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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
八章:剣戟の果てに
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ヴィンヤーズ東臨港



 パリス君達が教導隊が立ち寄るヴィンヤーズ東の港に早いうちから――関係者の転移が始まる前から――向かい始めた翌々日。


 その東の港の海に教導隊の乗る氷船・アワクムの姿がありました。


 教導隊参加者の多くは前日遅くまで行われていた海戦訓練でくたくたになり、自室に引きこもって寝ていましたが港への到着が近づいている事から治癒魔術で疲労を取られ、甲板上に姿を現す子達の姿もありました。


「昨日は、ひどい目にあった……」


「まさか大海蛇シーサーペントの群れと戦わされるとはなー……」


 港の様子を見るべく、甲板に上がってきていたセタンタ君とガラハッド君がゲッソリした様子で顔を合わせ、溜息をつきました。


 前日に中途これまでのおさらいと今後の課題を見つけるために行われた海戦訓練は本来、教導隊長が自身の魔術で水を操り、参加者全員分の疑似魔物を生成し、全員で協力して戦うというものでした。


 しかし偶然、近海に100メートル超えの体長を持つ大海蛇の群れが見つかり、教導隊長の「ついでに討伐しましょうか」という鶴の一声で教導隊参加者が一名除いて駆り出される事になったのです。


 まだ海戦に慣れていない者も多く、敵も多く、そのうえ大型の魔物という事もあって少年少女達は悲鳴をあげながら大いに苦戦する事になりました。


 最終的にマーリンちゃんがバラバラになりそうな指揮系統を無理やり立て直し、海戦慣れしていないものは船に戻って弓矢や弩による飛び道具で大海蛇の注意を引き、メドさんやティベリウス君、セタンタ君やアッキー君がひぃひぃ言いながら大海蛇を横合いや後ろから倒していきました。


 空を飛べるうえに人も乗せれる竜系獣人であるキウィログちゃんはさらにフル可動。目を回しそうな勢いで前衛の援護と運搬を担当しました。


 その甲斐あって50匹を超える大海蛇が倒された後――戦闘の音に引き寄せられ――さらに大量の水棲の魔物もよってきましたが、そちらに関しては教官と船員の人達がお手本として対処。


 何とか倒したものの、辺りが血の海に染まっている中、水上での魔物解体作業を続けて行った事から参加者の疲労はピークに達し、今まで寝込んでいたのです。


 肉体の疲労はとれたものの、精神的な疲労はまだ残っているらしく、セタンタ君もガラハッド君もまだまだ覇気げんきが無いようです。



「あー……港が見えてきた、な。あそこに寄るのだろう?」


「そうだな……。アレがヴィンヤーズ東臨港だ」


 俺も来るのは初めてだけど――とセタンタ君が呟く中、船が港へと近づき、朝靄に霞む全景が見えつつありました。


 ヴィンヤーズ東臨港は規模でいえばそれほど大きな港ではありません。人員もそれほど常駐しておらず、港として大型船舶が二隻寄港出来る程度。


 東臨港の港としてのキャパシティはそこまで大きくありません。


 そもそもバッカスは人口に対する船舶の比率が低い国です。


 殆どの都市が都市間転移ゲートで結ばれているため、物資の運搬はゲートで殆ど事足りるため海運業需要はそこまで高くありません。


 そんな中、船の需要がある主な分野は「戦闘」「漁業」であり、どちらも魔物対策をしっかりする必要がある事から要求される技能が高く、かなり専門的なものとなって参入が難しくなっています。


 ヴィンヤーズも都市間転移ゲートがあるため、船舶需要は殆どありません。は魔物対策をする必要性があまり無い事もあり、治安のためにも港を設ける必要性はあまりありません。


