挑み、打たれ、打ちに行き、その速度を増していきました。
打ち込む事に意味がある。
がむしゃらにではなく、修正しながら強く、さらに鋭く。
振るう一閃、一つ一つに意味を込めながら。
畳み掛ける事にも、意味がありました。
相手はいま、魔術が使えない。
いくら達人とはいえ、攻撃を耐え続け、こちらを仕留めきれなければ挑み続ける事が出来る。試合の制限時間があろうと、それを使い切るまで打ち込む。
魔術が使えないからこそ、疲労もまた直ぐには取れない。
強く、打ち込めば手は痺れる。痛む。それを治癒魔術で取り除けない。
それを相手に強いる!
「アアアアアアアアァァァァァァァァッ!!」
少年はその先に、勝ち筋を見出しました。
「――――来い」
剣士もそこに敗北を見ましたが、容易く譲るつもりはありませんでした。
負けるつもりはありませんでした。
出来るだけ長く、出来るだけ色濃い試合を続けるべく、工夫しました。
少年の見据えた勝機を潰す形で攻守共に治癒などいらないよう、剣を振るいました。彼にはそれが可能なだけの技量がありました。
だからこそ、少年の攻撃は防がれ続けました。
それでも、少年は挑み続けました。
そう出来た原動力は三つ。
受け止めてくれる教官がいる事。
手を合わせ祈りながら見てくれる観衆がいる事。
それで二つ。
最後の一つは、声として届いていました。
身体が痛もうが視界が霞もうが、彼の戦う理由は、彼に届いていました。
「――――!」
普段は斜に構えている槍使いの少年は立ち上がり、腕を振り上げていました。
「――――!」
その隣にいる少年も声を枯らしながらも叫び、立ち上がっていました。
「――――」
少年の膝から飛び降りていた老犬も盛んに吠え、尻尾を振っていました。
「――――」
猫系獣人の少女も祈るように手を握り、魔術も使って趨勢を見守っていました。
それだけではなく、それ以外の少年少女の声も響いていました。
父親から逃げ、父親に捕まり、試合場に連れ帰られた羊系獣人の少女も見ていました。ただ黙って、悔しげに――それでいて瞬きもせずに見つめていました。
華麗とは程遠い立ち回りに冷めた目を向ける大人が大勢いました。
バッカスの王は前のめりになりながら試合の様子を黙って見守っていました。その傍らに立つ近衛の隊長も少年の一挙手一投足に注目していました。
そうして注目される彼に、声援が届きました。
「勝て! ガラハッド!!」
「勝つさ……!」
少年剣士は剣を振り、突き出しました。
勝負を決めるため、事前に想定していた策を行使しました。
それは、相手の剣に自身の剣を当て、渦を描く動き。
必殺に繋ぐための布石でした。
黒髪のエルフは瞠目しながら呟きました。
それは彼女が教えた技でした。
「巻き技……!」