 東臨港は漁業もそれほど積極的にはやっていません。


 ただ、難民受け入れのために存在し続けています。



「少し内地に入ったところに、大きな灯台があるだろ?」


「ああ」


「西方諸国が海を渡ったところにあるからな。この辺は海流も比較的落ち着いてるし、灯台を目印に西方諸国から難民が逃げてくる事があるんだよ」


「へえ……。あ、ひょっとしてあそこにいるのが……」


「あぁ……難民だろうな。今日も誰か辿り着いたんだろ」


 港には一隻の小舟が辿り着いており、それに何とかギリギリ乗れるほどの人々の姿がありました。港を管理しているナス士族の人と揉めている様子でしたが、沖合いから近づいてくる巨大なアワクムに呆気にとられています。


 そうしているうちにもナス士族の人が士族所有の小型船を魔術で急ぎ走らせ、アワクムの北側を横切り、東へと向かっていきました。


 西方諸国方面へと向かっていきました。


「あの船は何で出ていったんだろう?」


「多分……難民がこっちに逃げてくる途中で、溺れたんだろ。何隻かあったうちの一隻だけが辿り着いて、他の溺れてる人を助けに行ったんだろうな」


 間に合わず死ぬ方が多いだろうが――という言葉が出かかったセタンタ君でしたが、そこは口をつぐんで黙りました。


 ヴィンヤーズは西方諸国に近い事もあり、海峡を渡ってバッカスに逃げてくる難民の受け入れも一応は行っています。


 可能な限り行ってはいるものの、基本は受け入れだけ。バッカスより困窮した生活を送っている西方諸国に渡り、積極的に人を助けるという事はしません。


 バッカス王国は西方諸国がヒューマン種以外を差別した歴史的経緯もあり出来た国であり、西方諸国民を恨んでいる人はまだ存在しています。


 そのため、困窮していようが西方諸国を積極的に助けたりはしていないのです。


 西方諸国側が現在もバッカス王国を敵視している事や、経済格差が大きすぎる事などから全ての西方諸国民を収容出来ないという事情もありますが……根っこの部分では過去の弾圧に対する「罰」として放置しているところもあるのです。


 ヴィンヤーズ東の海上は比較的穏やかな海とはいえ、荒れる時は荒れます。


 魔物も比較的少ないものの、出る時には出ます。


 そのため船で逃れてくる難民が溺れ死ぬなり魔物に食われて死ぬという事はよく起こっているのですが、バッカス側の対応は事後対応となっていました。



「…………」


 ガラハッド君は小型船の行方を見守っていましたが、直ぐに船の方ではなく、港にいる何とか辿り着いた難民の人達を見つめました。


 そして、ポツリと呟きました。


「……母さんはどうやって来たのかな」


「ん……? ああ……そうか、ガラハッドはバッカス生まれでも、おふくろさんは西方諸国から難民としてやってきてたんだっけか」


「ああ。あまり、当時のことは教えて貰えてないが……」


 その辺りの昔話は聞き難い雰囲気がある、とガラハッド君はこぼしました。


 セタンタ君はその言を聞き、神妙な顔つきで答えました。


「まぁ……どういう経路ルートを使うにしろ、バッカスに難民としてやってくるのはキツイ旅路だ。あんまりつつかない方がいい」


「そうだな……そうだよな……」


 ガラハッド君もまったく、西方諸国難民の知識が無いわけではありません。


 自身のルーツを知るため、学院時代に母に内緒で調べた事はありました。



 バッカス建国から500年近く、現代に至るまで発展と拡大を続けてきました。


 まだ世界全体を支配してはいないものの、都市間転移ゲートを利用し、飛び地で都市を開拓し、人口は右肩上がりで増え続けています。


 一方、西方諸国は500年前から変わらずにいる――どころかその領域の内で逼塞ひっそくし、内乱を繰り返し、貧困の歴史の只中にいました。


 西方諸国を牛耳る統覚教会が音頭を取り、内乱ではなく外に敵意を向けるべく、バッカス王国に攻め入ろうとする事もありますが――バッカス側はたった数人で西方諸国連合軍を蹴散らし、その反動で再び内紛を誘発する事もしばしば。


 苦しい生活の中、宗教きょうかいにすがるも、真の救いを得る事は出来ず、「悪魔の国」と教えられてきた敵国・バッカス王国へ向かって「飢え死ぬよりマシだ」とやってくる難民が途絶える年はありませんでした。


 しかし、全ての難民がバッカスに辿り着けはしませんでした。


 バッカス側は国境を渡ってきた難民は手厚く保護はするものの、国境を渡ってきていない難民に対しては静観するばかりの冷たい反応を返してきました。


 それは500年以上続き、現在もなお西方諸国内では生き続けている「ヒューマン種以外は人間にあらず」という思想に対する罰という側面もありましたが、それがあるがために死んでいった難民は大勢いました。


 それは防ぐ事が出来た死であると、糾弾する人達もいました。


 持てる者の義務として、西方諸国を完全に掌握して難民となる前に救え――という主張もありますがあくまで少数派の意見となっています。



 長旅に耐えきれず脱落し、人知れず死ぬ者。


 難民という名の脱走者として捕まり、奴隷の身に落とされる者。


 難民内で限られた食料を奪い合い、殺し合い死んでいく者。


 自分以外のものを背負いきれず、荷物こどもを捨てていく者。


 そんな難民達を助けるべく、バッカス政府に頼らず独自に西方諸国内で活動する逃がし屋達もいましたが、その手で救える命は限られていました。


 逃がし屋をしていたからこそ、裁かれる者も大勢いました。


 中には難民を騙し、奴隷として売りさばく偽の逃がし屋もいました。


 難民としての生活は辛く苦しい。


 されど、西方諸国にとどまっていても地獄が続く。


 バッカス政府に保護されてもなお、絶対に「安心・安全な生活」を送れるとは限りませんでした。パリス少年などは両方の地獄を味わいました。


 セタンタ君も難民の一人として――。



「……なあ、セタ」


「おっ! 見ろよガラハッド! あれ、パリスじゃねえか?」


「おっ――おおっ!?」


 セタンタ君が指差す方向。


 港の一角には確かにパリス少年の姿がありました。


 セタンタ君達がどこにいるのかは気づいていないのか、「おーい、おーい」と叫びながら両手を振っていましたが――セタンタ君達が呼び返すと顔を向けました。


「おーーーーい、パリスーーーー!」


「元気だったかーーーー!」


「お前ら生きてたかーーーー!?」


「足はちゃんとあるぞ!!」


「ホントか!? なら良かったー!」


「直ぐそっちに行くぞー!」


「おぉーーーー! 頼むーーーー!」


 パリス少年は笑顔でしたが、その笑顔が引っ込みました。


 迷った様子で言いよどんでいましたが、ガラハッド君に向け叫びました。



「オレ! ガラハッドに謝ることがあるんだー!」


「私か……? 私かーーーー!?」


「そうだーーーー! すまーーーーん! 詳しい話は、後でなーーーー!」


「お、おーう! わかったーーーー!」


 ガラハッド君は謝られるような事の心当たりが無かったので、首をひねりました。セタンタ君の方も特に心当たりはありませんでした。



「なんだろうな、謝ることって……?」


「さあ? ま、とりあえず下りようぜ。ここから飛び降りて怪我するのも嫌だ」


「そうだな。あっ、パリスいるなら土産を渡しておかねば……」


「土産? そんなもの用意してたのか?」


 土産の話は聞いていなかったため、首をひねって疑問したセタンタ君に対し、ガラハッド君は笑って微笑み、「塩漬けを用意したんだ」と言いました。



「訓練で獲った魚をな、厨房借りて塩漬けにしてたんだ。瓶に入れてる」


「へー……食べても腹、壊さないのか?」


「うーん……。その時は治癒魔術があるから……」


「存外無責任だな……。まあ、それ取って行こうぜ」


「ああ」





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